Title : 『Live In Toronto 1952』
Artist : Lennie Tristano Quintet Featuring Warne Marsh And Lee Konitz
みなさんこんにちは。曽根麻央です。少しずつ暖かかく感じられる日が増えてきていますが、昼と夜の温度差で風邪をひかないようまだまだ気をつけないといけない時期ですね。
つい先日ふっとカフェに入ったらレニー・トリスターノのLPがドンと飾ってあり、珍しいな、と見つめていました。そういえばこのJJazz.Netのディスクレビューでトリスターノについてお話ししたことがなかったと思い、今回取り上げてみました。
今日は数あるトリスターノの作品の中でも『Live In Toronto 1952』というライブ版を取り上げてみようと思います。この作品は決して音質が良いわけでもなく、最初の曲は変なFade Inの仕方をしているにも関わらず、この時代のトリスターノの生きたエネルギーを体感することができる作品かなと思います。バンドとしてもクインテットの一体感が素晴らしく、全体のアンサンブルにも注目の作品です。
レニー・トリスターノの音楽といえばまず思うのは、この時代を先駆けた異質な音楽であるということです。
彼が活動し始めた40年はちょうどビ・バップ誕生とそのムーヴメントが大きな影響をジャズ音楽に与えたところです。また後半にさしかかるとその影響を強く受けたアーティストたちの各々個性が出てきて次の流れへと移ろうとしていた時代と言っても良いでしょう。NYCではクールジャズ、西海岸ではウェスト・コーストジャズのようなPOSTビ・バップと言われるモダンジャズが誕生しつつあった時代ですね。多様な音楽が誕生する中でそれらとも一線を画す存在がレニー・トリスターノの世界だったのではないでしょうか?
計算されたかのようでありながら意表をついてくる間や旋律、ビ・バップにそのルーツを置きながらもより高度なレベルでリズム・モーチーフの発展をさせるスタイル、美しいピアノのタッチとメトロのミックなグルーヴ、クラシック音楽のような旋律同士がせめぎ合う対位法のようない複数人で行う即興、複数のサックスとピアノで作られる独特のハーモニー、こんなイメージでしょうか。
この『Live In Toronto 1952』はタイトルの通り1952年のアルバムです。1950年はマイルス・デイヴィスが『Birth of Cool』で複数の管楽器を用いたジャズで新たなジャズのサウンドの可能性を示した年でした。
1952年はチェット・ベイカーやジェリー・マリガンが2菅、ピアノレスの編成で『Gerry Mulligan Quartet Volume 1』などのアルバムを、のちのウェスト・コースト・サウンドを発信していた時代でもあります。こういった音楽はビ・バップに比べて野生的な個人個人の熱量ではなく、より計画されたアンサンブルから生まれる知的な熱量を感じます。
この1952年の時のトリスターノは間違えなくこれらの音楽の影響は受けていたor与えていたと思います。
このビ・バップからPOSTビ・バップ前期の時代に言えるのが、ドラムという楽器の使い方が他の楽器に比べて発展が大きく遅れていることです。ビ・バップは旋律楽器の革命でしたし、それ以降の音楽もマックス・ローチがリーダーで活躍し出すぐらいまではドラムはシンプルに4分音符を中心にベースと一緒にリズムキープの仕事をしているイメージです。ドラムが華々しく活躍したビ・バップ以前のビッグバンド時代や、マックス・ローチやアート・ブレイキーの登場からは考えられないことですが、ドラムがある意味主役ではなくなったジャズの歴史の中でも珍しい期間の音源かなと思います。
この『Live in Toronto 1952』でもドラムは基本的にリズムキープに徹していて、ほぼインタープレイというものをしません。しかしそれがこのアルバムのこの時代ならではの面白いところであり、そのドラムのあり方にしては考えられないレベルで発展した管楽器とピアノの旋律とハーモニー、そしてリズムを集中して音楽を聴くことができます。ある意味この時代ドラムが退化したのは音楽が発展する上で必然だったのかもしれませんね。
間違えて欲しくないのは時代のドラマーが下手だったとかそういうことを言っているのではありません。このレベルでリズムキープできるのは素晴らしいことですし、普通はここまで集中したシンプルな演奏は現代のドラマーにはできないでしょう。
メンバー
Lennie Tristano (p) Warns Marsh (ts) Lee Konitz (as) Peter Ind (b) Al Levitt (ds)
サックスの二人はトリスターノの音楽を一緒に作った二人と言って良いでしょう。トリスターノの作り出す複雑で難解なメロディーやハーモニーを正確に演奏し、このバンドのユニークなサウンドを明確なものにしています。
分かりやすいのは「317 East 32nd」は「East Of The Sun」というジャズスタンダードの替え歌になっています。最初のコーラスは「East Of The Sun」をトリスターノが演奏します。それでも半音ずらしたりしてかなり奇妙な「East Of The Sun」ですが、2コーラス目にはそれに続くようにcontrafactのメロディーが書かれています。これが「317 East 32nd」のメロディーになっています。トリスターノの書く旋律の面白さがわかる気がします。contrafactとは、以前の記事でも何回かお話ししましたがジャズの作曲のスタイルで、既存の楽曲のコード進行を用いながら自分なりの新しいメロディーを書き自らの作品とするスタイルのことです。
また「April」は「I Remember April」のcontrafactでこちらも同様に1コーラス目は通常のジャズスタンダードの「I Remember April」をピアノトリオで演奏し、2コーラス目からサックスが入ってきて「April」を演奏します。
「Back Home」は1コーラス目からそのメロディーですがチャーリー・パーカーの「Donna Lee」のcontrafactです。とは言っても実は「Donna Lee」自体が「Indiana」という曲のcontrafactなので、contrafactのcontrafactの曲と言って良いでしょう。
この3曲の序盤だけを聞いてもトリスターノのスタイルをなんとなく感じることができると思います。このcontrafactの旋律、そのスタイルがピアノソロやサックスソロでも現れていて、それが曲やバンド全体のカラーを統一してるといえます。
このユニークなリズム・モチーフの使い方はリズム・モチーフ(奇数の音価の場合が多いですが)を一つのグループとして、それを繰り返し発展させることでリズムに意外性を持たせ、拍子を錯覚させる手法ですが、これは後のビル・エヴァンスのスタイルにも大きな影響を与えています。
文:曽根麻央 Mao Soné
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・2020.04『Motherland / Danilo Perez』・2020.05『Color Of Soil /タイガー大越』・2020.06『Passages / Tom Harrell 』・2020.07『Inventions And Dimensions / Herbie Hancock』・2020.08『Birth Of The Cool / Miles Davis』・2020.09『Chet Baker Sings / Chet Baker』・2020.10『SFJAZZ Collective2 / SFJAZZ Collective』・2020.11『Money Jungle: Provocative In Blue / Terri Lyne Carrington』・2020.12『Three Suites / Duke Ellington』・2021.01『Into The Blue / Nicholas Payton』・2021.02『Ben And "Sweets" / Ben Webster & "Sweets" Edison』・2021.03『Relaxin' With The MilesDavis Quintet / The Miles Davis Quintet 』・2021.04『Something More / Buster Williams』・2021.05『Booker Little / Booker Little』・2021.06『Charms Of The Night Sky / Dave Douglas』・2021.07『Play The Blues / Ray Bryant Trio』・2021.08『The Sidewinder / Lee Morgan』・2021.09『Esta Plena / Miguel Zenón』・2021.10『Hub-Tones / Freddie Hubbard』・2021.11『Concert By The Sea / Erroll Garner』・2021.12『D・N・A Live In Tokyo / 日野皓正』・2022.1『The Tony Bennett Bill Evans Album / Tony Bennett / Bill Evans』・2022.2『Quiet Kenny / Kenny Dorham』・2022.3『Take Five / Dave Brubeck』・2022.4『Old And New Dreams / Old And New Dreams』・2022.5『Ella Fitzgerald And Louis Armstrong / Ella And Louis』・2022.6『Live from Miami / Nu Deco Ensemble & Aaron Parks』・2022.7『Oscar Peterson Trio + One / Oscar Peterson Trio Clark Terry』・2022.8『Ugetsu/ Art Blakey & The Jazz Messengers』・2022.9『Sun Goddess / Ramsey Lewis』・2022.10『Emergence / Roy Hargrove Big Band』・2022.11『Speak No Evil / Wayne Shorter』 ・2022.12『The Revival / Cory Henry』・2023.1『Complete Communion / Don Cherry』・2023.2『Your Mother Should Know: Brad Mehldau Plays The Beatles / Brad Mehldau』・2023.3『Without a Net / Wayne Shorter』・2023.4『LADY IN LOVE / 中本マリ』・2023.5『Songs Of New York / Mel Torme』・2023.6『Covers / James Blake』・2023.7『Siembra / Willie Colón & Rubén Blades』・2023.8『Undercover Live at the Village Vanguard / Kurt Rosenwinkel』・2023.09『Toshiko Mariano Quartet / Toshiko Mariano Quartet』・2023.10『MAINS / J3PO』・2023.11『Knower Forever / Knower』・2023.12『Ella Wishes You A Swinging Christmas / Ella Fitzgerald』・2024.01『Silence / Charlie Haden with Chet Baker, Enrico Pieranunzi, Billy Higgins』・2024.02『Rhapsody in Blue Reimagined / Lara Downes』・2024.03『Djesse Vol. 4 / Jacob Collier』・2024.04『Voyager / Moonchild』2024.05『Evidence with Don Cherry / Steve Lacy』・2024.06『Quietude / Eliane Elias』2024.07『Alone Together / Lee Konitz, Brad Mehldau, Charlie Haden』2024.08『The Rough Dancer And The Cyclical Night (Tango Apasionado) / Astor Piazzolla』2024.09『Potro De Rabia Y Miel / Camarón De La Isla』2024.10『Calle 54 / Various』・2024.11『Trumpets Of Michel-ange / Ibrahim Maalouf』・2024.12『Sings for Only the Lonely / Frank Sinatra』・2025.01『Hero Worship / Hal Crook』・2025.02『Undercurrent / Kenny Drew』
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![]() 曽根麻央 Mao Soné 曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。 |