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インタビュー / INTERVIEWの最近のブログ記事

石若駿インタビュー:インタビュー / INTERVIEW

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石若駿インタビュー


ジャズ・ドラマー石若駿。1992年生まれのこのドラマーは10代で日野皓正、石井彰、金澤英明、TOKUなどベテランに見出されて活動を共にしてきた紛うことなき逸材だ。ジャズ・ドラマーとして活動しつつも高校から日本のクラシックのメッカとも言える東京藝術大学で学び、近年はテイラー・マクファーリン等ビートシーンからの注目も集めるというまさにジャンルを軽々とまたぐ彼がいったい何を考え、彼には何が見えているのか。同世代ながら僕はかなり遠い存在のように思っていたのだけれど、インタビューが始まると「僕と同い年なんですよね?やったぁ!」と生い立ちから、初のリーダーアルバム、さらには石若が今"面白い"と思っている音楽までたっぷりと語ってくれた。

2015/11/30 @JJazz.Net
インタビュアー:花木洸 HANAKI hikaru(音楽ライター)





――まず石若くんがドラムを一番最初にはじめたきっかけは?

[石若駿]
「まず両親が結構音楽に絡んだ仕事をしていて。父親が高校で音楽を教えていてブラスバンドとかをやっていたんですよ。母親は小さい子たちにピアノを教えていて。だから家の中ではクラシックとかジャズとか70年代~80年代のポップスみたいな音楽がずっと流れていて。それである日父親に「ライブ観に行くぞ」って言われて観に行ったのが、森山威男さんと松風紘一さんのデュオだったんですね。それが4歳くらいの時です。ドラムセットとサックスだけ置いてあるステージで、1時間半とか2時間とかぶわーってずっとフリージャズをやっているのを一番前の席で観て。そのステージでの森山さんに圧倒されて一番最初にドラムに興味を持ちました。」


――へぇー。最初がフリージャズなんですね。

[石若駿]
「それでおもちゃのドラムセットを買ってもらって遊んで叩いているうちに、1997年にX JAPANが解散するんですね。そのX JAPANが解散したっていうニュースでYOSHIKIがドラムをぶっ壊したり叩いている映像にまた衝撃を受けて。そこで本格的にやりたくなってエレキドラムを買ってもらいました。

それからしばらく家で一人で叩いてたんですけど、小学校4年生の時に新聞で「札幌・ジュニア・ジャズスクール」っていう小学生の為のジャズのビッグバンドのメンバーを募集している記事を見つけたんですね。「これに入ったら人と一緒に出来るな。しかも音楽やってる同世代とかと一緒に出来るな。」と思って応募してオーディションを受けて。それまではX JAPANとかhide(X JAPANのギタリスト)の音楽とかばっかり聴いていたんですが、ジャズのビッグバンドに入ってからだんだんジャズを聴くようになっていったっていう。」


――じゃあジャズを知るのとドラムをはじめるのと、どっちが先かというと...

[石若駿]
「ドラムが先ですね。いわゆるドラム少年だったと思います。小学校の低学年の頃はずっとロックばっかり聴いてました。X JAPANのアルバムを全部聴いて全部叩けるようになったらhideのソロ・プロジェクトにまたどっぷりハマって、そこからX JAPANやhideが影響を受けたミュージシャンを掘り下げていって。KISSの来日コンサートの映像を借りてきて観たりとか、hideがライバルとか言ってたマリリン・マンソンの音楽も気になって聴いたり、マンソンからスリップノットを聴いたり...」


――へぇー!すごい意外です。石若くんはずっとジャズをやってるのかと思ってたから。

[石若駿]
「まぁそれは小学校の3年生までで、4年生でビッグバンド入ってからまた大きく変わりました。ビッグバンドは道内から本当に音楽がやりたい子達が集まっている所だから、ほんとにみんな音楽が好きで嫌々やってる子は一人もいない、みたいなところだったんです。結構演奏の機会もあって、「サッポロ・シティジャズ」の前身になった「サッポロ・ジャズ・フォレスト」っていうフェスに出たりとか。その頃は北海道に倶知安ジャズ・フェスティバルとか、室蘭ジャズ・クルーズとか、いわみざわキタオン・ジャズ・フェスティバルとかジャズ・フェスティバルがいっぱいあって。それのオープニング・アクトに必ず僕らが呼ばれて行って演奏して、プロのジャズ・ミュージシャンとも交流があってっていう夏を毎年過ごしていたんですね。

そんな中で小学校5年生の時にハービー・ハンコックのトリオが来て、そのトリオのオープニング・アクトを僕らがやって。その前日にハービー達がバンドクリニックをしてくれた時にハービーが目をつけてくれて、「なんでお前はそんなドラムソロが出来るんだい?」って話しかけてくれた体験とかから段々と「ジャズで頑張ろう」っていうパワーをもらいました。それが夏で、冬にも同じようなコンサートがあって。その冬は日野皓正さんのクインテットが来て、その時も同じようにバンドクリニックがあって日野さん達と出会って。そこの出会いが今にも続いているような感じですね。」


――じゃあやっぱりジャズドラマーになっていったのはビッグバンドに入ったのが一番大きいきっかけというか。

[石若駿]
「そうですね。やっぱりプロのミュージシャンとの交流が沢山あったっていうのは大きかったです。マーカス・ミラーも来てオープニング・アクトをやらせてもらったし、僕らのビッグバンドは熱帯ジャズ楽団とも交流があったりして。そういう色んなタイプのミュージシャンと交流があって。」


――ちなみにジャズを始めてからは、やっぱりジャズを聴いていた?

[石若駿]
「そうですね。小学校の高学年の頃はバディ・リッチ・ビッグバンドとかいわゆるビッグバンド・サウンドの音楽を沢山聴いていたんですけど、だんだんラテンにハマっていって。よく『モダン・ドラマー・フェスティバル』っていう色んなドラマーが集まったDVDを買っていたからそれでアントニオ・サンチェスとかオラシオ・エルナンデスを観たりして彼らの演奏にハマって。

今現在ニューヨークというかアメリカでどういうジャズが流行っているのかっていうのに興味を持ち始めて見事にハマったのが中学校1,2年の頃ですね。ちょうどその頃東京JAZZでハービー・ハンコックのバンドでブライアン・ブレイドが来てたり、ダイアン・リーブスのバンドでグレッグ・ハッチンソンが来てたりっていう、いわゆる現代のアメリカのジャズ・ミュージシャンをテレビで観るわけです。それにまたハマっちゃって。タワーレコードに行ってブライアン・ブレイドの参加しているCDをひたすら買ったりっていう時期もありました(笑)だから中学時代にジョシュア・レッドマンのカルテットのCDも全部買ったし。僕、ちょうどロイ・ハーグローヴのRHファクターの1枚目が出た時に<なんだこれは!って買っていたんですよ。でも日本の同世代でリアルタイムでずっと聴いてる人ってなかなかいなくて、音楽の話があうミュージシャンって大抵年上なんですよね(笑)」


――それで、中学校を出て東京藝大の附属高校に入るわけですね。僕はそこが結構気になるんです。決して簡単に入れる学校では無いし、ここまでの流れがあってどうしてクラシックの勉強をしようと思ったんですか?

[石若駿]
「やっぱり家庭が音楽一家だったことが原点にあって。クラシックも身の回りに溢れていたし、母親がピアノの先生で僕も4歳くらいから母親にピアノを習っていたからクラシックにもずっと繋がっていて。
小学校6年生の時に日野さんに「お前は中学校卒業したら俺のバンド入れよ」って言われて、その時はポカーンと「は、はい」みたいな感じだったんですけど、自分で色々考えて「高校には行った方が良いよな」って(笑)でもこれからも日野さん達とずっと一緒にやりたいからその為にどうしようって考えたのが東京に行くことだったんですね。わざわざ東京に行くんだったら普通の勉強じゃなくて音楽をちゃんと勉強したいな、と思っていたら藝高を見つけて、「あ、ここに入ったらオーケストラも授業にあるし、藝大の先生が来て専門実技のレッスンも毎週受けられるし最高じゃん!」と思って。そのために中学校の3年間はクラシックのレッスンを受けたり、時にはジャズとかドラムを封印してクラシックの奏法とかソルフェージュの勉強をしたりしてすごい頑張りました。とにかく東京に出たいっていうのと、音楽の根本的な理論とかクラシックを学んでる同世代達と一緒に勉強したいなって思って。それで東京に行けたら好きなミュージシャンとも一緒にジャズが出来るじゃないかっていう。今思えばすごいポジティブな考えですね(笑)」


――だって定員が40人とかですよね?

[石若駿]
「そうです。しかも楽器ごとの定員ではないから、僕が5年ぶりの打楽器での入学者でした。」


――やっぱり東京に出てきたら全然違いました?

[石若駿]
「そうですね。まず一人暮らしがはじまってそれがもう最高で(笑)学校の授業終わったら高田馬場のイントロに行ってジャムセッションをしたりとか。あと当時はTOKUさんにお世話になっていて。TOKUさんは日野さんとはじめて出会った時にゲストで一緒に出ていて、上京してからもお世話になっていました。「今日ブルーノートに出てたロバート・グラスパーのカルテットがセッションに来るからお前も来いよ」って言われて夜中にセッションに行ったりとかして。そのTOKUさんに連れられて行った秘密のセッションみたいなのはすごい僕にとって良かったですね。(グラスパーのバンドの)ケーシー・ベンジャミンとかとも一緒に出来たし。」


――へぇー!それはいわゆるジャズのセッションに普通に入ってるんですか?

[石若駿]
「そう。普通にサックス持ってきてスタンダードの"Body & Soul"を一緒にやったりして。ロイ・ハーグローヴとも一緒に出来たし、ジャリール・ショウとかも一緒にやったし。面白かったですよ。」


――その一方、学校ではどんな事を勉強していたんですか?

[石若駿]
「学校ではオーケストラを勉強したり、マリンバを4マレットで現代曲を練習したりとか。まぁ卒業したいし藝大行きたいから学校も頑張ってました。高校は同級生みんなとにかく音楽を頑張っていて、授業が終わったらみんな練習に没頭するみたいな。ヘタしたらもう色んな仕事をしてる人もいたし、ヨーロッパのコンクールを目指してる人もいたし。今はもうみんなそれぞれが第一線のプレイヤーになっていて、たまに会って「最近どうよ?」って話をすると「N響でさ~」とかそういうビッグな話が飛び交ってます(笑)

そのかたわらで面白いやつらも沢山いて、文化祭になったら東京事変とか椎名林檎のコピーバンドやろうぜ、みたいな。そういうのもやりましたね。「青二祭」とか「閃光ライオット」みたいなバンドコンテストにも出たりとか。あと高校生ってみんなよくカラオケ行くじゃないですか?僕らのクラスもカラオケにめちゃくちゃ行ってたんですよ。だからポップスとかロックとかで良い曲ないかな?って探してたんです。自分で歌いたいから。その中で、くるりとかに出会ったりするわけですよ。」


――ちなみにその頃に今回のアルバムに参加メンバーにはもう出会ったりしてるんですか?

[石若駿]
「そうですね、金澤さんは小学校の時からなので。あとのメンバーもみんな僕が高校生の時からの付き合いです。吉本(章絋)さんのバンドで初めて演奏したのも高校2年生の春とかで、その頃にアーロン(・チューライ)も一緒に出会って。(中島)朱葉もその頃はまだ和歌山にいたから、僕が金澤さんと石井さんのトリオで夏休みとか冬休みを使ってツアーに行っていて、その時によく飛び入りしたり終わった後のセッションにいたりって感じでしたね。その時は朱葉もいたし、アルトサックスの早川惟雅くんとか、ドラムの中道みさきちゃんとかもいたし。井上銘くんとは鈴木勲さんのトリオとかOMA SOUNDでよく横浜で演奏してたし。(高橋)佑成はその頃まだ中学校1年生で。日野さんがやってる世田谷ドリームジャズバンドに僕がよく遊びに行っていて、彼は石井彰さんの弟子なんですけど<生徒に中学校1年生の男の子がいて、なかなかやるんだよ。>とか言われて紹介されたのが最初です。彼もすごい面白いピアニストになったからちょくちょく一緒にやっていて。」


――井上銘くんとか中島朱葉ちゃんはその後アメリカ、バークリー音楽院に行っちゃうんですよね。石若くんはアメリカに行こうとは考えなかったんですか?

[石若駿]
「僕は高校2年生の夏にバークリーのサマーセミナーに5週間行ってるんです。その時に寺久保エレナとか馬場智章とか曽根麻央とかみんな一緒で。バークリーに行こうっていう考えも少しはあったんですけど、藝高入ったし藝大行きたいなって。3年間でクラシックの勉強を終わりにするよりはもっと色んなことやりたいと思っていたからあんまり考えなかったですね。まぁ大学卒業しても本当にアメリカに行きたかったら色々考えるだろうな、と思ってたんですけど。」


――卒業した今はどうですか?

[石若駿]
「今はやっと<ジャズドラマー>になったわけですから、卒業を待っていてくれた人達のところに行って自分も頑張ろうと思ってます。でも、ここ最近はニューヨークから来ているミュージシャンとの交流がすごくあるから、もしかしたらこれから行くことになるんじゃないかな?とは思っています。例えば黒田卓也さんと交流があったりとか、大林武司くんも僕が中学生で彼が19歳の頃から一緒にやっているから。

大学を卒業した今は、大学の夏休みが続いてるみたいな感覚ですね(笑)「もう学生じゃないんだ」っていう「一社会人として、一アーティストとして」っていう自覚は徐々に芽生えて来てますけど。大学卒業したてって言ってもキャリア的に見たら結構年数重ねて来たから、下手なことは出来ないなっていうプレッシャーもあったりしますけど、より音楽に熱中出来ている感じです。例えば今回のアルバムのために考える時間とか、研究する時間とかが増えて。」


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――じゃあそろそろアルバムの話を。まずメンバーの事を聞いていきたいんですけど、今回のアルバムのメンバーは結構いつも一緒にやってるメンバーですよね?

[石若駿]
「その通りです。僕のバンドで誘う人っていうだけじゃなく、それぞれが色んな所で繋がっている人達っていう感じです。僕がメンバーを選ぶ時に考えることは、それぞれが持っている音楽性はもちろんだけど人間として好きな人達っていうのもあって。例えば演奏するだけじゃなくて何でも無い日にご飯を食べに行ったり、何でも無い日に飲みに行ったりっていう。仲間ですから。そういうのも僕は結構大事にしていて。演奏終わってすぐ<お疲れ様でした>っていうのは僕はあんまり好きじゃなくて。だからこのメンバーは結構強い絆で結ばれてる人達だと思ってます。」


――じゃあ今回のアルバムはこのバンドのイメージがあって、それから曲を書いたんですか?

[石若駿]
「僕のバンドって決まった編成っていうよりはコロコロ替わることが多くて。サックスが一本のカルテットの時もあれば、サックスとギターが入ったカルテットだったりとか。

だからまず曲を書いて、「この人のサウンドでこの曲やったら面白いんじゃないかな?」っていう風にして今回は振り分けたんです。あと「このメンバーだから」ってイメージして書いた曲もあって、それが「The Way To Nikolaschka」っていう曲でアルバムの一曲目です。「ニコラシカ」はお酒の名前なんですけど、このメンバーでよくお酒を飲みに行くお店の名前でもあって。そういうのも良い思い出だなって思ってつけたタイトルです。」


――なるほどね。僕はこのアルバムの曲はサックスがメロディをとるっていうのをイメージして書かれた曲が多い気がしたんですけど。

[石若駿]
「それはイメージしましたね。僕も色々考えたんですけど。朱葉とか吉本さんが持っているトラディショナルでバップなサウンドで僕の曲をやってくれたらいいなって。」


――今回はこの選曲とか曲順は全部自分で決めたんですか?

[石若駿]
「曲順は自分で結構悩んでわかんなくなっちゃったところで「こうじゃない?」って提案してもらったのがしっくり来たっていう。その中でも多少の前後はありましたけど。やっぱり客観的にみてもらったおかげで、聴いた人が気持ちいい並びになったと思います。」


――間に短い即興の曲が入っているのがいいですよね。

[石若駿]
「僕はもともとこの3人で即興をやりたくて。金澤さんと須川さんが一緒にいるのってレアじゃないですか。すごい高級な感じがするから。僕とベーシスト2人で面白い曲を作ろうかとも思ったんですけど、それよりも絶対この場で一発で即興をやるほうがいいなと思って。全部で3回録ったのをそのまま入れてるって感じです。これは全部一発録りで編集はして無いんですよ。」


――今回のアルバムタイトル『Cleanup』はどういう風に決まったんですか?

[石若駿]
「アルバムのジャケットを作ろうってなった時に、僕が参加しているJAZZ SUMMIT TOKYOのメンバーでもあるSrv.Vinciってバンドの常田大希くんがアートディレクションをしてくれて。録音をしたスタジオで撮ろうってスタジオに行ってケーブルを巻いて写真を撮ってその写真をまた加工して...って出来たのがあのジャケットなんです。あのジャケットと曲名を並べて見た時に「Cleanup」っていうのがイメージに合うなと思って。この言葉には「4番打者」って意味もあるしこれは良いなと。それにこの曲が一番4ビートを叩いているし、ジャズのアルバムって事で象徴的にも。」


――あのジャケット、James Blakeみたいでカッコいいですよね。

[石若駿]
「そうそう!僕、結構テクノとかエレクトロとかインディー・ロックみたいなアルバムジャケットがすごい好きで。そういう風にしたいなと思って常田くんにアートディレクションを頼んだんです。ちょっと攻めてみようかなと思って。レコードショップとかに行ってLPのジャケットを観ているとカッコいいじゃないですか。で、バンドTシャツだとジャケットがプリントされてるだけでカッコ良いやつってあるじゃないですか。だから今回はを目指して作りましたね。」


――曲名がなんだかユニークなんですけど、それについて教えて下さい。例えば「A View From Dan Dan」とか。

[石若駿]
「実はこの曲はこのタイトルになる前に<日暮里>ってタイトルがついていて。僕は日暮里のそばに住んでるんですけど、そこから谷中とか根津とか...いわゆる谷根千のちょっと下町な感じの景色とか雰囲気とかが好きで。「日暮里」ってタイトルにしようかと思ったんですけど、もっと具体的にしようと思って。日暮里から谷中銀座に行く手前に<夕焼けだんだん>っていう階段があるんです。そこから見える夕焼けが本当にきれいで。」


――へぇー。じゃあ「Professor F」は実在するんですか?(笑)

[石若駿]
「実在しますね(笑)藝大の人がみたらみんな分かっちゃう。僕が尊敬している先生で、ジャズドラマーとしてCDを出したけど、<藝大で学んだことを忘れるな>っていう自戒の意味も含めたタイトルですね。だからこの曲は藝大でも4年間副科で専攻したピアノを弾いています。」


――こうやって見ていくと曲のタイトルはみんな身近なところから来てるんですね。

[石若駿]
「そうなんです。僕が今までの人生で見てきたものとか。「Darkness Burger」も某ハンバーガーショップで曲を書いていて、それがロックなサウンドのために書いたっていうそれだけなんですけど(笑)「Into The Sea Urchin」もツアー中の出来事からついたタイトルだったりとか。」


――石若くんは曲は基本的に何から作りますか?

[石若駿]
「僕はコードというかハーモニーから作ることが多いですね。でも基本的にピアノで作るので、メロディとハーモニーを一緒に組み立てていってっていう感じです。

でも今回レコーディングして気づいたのが、ドラムのイメージが全く無いなって事で。このアルバムの曲は昔作った曲も多いし、あんまりバンドで演奏されなくて自分の構想だけのものが多かったので。例えばアルバムのコンセプトが「ビート物のアルバムを作る」とかだったら「ドラムがこういうビートでそれに合うハーモニーを」って考えたり、人のバンドで演奏する時は「この人はこういうサウンドだから、こういうのが合うな」とかイメージが湧くんですよ。だけど自分のこういうサウンドに対してどうしようっていう。そうやって悩んだ結果こういう風な演奏になったから、自分の曲に対して新しい感覚がつかめたのは今回の収穫ですね。」


――「Big Sac」も「A View From Dan Dan」も、曲の途中で色んなリズムが入ってきたりフィールが変わったりっていうのがあるからそこはバッチリ決まってるのかと思ってました。

[石若駿]
「曲に対して大まかなフィールは決まってたりするんですけど、具体的な部分は決まってなかったりというか。例えば4ビートとは決まっていても、どういう感じのスウィングで行くのかは決まってなかったり。「Big Sac」とかも何のビートかわかんないし(笑)まぁやっぱり自分が後回しになるからだろうな。バンドメンバーに「ここはこうやって」、「ここのハーモニーはこうやって積んで」、「ベースはこっちの音域でやって」ってディレクションをしていって一番最後に最後に「自分はどうするの?」ってなってるから。だから難しかったのかも知れない。」


――その割にアーロン・チューライとか井上銘くんとかコード楽器陣がすごい自由に演奏している感じなのはライブ感があって良いなと思いました。

[石若駿]
「そうなんです。指定するところは指定してあとは自由にやってって感じで。でもやっぱり銘くんやアーロンは摩訶不思議で予想不可能だから。銘くんなんかいきなりリングモジュレーターで<ボコボコボコッ>とか、ずっとハウリングしてたりとか。そういうのも楽しみましたね。僕がメンバーを選ぶ時に考えるのは、知らない景色を見せてくれる人が好きで。例えばスタンダードでも<こんなコードやったらこんな響きになるのか!>ってなるような人が好きで。ベースの金澤さんとか須川さんもそういう人だし。それで全然違う景色になって面白かったり。」


――石若くんはこれまでにも色んなバンドで沢山レコーディングをしてますけど、やっぱりライブとレコーディングでは全然違いますか?

[石若駿]
「今回はレコーディングも2日で終わってコンパクトでしたし、ほぼ一発だったので「面白―い」ってみんなで面白がってる間に終わったって感じですね。気分的にはやっぱり構えますけど。「間違っちゃいけない」とか「何か起こしてやろう」とかそういう邪念みたい出てきたりしますけど(笑)でもそういうのって一番ダメなんですよね。やっぱり自然体でハプニングした時に一番良いテイクが録れるんです。」


――今回はまさにそんなハプニングが詰まったサウンドですよね。めちゃくちゃストレートで。

[石若駿]
「そうなんですよね!かなりライブ感のある仕上がりになってると思います。でも自分では完成するまでどんなサウンドになるのか全く想像出来てなくて。で、いざ完成して並べて聴いてみたら<おぉ、ジャズじゃん(笑)みたいな。僕としてはこのアルバムは自分の曲の作品集的な、自分の書いてきた曲を録音して収めてっていうイメージでもあったんだけど、一貫してジャズのサウンドになったんです。ジャズのアルバムを作ろうって意識したわけではなくて、「何も気にしなくていいよ」って好きにやらせてくれたんですけど、いざ曲が出てきたら自然とそういう感じになりました。」


――石若くんは録音作品を作るっていう事に対してモチベーションはありますか?

[石若駿]
「ありますね。僕はレコーディング自体もすごい好きで、曲を書くこともすごい好きだから。あと自分の音楽を世の中に確立したいっていうのはやっぱり夢なので。ドラマーなんだけど、自分の音楽っていうのを1アーティストとして確立させたいっていうのがあるから、これからも色んなことをやって作品として世に出せたらいいなと思ってます。そうしないとあんまり意味が無い気がしていて。やっぱり憧れがあって。例えば森山さんも日野さんもマイルスも、作品を追っていくと<こういう音楽を聴いてきたんだな>とか<この時はこういう音楽を目指してたんだな>とか、その人の歴史がわかるじゃないですか。そういう一生を通して作品があることで、その人の音楽が見えるっていうのを自分もやりたいなと思って。」


――自分名義でフルサイズのアルバムっていうのは今回が初めてだけど、石若くんは参加作品の数がすごいですよね。

[石若駿]
「もう30枚くらいになってますね。実はこのアルバムが発売日にも僕の参加してるアルバムが合わせて3枚くらい出ると思うんですよね(笑)ジャズDJの大塚広子さんがプロデュースしている「RM JAZZ REGACY」っていうユニットと、「PANDA WIND ORCHESTRA」っていう藝大の吹奏楽のバンドのアルバムで。(インタビューの)2日後には北園みなみさんのアルバムが出ますし。」


――石若くんはそういう風にジャズでも、ジャズじゃない音楽でも演奏してたりするわけだけど、やっぱり自分のなかでプレイは別物になるんですか?

[石若駿]
「最終的に音をだすのは僕なので、そんなに別物感は無いですね。クラシックでもジャズでもポップスでも僕のサウンドっていうのがあるので。」


――石若くんが最近<面白いな>って思うのはどんな音楽なんですか?

[石若駿]
「最近はジャズはもちろん聴くんですけど、「世界を揺るがす音楽」みたいなものに敏感にアンテナを張って聴くようにしています。いわゆるレコードショップで推されているものとかを全然知らないアーティストでもとりあえず聴いてみてカッコ良かったら買う、みたいな。最近買ったのは天才バンドの『アリスとテレス』ですね。YouTubeでトラベルスイング楽団とやってるのを観てから奇妙礼太郎が結構好きで。あと最近好きなのはポートランドのアンノウン・モータル・オーケストラとかオーストラリアのテーム・インパラとか好きだし、スウェーデンのオキシゲンとか、あとタイ・セガールとかも好きだし。ちょっとサイケな歌もの、みたいなのはすごい好きですね。サウンド的には昔のサウンドを今のフィルターを通してやってる人が好きです。アラバマ・シェイクスとかはまさにそういう感じですぐ買いましたね。あと星野源もすごい好きで武道館公演も見に行きました。僕はよくラジオを聴いていて、大体それで出会ってますね。」


――日本のバンドとかだとミュージシャン同士で交流があったりするんですか?

[石若駿]
「最近あったのは、サカナクションのドラムの江島啓一さんですね。僕がテイラー・マクファーリンと一緒にやった時に観に来てくれていて出会ったんですけど、それからJAZZ SUMMIT TOKYOにもクラウドファンディングに参加してくれてライブも観に来てくれて。こないだはスガダイローさんのバンドで世武裕子さんとケイタイモさんと一緒に出来たりっていうのがありました。今年はポップスにも結構参加することが出来て、原田知世さんのバンドでもやらせてもらったし、MONDAY満ちるさんとも出来たし。そうやって色んな人と交流したいんですけど、やっぱりなかなか機会が無いですね。」


――ドラマーだと最近はヒップホップのトラック用のレコーディングとかもありますよね。フライング・ロータスとかケンドリック・ラマーのアルバムにジャズ・マンが入っていたりとか。

[石若駿]
「最近はそういうビート系のもので呼ばれる事も多いですね。「Stones Throw」ってヒップホップのレーベルがあるじゃないですか?こないだそこのダドリー・パーキンスってラッパーが日本にちょうど来ていて、「トラック作りたいから」って呼ばれて。宮川純くんとDJ YUZEさんと一緒に行ってレコーディングしました。そこではいわゆるJディラ的なヒップホップのビートを叩いて。リリースされるのかはわからないですけど、レーベルの人もたくさん来てたから形にはなるんだろうなって。あと去年は黒田卓也さんに「ホセ・ジェイムスのロンドンチームのキーボードが来てるから一緒にレコーディングしよう」って誘われて3人でレコーディングしたりとか。」


――石若くんも今後まだまだ色んな方面からオファーありそうですよね。

[石若駿]
「あったらすごく嬉しいです。偉そうな感じかもしれないけど、本当に僕がやってる音楽が好きでオファーされたら最高だなって思います。」


――石若くんが今注目している自分より若手のミュージシャンって誰かいますか?

[石若駿]
「僕より若い人ですか?アルバムに入ってる侑成はもちろんですけど、高橋陸ってベーシストがいて、彼は共演するたびに良くなってるなって思います。初めて会った時彼が高校1年生で、今19歳とか。彼はバークリー行くかもしれないんですけど着実に良くなっているので楽しみです。あと最近直接観れてないんですが、ちびっこドラマーで有名だった鬼束大我くんが今高校生になっていて、すごいって噂を色んな所から聞きますね。」


――最後に石若くんが最近やってるプロジェクトを教えて下さい。

[石若駿]
「実は去年からスタジオに篭って一人でピアノを弾いてドラムも叩いてゲストのボーカルを入れて僕の曲に歌詞を書いてもらって歌ってもらうっていう作品をこっそり作ってます。こないだは<けもの>の青羊さんに歌ってもらったし、サラ・レクターさんにも歌ってもらったし。角銅真実さんに歌ってもらったりとか。ゆくゆくは配信にするか自分でプレスして手売りで売ってみようかとも思うし、どこかがリリースしてくれたらなとも思うし。今のところ5曲たまっていて。

あとは「Ki-Do-Ai-Raku」っていうパーカッション・カルテットを藝大の同期4人で組んでいて、3月にそれのファースト・リサイタルがあるのでそれの為に動いていたりとか。これは今年の2月にその4人でルクセンブルクにコンペティションを受けに行って、セミファイナルまで行けたから<これで終わるのはもったいないから日本でもリサイタルをしよう>って。」


――へぇー。じゃあこれからやることもジャズに限らずって感じで。

[石若駿]
「そうですね。とにかく自分がやりたい事とか興味がある事は全部やりたいって感じですね。このバンドでも1月にリリースライブをするので是非見に来てほしいです。」


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Recommend Disc

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Title : 『CLEANUP』
Artist : SHUN ISHIWAKA 石若駿
LABEL : SOMETHIN'COOL
NO : SCOL1011
RELEASE : 2015.12.16

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【MEMBER】
石若駿 Shun Ishiwaka (ds)
吉本章紘 Akihiro Yoshimoto (ts, ss)
中島朱葉 Akiha Nakashima (as)
井上銘 May Inoue (g)
アーロン・チューライ Aaron Choulai (p)
高橋佑成 Yusei Takahashi (p)
須川崇志 Takashi Sugawa (b)
金澤英明 Hideaki Kanazawa (b)


【SONG LIST】
1. The Way To Nikolaschka
2. Dejavu #1
3. Darkness Burger
4. A View From Dan Dan
5. Cleanup
6. Professor F
7. Ano Ba
8. Dejavu #2
9. Into The Sea Urchin
10. Big Sac
11. Siren
12. Wake Mo Wakarazu Aruku Toki
13. Tanabata #1







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【石若駿】(ドラム)

1992年生まれ、札幌出身。10歳のときに来日中のハービー・ハンコックに見出され、その後15歳にして日野皓正(tp)バンドに抜擢。東京藝術大学付属高校を経て同大学打楽器科へ進学。在学中よりファーストコール・ドラマーとして数々のバンドのレコーディング、ライブに参加。またアニメ「坂道のアポロン」では主人公・千太郎のドラムモーションと演奏を担当。2015年東京ジャズにおいては、沖野修也率いるKyoto Jazz Sextetにて出演し、リチャード・スペイヴン(ds)と披露したツイン・ドラム・ソロがテレビでもOAされ話題となっている。ジャズ演奏の傍ら今年藝大打楽器科を首席で卒業。ジャズ界、クラシック打楽器界、そしてポップス界、誰しもがその後の動向に注目する中、初のフル・リーダー作発表となる。


石若駿 Official Site

New Century Jazz Quintet 3月に来日公演決定!:インタビュー / INTERVIEW

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天才ドラマーとして注目を集めるユリシス・オーウェンズ・ジュニアと、
日本人ピアニスト、大林武司を中心に結成された日米混合ユニット、New Century Jazz Quintet。
(ユリシスは、クリスチャン・マクブライドから信頼される今やNYで一番忙しいといわれるドラマー、
大林武司さんはNYを拠点に活躍、日本人トランペッター黒田卓也さんやJUJUさんのライブでもお馴染みですね。)

昨年はデビューアルバムのリリースや、大盛況で終えた発売記念ジャパンツアーなど話題となりました。
そんなNew Century Quintetが3月に再び日本公演を行います!
今のNYの息吹を感じる新世代ジャズ、是非体感して下さい。

多忙な大林武司さんを滞在先のドーハ(カタール)でキャッチ。
今回の来日公演についてメールインタビューでお答えいただきました。


【大林武司 メールインタビュー】

■ちょうどドーハに滞在されているタイミングでこのメールをお送りしていますが、
ドーハには演奏で行かれているのですか?そちらのジャズシーンはどんなですか?

[大林武司]
カタールの首都ドーハにニューヨークのJazz at Lincoln Center監修のJazz at Lincoln Center Dohaというジャズクラブがあり、ニューヨークの自分のピアノトリオと一緒にドーハに行き6週間滞在してジャズクラブでライブをしたり、カタールでのジャズの普及活動や教育活動をしています。3年前にJazz at Lincoln Center Dohaがカタール最初の本格ジャズクラブとしてオープンしてからはジャズがようやく認知されだして、それから少しずつジャズシーンが発展しているように思えます。カタール政府の支援もあって世界中から素晴らしい芸術家がドーハに移住して活動しており、中東の民族楽器を演奏する音楽家やカタール交響楽団の音楽家とジャズを通じてコラボする機会があったりもしました。


■昨年6月にデビュー作をリリース、7月には日本ツアー。
お披露目となった日本でのライブはいかがでしたか?印象的な出来事ありましたか?

[大林武司]
7月の日本ツアーはお陰様で初日から最終日までどの公演も非常に盛り上がりました!最高でした!ツアー全体を通じて幅広い年齢層のお客様にお越し頂き、ジャズを初めて聴いたという方々から往年のジャズファンの方々まで皆様目を輝かせてCDサイン会に参加して下さったことがとても嬉しかったです。メンバー一丸となって全力投球で演奏したエネルギーをお客様も暖かい拍手や歓声で返して下さったりと、ツアー全公演どれも本場ニューヨークのライブに近い雰囲気でした。


■今回の来日公演ではティムの代わりにアルトはブラクストン・クックが参加しますね。
彼について教えて下さい。

[大林武司]
ブラクストンを最初にNYCで聴いた時にはまるでチャーリーパーカーのようなスピード感と歌心にびっくりしました。若くしてクリスチャンスコットのバンドメンバーに抜擢されて世界ツアーに参加するなどしてジャズシーンに頭角を表して来ています。ジュリアード音楽院にてしっかりと学んだジャズのルーツをR&Bを融合させたリーダーアルバムも発表しており、彼の音楽性やプレイスタイルに温故知新という言葉を大切にされている部分がニューセンチュリージャズクインテットのコンセプトと共通していると思いますまたブラクストンは比較的珍しい 銀のサックスで演奏しており、個人的には銀のサックスならではの音色が個性的で大好きです。


■昨年に続きNCJQとして2回目の来日公演。今回の公演はどんな感じになりそうですか?

[大林武司]
昨年と同じくメンバー全員で 全力投球で熱いライブにしていきたいと思っています!今回の来日公演の為に書き下ろしたオリジナルやジャズスタンダードのアレンジも数々演奏しますのでどうぞお聴き逃し無く!


■最後に日本公演後の今後の予定を教えて下さい。

[大林武司]
NCJQとしては2ndアルバムを3月末にレコーディングをして夏に発表と日本ツアーをして、秋冬にはアメリカツアーの予定です。またNCJQと平行してリーダートリオプロジェクトを始動して、この春にはニューヨークのブルーノートで公演予定です。サイドメンとしても後日公表予定のエキサイティングなニューアルバムやツアーの予定が多々ありますので是非ホームページやブログ、フェイスブックより応援頂けると幸いです!


【New Century Jazz Quintet, AWESOME LIVE Performance in Japan 2014】




【New Century Jazz Quintet 来日公演】


<日時>
2015年3月17日(火)& 3月18日(水)
[1st.show] open 5:00pm / start 6:30pm
[2nd.show] open 8:00pm / start 9:00pm

<出演>
Ulysses Owens Jr. (ds), 大林武司 (p), 中村恭士 (b), Benny Benack (tp), Braxton Cook (sax)
※今回アルトサックスはブラクストン・クックとなります。

<場所>
COTTON CLUB
〒100-6402 東京都千代田区丸の内2-7-3 東京ビルTOKIA 2F
TEL 03-3215-1555
営業時間 (5:00pm - 11:00pm ※土・日・祝のみ4:00pm - 10:30pm)
予約&お問い合せ受付時間 (11:00am - 10:30pm ※土・日・祝のみ11:00am - 9:00pm)

<料金>
[自由席] テーブル席 : ¥6,000
[指定席]
BOX A (4名席) : ¥8,000
BOX B (2名席) : ¥7,500
BOX S (2名席) : ¥7,500
SEAT C (2名席) : ¥7,000

<予約>
COTTON CLUB予約ページ

<詳細>
http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/new-century-jazz-quintet/


【New Century Jazz Quintet 追加公演決定!】

3月19日(木)
茨城県ひたちなか市ブリックスホール
時間:午後7時開場、7時半開演
料金:4,000円(税抜)*チケットはMusic Shop Sekiyama
電話:029-273-6803
http://www.sekiyamainc.co.jp/contents/access/access.html


3月20日(金)
茨城県日立市 ホテルテラスザスクエア日立 TRAX
時間:午後6時半開場、午後7時半開演
料金:5,000円(税込、ワンドリンク付)*チケットは前売り制
電話:0294-22-5531
http://square-hitachi.jp/restaurant/trax.htm


『デビューアルバム『Time Is Now』

■タイトル:『Time Is Now』
■アーティスト:New Century Jazz Quintet
■発売日:2014年6月25日
■レーベル:Spice of Life
■製品番号:SOLNS-2

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[収録曲]

01. New Century
02. Tongue Twister
03. London Town
04. Decisions
05. Festi-vibe
06. Pure Imagination
07. Language of Flowers
08. El Gran Arado
09. Infinit10. Yasugaloo


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New Century Jazz Quintet
Benny Benack/ベニー・ベナック(Tp)
Tim Green/ティム・グリーン(As)
Yasushi Nakamura/中村恭士(B)
Takeshi Ohbayashi/大林武司(P)
Ulysses Owens Jr./ユリシス・オーウェンズ・ジュニア(D)

天才ドラマーとして注目を集めるユリシス・オーウェンズ・ジュニアと俊英ピアニストとして期待されている大林武司が中心となって、ニューヨークで活躍する有能な若手ミュージシャンが、「ジャズの歴史に深く根付きつつ若い感性でジャズの今を表現していく」をコンセプトに掲げ結成された日米ハイブリッド・バンドが生まれた。それがNew Century Jazz Quintetだ。2014年6月25日にアルバム"Time Is Now"で待望のデビュー!

大林武司 オフィシャルサイト

DJ大塚広子インタビュー:インタビュー / INTERVIEW

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Jazzを中心とした幅広い選曲で知られ、
最近はジャズ喫茶や老舗ジャズクラブ等、リアルジャズシーンでも活躍する女性DJ、大塚広子さん。

この度自身がプロデュースするレーベルを立ち上げ、第一弾となるコンピレーションをリリースされました。
日本の新世代ジャズを切り取った、ありそうでなかった内容です。
メールインタビューでは、このコンピレーション、そして日本の新世代ジャズについてお伺いしました。

2015年1月度のPIT INN「Entertainment Nightly」ではゲストとして大塚さんが登場します。
そちらも是非お聴き下さい。

PIT INN「Entertainment Nightly」 (配信期間:2015年1月7日~2015年2月4日)
//www.jjazz.net/programs/pit-inn/


【大塚広子インタビュー】

Q. まさに今の日本の新しいジャズシーンを捉えたセレクション!
これまでにない一味違うジャズコンピですが、どういうテーマでコンパイルされたのですか?

[大塚広子]
振り返ってみれば今まで日本のジャズ・レーベルのコンパイルMIX CDを出し、その中で過去から今にかけて時代を追ってジャズを勉強させてもらったように思います。この作品が私の10作目になりますが、今回は初心に戻って自分の手で曲を選ぼうと決めました。それと同時に、私のライフワークになっている音源追求のなかで、いま新しいジャズが面白い!という結果に至りました。昔は過去のレコードを探して聴いてプレイしての繰り返しでしたが、最近はミュージシャンとの共演が多くなったこともあり、今の音楽についての感動がすごく大きくて。そんな今起こっていることを、もっともっとたくさんの人に聞いてもらいたいという動機からです。


Q. 未発表曲が数曲ありますが特にオススメの曲があれば教えて下さい。

[大塚広子]
丈青、秋田ゴールドマン、FUYUのデ・ラ・ソウル「Stakes Is High」のカヴァー、丈青、日野"JINO"賢二、FUYUのロイ・ハーグローヴ「Strasbourg / St. Denis」のカヴァー。この二つはライヴ録音の未発表音源でおすすめです。
ほかにも私の大好きな70年代のレコードで、フリージャズ・サックス奏者ジョー・マクフィーの一曲をサイケ・ファンク風に9人ユニットでカヴァーしています。このエネルギーは凄まじくてかっこいいです!どれも私のDJプレイと同じテイストのカヴァー・セレクトで妥協ない選曲ができました。


Q. 大塚さんがプロデュースされた新ユニットRM jazz legacyについて教えて下さい。

[大塚広子]
この作品をつくるにあたって一つの課題がありまして...。単にコンピレーションとしての作品にすることもできましたが、私の過去の作品やDJプレイと同じコンセプトしたかったので、ブラック・ミュージックに共通するグルーヴ感がどうしても必要でそれが大きな課題でした。今回の選曲で多く関わってくれたベーシストの守家巧さんとの話のなかで、この私の課題と彼の音楽性も近いことがわかり、新たな音楽をつくることになりました。
ミュージシャン選定から楽曲のディテールに至るまで意見を出し合って、たとえば、D'Angelo「Spanish Joint」のリズムパターンに、Donald Fagenの『Nightfly 』の雰囲気を重ねたら・・。ジャズ・ミュージシャンの高い技量を活かして、例えばロイ・ハーグローヴ、例えば、ロニー・リストン・スミスのようにサウンド重視にしてみたら・・。という話の結果、人選は存在感あるフロント、類家心平。確実な技量のキーボーディスト坪口昌恭。HipHop以降のクラブシーンでのファーストコール・ドラマー、mabanua。在米10年以上の経験でゴスペル、R&Bシーンを知るギタリスト、田中"TAK"拓也。あったらいいなと思っていた日本発のグルーヴィー・サウンドが出来上がりました。


Q. 新世代ジャズが注目を集めていますが、日本の新世代のジャズを現場で観ていて感じることとは?

[大塚広子]
今まで自分が聴いてきた過去のジャンルの影響をバックグラウンドとして持つミュージシャンが増えてきていることに気づくようになりました。同じように同世代の柳樂光隆さんの監修した21世紀のジャズをフォーカスした「Jazz The New Chaper」といったガイドブックの動きもあり、レコードの聴き方と同じように等身大で今の音楽を聴くことができるようになったのも自分の実感としてあります。ミュージシャンも複数バンドを持ちいろんなジャンルをフレキシブルに行き来するような傾向があるように思います。


Q. 最近注目しているジャズミュージシャンとは?

[大塚広子]
すでに注目されてる若手ドラマー、石若駿がキーボーディスト&ビートメイカーのAaron Choulaiと組んでいるユニット。フィジカルなリズムと若い世代らしい斬新なビートミュージックに期待です。あとはいままで日本ではあまり取り上げられていなかった男性ヴォーカルのジャンルで、河合卓人。グレゴリー・ポーターのようなソウル/ジャズ系にもハマる才能があってこれから楽しみです。


Q. 大塚さんプロデュースの新レーベル"KeyofLIFE+"でやりたい事、
また今後の予定あれば教えて下さい。

[大塚広子]
これらの15曲はたくさん方との出会いで知ることができましたし、そして本作に入れられなかった素晴らしい音楽もまだまだたくさんあります。さらに新しい音楽を入れて今を奏でるmixガイド・シリーズとして広めていけたらと思います。
12/26渋谷THE ROOM、12/27御茶ノ水cafe 104.5 で、リリースパーティー。2/3 ARK HILLS cafe、2/22 六本木アルフィーで、RM jazz legacy の初ライヴを予定しています。

これからも新しい音楽も一緒に楽しめるような提案をしていきたいと思いますので皆様よろしくお願いします!


ありがとうございました。


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【DJ大塚広子プロデュース 次世代ジャズ・コンピレーション】

■タイトル:『PIECE THE NEXT』
■Produce & Director:大塚広子(Hiroko Otsuka)
■発売日:2014年12月17日
■レーベル: Key of Life+
■製品番号:KOL1

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日本の新世代ジャズをいち早く取り上げた大塚広子新レーベル・キー・オブ・ライフ・プラス第一弾。未発表曲や自らの楽曲提供&プロデュース曲を含めた現在とこれからのJAPAN GUIDE。


[収録曲]

1 GL/JM / 類家心平 4 Piece Band
2 Tokyo Confidential / 挾間美帆 m_unit
3 Rockin' In Rhythm / Orquesta Libre + Suga Dairo + RONxII 
4 Shakey Jake / Takumi Moriya Black Nation
5 Regular / Yasei Collective feat.Shane Endsley (tp) Ben Wendel (ts) from Kneebody
6 Heavy Seas (Live) / Rumba On The Corner
7 grmethod / Kinetic(千葉広樹,服部正嗣)
8 Do Good/ Yasei Collective
9 Stakes Is High / JOSEI ACOUSTIC PIANO TRIO(丈青,秋田ゴールドマン,FUYU)
10 Ameeta / Bennetrhodes(佐野観)
11 Night Flight / RM jazz legacy(類家心平,(tp)守家巧(b),坪口昌恭(p),mabanua(ds),田中 "TAK" 拓也(g))
12 明日への光 / オンセン・トリオ (岩見継吾,栗田妙子,池澤龍作)
13 Rock Out / 西山瞳・トリオ"パララックス"
14 Strasbourg / St. Denis / element3(丈青,日野"JINO"賢二,FUYU)
15 Park / 橋爪亮督グループ


[収録曲の参加ミュージシャン]
丈青、日野"JINO"賢二、秋田ゴールドマン、FUYU、岩見継吾、栗田妙子、池澤龍作、千葉広樹、服部正嗣、類家心平、ハクエイキム、吉岡大輔、鉄井孝司、挟間美帆、スガダイロー、芳垣安洋、青木タイセイ、塩谷博之、藤原大輔、渡辺隆雄、ギデオン・ジュークス、高良久美子、鈴木正人、椎谷求、岡部洋一、スガダイロー、RON×II、坪口昌恭、守家巧、pepe福本、城戸絋志、沼 直也、mabanua、田中TAK拓也、佐野観、橋爪亮督、市野元彦、織原良次、橋本学、佐藤浩一、西山 瞳、坂崎 拓也、清水 勇博、馬場 孝喜、ヤセイコレクティブ (松下マサナオ/中西道彦/斎藤拓郎/別所和洋)、Kneebody(Shane Endsley/Ben Wendel)


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大塚広子 (DJ/ライター)

2004年以降、ワン&オンリーな"JAZZのグルーヴ"を起こすDJとして年間160回以上のDJ経験を積んできた。徹底したアナログ・レコードの音源追求から生まれる説得力、繊細かつ大胆なプレイで多くの音楽好きを唸らせている。渋谷の老舗クラブTheRoomにて13年目に突入した人気イベント「CHAMP」など日本中のパーティーに出演。また音楽評論家やミュージシャンを巻き込んだライブハウスやジャズ喫茶でのイベント・プロデュースなど、世代やジャンルの垣根を越えたその柔軟なセンスで音楽の様々な楽しみ方を提示している。日本のジャズ・レーベルである、「トリオ」(ART UNION)、「somethin'else」(EMI MusicJapan)、「DIW」(DISK UNION)、「VENUS」(Venus Record)のMIXCDと、スウェーデン・ジャズを中心とした、スパイス・オブ・ライフ・レーベルのコンパイル作品「Music For Reading」(ディスクユニオン)を発売。過去リリースCDの売上数は延べ1万枚を超える。2010年、スペインでのDJ招聘、「FUJI ROCK FESTIVAL2010」の出場。2012年、老舗ライヴハウス新宿PIT INNのDJ導入を提案し、菊地成孔と共演(TBSラジオ出演)。BLUE NOTE TOKYOにて日野皓正らとの共演。総動員数3万人に及ぶアジア最大級のジャズ・フェスティバル「東京ジャズ2012」にDJとして初の出演。2013年、ニューヨークでののDJ招聘等。「JAZZ JAPAN」等の雑誌でのアーティストインタビュー、レビュー執筆の他、web連載、ディスク・ガイドブックやCDライナー執筆など音楽ライターしても活躍中

大塚広子 Official Site

吉田慶子インタビュー[インタビュアー黒沢綾]:インタビュー / INTERVIEW

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10/22にカエターノ・ヴェローゾ集『カエターノと私』をリリースする、
ボサノヴァ、サンバ・カンソン歌手の吉田慶子さん。

10月放送の番組「PICK UP」(2014年10月1日~2014年11月5日)では、
そんな吉田慶子さんとのインタビューをご紹介しています。

//www.jjazz.net/programs/pick-up/index.php
「PICK UP」」10月度 (配信期間:2014年10月1日~2014年11月5日)

番組内で紹介しきれなかったインタビューをこちらにまとめました。
番組と共にお楽しみ下さい!
  [Interview:黒沢綾]


吉田慶子 インタビュー


■ブラジルには何度か訪れているのですか?


[吉田慶子]
2回ですね。当時ポルトガル語を日本にいるブラジル人のご夫婦に習っていて、たまたま一時帰国する機会に「一緒にどう?」って言われて・・・。なかなかないチャンスだから「行く!!」って。


■現地で音楽に触れる機会は?セッションとかあるんですか?


[吉田慶子]
サンパウロに行ったんですけど、そこでは私が求めていた古い音楽はほとんどなくて。ボサノヴァにしろサンバ・カンソンにしろ。。。
ただその当時はそうだったけれど、今はちょっと変わってきているんじゃないかと。私が行った時も、ちょうどテレビドラマの主題歌にジョビンの「コルコバード」が流れたりして。つまりリバイバルですよね。ブラジル国内でも見直されている時期がありましたね。


■古き良きものを、ということですね。


[吉田慶子]
世界中の人が愛している音楽だということを、現地の人もわかってらっしゃって。もう一度大事にし始めたんじゃないかと。


■じゃあきっと今行ったら、昔よりは聴ける機会が増えているかもしれないですね。


[吉田慶子]
特にリオなどはそうだと思います。


■アルバムのお話ではないのですが、、、JJazz.Netのショップページで「吉田慶子&笹子重治ライブ@新世界」の音源が人気のコンテンツになっています。この時のライブの印象を教えていただけますか?


[吉田慶子]
このライブは、、、ちょうど大きな地震があったあとで。私自身も住む場所が変わったりしてバタバタしている時期で、歌を歌う状況では正直あまりなくって、本当はすこし引きこもってたんですよね。


■その気持ち、とってもわかります。はい。


[吉田慶子]
ライブも、実は決める前はあまり出来そうにもないなぁ、って。。。
でもある時、ギターの笹子さんに「そんないつまでも引きこもって....吉田さんだって食べてかなきゃでしょ!」って。関西のお母さんみたいな言い方で。。。その感じに思わず和んでしまって。
それでちょっと元気になって、「やろう!」って。。。なので、やはり他とは違う思いがありますよね。
実際、久しぶりに二人で演奏して、すべてを忘れたというか。歌っている瞬間は、しんどいことや普段のこと、みーんな飛んでいって。とても幸せな時間でしたね。いいなぁ、と実感して。だからその時の気持ちは忘れてないですね。
ただ、声を聞くとダークなんです。だから声は正直だなあ、と。


■なるほど。残ってるんですね。


[吉田慶子]
でも、それはそれでいいんじゃないかなって。"その時" のものだから。


■そうですよね。いやぁ、なんだかじんわりとしてしまいました。。。




■話は変わりますが、プロフィールやブログを拝見すると好きなものが沢山ありますよね。パンダ、お相撲、落語、猫ちゃん、、、最近特にハマっているのは?


[吉田慶子]
みんな好きなんですけど、お相撲・・・かな。見に行ったりして。


■お相撲のプリクラ撮ったりしていましたよね?(笑)


[吉田慶子]
ミーハーですよね(笑)もともとテレビではよく見ていて、東京にきてから「観に行けるんだ...」と気づいてしまって。あとは目当ての力士のことを色々と調べるのも好きです。


■追っかけですね(笑)


[吉田慶子]
(笑)好きになると、知りたくなって、調べているうちにますます好きになるんです。


■今、イチオシの力士は?


[吉田慶子]
私としては、日本の方もモンゴルの方も「みんながんばってほしい!」って。その中でも最近はモンゴルからきている逸ノ城ですかね。若くて、大きくて。199kgもあるんですよ。岩のようなんです。


■岩!(笑)


[吉田慶子]
戦った力士が必ず言う言葉が「重い!!」(笑)って。そのくらい動かないんですよ。取り組みもほんの数歩で勝っちゃうの。その彼が最近の大注目。あとは、照ノ富士。朝青龍以来のヒール役になってくれるんじゃないかと。いい子ちゃんではない良さがあって。やんちゃな感じがいいな、と睨んでます(笑)


■(笑)チェックしてみます!楽しいお話をありがとうございました!

[Interview:黒沢綾]


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【吉田慶子CD発売記念ライヴ】


<日時>
2014年11月7日(金)
OPEN 18:30/START 19:30

<出演>
吉田慶子 (ヴォーカル、ギター)、黒木千波留 (ピアノ)、増根哲也 (ベース)

<場所>
東京・渋谷「サラヴァ東京」
http://www.l-amusee.com/saravah/
〒150-0046
東京都渋谷区松濤1丁目29-1 クロスロードビル B1

<料金>
予約3,800円/当日4,300円(1ドリンク付)

<予約・詳細>
サラヴァ東京
http://l-amusee.com/saravah/schedule/log/20141107.php(サラヴァ東京)


『ニューアルバム『カエターノと私』2014年10月22日発売』

■タイトル:『カエターノと私』
■アーティスト:吉田慶子
■発売日:2014年10月22日
■レーベル:COREPORT
■製品番号:RPOL10001

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ブラジル音楽の財産を慈しみ、ささやくような声でその魅力を伝えるボサノヴァ~サンバ・カンソン歌手の吉田慶子による待望の最新録音作。今回はカエターノ・ヴェローゾの膨大なレパートリーから厳選した美しい10曲を歌う。メンバーは黒木千波留(p,)、増根哲也(b)、そして自身の歌とギターによるシンプルな編成。繊細かつエモーショナルなアレンジでカエターノの曲の良さが吉田慶子の音楽として表現される、ひたすら美しい1枚。選曲もカエターノの長いキャリアの中から厳選。これらカエターノが歌った名曲たちを、自身のウィスパー・ヴォイスと丁寧なサウンドで新しく甦らせる手腕は、世界的にも希少なカエターノ集ということも加わり、今後もエバーグリーンなアルバムとして存在し続けること間違いなしの傑作盤。

吉田慶子 (ヴォーカル、ギター)
黒木千波留 (ピアノ)
増根哲也 (ベース)

[収録曲]

01. ペカード(罪)
02. トリーリョス・ウルバーノス (アーバン・トレイル)
03. ドミンゴ
04. マドゥルガーダ・イ・アモール (夜更けの愛)
05. ミケランジェロ・アントニオーニ
06. リンデーザ (うつくしいおまえ)
07. ブランキーニャ(白の少女)
08. ヴァルサ・ヂ・ウマ・シダーヂ (ある町のワルツ)
09. アルゲン・カンタンド (誰かが歌ってる)
10. シン、フォイ・ヴォセ (そう、あなただった)


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吉田慶子

ブラジル音楽、特にボサノヴァに魅せられ1998年より東北のライブハウスを中心に歌い始める。繊細でいて深みのある歌声はまるでボサノヴァそのものと同化したかのような神秘性すら感じさせる。レパートリーはボサノヴァだけでなく古いサンバ・カンソンにまで及びブラジル音楽の財産を慈しむ姿勢がそのままサウンドに表われている稀有な存在のアーティスト。2000年にブラジルに滞在、BWANA TRIOのドラマーTataのもとでブラジル音楽を学ぶ。 翌年、滞在中にTataと録音したファーストアルバム「愛しいひと」を発表。ブラジル・ディスク大賞邦人第4位入賞。2003年からはふくしまFM「一枚の写真から」のパーソナリティとしても活躍した。 2005年に同番組と連動した2nd『一枚の写真からライブコレクションvol.1』をリリース(ゲスト:ショーロ・クラブ、長谷川きよし)、大きな反響を呼び2006年にはvol.2発売(ゲスト:ショーロ・クラブ、パトリック・ヌジェ)。以降も『コモ・ア・プランタ~ひそやかなボサノヴァ』(2007年)、『パレードのあとで~ナラ・レオンを歌う』(2009年)をリリース。自主制作盤では『サンバ・カンソン』(2007)、『soneto』(2013)を黒木千波留とのデュオでリリース。作家の北村薫が自身の小説にモデルとして登場させるなど、ジャンルを越えてファンが多い。

吉田慶子 サイト

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『黒沢綾NEW ALBUM』

■タイトル:『Twill』
■アーティスト:黒沢綾
■発売日:2013年11月1日
■レーベル: HARU Records
■製品番号:HARU017

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[収録曲]

1.Aurora アウロラ
2.Circle ONE
3.月が赤く染まるとき
4.紫陽花の転たね
5.うさぎ
6.沙羅
7.月とワルツ
8.DRAMA
9.傘ひとつから

(黒沢綾コメント)
胸をはって、私のこれからを照らしてくれる作品に仕上がりました。一発録りの緊張感も、ひらめきも、ファインプレイも、"生きた音楽"としてこの一枚に収める事ができたように思います。純粋に楽しみ、自分でさえも知らない自分を見つけてもらえたら、嬉しいです。

この商品はSound Bright Online Shopにて購入できます


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黒沢綾 (Singer,Piano) プロフィール

音楽教室を営む母をもち、4歳よりピアノ、エレクトーン、中学では吹奏楽、高校では声楽、と、幼少期より音楽三昧の日々を送る。尚美学園大学JAZZ&POPSコースの一期生として自然な流れでジャズに傾倒しながら、在学中にジャズシンガーとしてキャリアをスタート。2004年、同コースを首席で卒業。友人の結婚をきっかけに日本語曲の創作を始め、以降はピアノ弾き語りにシフト。
2009年、ピアニスト Hakuei Kimとの共同プロデュースによる、1st Album「うららか」をリリース。繊細な心模様を詰めこんだ良作となった。制作中に最愛の母を亡くし大きなターニングポイントを迎えるも、母譲りの澄んだ声質と幅広い音楽体験を活かした楽曲制作に力を注ぐ。現在は自身のトリオ、タップダンサーkurikoとのユニット「うたっぷす」、弦楽四重奏とのコラボ、ライブの原点であるジャズシンガーとしての活動のほか、CM歌唱やコーラスなど、声を活かし幅広く活動中。
2013年11月、2nd Album「Twill」をリリース。より有機的で奔放な表現世界と、圧倒的な完成度で注目を集める。
現在、インターネットラジオ・ステーションJJazz.Netの番組ナビゲーターをつとめる。

HARU Recordsアーティストページ

大林武司(New Century Jazz Quintet) インタビュー[インタビュアー黒沢綾]:インタビュー / INTERVIEW

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天才ドラマーとして注目を集めるユリシス・オーウェンズ・ジュニアと、
NYを拠点に活躍する日本人ピアニスト、大林武司を中心に結成されたNew Century Quartet。
先人への尊意を払いながらも、若さと勢いのある精鋭達が揃ったスーパーバンド。
「Time is Now」と冠したアルバムタイトルがまさしく新時代を感じさせる瑞々しいサウンドです。
7月にはそんな豪華メンバーによる日本ツアーも決定しています。N.Y.の「今」を強烈に感じられるはず。必見ですね!


7月放送の番組「PICK UP」(2014年7月2日~2014年8月6日)では、
大林武司さんとのインタビューをご紹介しています。


//www.jjazz.net/programs/pick-up/index.php
「PICK UP」」7月度 (配信期間:2014年7月2日~2014年8月6日)


紹介しきれなかったインタビューをこちらにまとめました。
番組と共にお楽しみ下さい!
  [Interview:黒沢綾]


大林武司 インタビュー


■バンドメンバーの紹介を大林さん風に、お願いします。


[大林武司]
まずはこのバンドを組むきっかけとなったドラマー、ユリシス・オーウェンズ・ジュニア。
彼と相談して、最初に大事なリズムセクション、ベースを誰に頼もうか?となり。真っ先に二人とも「恭士くんしかいないでしょ!!」って。
中村恭士さんは、ジュリアードを卒業された、今やN.Y.のファーストコール・ベーシスト。僕の友人は「ヤスシの仕事はベースを弾くことじゃなくて、電話を取ることだ!」と言うくらい(笑)


■おお~!(笑)


[大林武司]
それくらい超売れっ子なんですよ。まさに日本人離れしたミュージシャンとは彼のことですね!
そしてアルト・サックスはティム・グリーン。ユリシスと同級生で親交が深いんですが、アメリカのジャズシーンでもとても知られてます。クリスチャン・マクブライド(B)、マルグリュー・ミラー(P)、マイケル・ブーブレ(Vo)などと共演してます。彼はまるで教会で有り難い言葉を聞いているようなサックスを吹くんですよね。超ソウルフルでブルージーで...。そして心があたたかい人なんです。
トランペットは、バンド最年少で若干23歳のベニー・ベナック。彼は、ルイ・アームストロングとフレディ・ハバードをこよなく愛する、底抜けに明るいキャラ!


■笑顔が眩しいですよね!


[大林武司]
そうなんですよ!しかも彼は歌も上手。今後少しづつ彼のヴォーカルもフィーチャーしてバンドの色を徐々に増やせればとも思っています。
こんな風に30代前半の経験が多いミュージシャンもいれば、ベニーみたいにこれから台頭してくるであろうミュージシャンもいる。沢山の可能性があります。


■本当に可能性が秘められていますよね。ベニーのヴォーカルはまだバンドではお披露目していないんですね?


[大林武司]
まだなんですよね。最初はメンバーのメイン楽器にフォーカスしてる感じなんですが、幅広いジャズの魅力を楽しんでもらいたい気持ちはあるので、そういう意味ではヴォーカルという要素はその一つかなと思っています。


■彼の歌も楽しみです。今回、曲を持ち寄ってアルバムが作られていますが、その辺りにこだわりは?


[大林武司]
レコーディングのために書き下ろされた曲もありますし、メンバーの持っている曲から相応しいものを、僕とユリシスでピックアップしました。バンドのひとつの特徴として、全員が素晴らしい作編曲家なので、その辺も対等に考えて。おかげでバラエティ豊かになっていますね。ただバンド結成時に目指したい方向性を伝えてあるからか、こうやって一つに並べても自然になった。不思議ですね。


■大林さん作の「Festi-vibe」という曲、新しさと伝統の同居というテーマが最もハマる曲だなあと思いました。かっこいいですよね。


[大林武司]
おお、ありがとうございます!


■そんな中でスタンダードの選曲もありますよね。


[大林武司]
「Pure Imagination」はベニーが持ってきてくれたんです。これ、とっても綺麗な曲ですよね。「チャーリーとチョコレート工場」で使われた曲。今後はスタンダードのリバイバルにも力を入れて、そういった方向からジャズの良さも伝えられたらいいですね!


■話は変わって・・・今、N.Y.でオススメのジャズクラブってありますか?


[大林武司]
「Village Vanguard」ここはもうジャズのメッカですよね。会場の音の良さ、雰囲気、ミュージシャン、、、全て含めてイチオシですね。
それから「SMALLS」。夕方から深夜まで、若手のセッションからベテランまで、ゴリゴリのストレートアヘッドからコンテポラリーなものまで・・・色んなスタイルが聴けるクラブです。
もう一つ。僕が個人的に好きなのは「Dizzy's」 という、ウイントン・マルサリス監修の、Jazz at Lincoln Centerの中にあるジャズクラブです。幅広く一流のミュージシャンが出演していますね。


■大林さんがよく出演されているのは?


[大林武司]
「SMALLS」「Dizzy's」あとは「Smoke Jazz Club」という所ですね。ここはハードバップ中心のクラブです。


■では最後に、New Century Jazz Quintet、そして大林さん個人の未来とは?


[大林武司]
バンドのコンセプトの一つでも有り、個人的に大事にしている事の一つなのですが、音楽を聴いてなにか感じ取ってもらえる事を最優先にして、その中で芸術的な部分・ミステリアスな部分を大切にしながら、メンバー全員で冒険していけたらなと。それぞれの作曲スタイルが今後変わっていくかもしれませんし、どういう風に転ぶかわかりませんが。とにかくメンバー全員とってもいいキャラクターなので、その人柄の良さ・あたたかさは、ライブに来ていただけたら伝わるかと。末永く僕らの冒険を(笑)見守っていただけたらと思います。


■今日のテーマは冒険ですもんね(笑)


[大林武司]
そうですね(笑)


■どうもありがとうございました!!


[Interview:黒沢綾]


【New Century Jazz Quintet "Time Is Now" Debut Tour 2014】
7月10日 東京  Body and Soul
7月11日 東京  武蔵境スイングホール
7月12日 長野  Back Drop (中村、大林によるDuo Live!!)
7月13日 静岡  Life Time
7月14日 名古屋 Blue Note
7月15日 岡山  SOHO
7月16日 福山  リーデンローズ
7月17日 山口  JAZZ屋
7月18日 広島  広島市南区民文化センター
7月19日 大阪  寝屋川アルカスホール


『デビューアルバム『Time Is Now』2014年6月25日発売』

■タイトル:『Time Is Now』
■アーティスト:New Century Jazz Quintet
■発売日:2014年6月25日
■レーベル:Spice of Life
■製品番号:SOLNS-2

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[収録曲]

01. New Century
02. Tongue Twister
03. London Town
04. Decisions
05. Festi-vibe
06. Pure Imagination
07. Language of Flowers
08. El Gran Arado
09. Infinite Heart
10. Yasugaloo


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New Century Jazz Quintet
Benny Benack/ベニー・ベナック(Tp)
Tim Green/ティム・グリーン(As)
Yasushi Nakamura/中村恭士(B)
Takeshi Ohbayashi/大林武司(P)
Ulysses Owens Jr./ユリシス・オーウェンズ・ジュニア(D)

天才ドラマーとして注目を集めるユリシス・オーウェンズ・ジュニアと俊英ピアニストとして期待されている大林武司が中心となって、ニューヨークで活躍する有能な若手ミュージシャンが、「ジャズの歴史に深く根付きつつ若い感性でジャズの今を表現していく」をコンセプトに掲げ結成された日米ハイブリッド・バンドが生まれた。それがNew Century Jazz Quintetだ。6月25日にアルバム"Time Is Now"で待望のデビュー!そして7月10日から約2週間に亘る日本でのコンサートツアーが予定されている

大林武司 オフィシャルサイト

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『黒沢綾NEW ALBUM』

■タイトル:『Twill』
■アーティスト:黒沢綾
■発売日:2013年11月1日
■レーベル: HARU Records
■製品番号:HARU017

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[収録曲]

1.Aurora アウロラ
2.Circle ONE
3.月が赤く染まるとき
4.紫陽花の転たね
5.うさぎ
6.沙羅
7.月とワルツ
8.DRAMA
9.傘ひとつから

(黒沢綾コメント)
胸をはって、私のこれからを照らしてくれる作品に仕上がりました。一発録りの緊張感も、ひらめきも、ファインプレイも、"生きた音楽"としてこの一枚に収める事ができたように思います。純粋に楽しみ、自分でさえも知らない自分を見つけてもらえたら、嬉しいです。

この商品はSound Bright Online Shopにて購入できます


【黒沢綾 2nd Album『Twill』リリース記念ライブ決定!】
<日時>
2014年8月11日(月)
open_5:30pm / showtimes_7:00pm & 9:00pm

<出演>
黒沢 綾TRIO : 黒沢 綾(vo, p)、佐野俊介(b)、小山田和正(ds)
北床宗太郎(vln)、梶原圭恵(vln)、角谷奈緒子(vla)、佐野まゆみ(vlc)

<場所>
Motion Blue YOKOHAMA
(〒231-0001 横浜市中区新港一丁目1番2号 横浜赤レンガ倉庫2号館3F)

<料金>
自由席 ¥3,800(税込)
BOX席 ¥15,200+シート・チャージ ¥6,000 (4名様までご利用可能)

<予約・お問い合わせ>
Motion Blue YOKOHAMA
045-226-1919(11:00am~10:00pm)
https://reserve.motionblue.co.jp/reserve/schedule/move/201408/

<詳細>
http://www.motionblue.co.jp/artists/kurosawa_aya/(Motion Blue YOKOHAMA)


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黒沢綾 (Singer,Piano) プロフィール

音楽教室を営む母をもち、4歳よりピアノ、エレクトーン、中学では吹奏楽、高校では声楽、と、幼少期より音楽三昧の日々を送る。尚美学園大学JAZZ&POPSコースの一期生として自然な流れでジャズに傾倒しながら、在学中にジャズシンガーとしてキャリアをスタート。2004年、同コースを首席で卒業。友人の結婚をきっかけに日本語曲の創作を始め、以降はピアノ弾き語りにシフト。
2009年、ピアニスト Hakuei Kimとの共同プロデュースによる、1st Album「うららか」をリリース。繊細な心模様を詰めこんだ良作となった。制作中に最愛の母を亡くし大きなターニングポイントを迎えるも、母譲りの澄んだ声質と幅広い音楽体験を活かした楽曲制作に力を注ぐ。現在は自身のトリオ、タップダンサーkurikoとのユニット「うたっぷす」、弦楽四重奏とのコラボ、ライブの原点であるジャズシンガーとしての活動のほか、CM歌唱やコーラスなど、声を活かし幅広く活動中。
2013年11月、2nd Album「Twill」をリリース。より有機的で奔放な表現世界と、圧倒的な完成度で注目を集める。
現在、インターネットラジオ・ステーションJJazz.Netの番組ナビゲーターをつとめる。

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シャイ・マエストロ インタビュー[インタビュアー黒沢綾]:インタビュー / INTERVIEW

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研ぎ澄まされた感性を鮮烈に放つ新作『THE ROAD TO ITHACA』を昨年末に発表し、
先日来日公演を行ったイスラエル出身のピアニスト、シャイ・マエストロ。

美しく繊密で、重心深く綴られた楽曲の数々。ライブは躍動的でありながらも、
彼のルーツを思わせる哀愁の陰、湿度にも似た心地よさなど、生ならではの音世界がありました。

私がナビゲートを担当している番組「PICK UP」では現在、彼とのインタビューの模様をご紹介しています。
物腰柔らかく、言葉を選びながら丁寧に語って下さいましたよ。

//www.jjazz.net/programs/pick-up/index.php
(配信期間:2014年4月2日~2014年5月7日)

そして紹介しきれなかったインタビューをこちらにまとめました。
番組と共にお楽しみ下さい!
[Interview:黒沢綾]


シャイ・マエストロ インタビュー


■イスラエル出身のベーシスト、アヴィシャイ・コーエンのメンバーとしての活躍でシャイさんのことを知った方も多いかと思いますが、彼から学んだこととは?


[シャイ・マエストロ]
沢山あるよ。音楽的な部分はもちろん、5年間をともにした中で最も強く感じたのは...目も耳も心も全てオープンにして、あらゆるものに興味を注ぐっていうことかな。その瞬間瞬間起こっていることに、敏感に意識を向けているべきだ、と。


■なるほど。音楽的な影響というよりは精神性ですね。


[シャイ・マエストロ]
アビシャイとの時間が素晴らしい事には変わりないけれど、それまでに培った経験、両親から受けた影響の占める割合が大きいんだ。だから、"今まで過ごした人生+現在"という感覚の一部として、彼との時間を捉えてる。僕はこうやって世界中を旅しているけど、常にスポンジのように吸収していたいと思うよ。多くの人に出会って、各国の文化に感化されたい。だから出来る限り音楽中心にならないで、フラットな気持ちでいようと心がけているんだ。演奏内容を具体的にどうするか、より、エゴから解放されてナチュラルに、湧き出るものに正直でいようと思わせてくれた。そんな5年間だったね。そういう意味でアビシャイには感謝してるよ。


■昨年リリースの新作『ロード・トゥ・イサカ』について。このアルバムタイトルにもある"イサカ"はギリシャの詩人、カヴァフィスの詩。どのようなイメージをもって楽曲制作されていたのでしょうか?


[シャイ・マエストロ]
ITHACAは、ギリシャ神話に出てくる地名なんだ。オデュッセウス(弓の神様)が、他の神によって10年間島流しになり、離れた故郷がITHACAという島。数々の冒険をし、困難を経て、最終的に故郷に辿り着くものの、妻にも本人と信じてもらえない。そこで得意な弓の腕を試され、見事に証明した・・・という物語なのだけれどもそのカヴァフィスの詩"ITHACA"にはこう綴られているんだ。


 君の歩む旅路が、長くて充実したものであると願う。
 多くの都市を訪れ、多くの先人に学び、多くの世界を見なさい。
 苦難、幸福、すべてに感謝しなさい。
 故郷に辿り着く頃には、きっと大きな糧を得られるだろう。
 ゴールにたどり着くことが全てではない。
 経験を積み、成長していると思えたならば、故郷は君を笑うことなどしないだろう



これは僕が初めてイスラエルを出てツアーに出る直前、父から渡された詩なんだ。メッセージが詰まっているんだと感じたよ。そしてこれが、僕の信念になった。レコーディングを終えて振り返ると、この詩のイメージが強く重なっていて。だからこのタイトルに決めたんだ。


■この一枚で旅を描いているんですね。アルバムの流れにこだわりは?


[シャイ・マエストロ]
そうだね。ストーリー性を持たせるようにはしたよ。そして僕は何より、始めの"一音"が大事だと思っているんだ。リスナーと信頼関係を築くための"きっかけ"だからね。その一音をどうアプローチするかでその先が決まっていく。それで最後に、トータルのイメージを大事にしながら曲を並べていった感じかな。


■個人的に、最後に収録された唯一の"歌モノ"がとても印象に残っています。旅の終わりを告げるエンドロールのような・・・。


[シャイ・マエストロ]
Shai Maestro Trioと銘打ったアルバムなので、歌は最後にもってこようと元々決めていたんだ。互いの世界観と秩序を守るためにもね。彼女の歌声はYouTubeで聴いて惹かれていた。いつか一緒にやりたいな、ってね。実際、彼女がサウンドチェックがてら歌い始めた瞬間、涙が出るような衝撃だったよ。スタジオに居合わせた皆が心震えていたんじゃないかな。4月のパリ公演では彼女も参加してくれる。共演がとても楽しみだよ。


■それではラストに今後の予定について教えて下さい。


[シャイ・マエストロ]
予定・・・把握できてないな(笑)、カナダ、ドイツ、スウェーデン・・・ヨーロッパがメインかな。日程までは・・・。とはいえ、世界各国で演奏できることは本当に恵まれているよ。感謝してる。そうだね、詳細はウェブサイトでチェックしようかな(笑)


そうそう、来年のどこかのタイミングで新しい作品リリースの話もあるんだ。トリオに加えてヴォーカルグループ、トランペット、バイオリン。ブルガリアの民謡と自分たちの音楽の融合がテーマで、ヴォーカルをフィーチャーした大編成だよ、今までにない試みなので楽しみにしておいてください。


[Interview:黒沢綾]


【Shai Maestro Trio - Paradox】




『シャイ・マエストロ・トリオの待望のセカンドアルバム』

■タイトル:『THE ROAD TO ITHACA』
■アーティスト:SHAI MAESTRO TRIO
■発売日:2013年12月8日
■レーベル: AGATE
■製品番号:AGIP-3526

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[収録曲]

1.Gal
2.Cinema G
3.Let Siund Be Sound
4.Paradox
5.Untold
6.Invisible Thread
7.Zvuv (The Fly)
8.The Other Road
9.Vertigo
10.Malka Moma
11. Water Dance(Bonus Track)


その力強いタッチ、美しい旋律、躍動感のあるピアノが絡み合う鮮烈ピアノトリオ。官能的に、研ぎ澄まさせた豊かな感性によって語られる心地よさ、鮮明に浮かび上がる。シンプルに、透明感に満ちた明確な旋律を奏で、カラフルに彩られた咆哮な香り。息のあったピアノトリオの演奏が、躍動する緻密に塗り込められてゆく楽曲。美しいインプロヴィゼイション。多大な影響を受けたキース・ジャレットも賞賛する新作が完成。初めてツアーに出る時に父親から持たされたギリシャの詩人、カヴァフィスの詩『Ithaca』。ギリシャにある島イサカ、ギリシャ神話に出てくる主人公オディッセイアが故郷、イサカに困難を経てたどり着いたという物語から生まれた詩。2006年にアヴィシャイ・コーエンのグループに参加し、「Gently Disturbed」、「Aurora」、「Seven Seas」といったスタジオ録音作に参加。世界的に他界評価を受け2010年より、イスラエル出身のドラマー、現在多方面で活躍をするジヴ・ラヴィッツとペルー出身のベーシスト、ホルヘ・ローダーによるシャイ・マエストロ・トリオ。さらなる躍進を遂げる『ロード・トゥ・イサカ』発売。


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<Photo:JB Millot>

SHAI MAESTRO [シャイ・マエストロ] (Piano) プロフィール

1987年イスラエル出身。5歳からクラシック・ピアノを始め、8歳の時に聴いたオスカー・ピーターソン『Gershwin Songbook』でジャズに開眼。テルマ・イェリン国立芸術教育学校でジャズとクラシックを学び、バークリー音楽院の奨学金制度を得て4年間ジャズ・ピアノやコンポジション、さらにはインド音楽などの民俗音楽論を習得した。その後NYに拠点を移し2006年からは、チック・コリアのバンドメンバーとして日本でも有名なベーシストのアビシャイ・コーエンのコンボにも参加。

オフィシャルサイト

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『黒沢綾新作』

■タイトル:『Twill』
■アーティスト:黒沢綾
■発売日:2013年11月1日
■レーベル: HARU Records
■製品番号:HARU017

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[収録曲]

1.Aurora アウロラ
2.Circle ONE
3.月が赤く染まるとき
4.紫陽花の転たね
5.うさぎ
6.沙羅
7.月とワルツ
8.DRAMA
9.傘ひとつから

(黒沢綾コメント)
胸をはって、私のこれからを照らしてくれる作品に仕上がりました。一発録りの緊張感も、ひらめきも、ファインプレイも、"生きた音楽"としてこの一枚に収める事ができたように思います。純粋に楽しみ、自分でさえも知らない自分を見つけてもらえたら、嬉しいです。

この商品はSound Bright Online Shopにて購入できます


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黒沢綾 (Singer,Piano) プロフィール

音楽教室を営む母をもち、4歳よりピアノ、エレクトーン、中学では吹奏楽、高校では声楽、と、幼少期より音楽三昧の日々を送る。尚美学園大学JAZZ&POPSコースの一期生として自然な流れでジャズに傾倒しながら、在学中にジャズシンガーとしてキャリアをスタート。2004年、同コースを首席で卒業。友人の結婚をきっかけに日本語曲の創作を始め、以降はピアノ弾き語りにシフト。
2009年、ピアニスト Hakuei Kimとの共同プロデュースによる、1st Album「うららか」をリリース。繊細な心模様を詰めこんだ良作となった。制作中に最愛の母を亡くし大きなターニングポイントを迎えるも、母譲りの澄んだ声質と幅広い音楽体験を活かした楽曲制作に力を注ぐ。現在は自身のトリオ、タップダンサーkurikoとのユニット「うたっぷす」、弦楽四重奏とのコラボ、ライブの原点であるジャズシンガーとしての活動のほか、CM歌唱やコーラスなど、声を活かし幅広く活動中。
2013年11月、2nd Album「Twill」をリリース。より有機的で奔放な表現世界と、圧倒的な完成度で注目を集める。
現在、インターネットラジオ・ステーションJJazz.Netの番組ナビゲーターをつとめる。

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林正樹 西嶋徹DUOインタビュー:インタビュー / INTERVIEW

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"菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール"や"Salle Gaveau"のメンバーに名を連ねるなど、
幅広い活躍で知られるピアニスト、林正樹が盟友のベーシスト西嶋徹と共に制作した
アルバム『El retratador』を3/12にリリースしました。

この2人のDUO作品はなんと約10年振り。
新作では二人が精通する南米の音楽をイメージさせる、美しくも繊細な楽曲が並んでいます。

そこで今回のDUO作品について、互いの事を熟知するお2人に敢えて同じ質問をぶつけてみました。
2人の信頼関係も分かるメールインタビューです。


【林正樹 西嶋徹DUOインタビュー】

■Q. 「林正樹STEWMAHN」のメンバーとしても活躍するなど旧知の仲のお二人。
 演奏者として互いの素晴らしい部分を教えて下さい。



[林正樹]
西嶋さんが出す一音一音は理性でコントロールされた嘘のない音。数多くの音楽を共に演奏してきましたが、どんな時でもそこで何が起きているのか全ての音を見定め、僕が進みたい方向に舵を取ってくれる素晴らしいベーシストです。西嶋さんがいればいつでも安心です。

[西嶋徹]
林君と一緒に演奏する度に新たな発見があります。知り合った頃から、アイデアのユニークなところにはいつも感心してきましたが、近年は音楽に陰影とか、立体感がどんどん増してきて、また新しい世界を見せてくれているように感じます。今から10年後、お互いどんな風に変化していくのか楽しみです。




■Q. 南米音楽のテイストがありつつも、クラシカルな雰囲気の繊細なサウンドが印象でした。
 この作品はどのようなイメージをもって制作/レコーディングされたのですか?



[林正樹]
リラックスした状態で自然と音の会話を楽しんでいましたね。前作「Passage」から約10年経って、お互い様々な音楽体験を積んで深みが出たと思います。レコーディングの直前に行ったリハーサルでは、何を演奏してもすでに二人の音楽として成立していました。そこに二人の音があれば何でもいいんだ!と少し乱暴ではありますが、純粋にそう感じちゃいました。

[西嶋徹]
前作から10年ほど経ちましたが、その間に出会った音楽が自分の中で混じり合って、現れてきたものを記録できたらいいなと思いました。特別に南米の音楽のスタイルを意識したつもりはないのですが、自分の音楽はこれまでに感じてきた南米の民族音楽特有の豊かさや、優しさ、哀しさといったものには大きな影響を受けていると思います。




Q. アルバム収録曲中、約半分が互いのオリジナル。
 中でも印象的な自身の1曲を(選んで頂き)エピソードと共に教えて下さい。



[林正樹]
「耳雨」
レコーディングのギリギリ直前に出来上がった曲。曲の構成も演奏直前に決めて、鮮度抜群のまま収穫に成功しました。この作品の全体像を現すに相応しいオープニング曲になったと思っています。

[西嶋徹]
「Folded wind」
東北の震災のあとの4月に書いた曲です。どのような解釈をされるかは聴く方に委ねたいと思いますが、自分は震災を機に、気づいたことがたくさんありました。このアルバムをつくることになった時点で、自分の中では、遡ってこの曲がある種の基点になっていたかもしれません。




Q. この作品の世界観と類似する作品(楽曲)、もしくはイメージがありましたら理由と共に教えて下さい。


[林正樹]
類似するとはおこがましくて言えませんが、やはりBobo Stensonからの影響は大きいです。こんなピアノが弾きたい。こんなベースを弾いてほしい(笑)、なんてついつい思ってしまいます。


「Olivia - Bobo Stenson Trio」


[西嶋徹]
見知らぬ世界へのあこがれも素敵ですが、いまは自分のおかれた環境と、自分の関わりから生まれる音楽を作れたらいいなぁと思っています。そういった音楽が持つリアリティで伝えられるものを大切にしたいです。アギーレの音楽からは生活の風景を感じます。






Q. 今後の予定/やってみたいことがありましたら教えて下さい。


[林正樹]
4月には自己のプロジェクト「間を奏でる」の初めてのCDが発売されます。ピアノ、ハープ、バイオリン、ベース、パーカッションといった編成で、どこで演奏する時もPAを使わずに生音で演奏しています。昨年発表したピアノソロアルバム『TEAL』、今回の『El retratador』、そして「間を奏でる」と、より心地よく、より繊細な音の世界を追求していきたと思ってます。

[西嶋徹]
いろんな楽器編成で自分の曲を演奏してみたいです。特に弦楽器中心のアンサンブルに興味があります。




ありがとうございました。




【林 正樹 西嶋 徹 / 『El retratador』試聴動画】

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『El retratador / 林正樹 西嶋徹DUO』

■タイトル:『El retratador』
■アーティスト:林正樹 西嶋徹DUO
■発売日:2014年3月12日
■レーベル: APOLLO SOUNDS
■製品番号:APLS-1404

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[収録曲]

1. 耳雨 Jiu
2. 褻の笛 Que no fue
3. El retratador
4. Alfonsina y el mar
5. mの問いかけ Emu no toikake
6. Muro de stono
7. Orbit P
8. Folded wind
9. 残光 Zankoh
10. 西日 Nishibi

その高い演奏力、表現力で菊地成孔、椎名林檎、ローリー、など様々なジャンルの音楽家に高く評価されている ピアニスト林正樹が、盟友であるベーシスト西嶋徹と 10年ぶりにデュオでのアルバムをリリース!

アルバムは二人が多く演奏する南米音楽のテイストを意識したそれぞれのオリジナルナンバーを中心に収録。 カバー曲アルゼンチンの作曲科Ariel Ramírezのナンバーを アレンジし収録した。 熟練したコンビネーションと円熟を迎えつつある二人の演奏、 オリジナリティ溢れる美しく繊細なデュオアルバムのリリースです。


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林 正樹 (作曲、編曲、ピアノ奏者)

1978年東京生まれ。 独学で音楽理論の勉強を中学時代より始める。 その後、佐藤允彦、大徳俊幸、国府弘子らに師事し、ジャズピアノ、作編曲などを学ぶ。 慶応義塾大学在学中の1997年12月に、伊藤多喜雄&TakioBandの 南米ツアー(パラグアイ、チリ、アルゼンチン)に参加し、プロ活動をスタート。 現在は自作曲を中心に演奏するソロピアノでの活動や、自己のグループ「林正樹STEWMAHN」、田中信正とのピアノ連弾「のぶまさき」、 生音でのアンサンブルにこだわった「間を奏でる」などの自己のプロジェクトの他に 「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」「田中邦和&林正樹 Double Torus」 「Salle Gaveau」「エリック宮城EMBand」「Archaic」「クリプシドラ」など 多数のユニットに在籍中。 温かみのある感性を持って、独自の情感豊かな音楽を生み出している。 2008年「Flight for the 21st/林正樹ピアノソロ」、2011年「Crossmodal/ 林正樹STEWMAHN」を発表。 2013年3月には2ndソロピアノCD「Teal」を発表。 NHK「ハートネットTV」「ドキュメント20min」などのテーマ音楽も担当する。

林 正樹 Official Site


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西嶋 徹 (ベース奏者)

1973年東京生まれ。 5歳よりバイオリンを始め、高校の頃エレキベースを手にする。 日本大学工学部を卒業後、コントラバスに転向。 1999年からJazztronikやDJ須永辰緒のレコーディングに参加。 2000年より小松亮太、葉加瀬太郎等のサポート等を行う。 ヴァイオリンの 会田桃子率いるクアトロシエントスのメンバーとして、 ライブ、レコーディングに参加。 2004年新澤健一郎率いる"Nervio"に加入。 ピアノの林正樹とともに、 アルバム"passage"をリリース 。 他にも、インストグループの"森"や、ピアノトリオ"west/rock/woods" 、林正樹"STEWMAHN"のメンバーとしての活動も。これまでに上妻宏光、中孝介、綾戸智恵、小野リサ、カルメンマキ、木住野佳子、小松亮太、榊原大、中島美嘉、葉加瀬太郎、長谷川きよし、古澤巌、 Pablo Zieglerなどのツアーやレコーディングに参加。

西嶋 徹 Blog

小田朋美『シャーマン狩り - Go Gunning For Shaman』 インタビュー:インタビュー / INTERVIEW

12月4日にリリースされたファースト・フル・アルバム『シャーマン狩り -Go gunning for Shaman-』を少しでも聴けば、小田朋美という新人女性アーティストが特筆すべき才能の持ち主であることは、すぐに分かるだろう。現代的なストリングスの響きやポリリズム(菊地成孔DCPRGにサポートキーボーディストとして参加)など、東京藝術大学作曲科卒業というアカデミックなバック・グラウンドが存分に発揮されている。一方で、日本語による濃厚な歌と、PerfumeやYMOというカバー曲のセレクションなどによって、ポップな歌ものにも仕上がっている。このアンビバレンスは、インタビュー中に感じた彼女の印象と一致した。聡明で力強い回答が、チャーミングでシャイな語り口から発せられるのだ。(ボーイッシュなルックスも)
ここのところ、新人女性ミュージシャンのプロデュースを立て続けに担当している菊地成孔が、このアルバムでは共同プロデューサーとして参加している。楽曲には一切タッチせず、アートワークや選曲、アルバムタイトルなどで彩りをつけたようだ。

小田朋美さんにお話を伺いました。


小田朋美『シャーマン狩り -Go gunning for Shaman-』
シャーマン狩り -Go gunning for Shaman-

■タイトル:『シャーマン狩り -Go gunning for Shaman-』
■アーティスト:小田朋美
■発売日:2013年12月4日(水)
■レーベル:Airplane label
■カタログ番号:AP1055
■価格:2,625円(税込)
■アルバム詳細:http://airplanelabel.shop-pro.jp/?pid=66565858


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小田朋美 『シャーマン狩り - Go Gunning For Shaman』 インタビュー

■音楽との出会いについて教えて下さい。

[小田朋美] 母親がピアノの先生だったので、物心つく頃からピアノを習っていて、家のグランドピアノで遊んでいるような感じでした。彼女がショパンが好きでよく弾いていたので、ショパンを聞くと懐かしい気持ちになったりします。自分自身が音楽家になりたいなと思ったのは、3~4歳ぐらいですね。職業意識というよりは、憧れです。覚えているのは、その頃にテレビを見ていたら突然死ぬのが怖くなって。。。


■3~4歳で死ぬのが怖くなったんですか?すごい(笑)。生まれたばかりじゃないですか。

[小田朋美] 5歳ぐらいの時が精神的熟成のピークなんだと思います(笑)。死ぬのが怖くなって泣いていたんですよ。それで、その頃、母親がベートーヴェンをよく弾いていたんです。子供ごころでよくわからないながらも、ベートーヴェンという人は何百年も前の人なのに、その音楽が残っていて、作曲家ってすごいなと思って、その職業に憧れが生まれました。

■ベートヴェンが好きなんですか?

[小田朋美] この人みたいな曲が作りたいなと、一番最初に思ったのがベートヴェンなんです。そんな風に思って作った曲があるんですけど、聴き返してみると、ベートヴェンみたいでは全然なくて、ポップスのような曲で(笑)。今でも好きな曲です。


■クラシックの方向からピアノを通して音楽に入っていくという感じなのですね。

[小田朋美] そうですね。もちろんポップスも聴きましたし、童謡を歌ったりもしました。でもクラシックが好きで、中でもバッハの平均律を弾くのがすごく好きです。対位法的な、右手と左手が平等というような世界が魅力的ですね。


■ポップスはどのような曲を聴いていたんですか?

[小田朋美] MISIAに中学生の頃すごくハマりました。


■やはりMISIAですか!同じくらいの年齢のミュージシャンにインタビューするとよく出てくる名前です。ものんくるの角田さんも言っていました。

[小田朋美] 一枚目のアルバム『Mother Father Brother Sister』がストリングスで始まるんです。それがとてもかっこいいんですよ。ライブとかにも行ったりしていましたね。クラシックはもちろん好きなんですけど、やらなければいけないことでもあって。それと平行して、歌うこともその頃からすごく好きだったので、ポップスも大切な存在でした。カラオケは週一回は必ず行っていました(笑)。


■作曲と歌ですね。作曲はいつぐらいから始めたんですか?

[小田朋美] 作曲技法とまではいかないんですけど、簡単な形式とかを教えてもらったので、それに従ってメロディーとハーモニーを作るのは小さい頃から好きでした。


■自分の曲を自分で歌いはじめるのはいつ頃のことですか?

[小田朋美] それが色々とありまして(笑)。カラオケで歌うのはすごく好きだったんですけど、人前で歌うよりも裏方のほうが向いていると思っていたんです。生徒会に立候補したのに選ばれなかったということに始まっているコンプレックスなんです(笑)。そういうわけで、「シンガー・ソングライターです」というようなことを表沙汰にできず、「楽器だけの曲を作ります」という感じで中学と高校を過ごしました。でも、歌うことが好きだったので高校では合唱部に所属していました。「音楽は気持ちだ」という熱い部活で、部長をやったりしながら3年間入れ込んでいました。なので、歌うことは続けていましたね。


■なるほど。小田さんにとって作曲のツボはなんですか?

[小田朋美] 今は何を聴いても良い素晴らしいと思うんですけど、ちょっと前までは何を聴いても違うと思っていました。生意気なんですけど惜しいというか、違うツボが絶対にあるぞという(笑)。


■惜しい!という感じは分かります。結局は自分のツボに対して、ということなんでしょうけど。

[小田朋美] そうなんですよね。自分のツボを探したいというのが、作曲をやりたいという気持ちなんだと思います。歌に関しては、ツボがどうこうというのは無くはないのですが、純粋に、歌いたいという気持ちですね。


■ジャズとの接点はありますか?

[小田朋美] 母親がジャズ・ピアニストになりたかったらしいんですね。大学でクラシックの教育科を出ていたりするんですけど、ジャズに憧れていて。なので家には、ジャズのレコードやスタンダードの楽譜があって、曲名とかはわからなくても聴いていたので馴染みはあります。勉強をしたことはないんですけれど、こういう風に弾いたらかっこいいかなとか、ジャズっぽいかなというような遊び感覚みたいなものが曲の中に混じっているというのはありますね。自分でジャズを聴くようになったのは最近です。


■何を聴いたりしますか?

[小田朋美] 友だちから教えてもらうのが多いんですけど、ビル・エヴァンスとかキース・ジャレットは好きですね。キースの『The Melody At Night,With You』というアルバムがとても好きで、ことあるごとに聴いています。最近の人では、グレッチェン・パーラトとかエスペランサ・スポルディングもよく聴きます。ロバート・グラスパーとかアントニオ・ロウレイロとか。


■作曲と歌については伺いましたが、作詞はいかがですか?アルバムではあまり担当されず、宮沢賢治や谷川俊太郎の詩を用いていますね。

[小田朋美] そうなんですよ。(小声で)ちょっと苦手なんですよね(笑)。というよりも、「VOICE SPACE」という詩と音楽のコラボレーションをするグループに所属していて、そこで詩人の作品に曲をつけることを既にやっていたんです。このグループで色々なアプローチを試せたことは、自分の歌にとても影響しています。メロディーがあって詩を書くという順序よりも、詩があって曲を書くという順序のほうが、(音楽が)変型したものになる確率が高いので面白いんです。歌うためにリズムがまとまっていない自由詩のようなものには結構可能性があるなと思います。


■なるほど。アルバムに収録されている曲もそういうことですか?

[小田朋美] 2曲目の「[風が吹き風が吹き]」は、宮沢賢治の詩なんですけど、実は抜粋しているんです。ある人には「宮沢賢治に失礼や。」と言われていますが(笑)。本当は詩全体がとっても好きで入れたいと思ったんですけど、結果的に朗読になっちゃうというところがあったんです。今回は、詩全体の雰囲気をインストで表現しつつ、サビでは印象的なフレーズを歌うという形にしたかったので、抜粋しています。


■いわゆる音楽の上で、節を付けて詩を朗読しているという形では全然なく、楽曲として耳に入ってきます。苦労されているポイントですか?

[小田朋美] ポップに聴かせたりするなど、音楽と朗読のコラボレーションの可能性も色々あると思うし、朗読自体も歌と同じくらい難しいものです。だけど、歌と朗読では、身体に入って来る感じはやっぱりちょっと違うと思うんです。自分で声を出す時には、今のところは歌にこだわってやっていきたいと思っています。歌の中で、詩をもっと遊べるかということをやりたいですね。


■アルバムでは、小田さんのピアノと歌に弦楽四重奏がついている編成と、ドラムとのデュオという2パターンで構成されていますが、このメンバーと編成がご自身にとってどのようなツボにはまったのか教えて下さい。

[小田朋美] 例えば、ベースがいたほうが安定はすると思うのですが、それは考えたことはないんです。どうしても、ちょっと偏った編成というのが好きなんです(笑)。弦楽四重奏はもともとすごく好きなんですね。とにかく「萌え」ですよね(笑)。さっきも話しましたけど、対位法「萌え」なんで、みんなの扱いをわりと平等に出来る弦楽四重奏の編成が好きです。ドラムに関しては、あるライブで演奏している時、ドラムと一緒に自分の曲をやると色々な遊びが出来て面白くなるということに気づいたんです。


■特にデュオだと個性的で、リズムの面白さにも耳が行きます。菊地成孔さんのDCPRGにサポートメンバーとして参加もしましたが、リズムにこだわりはありますか?

[小田朋美] ポリリズムは前から好きなんですが、効果的に実践できる場がなかなかなかったんです。デュオというのは機動力の高い編成な上に、ポリリズムに対してのリテラシーが私よりも高いドラマー、田中教順さんとやっているとアイデアがもっと膨らみますね。1曲目の「Love the world」では、どこかでリズムを伸縮させたりといったポリリズムの効果を取り入れたいというプランはありました。全体的な構成の中でそれをどのようにすると面白くなるかというようなことは、二人でやりながら作っていきましたね。他にも5曲目「鏡の中の十月」では、ちょっと脱臼したような感じにやりたいというイメージが最初にあって、それを教順さんの力を借りながら形にしたという感じです。


■アルバムの共同プロデューサーが菊地成孔さんですが、レコーディング自体には参加せずに、アートワークのディレクションやカバー曲の選曲を担当しているということらしいですね。

[小田朋美] そうですね。カバー曲に関してはいくつかピックアップしていただいて、そこから選びました。6曲目「Angelic(菊地成孔SPANK HAPPYの曲)」は曲がかっこ良いなと思ったのはもちろんですが、単純に、男の人っぽい声で「Angel, I'm only lunatic♪」と歌いたいなと思いました(笑)。あとは、曲順を決めていただいたんですけど、それがとても良かったですね。曲に対して思い入れがあったりするので、自分で決めた曲順では偏ったものになってしまうんですね。何か違うな、しっくりこないなと感じていた時に、菊地さんがこのアルバムの曲順を出してくださったんです。それがとても聴きやすくって、曲順の大切さを知りました。他のことについても、(菊地さんがプロデュースした)「ものんくる」や「けもの」を見ていて、客観的に魅力を引き出してくださる方だとわかっていたので、信用してお任せしていました。


■菊地さんのアイデアという、アルバム名がインパクト大ですね。

[小田朋美] そうですね。でももっと強烈な候補もあったので(笑)。私がボーイッシュで、男根的なものに憧れているよねという印象だそうで。。。


■(笑)。憧れているんですか?

[小田朋美] 憧れてなくはないと思いますね。というか、女の人が苦手なんですよね。自分を含めて女性的な面倒くささに向き合うのが苦手というか。男の人のほうがよっぽどサッパリしているなと。


■でも男はバカですよ。

[小田朋美] そうですね(笑)。私のプロフィールに「幼少期にピエロと大学教授を志すも、、、」と書いてあるんですけど、そういう感じなんですよ。女の人は滑稽になりえないというか、どんなにおかしなことをやっても滑稽になりきれないところがどこかにあると思うんですね。滑稽になれる男の人はいいなと、滑稽になりきって死にてぇと思って。なんかそこら辺が男根願望みたいなことに繋がるんではないかと思います(笑)。


■(笑)。それでアルバム・タイトルなんですけど。。。

[小田朋美] そうそう、それで候補にそういう感じのものもあったんですが、親戚に配れないと思ったんで、『シャーマン狩り』に決まりました(笑)。

[ベーアー(レーベル担当者)] 販売物なんで、売る側としてはそれはちょっと勘弁していただきたい(笑)。初耳ですけどね、このやりとりは(笑)。

[一同] 爆笑


■カッコ良いタイトルに決まったと思います。では最後に、夢や目標などあれば教えて下さい。

[小田朋美] 今は、自分の体を血肉湧き踊らせるものを改めて探している時期なんです。熱中して面白いと思ってフォーカスできるものが少しずつ見えて来ているんですけど、それを明確にして形にしたいですね。そうすることでしかその先を想像できないというか。あとは、死ぬまで音楽を続けていたいです。さっきもお話しした自分のツボとか、何か違うと思う違和感とかも含めて、自分と何かの交差点を探し続けて行きたいと思います。



[Interview:樋口亨]




小田朋美
小田朋美

オフィシャルサイト:http://odade.gozaru.jp/

1986年9月9日神奈川県生まれ。
幼少期にピエロと大学教授を志すも音楽の道へ。
国立音楽大学付属高等学校作曲家から東京芸術大学音楽部作曲科へと進み2012年3月に卒業。
詩と音楽のコラボレーション集団「VOICE SPACE」コンポーザー。
日本各地で谷川俊太郎、谷川賢作、小室等、佐々木幹郎各氏と共演。
2011年東京芸術大学芸術祭にて矢野顕子と自作曲&即興で共演。 2012年4月より、
日本各地で行われる津軽三味線の名手・二代目高橋竹山の演奏会にピアノで出演中。
2013年秋、菊地成孔率いるDCPRGツアーにサポートキーボーディストとして参加予定。
様々なイベントへの楽曲提供や、ラジオ番組等へのアレンジ提供、アーティストのサポート演奏、自主ライブ活動を積極的に行いつつ、日本語と音楽のコラボレーションの可能性を追究している。


ライブ情報
1月12日(日) 15:00@タワーレコード渋谷店 7Fクラシックフロア
小田朋美、田中教順デュオ

1月16日(木)@座・高円寺
VOICE SPACE(小田朋美参加)
http://roppei.jp/

1月29日(水)@大泉学園 in F
小田朋美、田中教順デュオ

橋爪亮督&市野元彦インタビュー"橋爪亮督グループ『Visible / Invisible』":インタビュー / INTERVIEW

昨年のベストアルバムの一つとしてJJazz.Netでも取り上げた『橋爪亮督グループ / Acoustic Fluid』。そのタイトル通り、変幻自在の響きが美しく、衝撃的な作品でした。
メンバーは、橋爪亮督(テナーサックス)、市野元彦(ギター)、佐藤浩一(ピアノ)、織原良次(フレットレスベース)、橋本学(ドラム)。レコーディング後に、この5人で行ったツアーの様子を収めたライブアルバム『Visible / Invisible』が11月6日に発表されました。

いわばライブバージョンの『Acoustic Fluid』といえる今回の作品。響きが特徴のこのグループのサウンドが、作りこまれたスタジオから生々しいライブ会場へと移った時にどのような姿を見せるのか?彼らが追求するサウンドへの道のりと行く末は?

バークリー音楽学院で出会い、このグループのサウンドの核となっている二人、リーダーの橋爪亮督さんとギターの市野元彦さんにお話を伺いました。


橋爪亮督グループ『Visible / Invisible』
Visible / Invisible

■タイトル:『Visible / Invisible』
■アーティスト:橋爪亮督グループ
■発売日:2013年11月6日(水)
■レーベル:Apollo Sounds
■カタログ番号:APLS1304
■価格:2,625円(税込)
■アルバム詳細:http://apollosounds.tumblr.com/post/62219438775/visible-invisible-11-6


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橋爪亮督&市野元彦インタビュー

■音楽との出会いについて教えて下さい。

[橋爪亮督] サックスを吹き始めたのは、高校でブラスバンドに入ってアルト・サックスを担当してからです。始めてからは楽しくて、朝から晩まで時間のある限り吹いていましたね。同時に、FMのエアチェックもよくやっていました。フュージョン/クロスオーバーのインストとか。ブラバンとは別にバンドを組んで、そういう音楽をやっていました。最初は渡辺貞夫さんとかスクェアの伊東たけしさんとかをコピーしていたんですが、次第に、彼らが影響を受けた人たち、デビッド・サンボーンとかマーカス・ミラーの曲を演奏するようになりました。高校から大学にかけてです。


■大学を休学してバークリー音楽大学に行くんですよね。

[橋爪亮督] 日本であったバークリーのサマーセミナーに参加したのがきっかけです。奨学金を貰えたので、まだ二十歳ですから後先のことは全然考えずに行きました。


■市野さんの音楽との出会いは?

[市野元彦] 姉が聴いていたビートルズとかTOTOとかですね。それが中学1年生の頃です。高校生になって初めてエレキギターを買ってコピーバンドを始めました。フリーとかポリスとか。バラバラな感じですけど。(笑)その後、大学に入って2年間くらい完全にギターを弾くのをやめちゃってたんですけど、たまたまストリートミュージシャンがギターとサックスでジャズを演奏しているのを聴いて、パーンと気持ちに入ってきたんです。それまでジャズというと、でっかいベースとラッパというイメージがあったんですけど、ギターにもこういうのがあるんだということを知りました。それからレコードを探し始めて、それに合わせていわゆるジャズ的なギターを弾くようになりましたね。バークリーに行くのはその後です。


■バークリーではお二人は会ったことがあるんですか?

[市野元彦] 会ってはいます。でも入れ替わりでほぼ半年くらいだけでした。


■バークリーでの時間はご自身にとってどういうものでしたか?

[橋爪亮督] 演奏科から作曲科に学科を変えたということもあって、アメリカには7年間くらいいました。バークリーに対しての最初の印象は、「えらいところに来ちゃったな」ですね。学生でも演奏のレベルはすごかったですし、バックグラウンドが違うなと感じました。一所懸命練習したんですけど、耳が肥えていくばかりでなかなかうまくならなかったので精神的にもきつかったです。日本から来たただのコピーキャットが行き詰まったという感じですね。音楽をやめようと思ったほど悩んでいました。好きな音楽のルーツを辿って行くと、すごく濃いところに行き着いて、いくら好きでも同じ様には絶対になれないと身をもって感じました。そうなると、今までやってきたものが崩れて、楽器に触れなくなっちゃったんです。それでしばらく音楽から離れた時間があった後に、自分で曲を作って好きな様にやってみて、「よくない」とか「何それ?」とか言われたらその時にやめようと思えるようになったんです。それが作曲科に変更した理由ですね。それまでは学校が脅威だったけど、自分がやりたいことがあれば、学ぶことはたくさんあるところだなということが見えてきました。好きな風に作曲して好きな風にやればいいのかな、そう考えたら勉強したいことがたくさん出てきて印象が変わりましたね。楽器もアルトからテナーに変えたので、初心者気分に戻れて気持ちがスッキリしました。とりあえずの目標として、全部自分の曲で、自分の好きなメンバーを集めて演奏するリサイタルをやると決めたんです。


■再スタートをきったんですね。そのリサイタルは開催出来たんですか?

[橋爪亮督] テナーを吹けるようにならなきゃいけなかったし、曲も作らなければいけなかったので、1年か2年かかったんですけどやりました。それはもうドキドキでしたよ。

[市野元彦] お客さんのほぼ全員が世界中から集まったミュージシャンと有名な先生だったりというあの特殊な経験は、音楽学校ならではですよね。


■かなりの緊張感ですね。

[橋爪亮督] でももう開き直っていたましたから。自分は日本人で、アメリカにジャズを勉強しに来ているという時点で雑種だし無茶苦茶だからしょうがないと。雑種に徹しようと思って。自分がいいと思ったことを一所懸命やると、自ずとなにか違うんじゃないかと信じました。結果的に、「お前の曲は興味深い」だとか「エキゾチックだ」だとかというコメントをもらえてホッとしましたね。その繰り返しです。


■市野さんはいかがでしたか?

[市野元彦] 僕も演奏科に入りました。理論的なことは頭の中がすごく整理されてよかったですね。演奏については、バークリーで生まれて初めて人から習ったので新鮮でした。そんなに若い頃に入学したわけではないので、自分の中である程度価値観が出来上がっていて取り入れたいものの取捨選択ができる状態だったのはよかったです。あとは、生徒が世界中から集まっているので人数も多く、雑多で良かったですね。自分で作ったオリジナルの楽器しかできないという人とか個性的なのが多くて面白かった(笑)。なので、習った事自体よりも環境が素晴らしかったですね。


■そういう個性的な人たちを学校もよく受け入れていますね!

[市野元彦] それがアメリカの良い所ですね。日本ではあまりなかった価値観を体験できたというのは貴重でした。


■橋爪さんのように苦労されたことはないですか?

[市野元彦] 入学したのが27歳くらいだったし、自分は物事を吸収するのが遅いと感じていたので最初から自分よりすごい人は世の中にたくさんいるということはわかっていました。なので、ショックとかはなかったですね。それでも、想像していた以上にすごいレベルの人たちはいましたけどね。(笑)


■バークリーでの経験は、現在のお二人にとって大きな影響のようですね。

[橋爪亮督] 環境はほんとうに貴重でしたね。それぞれが自分のアイデンティティを主張しているわけですよ。そういう中にいると、やりたいことをやればいいんだという風になりますね。でも僕は若かったから最初は相当ショックでした。


■日本で再会したのはどういう経緯ですか?

[市野元彦] 僕が後から帰国するわけですが、帰国後に東京のジャズシーンをチェックしていた時に、橋爪亮督グループがピットインに出演するのを見つけたんですよ。彼とはアメリカで知り合ったので「橋爪亮督グループ」という漢字を見ても最初はピンとこなかったんですけど(笑)、「Ryo Hashizume」だと気づいて。それで見に行ったんですよ、ピットイン昼の部に。

[橋爪亮督] そうだ!思い出した。演ってたらそこにいて。(笑)そんでもうすぐに、「次からよろしく」っていう感じで。

[市野元彦] そうだそうだ!アメリカではちょっとセッションやったぐらいだったけど。


■バンドはその頃から今みたいな浮遊感のあるサウンドを鳴らしていたんですか?

[市野元彦] 基本的には同じと言っていい感じですね。ちょうどマーク・ターナーやカート・ローゼンウィンケルとか同世代の人たちががああいう音楽を作りだした過渡期にアメリカにいたので、同時進行的に感じていた感覚で帰国後に演奏していたら、ニューヨークぶっているのか、というような冷たい扱いは受けましたけど。(笑)

[橋爪亮督] まず、全曲オリジナルでライブをやるということ自体珍しいという状況だったので、曲調とか以前に、そこで肩身の狭い思いはしていましたね。特別なことをやっている気持ちはなかったし、プレイヤーとしては自分の音楽を自分でプレゼンテーションするものだと思っていたので。誰かのやっていることを真似してやるのが全く意味が無いっていうようなことをアメリカで散々考えてきたわけだから、音楽を続けるのであれば、自分の音楽を作っていくもんだっていうね。帰国してからは、何があっても自分の音楽をやるバンドはキープしようと思っていました。


■「あまり吹かない」・「あまり弾かない」というのが、僕の中ではお二人の演奏の共通点です。テーマをやった後にソロを競うというスタイルじゃないという。

[市野元彦] 個人的には、ソロで主張するというのではなく、全体の中でどういう音や色彩がどういう塩梅で出ているかなと考えながら、いい感じな言い方になっちゃうけどペインター的に演奏します。そういうところがいわゆるマッチョなジャズ的ではないのかもしれないですね。


■メンバー全員で音風景をつくり上げるバンドですね。

[市野元彦] リーダーの求めるツボがわかってきているし、それに対して自分たちの個性を崩さずに何かを提供できる状況になっていますね。このバンドのサウンドの鳴らせ方がわかってきているという感じですね。

[橋爪亮督] 捉え方が似ているメンバーだと思います。僕も特別にリーダーというわけではなく、1/5という気持ちです。「空間」という言葉をキーワードとして僕はよく使うんですけど、全体でその場にフィットするというような音楽の作り方をしたくて。質感であったり、その場にいて幸せだと思う感覚に個人的には感動します。そういうのを表現したくて。僕がこのバンドにあえて出した指示として覚えているのは「ピットインの一番後ろのところでピシっと整う感じの音にしてね」とかですね。テクスチャーとかトーンとか、プリミティブなところを追求したいと思っています。極端な話、それらが良ければ曲は何を演ってもいいと思うんです。凄くシンプルなことを目指しているだけな気がしています。


■今回のライブ作品『Visible / Invisble』からも、音風景を愛でるというような、どこか日本的な感覚を得ました。

[市野元彦] 空間の扱いかたですね。

[橋爪亮督] 基本的に日本人なので、ちょんまげつけて着物を着て演奏しなくてもにじみ出て来るものだと思っています。


■ロングトーンと休符が印象に残ります。

[橋爪亮督] ホーンプレイヤーはロングトーンが強みだと思います。ロングトーンには空間の支配力があるので多用しますね。テクスチャーを一定にすることができるというか。それと休符を効果的に使うと、リスナー自身のイマジネーションにも参加してもらえて、よりリッチに聴いてもらえる事ができると思います。全部を演奏しないで、これとこれという風に音を選ぶ感覚は、市野さんがすごく秀でていますね。最小限の音を使ってよりリッチにという感覚を尊敬しています。市野さん自身がどう思っているか知らないですけど。(笑)

[市野元彦] (笑)。「休符を演奏しなさい」というのは学校でよく言われましたね。弾くのをやめているというだけではなくて、そこをコントロールするのが理想だと。


■今回のライブアルバム『Visible / Invisible』のタイトルについて教えて下さい。

[橋爪亮督] アルバムタイトルをつけるのには毎回苦労をします(笑)。「見えるもの / 見えざるもの」を表現したいなというテーマから来ています。ひねり出しました(笑)。


■今作は、前作のスタジオ・レコーディング作品『Acoustic Fluid』のライブ盤と言えると思いますが、ライブの面白さは何ですか?

[橋爪亮督] このバンドは、ライブだと放し飼いなところじゃないですかね。(笑)スタジオだと尺とか色々と制限があるので、ある意味で予定調和なところがあるんですが、ライブだとあまり決め事をしないので。逆に決め事をぶち壊すところが楽しいというような側面があります。ライブだと意外なメンバーが壊れたりして面白いです。ピアノの(佐藤)浩一くんとか。(笑)

[市野元彦] やっても怒られないのをいいことに。(笑)

[橋爪亮督] なので、今回の作品には変なところも入っているんですけど、ライブならではということで残しています。


■最後に、夢や目標などあれば教えて下さい。

[橋爪亮督] 具体的なところで言えば、海外のジャズフェスのような、皆んなが集まれるイベントに出たいですね。いろいろな人に聞いてもらいたいです。それで、日本人が演奏しているということで、何かしらの価値を見出してもらえれば嬉しいですね。

[市野元彦] 欧米じゃなくてもよくて、違った間合いの人達の前で、僕達の間合いを聴いてもらいたいですね。



[Interview:樋口亨]




橋爪亮督
橋爪亮督

オフィシャルサイト:http://www.ryohashizume.com/

1970年生まれ。

岡山大学在学中20歳の時にボストン・バークリー音楽大学から奨学金を受け渡米。1996年同校Jazz作曲科卒業。
同年初のリーダー作となる「And Then You Heard Tales(HAO Record 428)」をアメリカ国内でリリース。 
翌年2枚目のリーダー作「In A Stranger's Hand(HAO Record 429)」をリリース。 

1997年帰国。
2006年 POLYSTAR JAZZ LIBRARYより国内初となるリーダー作「WORDLESS」(P.J.L. MTCJ-3031) をリリース。

2008年 BounDEE JAZZ LIBRARY より国内2作目となる「AS WE BREATHE」(B.J.L. DDCJ-7004) をリリース。
2009年 Grapes Record より国内初のライブ録音となる「Needful Things」(GPS1206) をリリース。

2012年 tactilesound records より「ACOUSTIC FLUID」(TS-001)リリース。
現在は全曲オリジナルによる自身のグループを中心に新宿ピットインを始め首都圏ライブハウス等で活動中。

けもの 『LE KEMONO INTOXIQUE』 インタビュー:インタビュー / INTERVIEW

2011年に発表されたファースト・ミニアルバム「けもののうた」が、その圧倒的な存在感の歌声を聴いた早耳の間で「この和製ニーナ・シモンのようなシンガーは誰だ!?」と話題となったけもの。その正体は、ジャズ・ボーカリストとしてキャリアを始めた青羊(あめ)という、けものという名前に似つかわない、一人の女性シンガーによるプロジェクトです。ジャズのフィールドで活躍するミュージシャンをメンバーに迎え、彼女が作詞作曲したオリジナル曲を中心に据えて活動しています。
確かな演奏と日本語の歌詞で表現される不思議な世界観でジャズ発の新しい可能性を感じさせるけものが、9月18日にファースト・フル・アルバム『LE KEMONO ITOXIQUE(ル・ケモノ・アントクシーク)』をリリースしました。
プロデューサーは、鬼才、菊地成孔。この作品では、サックス、ボーカル、作詞、トラックメイキング、スタイリングやアートワーク(写真撮影も!)にと多岐に渡ってプロデュース・ワークを展開し、けものの魅力に新たな光を当てることに成功しています。
ミニアルバムと比較すると、ビジュアルとサウンドの両面でかなりの変化が見える新作。これからお届けするインタビューでは、その変化の種はもともと青羊さんの中にもあり、それを菊地氏が素敵に咲かせた、というコラボレーションの結実が見えてきます。

青羊さんにお話を伺いました。


けもの『LE KEMONO INTOXIQUE(ル・ケモノ・アントクシーク)』
LE KEMONO INTOXIQUE

■タイトル:『LE KEMONO INTOXIQUE』
■アーティスト:けもの
■発売日:2013年9月18日(水)
■レーベル:Airplane label
■カタログ番号:AP1051
■価格:2,625円(税込)
■アルバム詳細:http://airplanelabel.shop-pro.jp/?pid=62394057


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けもの 『LE KEMONO INTOXIQUE』 インタビュー

■子供の頃から音楽は好きだったのですか?

[青羊] 小学校の頃にピアノは習っていましたけど、母親が仕事をしていたので、託児所にピアノの先生が教えに来ていたので、ついでに、という感じです。綺麗で怖い先生だったんですけど、練習をあまりしていなかったので怒られて嫌でしたね。


■それでピアノ自体が嫌いになるというパターンですか?

[青羊] そうですね。


■その後は?

[青羊] 小学校の時に鼓笛隊入ってトランペットを吹いていました。


■なんでまた鼓笛隊に入ったんですか?

[青羊] 全く覚えていないんです。


■音楽はその当時から好きだったんですか?

[青羊] 歌うことは好きでした。何を歌っていたかは具体的には覚えていないんですが、学校の授業で与えられた曲です。


■プロフィールによると、中学から短大まではずっと吹奏楽部でホルンを吹いていたんですね。鼓笛隊に入っていた流れでですか?

[青羊] それもあるんですが、運動ができないので(苦笑)。すごい好きで吹奏楽部に入った感じでもなかったんです。


■なるほど。そういったいわゆる部活のような活動以外に、私生活で聴いていた音楽はありますか?

[青羊] ビートルズとかスザンヌ・ヴェガとか母親が聴いていた音楽をなんとなく聴いていました。他にはユーミンも好きでした。小学生の頃に「魔女の宅急便」の主題歌になっていて、そこからすごい好きになりました。音楽をガッツリ聴いていたという感じではなかった気がします。あとは、ホルンが好きだったからクラシックは聴いたりしていましたね。


■クラシックはどのようなクラシックですか?

[青羊] そんなに詳しいわけではないんですけど、吹奏楽部だったんでオーケストラですね。ストラヴィンスキーの「春の祭典」とか好きでした。


■ここまで伺った音楽歴だと、けもののサウンドはあまり想像できないですね。バンドブームは通過していない感じですか?

[青羊] あ、思い出した!オザケン(小沢健二)とかオリジナル・ラブとかUAを聴いていました。


■渋谷系が好きという感じは、そこはかとなくわかります。

[青羊] 高校の頃の記憶がほとんどないので(苦笑)、今思い出してきました!


■それでまたプロフィールによると、大学まで吹奏楽部で活動した後に、「ジャズボーカルのレッスンを受ける」とありますが、ジャズもボーカルも気配がなかったわけですが、この間に何が起こったんですか?(笑)

[青羊] ホルンは、口の形を直していた段階で、これ以上うまくならないなと思ったのでやめようと思って。それで、なんかライブハウスで働きたくなって。


■あ、ライブハウスには行ったりしていたんですか?

[青羊] いえ、あんまり。でも、ホルンをやっていた時もジャズを習ってみようとしたことはあったんですよ。


■なんでジャズをやってみたいと思ったんですか?

[青羊] UAが好きだったのと、「紅の豚」で登場人物のジーナが歌うシーンがあって、あれはシャンソンなんですけど、ああいう感じに憧れたっていう。ジーナに憧れてジャズ、という人が他にもいたんで、意外とそういう人は多いかもしれませんね。


■ジブリ映画が青羊さんに影響を与えている気がするのですが(笑)。

[青羊] ホントだ(笑)。この間、菊地成孔さんのラジオ番組に出演した時もジブリの話題になりました(笑)。


■ジャズとのリンクはわかりましたが、歌はなんでまた?

[青羊] とあるライブハウスで働きたかったんですけど、「働きたい」って言えなくて「歌を習ってみようかな」って言ったら習うことになって(笑)。


■(笑)あ、働きたいお店が決まっていたんですね。ということは、そこはボーカルレッスンもやっていたんですね。

[青羊] 代々木「ナル」のオーナーに、男性ジャズボーカリストを紹介して頂いて、レッスンを受けました。


■そうなんだ!早く言ってよ(笑)。ライブハウスって言うんでロックとかそっち系のだと思っていました。ジャズボーカルは習ってみてどうでしたか?

[青羊] 2年ぐらい習ってからライブにも出るようになったんですけど、あんまり向いてないかなと思いました。UAとかが好きということもあって、歌詞が日本語でない所に違和感を感じたりしていました。オリジナルをやりたいけど曲は作れないという葛藤があるまま、歌の方向性がわからなくなってしまって一旦活動を休みました。


■なるほど。でも約2年後あたりに活動を再開するわけですよね?

[青羊] ジャズをやっていた時に目をかけていてくれていたベーシストの奥さんが、ウクレレでオリジナル曲をやっているのを見て触発されたし、「なんで自分はできなかったんだろう」って悔しくなって始めました。


■踏み出すきっかけをもらったんですね。作曲はどのように進めているんですか?

[青羊] とりあえず何かが降ってきてからですね。例えば、言葉とメロディーが降りてきたら肉付けして、ある程度形になったら譜面に起こすという感じです。


■オリジナルでやり始めた最初から「けもの」としてやっているんですか?

[青羊] いえ。途中で「けもの」をやりたくなったきっかけがあるんです。吉祥寺の「サムタイム」でライブを見ていた時に突然メロディーと歌詞が頭のなかに流れてきたんですね。歌詞に「けもの」という言葉が出てくる「けものZ」(1stミニアルバムに収録)という曲だったんですけど、その曲ができた時に「けもの」というバンドをやってみたいと思ったんです。それと、今までジャズのセッションが多かったので、カチッとしたバンドに対する憧れもありました。他には、今の忙しい世の中、例えば満員電車なんかではある程度感覚をシャットダウンして我慢していないとやっていけないと思うんですね。私はそういうのがおかしいなと思っていて。皆んなが本来持っている感覚を開かせたいというか開いたほうがいいんじゃないかなという気持ちと「けもの」という言葉がちょうどクロスしました。


■なるほど。「けもの」というのは野性的というか本能、というような意味合いがあるんですね。

[レーベル担当者A氏」「本能を形にすること」と言って菊地(成孔)さんに「わけわかんない(笑)。」ってラジオに出演した時に言われてましたけどね(笑)。


■青羊さんご本人は、感覚全開なのですか?

[青羊] 自分も含めて、感覚を開く機会があった方がいいかなと思います。まずは自分です。


■歌うことは自分にとってどういう感覚ですか?

[青羊] エゴです。自分勝手なんです。私は、皆んなのために歌おうという気持ちは一切ないです。エゴを出して受け入れてくれる人がいれば、ありがとう、という感じです。


■歌う時に自分が大切にしていることってありますか?

[青羊] 一線を越えて、どこかに行くことは目指しています。ただ狙ったからといって、そうできるものでもないし、考えすぎてもダメなんで。曲をイメージするっていうことですかね。


■「青羊」という名前の由来を伺っていいですか?

[青羊] なんていう名前にするかは迷ったんですけど、羊が好きっていうのもあるし、未年でもある。あとは、村上春樹「羊をめぐる冒険」に背中に青い星がある羊が出てくるんですね、そこから来ています。


■「あめ」っていう読み方については?

[青羊] あて字です。「咩」で「め」と読むんですけど、そのままじゃあ何なんで、村上春樹さんも好きなんで、「青」と「羊」で「あめ」と。


■なるほど。では、アルバムについて聞かせてください。菊地さんがプロデュースですが、青羊さんから事前にリクエストしたことはあるんですか?

[青羊] テキスト・リーディングをやりたいです、というのはお話しました。私にとって、歌というのはしゃべることの延長線上にあるんですね。あまり変わりないというか。でも実際は、テキスト・リーディングをそれほどやったことがなかったんでやりたかったんです。あとは、ライブで朗読をやった時に、脳が快感を覚えちゃいまして、それ以来、声を使ったお仕事もしてみたいと思うようになりました。


■菊地さん作の9曲目「魚になるまで」がテキスト・リーディングですね。

[青羊] 「魚がテーマのアルバムをやりたいです」みたいなことを私が最初にお伝えして。でも「"けもの"で"魚"だと聴く人が困惑するのでは?」(笑)ということになって。そのことがあったからかどうかはわからないですけど、「魚になるまで」というタイトルです。


■前作と比較すると、サウンド的には大雑把に言っちゃうと、世田谷・武蔵野あたりから渋谷の文化村あたりに引っ越ししたような感覚があるんですけど、このテイストというのはもともと青羊さんにあったんですか?

[青羊] ありましたね、はい。


■そっか、渋谷系とかも聴いていたんですもんね。なるほど。特にエレピ(エレクトリック・ピアノ)のサウンドですごくそういう印象を受けました。

[青羊] 菊地さんの提案でエレピを多用しました。


■他に前作と違うところでは、オリジナルに加えてジャズ・スタンダードも収録していますね。

[青羊] ライブでよく演奏している曲です。


■録音メンバーはライブでも一緒に演奏している面々ですか?

[青羊] そうですね。皆んな大好きです。他のメンバー同士も共演していたりして繋がっているんです。


■では最後に、夢や目標があれば教えて下さい。

[青羊] 目標というわけではないですけど、仕事もやめたんで音楽で生活していきたいです。それと、今回のアルバムを広く聴いていただきたいです。



[Interview:樋口亨]




けものアルバム『LE KEMONO INTOXIQUE』発売記念ライブ

<日時>
9月30日(月)
開場18:30 開演20:00

<会場>
青山CAY(スパイラルB1F)

<出演>
青羊:ヴォーカル
石田衛:ピアノ
織原良次:フレットレスベース
トオイダイスケ:ベース
石若駿:ドラム

スペシャルゲスト:菊地成孔

<詳細>
https://www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_754.html




けもの バイオグラフィー
2010年 青羊(あめ)のソロユニットとして活動開始
2011年 1stミニアルバム「けもののうた」をリリース
2013年 1stフルアルバム「LE KEMONO INTOXIQUE(ル・ケモノ・アントクシーク)」をリリース
けもの研究所http://kemono.pupu.jp/
けものTwitter:https://twitter.com/kemonoz

青羊(あめ)
青羊
岩手県釜石市生まれ。
中学から短大までは吹奏楽部でホルンを吹くが、ホルンをやめた後、ジャズヴォーカルのレッスンを受ける。
2004年 ジャズヴォーカリストとして都内でライブを行うようになるが、2006 年に活動を休止。
2008年 活動を再開、オリジナル曲の作詞作曲をするようになる。
2010年5月 音楽家としてのソロユニットでありアート・アクティビティでもある <けもの>を始動。(活動目的は「本能をカタチにすること」)。
2010年10月 東芝EMI 主催のオーディション「EMI REVOLUTION ROCK」に<けもの>としてエントリー。3000組の中から最終選考 5組に残り、鈴木慶一、宇川直宏等に高評を受ける。
2011年5月25日 初のミニアルバム「けもののうた」を発売。
2013年9月18日 菊地成孔のプロデュースで1st フルアルバム『LE KEMONO INTOXIQUE( ル・ケモノ・アントクシーク)』をAIRPLANE RABELから発売。

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