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JJazz.Net Blog Title

曽根麻央 Monthly Disc Review2020.7

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Title : 『Inventions And Dimensions』
Artist : Herbie Hancock

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みなさんこんにちは、曽根麻央です。毎月更新しているディスク・レビューも今月で4回目になり、みなさんの中で定着してきていると嬉しいです。僕がセレクトするアルバムを、音楽家として分析し、しかもそれを一般のリスナーの方々に伝えられるように書く作業は、筆者自身とても勉強になりますし、新たな発見へとつながっています。


 今回は少しセレクトするアルバムの方向性を変え、いわゆる"ジャズの名盤"に焦点を当てたいと思い、Herbie Hancockの1964年リリースのアルバム、「Inventions And Dimensions」をセレクトしました。このアルバムを通して、スウィングというジャズの基本的リズムとアフリカのビートの関わりについても、改めて考察していきたいと思います。


まずアルバムを手にすると、ハンコックがマンハッタンのビルの間に仁王立ちするカッコいいジャケットが印象に残ります。メンバーを見ていきましょう。


Tom Harrell - trumpet & flugelhorn
Herbie Hancock - piano
Paul Chambers - bass
Willie Bobo - drums, timbales
Osvaldo "Chihuahua" Martinez - percussion (not on track 5)




「Inventions And Dimensions」は1963年の録音です。伝え聞いた話によると、このアルバムの制作に至ったハンコックの初期の構想は、ラテン・ジャズのアルバムを作ることだったそうです。1960年代初期といえば、ニューヨークで、アフロ・キューバン音楽(son, guaracha, cha cha chá, mambo)やプエルトリコ音楽(plena, bomba)が元になり、サルサ音楽が誕生しました。恐らくその影響も大きいでしょう。


 ハンコックのアルバム制作過程で難航したのがベーシスト探しだったようです。複雑なハーモニーと、ラテン独特のリズムを弾きこなせるベーシストが思いあたりませんでした。そこでハンコックはマイルス・デイビスに誰か心当たりはいないかと相談しました。するとマイルスは即答で「ポール・チェンバース!」と答えたそうです。ポール・チェンバースといえば、前マイルス・クインテットのベーシストで、スウィングの演奏で有名なので、そのイメージを持つハンコックは「?」の顔を浮かべました。するとマイルスは、「ポール・チェンバース!奴はなんでも弾ける」と答えたそうです。




1. Succotash
スウィングはアフリカのリズムが基になっている、というのは誰しも聞いたことがあることだと思います。「Succotash」ではスウィングとアフロ・キューバンのリズムが具体的にどのような関係性なのか、そして、なぜラテン音楽とジャズがこんなにも相性が良いのか答えてくれています。


 「タタタッタタタッタタタッ」。スネアをブラシで叩いた特徴的なビートから始まり、ポール・チェンバースの音が聞こえてきます。6拍子なのか4拍子なのか、またまた3拍子なのか分からない、けどグルーブしている摩訶不思議な感覚を味わえます。しかしこれこそが、アフロビートとスウィングの見事なコラボ、兼、原点回帰なのです 。どういうことか見ていきましょう。


 最初は「タタタッタタタッタタタッ」というリズムをウィリー・ボボがスネアで演奏していますが、彼は徐々にパターンを変えて、最終的に以下の譜面のようなリズムパターンを演奏します。

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 このパターンは一般的に今では「Afro-Cuban12/8」とか呼ばれたりしますが、キューバの古来の音楽、「Abakua」や「Afra」といったリズムのベル・パターンだし、アフリカ音楽では「Bembe」とも呼ばれるベル・パターンです。このリズムパターンがアフリカから中米へ伝わりラテン音楽へ、北米に伝わりニューオリンズで独自の発展を遂げてジャズになったと言えるでしょう。要するにラテンとかジャズの元になったリズムなのです。

 このパターンの最大の特徴は、リズムの柱でもある「pulse」が2にも3にも4にも6にもなれるところです。「Pulse」とは直訳で「拍」という意味ですが、同時に鼓動や波動、動向など、よりリアルで生き生きとした意味合いも持つので、今回のレビューでは拍子という言葉の代わりにpulseを使いたいと思います。

 同じベル・パターンを演奏しているのに、Pulseが4から3に変化するとどうなるのか、様子を以下の映像で見て見ましょう。





上二段の「記譜上は4拍子」と「記譜上は6拍子」をつなげて聞けば、2つのパターンが同一であるとわかると思います。便宜上12/8と6/4で書いてあります。ところがpulseをわかりやすくするため、バスドラムとハイハットで加えて、4から3に変化させると、ベル・パターンが全く同じでも、リズムの性格がガラッと変わることがわかります。Pulseが4だとよりスウィングに近くなりますね。Pulseが3だといわゆるラテンのような、サンバっぽいような雰囲気の、少し落ち着いたフィールになります。この時の3拍子を"Big 3"と呼ぶ人たちもいます。じゃあpulseが4で演奏している時に3は存在しないのか、というとそうでもなくて、メインのpulseが4の場合でも、実際に演奏すると3はどこかに存在し続けます。

このようにジャズやラテンは常に複合リズム、3:4:6:8みたいなポリ・リズムが常に同時に演奏されています。ミュージシャンを目指す人は、どの楽器の人も上の動画にあるバスドラム部分のパートを足踏みで、ベル・パターンを手で叩けるように練習してください。大事なリズムの基礎練習です。


 話を戻してSuccotashではポール・チェンバースは最初、6拍子、またはBig 3に近いベース・ラインをで弾くため、全体のpulseが3に聞こえます。しかし、1:07に到着した瞬間に、いわゆるウォーキング・ベースに近い弾き方変えて、音楽を一気にスウィングとアフロのミクスチャーの世界へと導きます。ドラムとパーカッションのパターンは変わらないのに、一気にスウィングさせてしまいます。Pulseを4にした弾き方に変えたのです。これは「なんでも弾ける」ベーシスト、ポール・チェンバースだからなせた技でしょう。


2. Triangle
 こちらは心地よいスウィングから始まります。ポール・チェンバースとウィリー・ボボのグルーブ感がとても良い感じです。4:31ごろからパーカッションも加わり、今までスィングのパターンをライドシンバルで叩いていたウィリー・ボボも、1曲目でも使われたbembeのパターンをライドシンバルで叩きはじめます。これもスウィングとアフリカのビートが深く関わリアっていることを証明してくれる音源ですね。

 この曲は加えて、ハンコックのハーモニーの展開のさせ方が非常に自由で、道の和音へ挑戦している姿が見えます。そんな挑戦的な姿勢を見せつつも、タッチは軽やかで、リズムは正確なのは、彼のすでに成熟されたメンタルをも感じることができます。


3. Jack Rabbit
 Jack Rabbitは早い、いわゆるラテン調のビートの曲。正確にはルンバのリズムと言った方が良いでしょう。ウィリー・ボボはドラムセットらティンパレスへ移り、ソロも聞くことができます。ポール・チェンバースも終始一定のベース・ラインを弾いているので、この一定のビートの上で、Cのトーナルの上でいかにハンコックがソロを、メロディーを、ハーモニーを、展開しているかが聴きどころになっています。


4. Mimosa
 このアルバムのバラード的立ち位置。ボレロのリズムに乗せられて、ハンコックのメロディアスな演奏を聞くことができる。サルサを演奏する人々が、セットリスト中ボレロを演奏するというのは、ジャズミュージシャンがバラードを演奏するのに匹敵します。


5.A Jump Ahead
 C minorを16小節、インタルード4小節、F7susを16小節、インタルード4小節、E7(#9) を16小節、インタルード4小節というフォームを永遠に繰り返すファスト・スウィングの曲です。パーカッションはなしです。しかし結局のところ、マイナーかドミナント・コードかなどというコードの性格は、毎コーラスハンコックによって徐々に変えられていきます。これは、このアルバムに全曲に共通して言えることで、おそらくこれが元のコード進行だろうというのはわかるのだが、毎コーラス、ハンコックはコードを少しずつ変化させています。ハンコックのピアノは水が流れるようにコードが変わっていくので、それを楽しむというのもこのアルバムの聞き方かもしれません。










また来月をお楽しみに!!

文:曽根麻央 Mao Soné




Recommend Disc

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Title : 『Inventions & Dimensions』
Artist : Herbie Hancock
LABEL : Blue Note ‎
NO : BLP 4147
発売年 : 1964年



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【SONG LIST】
01.Succotash
02.Triangle
03.Jack Rabbit
04.Mimosa
05.A Jump Ahead



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Reviewer information

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曽根麻央 Mao Soné

曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。

 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。
 これまでにニューポート、モントレー、モントリオール、トロント、ドミニカ等の国際的なジャズ・フェスティバルに出演。
2017年には自己のバンドでニューヨークのブルーノートやワシントンDCのブルース・アレイ等に出演。2018年メジャー・デビュー。2019年には故・児山紀芳の代役でNHK-FM「ジャズ・トゥナイト」の司会を担当。また2020年公開のKevin Hæfelin監督のショート・フィルム「トランペット」の主演・音楽を務めるなど、演奏を超えて様々な活動の場を得ている。

 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。
2014年度フィラデルフィア『国際トランペット協会(ITG)ジャズ・コンペティション』で優勝。
同年『国際セロニアス・モンク・ジャズ・コンペティション』にて13人のファイナリストに世界中の応募者の中から選出。
2015年に地元・流山市より『ふるさとづくり功労賞』受賞。
2016年アムステルダム『"Keep An Eye" 国際ジャズアワード』にて優勝。

曽根麻央Official Site

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