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万波麻希インタビュー ~『Jacob Koller and Maki Mannami / Pilot』

お馴染み須永辰緒氏プロデュースのものを含む2枚のソロアルバムをこれまでにリリースしている女性アーティスト、万波麻希。
現在「ジャズ」という音楽の定義やイメージが拡張しているとはいえ、そこに収まらずに、その活動や音楽を通じて、貪欲に自由に自分というものを追い求めています。
4月に発表された約3年ぶりとなる作品は、意外にも、アメリカ人ピアニストとのコラボレーションです。
2人の出会いやアルバムが出来上がるまでのストーリーが非常に面白いのでこちらもチェックしてみてください。
これまでの作品と比べて、スムースで優しく、ジャズ的に聞こえると同時に、随所に持ち前のエッジも散りばめられています。
シンガーソングライターの作品のような静けさ、クラブミュージックなどがもつエッジ、どちらかを求めている人や両方を求めている人、どちらにもおすすめです!



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万波麻希インタビュー

■ ジャズスタンダードの他に、ジョニ・ミッチェルやビョーク、レオナード・コーエンなどシンガーソングライターの楽曲もたくさん取り上げています。選曲はどのようにして進めましたか?

もともと、カバーに興味ないんです。オリジナルがあるのに、なんで人の曲をやるのかな、と。カバーを入れないと売れない、っていう風潮が蔓延してますが、入れても売れない、ってなんでみんな気づかないのかな、とか(笑)。でもカバーやらないとレコード会社が出してもくれない。ということでぶっちゃけイヤイヤやったんですが(笑)、どうせやるなら自分の本当に思い入れのある曲をやろうと思いまして。ジェイコブと、カバー入れないといけないけど何やる? って話してて、彼も、今さらありきたりなジャズスタンダードとかやりたくないよね、って言ってたんです。それで、ポップスとかロックにも目を向けてみて。ジョニ・ミッチェル、ビョーク、レオナード・コーエンの曲は、私が歌詞を心から愛しているから。「Send in the Clown」も歌詞が好きなんですが、これは私が尊敬するスティーヴン・ソンドハイムというミュージカルのソングライターの曲で、高校生の頃から歌っていたのでことさら思い入れが深い。「Naima」はジェイコブと私の個性を活かせる曲だと思っていて、二人でライブで何度も演奏してきたから。付け焼刃にならないよう、念入りに曲を選んだので、結果的にはやってよかったと思います。前作でカバーやった時はアレンジで勝負したい気持ちが強かったけど、今回は曲によってはジェイコブにアレンジを任せたので、歌に集中できたし、人の曲を歌うということでまた得たことも大きかったです。


■ これまでの作品と比べて、よりジャズとポップの要素が強くなった内容だと思います。その理由は?

昔から曲を作る際に「美しいメロディー」という要素は不可欠でしたが、それを敢えてコラージュの一環として扱うようにしていました。あくまでオリジナルの世界観を作ることに要点を置いていたから。最近はストレートな曲がより胸に響くようになったんですが、歳とったんですかね(笑)。20代の頃の自分は精神的にも混沌としていて、それがよく音に表れていたと思う。ポップな要素が強くなったのは、そういう部分をある意味乗り越えたというか、より表現が素直になってきたんだと思います。コアな音作りをしていた頃から、いつかアルバムの最後に一曲、とかでもいいからオーソドックスなフォークソングをピアノと歌だけでやりたいと思って、実は前回のアルバムでも用意してたけど、ボツになった(笑)。だから今回のアルバムは私の中のポップ願望がより前面に出た、という感じでしょうか。ただこれからもポップ路線でいくとかでは決してないです。今回それをある程度出し切ったから、次はまたディープな音作りにも戻りたい。
ジャズに関しては、これも私にとってはコラージュの一環でしかなくて、ジャズアーティストと呼ばれることに最初から違和感を感じてたし、1枚目も2枚目も、私はジャズのアルバムを作ったつもりは全くなかった。将来的にジャズに向き合ったアルバムを一枚作りたいとは思ってて、ジェイコブが日本に活動の拠点を移したことを機に、今作で挑戦することにしました。彼となら私の中にあるヴィジョンを実現できると思ったから。これは決してストレート・ジャズではないけど、私の中ではこれ以上ジャズ寄りになることはないです。これが私にとって、私なりの、最初で最後のジャズアルバムかもしれない。


■ アルバムタイトルについて教えてください。

海外のテレビドラマで、試験的な意味で放映する一話目のことを『パイロット』っていうんですが、私とジェイコブのコラボはまだ始まったばかりで、これから続編をどんどん作りますっていう意味でつけました。


■ 前作から今作発表までの間に、拠点をベルリンやニューヨークへと移していたそうですが、その理由や現地での様子を教えてください。また、その経験が今作に影響を与えていますか?もしそうであれば、どういった形で影響を与えているか教えてください。

話すと長くてここには書ききれませんが、私は大阪で生まれ育ったんですが、大阪は非営利な活動に没頭するコアなアーティストが集う街なんです。東京での音楽活動は勉強になったし感謝もしてるけど、ビジネスライクな音楽シーンに戸惑ったり否定的になることも多かった。いったんゼロに戻さないと私の中でこれ以上何も生まれないと思ったのと、新しい刺激が欲しかったので、3年ほど前に放浪を始めました。ベルリンでは最新のエレクトロ系の音に刺激を受けたり、Jazzanovaに参加してるSebastian Studnitzkyっていうトランペッターとコラボしたり、イベントオーガナイズしたり、DJやったりもした。その間にロンドンに行って、ロイヤルオペラハウスでのライブに出演しました。それからスペインのアンダルシアに飛んでフラメンコに没頭して、ニューヨークではサマーフェスティバルを観まくって、David Lastっていうブルックリンのアーティストとスタジオをシェアして、彼のアルバムに参加したり、日本人の山本祐介さんというビブラフォン奏者に自分の作品の録音を手伝ってもらったり。その後はオーストラリアに飛んで、脱力して帰ってきました。各国それぞれ出会いがあり素晴らしい体験をしたけど、10数年ぶりに訪れたニューヨークは本当にすごかった。東京では洒落たヨーロピアンジャズが流行っているけど、ニューヨークにはジャンルも壁もなくあらゆるジャズが混在していて、ミュージシャンのレベルも当然ながら凄い。ニューヨークの旅が、リベラルなジャズに向き合うという意味で、今回のアルバムの音作りに一番強烈なインスピレーションを与えていると思う。本当に有意義な数年間でした。


■ 今回の相棒、ジェイコブ・コーラーとの制作過程で、印象的なエピソードがあったら教えてください。

彼のあまりの天才っぷりに、オリジナルソングではミュージシャンたちがかなり苦戦してました。曲自体は聴くとスムーズなんですが、楽譜の複雑さとか半端なくて、熟練したミュージシャンたちが初めて楽譜を見る子供みたいにヨチヨチになってた(笑)。ジェイコブの作ったメロディーラインもすごい飛びっぷりで、私はパスコワールの奥さんになった気分でした。しかし彼はとにかく、制作から演奏にいたるまで本当にスキがない。彼と共同作業をしているとき、私は自分が本物の天才と一緒に曲制作をしているんだなあと実感できて、いつも刺激に満ち溢れていたし、本当に気持ちがよかった。それなのに本人は飄々としていて、いい意味で威厳がない(笑)。だからこそ心地よく共同作業ができたんだと思います。お互いが何かアイディアを出すと、そこから次々と別のアイディアが浮かび、驚くほど順調に作業が進みました。これもひとえに素晴らしい相棒のおかげです。


■ 今後の活動や取り組んでみたいことについて教えてください。

今までみたいに何でもかんでもがむしゃらにやるんじゃなくて、これからは本当にやりたい音楽だけをマイペースにやっていきたい。ミュージシャンにとって本当に大変な時代だけど、CDが売れない時だからなおさら、売れ線を狙ってジタバタするのは本当に危険な行為だと思う。前はダウンロードとか完全否定してたけど、これからは古いやり方に固執してたら何も前に進まない時代なんだなと感じています。一時は自主レーベルがどんどん増えていったけど、それが更に細分化されてきて、ミュージシャンの自立が促される時代なんだろうなと思います。
あと音楽とは直接関係ないけど、前々から環境のことには興味があって、自然保護とかエコっていうのを自分なりに個人単位で実践してきたつもりなんですが、そういったことを何か形にできないかなと思っています。今はまだ漠然としていて、個人としてなのか、ミュージシャンとしてなのか、それとも何か団体でやっていくことになるのか分からないけど、自分が勉強してきたことを将来何らかの活動にしていきたい。そういう気持ちが、やっぱり今回の震災や原発の事故ですごく強くなりました。日本は今本当に大変な時ですが、一人一人の意識を変える大きなチャンスだとも思うから。それは音楽界にも言えると思います。氷河期だからこそ、新しい時代に向けて準備していく時なんだと思います。

[Interview:樋口亨]


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■タイトル:『Pilot』
■アーティスト:万波麻希 / Jacob Koller
■発売日:2011年4月6日
■レーベル:P-Vine
■カタログ番号:PCD-4493
■価格:2,000円(税込)




万波麻希 プロフィール】

幼少よりピアノ・声楽・ドラム・舞踊・作詩・作曲に親しむ。大阪芸術大学舞台芸術学科を中退後、ミュージカルの舞台を志し19歳の時に単身でNYへ渡る。現地ではオフ・ブロードウェイの舞台でコーラスダンサーとして出演し、黒人教会ではゴスペルを歌い、キャバレーでジャズシンガーとして出演するなどの経験を経て帰国。
2003年にロンドンのレーベルよりリリースした12インチシングル『Justice and Judgement 正義と審判』が、「次世代のアリス・コルトレーン」「デヴィッド・リンチに捧げるダンスミュージック」と評され、ヨーロッパでのライブツアーを行う。
2006年にP-Vine Recordsより全曲セルフ・プロデュースしたファーストアルバム『Journey of Higher Self Liberation/自己解放の旅』をリリース。「初作にして大物の貫禄を漂わせる稀代の名作」と各メディアより絶賛される。須永辰緒の『夜ジャズ』、Afternoon Teaのレーベルのコンピレーション、ドイツのレーベルのコンピレーションなどに楽曲が収録される。
2008年には須永辰緒プロデュースによるセカンドアルバム『The World of Sense』をリリース。須永辰緒主宰のアナログ・レーベル『Disc Minor』よりEPリリース、Nicola Conteのプロデュース・ワーク集やドイツからのコンピレーションに楽曲が収録され、Giles Petersonの番組でもヘビープレイされる。
2008年末よりベルリンに移住。イベントオーガナイズや、JazzanovaのサポートメンバーであるSebastian Studnitzkyとのコラボレーションなど、精力的に活動。2009年には英国ロイヤルオペラハウスでのライブを成功させる。2010年にはNYへ渡り、ブルックリン在住のアーティストDavid Lastのアルバムにゲスト参加している。
シンガーとしては、菊地成孔クインテット・ライブ・ダブのゲストボーカルや、南博とのデュオ、映画『パビリオン山椒魚』(主演:オダギリジョー/音楽:菊地成孔)の主題歌、映画『アンテナ』(原作:田口ランディ/音楽:赤犬/ベネチア映画祭正式出品作品)のサウンドトラック、Calmのライブでのコーラスシンガー、ファッションブランドTheater Productsの東京コレクションのショーに出演。他にも、eater、DJ MoochyのプロジェクトNXS、Codhead、コンピレーションアルバム『Banana Connection』(Shibaの楽曲)への参加など。
作曲家、プログラマー、アレンジャーとしても、須永辰緒のアルバムやミックスCDに楽曲を提供、BAYAKAのリミックスに参加し、 AmcrewのCM、ファッション・ブランドFRED PERRYのモバイル用CM、ヤマダタツヤとの共作でPlay Station3の「グランツーリスモ5」、BMWのショウルーム、Google、Itokiなど様々な企業にも楽曲を提供するなど。


Jacob Koller プロフィール】

1980年米国アリゾナ州・フェニックス生まれ。
4歳よりピアノを始め、5歳ですでにリサイタルをこなす。
高校に入るまでにはアリゾナ・ヤマハ・ピアノコンクールを含む10以上のクラシックピアノコンクールで優勝。
14歳の時に"作曲"と"即興"への情熱を見いだし、高校のジャズバンドに入部。そこでまたたく間にジャズの才能を開花させ、まもなくフェニックスの至る所でDennis RolandやJesse McGuireなどアリゾナ屈指のジャズミュージシャン達と共演。
全額給与のジャズ奨学金を受け、アリゾナ州立大学へ入学。そこではクラシックピアノをReyna Aschaffenberg、ジャズピアノをChuck Mahronicより習う。
また、Kenny Werner、Fred Hersch、Phil Strange、Uri Caine、Angie Sanchezからはプライベートレッスンを受ける。
マンハッタン即興音楽学校、Henry Mancini研究所、カナダ・バンフ夏季ジャズワークショップへの参加もすべて奨学金を受け参加。
2000年、"Julius Hemphill ジャズ作曲コンクール"で絶賛され、2007年には、アメリカ全土からたった5人のみ選ばれる"Cole Porter Jazz Piano Fellowship"ファイナリストのうちの1人に選ばれる。
Tony Malaby、Terence Blanchard、Mard Dresser、Brian Allen、Kohji Fujika、Coppe、DJ Kensei、Martin Denny、Ricky Woodard、Abe Lagrimas等のアーティストと世界各地でツアー、レコーディング経験がある。
2009年5月に日本へ移住後、ピアノ演奏中にレコード会社の社長にスカウトされ、ソロピアノCDをリリースする。

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