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望月丹生 (やっほー!バンド/vo) - 『挿入歌』

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望月丹生 (やっほー!バンド / vocal)


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Vision
 レーベル:GENEON
 リリース:2005年12月7日
 製品番号:GNCL1038

ARTIST : 望月丹生 (やっほー!バンド / vocal)
TITLE : 挿入歌


JJazz.Net"THE SONG"では毎回、色々な方に「大切な曲」について語って頂きます。今回は、2005年12月7日『VISION』をリリースされたやっほー!バンドさん。ボーカル、望月丹生さんの大切な曲とは?JJazz.Net #231"THE PARK"では、「お~い ここだよ meets MAI(for BAGDAD CAFE THE trench town)」を、JJazz.Net #237"THE PICK UP"では、「DUB ROLL meets こだま和文(DUB STATION)」をご紹介。


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生活、その流れの中で時々深緑の淵の様な所にでくわす、その時必ず口をついてでる歌が何曲かある。


Gメン'75、そう僕がまだ小学生の時にやっていた刑事ドラマだ。


その中で確か2週連続で沖縄をテーマにした回があった、今で言うスペシャルなのだろう、そのドラマの中でおばあさんが時々口ずさむ歌が流れた


"え〜がらさ〜やまとんちゅ〜ぬてっぽうかたみてやいがちゅんど あだんぬみ〜んじそてつのみ〜んじはいつくべ〜べ〜はいつくべ〜"


そんな感じの歌を僕は2週目にテレビのスピーカーにラジカセを押しつけて録音した。


意味はさっぱり分からないがその歌が持つ何かが僕の中に大切に刻まれていったのだろう、単純に繰り返し繰り返し、、、


何十年もたった今でも大きなスパンで繰り返し繰り返しやってくる、単純に繰り返しいつまでも終われない曲、そんな曲は、川が流れて時々淵にでくわすように、人生の中で自分にでくわす大切な曲、大切な時間なのだと思う。


望月丹生 (やっほー!バンド)


[[[ やっほー!バンド PROFILE ]]]


結成は1991年、ヴォーカルの望月とドラムの増田を中心に東京で結成される。
その後幾度となくメンバー・チェンジをくり返し2000年より現メン バーでの活動に至る。


1997年には第一回ジャパンオープンなる大会で優勝し、普通ならそこから活動が活発化していくところを、このバンドはあくまでマ イペースを崩さなかった。
そんなグランプリどこ吹く風とたゆたゆと、そしてゆるーい演奏活動を継続していく。
ただ賞金の100万円に喜び、副賞の原チャ リを便利だと喜ぶ望月の姿があるだけだった。
そんな、ゆるーい活動ながら、その実カは確実にレゲエシーンに噂が広まっていくことになる。


1999年には 河内、増田と北村が元MUTEBEATのこだま和文の一夜限りのセッションDUB STATION BANDに参加。


また90年代後半にはバンドとしてPJのバックを務め、2001年には日本のCULTIVATORのファースト・アルバムに河内と北村が参加。


さらに2002年には北村がWHAT'S LOVEのアルバムに参加する。
そして、2003年5月からは河内がWHAT'S LOVEの正式メンバーとなる(現在は脱退)。


また、レゲエ以外では2002年に北村がShing02のキーボードとしてFuji Rock Festivaに出演や、バンドとしては奄美島唄継承者として第一人者の朝崎郁恵のバックを2003年に務めている。


そして、ゆるゆると流れに身を任せていたところ、2003年コンピレーション・アルバム「ONE FAMlLY」への参加依頼がくる。せっかく誘われたのだからと参加を決定。
だったらついでにと同年8月1st MlNl ALBUM『step』を制作する。


翌2004年にはフルアルバム『あんたらちょっと』を制作。
エンジニアに内田直之を迎えての制作は録音からミックスまでわずか6日間の強行スケジュールだったが、メンバー、スタッフともに満足のいく仕上がりにの極上CDが完成した。


2005年は北村のリーダー・ユニットDUBWISER(河内、西谷もメンバー)の7inchをリリース。
さらに、こだま和文がワンナイト・セッションだったDUB STATION BANDのリハーサル音源をリリースするにあたり、バンドでのライブ活動をスタートさせ、7月よりドラム増田、ベース河内、キーボード北村が正式にメンバーとして参加する(Fuji Rock FestivalではRed Marqueeのトリを務めた)。


北村はまたtetsuniquesのメンバーとしても活動しており、春から夏にかけてシングル、アルバムのリリースを果たしている。


そして、バンドとしては6月から12月7日にリリースされた全16アーティストと競演したコラボアルバム『VISION』の制作に入る。


夏というレゲエ・アーティストの繁忙期にあたり、ゲスト参加がメインであるコラボレーションのレコーディングのスケジュール調整は困難を極め、制作終了が10月の下旬までかかり、足かけ5ヶ月に及ぶ制作となった。


しかし、スケジュール待ちがかなりあったために、『VISION』同時に次回作となるバンドのオリジナル・アルバム『FAMILY』の制作も敢行、完成させる。
こちらの作品は2006年4月5日のリリース予定となっている。
DELPHONIC official HP
やっほー!バンド HP





[[[ WORKS ]]]


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Vision / やっほー!バンド meets Friends


2005年12月7日
GNCL1038
GENEON ENTERTAINMENT






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