Title : 『Birth Of The Cool』
Artist : Miles Davis
みなさんこんにちは、曽根麻央です。暑い日が続きます。みなさん熱中症対策など大丈夫でしょうか? 僕は先日食あたりを起こして3日間寝込みました...笑。 皆様もくれぐれもお気をつけください。
そんな中、僕が主演と音楽を担当した映画『トランペット』がオスカー公認の映画祭、ロード・アイランド国際フィルム・フェスティバルで、「ベスト・コメディー・ショート・フィルム・アワード」と「アンバサダー・アワード(文化への理解を深め、コミュニケーションの力を与える映画に贈られる賞)」の2部門で受賞ししました!
このニュースを受け、ベッドの上で腹痛に苦しみながら喜びました(笑)。
さて今月はマイルス・デイヴィスの『Birth Of Cool = クールの誕生』についてお話ししたいと思います。おそらく6管編成(トランペット、アルト・サックス、バリトン・サックス、フレンチホルン、トロンボーン、チューバ)のジャズ・アルバムの最高峰で、ジャズの作曲・アレンジを勉強する人は絶対に聞かないといけないアルバムです。
Alto Saxophone - Lee Konitz
Baritone Saxophone - Gerry Mulligan
Bass - Al McKibbon (tracks: A3, A6, B3), Joe Schulman* (tracks: A1, A2, A5, B1), Nelson Boyd (tracks: A4, B2, B4, B5)
Drums - Kenny Clarke (tracks: A4, B2, B4, B5), Max Roach (tracks: A1 to A3, A5 to B3)
French Horn - Junior Collins* (tracks: A1, A2, A5, B1), Gunther Schuller (tracks: A3, A6, B3), Sandy Siegelstein (tracks: A4, B2, B4, B5)
Piano - Al Haig (tracks: A1, A2, A5, B1), John Lewis (2) (tracks: A4, B2, B4, B5)
Trombone - J.J. Johnson (tracks: A3, A4, A6, B2, B5), Kai Winding (tracks: A1, A2, A5, B1)
Trumpet - Miles Davis
Tuba - John Barber
アレンジは基本、バリトン・サックスのジェリー・マリガン、ピアニストのジョン・ルイス、そして、世界最高のアレンジャー、ギル・エヴァンスの3人によってなされています。楽器の構成も、中低音の楽器が多いことに注目したいですね。
このようなバランスにすることで温かみのあるサウンドを得ることができます。これ以前の音楽のスタイルでもあるBebop的な、マッチョでハイノートの世界観から抜け出したいマイルス・デイヴィスの強い意志をここに感じます。こういった優れたアレンジを聞く際、実際に聞こえる音の重なりやハーモニーも大事なのですが、主旋律の裏で聞こえてくる裏の旋律=「カウンターポイント」=対位法が存在することを覚えておくと情報が整理しやすくなります。
1. Move
ピアニストジョン・ルイスのアレンジで、リズム・チェンジの曲です。リズム・チェンジとはジョージ・ガーシュウィンの「I Got Rhythm」のコード進行の上で書かれた 曲のことを言います。
リズム・チェンジの代表曲にはS. ロリンズの「Oleo」、T. モンクの「Rhythm A Ning」、C. パーカーの「Anthropology」などがあります。
「Move」は印象的なイントロから始まります。トランペットやトロンボーンなどの金管楽器が音を伸ばしている上で、アルト&バリトン・サックスの木管楽器が激しく動きます。そしてメロディーに入ると最初、主旋律はトランペットとアルトで、ロングトーン的なカウンターポイントがホルンとトロンボーンの中音金管楽器で、短めのフレーズのカウンターポイントがバリトンとチューバの低音楽器で奏でられる3カウンターポイントで成り立っています。2つのカウンターポイントは5小節目から合流して同じリズムを奏でています。一つのメロディーだけでなく裏のメロディーが存在することで音楽は立体的な厚みを得ることができます。
カウンターポイントはクラシックではバッハをはじめ様々な作曲家が習得しなければならない技術です。ジャズではスタン・ケントン・ビッグバンドの「Contemporary Concepts」のBill Holmanのアレンジを聞くとより明確に理解できると思います。
ソロはマイルスと、残念ながら今年の4月に亡くなったリー・コニッツを聞くことができます。ちなみに1:30ぐらいからのセクションはアレンジャー・コーラス、またはシャウト・コーラスと呼ばれて、アレンジャーが独自のメロディーを曲の上で書き、自由にアレンジして良いジャズ・ビッグバンドなどで用いられる独自のセクションです。
2. Jeru
ジェリー・マリガン作曲・アレンジの曲。こちらの曲はあまりカウンターポイントの技法は出てこないで、純粋にSoli(同じリズムパターンで違う音を演奏することでハーモニーを表現する手法)での管楽器のハーモナイズのセンスの良さが光るアレンジ。
ソロの後ろで聞こえてくるバックグラウンドのサウンドにも注目したい。2:12ごろからのシャウト・コーラス、そこからのコーダへの流れがとても美しいので注目です。
3. Moon Dream
巨匠ギル・エヴァンスの名アレンジ。これを聞けばギル・アヴァンスがいかに他のアレンジャーの追随を許さなかったか分かるでしょう。常にカウンターポイントが予想外のところから出現し、Soliのセクションもメロディーが上行していたらハーモニーは下降するなど、非常に細やかなアレンジ・テクニックが使用されています。特にチューバの使い方が特徴的ですね。
ぜひ上の音(トランペット)と下の音(チューバ)の流れを同時に追ってみてください。1:32から1:40にかけてウニャウニャしているパートが徐々に下の音域に移動していくのなどとても面白いですね! 2:03でトランペットがリーチする最高音F#を吹き伸ばしている間に、バリトンとアルトが駆け上がっていくように追いついて、そこからの壮大なハーモニーの繰り広げ方はギル・エヴァンスにしか書けない発想だと思います。
4. Venus De Milo
ジェリー・マリガン作曲・アレンジの曲。6小節のイントロの後に、メロディーがトランペット、またはトランペットとアルトのユニゾンによって吹かれます。このユニゾンと他の管楽器のカウンターポイントの関係にも注目していただきたい。とても綺麗なアレンジです。2:17からはイントロのモチーフを元にした、シャウト・コーラスがあります。
5.Budo
ジョン・ルイスのアレンジで軽快なこちらもインパクトのあるイントロから始まり、イントロで終わるストーリーのある曲。ホーン隊のホルン奏者以外の全員のソロを聞くことができるトラック。1:43ほどからがシャウト・コーラスです。
6.Deception
ジェリー・マリガンのアレンジ。基本的にはトランペットとアルトがメロディーをユニゾンして、残りの管楽器がヒットに合わせてハーモニーを奏でるアレンジのスタイル。
7.Godchild
ジェリー・マリガンのアレンジ。特徴的なチューバとバリトンのユニゾンから徐々に他の楽器が混ざり合い、ハーモニーを作るテーマ部分があります。1:26からのホーンセクションからのバリトンソロへの繋ぎ方がとてもユニーク。2:11からがアレンジャー・コーラス。
8.Boplicity
ギル・エヴァンスのアレンジ。曲自体が大変美しいのでぜひ覚えていただきたいのはもちろんですが、チューバとトランペットの流れを意識しながら聞いていただきたい。
エヴァンスのアレンジは管楽器のライン一つ一つが流れるように動き、それでいてよどみがないのが本当に素晴らしい。先ほども言いましたが、トランペットが上行すればチューバは下降したり、トランペットが同じ音を演奏していたらチューバは動き続けたり、変化に富んでいます。これは徹底したカウンターポイントの練習がなければできない技です。
9.Rocker
ジェリー・マリガン作曲・アレンジの曲。ジェリー・マリガンのアレンジのスタイルをここまで4曲聴いてきたが、この頃はやはりメロディーがあって(基本的にはトランペットもしくはトランペット+アルトのメロディー)、それに呼応するヒットを残りの管楽器がハーモニーとともに演奏するスタイルが多いようですね。でもただ単純ではなく、一つ一つの楽器の組み合わせが美しいので単調に聞こえないのがすごいところです。1:44からはアレンジャー・コーラスになっています。
10.Israel
Johnny Carisiの作曲・アレンジ。のちのちピアニスト、ビル・エヴァンスもカバーするブルースの曲。タイトル通り中東を意識した作品でしょう。この人について、僕は正直Israelの作曲家としてしか知らなかったのですが、グレン・ミラーの軍隊時代のビッグバンドでトランペットを吹いていた人らしいです。後々にギル・エヴァンスとマイルスのアルバム『Miles Ahead』でもトランペットを吹いて、曲も提供しているようです。
11.Rouge
ジョン・ルイスの作曲・アレンジ。ジョン・ルイス自身のピアノソロも聞けます。行進曲のような雰囲気のイントロから始まります。このアルバムを通して言えることだが、トランペットとアルトはかなりユニゾンパートが多い。これはやはりビバップからの音楽の流れとしては妥当だと思う。チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーのコンビを代表するようにこの当時の音楽はトランペットとアルトの2管で吹かれることが多いのです。ビバップからの逸脱という意味で、今までにないより複雑に書かれたハーモニーやカウンターラインが他の管楽器を使ってプラスされているイメージでよいと思います。
ただ、ビバップのトランペットと違い、マイルスはリードを担当しているにも関わらず終始脱力しています。これは今までのジャズがとてもマッチョで、ハイノート至上主義でホットなトランペット奏者が求められていたことへの反発でしょう。マイルスはここでは徹底してクールに、そして理性を一回も失うことなく、淡々と、ソフトに脱力して吹いています。これは、当時のソロトランペット、または、ラージアンサンブルのあり方として、革命的だったに違いありません。
トランペットの相棒にあると奏者、リー・コニッツを起用したのも、ソフトに歌心のある人物だからでしょう。どんなにトランペットがソフトに吹いていようが、それはリード(主旋律を担当する声部のこと)なので、トランペットを超える音量でサックスが吹くとアンサンブルは崩壊します。じつはサックスがトランペットを飛び越えて吹いちゃっている人、結構多いです。バランスに気をつけましょう。そういう意味でもリー・コニッツは適役だったと思います。
いかがでしたでしたか?
ぜひマイルスの『Birth Of Cool』今一度聞き直してみてはいかがでしょうか?
また次のDisc Reviewでお会いするのを楽しみにしております。
文:曽根麻央 Mao Soné
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・2020.04『Motherland / Danilo Perez』・2020.05『Color Of Soil / タイガー大越』・2020.06『Passages / Tom Harrell 』・2020.07『Inventions And Dimensions / Herbie Hancock』
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![]() 曽根麻央 Mao Soné 曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。 |