Title : 『Motherland』
Artist : Danilo Perez
みなさんこんにちは。今月から始まりました、私・曽根麻央がJJazz.Netで毎月、様々な年代からアルバムをセレクトし、ミュージシャン目線から音楽を解説していくこのコーナー! 楽しんでいただけるようにこれから頑張りたいと思います!
さて記念すべき第一回目のレビューは...僕の師匠の1人でもあるDanilo PerezのVerveからのアルバム「Motherland」(2000年)を紹介します。このアルバムではDaniloのピアニストとしての実力を十分に味わえるだけではなく、リーダーとして、作曲家として、アーティストとしての顔を見れるおすすめのアルバムです。
まずDanilo Perezはどういった人なのでしょう? 最近では2年前のChildren Of The Night (D. Perez, John Patitucci, Brian Blade)の東京ブルーノートでの公演が最後の来日だったかなと思います。その時の楽屋での一枚です。
Daniloはミュージシャンとして尊敬されているだけではなく、教育の分野やPanamaでの慈善活動でも有名です。貧困層が集まるPanamaのOld CityにDanilo Perez Foundation という音楽教育施設を作り、街の安全化に貢献しました。また、その生徒たちとパナマ市民、そして国際的に一流の音楽家の交流・発表の場としてPanama Jazz Festivalやpanama International Percussion Festivalなどを設立しました。
またBeklee College Of Musicの資本で、Berklee Global Jazz Instituteを設立し、「アーティストの創造力の拡張」「音楽の社会的貢献」「自然と音楽の関係性」の三つの柱を軸に後進の指導にあたっています。筆者やサックスの松丸契、ニューヨークで活躍するピアニスト、大林武などが出身者です。
国境を超える活動を続けるDaniloから生まれてくるスケールの大きな音楽 - "Globnal Jazz"。出身地でもあるパナマの音楽とジャズ音楽の融合から生まれる世界観はもちろん有名ですが、その他のあらゆる民族音楽のエッセンスが混じり合ったDaniloの音楽を表現するために様々な奏者がこのアルバムに参加しています。まずはミュージシャンを見ていきましょう。
Danilo Pérez - piano, compose, arrange
Carlos Henríquez - acoustic bass
Antonio Sanchez - drums
Luisito Quintero Caja - percussions (cajon, chimes, congas, drums, maracas, tamborim)
John Patitucci - acoustic bass (guest artist)
Brian Blade - drums (guest artist)
Richard Bona - electric bass & vocal (guest artist)
Claudia Acuña - vocal
Luciana Souza - chant, vocal
Diego Urcola - trumpet
Chris Potter - alto & soprano sax
Regina Carter - violin
Kurt Rosenwinkel -electric guitar
Aquiles Baez - cuatro & acoustic guitar
Greg Askew - chant
Louis Bauzo - bata drums, chant
Richard Byrd - chant, okonkolo
1. Intro
これは短いピアノソロで、アルバム全体のイントロダクションですが、2曲目の"Suite For Americas"のモチーフが聞こえてきます。左手の伴奏のパターンはパナマの伝統音楽Tambor norteが元になっています。
Tambor norteのリズムパターンはこんな感じです。
このリズムパターンはDaniloの音楽を研究すると絶対に出てくるパターンで、ドラムパターンをピアノに置き換えるのがいかにもDaniloらしいです。
2. Suite For Americas - Part 1
おそらくこのアルバムのメインの楽曲です。曲全体がスルーコンポジション(一般的なジャズの楽曲のように繰り返しや曲のフォームがなく、曲の初めから最後までがすべて作曲されている楽曲のこと)で書かれています。
この曲は、Daniloの偉大な音楽的発明の一つと言われている変拍子のクラーベが使われています。クラーベとはラテンのリズムの基礎となり、アンサンブル全体を統一させる鍵のようなものです(クラーベにつての詳しい説明は僕のYouTubeを見てみてください 。クラーベは歴史的には4拍子なのですが、このクラーベの持つアンサンブル全体を統一させる力をDaniloは変拍子に応用して、自由を得ることに成功しています。
例えばほかのDaniloの作品、『Panamonk』の「Think Of One」や『Live At The Jazz Showcase』の「We See~Epilogo」、『Central Avenue』の「Impressions」では5拍子のクラーベを使うことに成功しました。(10拍子ともいえる)
この「Suite For America」の前半部分はさらに発展して、7拍子のクラーベが使われています。このリズムを鍵として曲が成りたっています。(14拍子ともいえる)
アルバムの構成も面白くPart 1では曲をインプロなしでさらっと終わらせているのですが、7曲目のPart 2では早めのテンポで各セクションを引き延ばし、ソロを加えてロングバージョンになっています。クラーベを使ったインタープレイの魅力を十分に味わえるでしょう。
3. Elegant Dance
この曲ではCuatroというラテンの伝統的なギターが使われています。Venezuelaの民族音楽Joropoをゆったりとさせたようなリズムを基にとてもリリカルなメロディーが奏でられます。Danilのソロもとてもユニークで際立っています。Danilo独特の拍子を行ったり来たりするプレイが本当に美しいです。
4. Panafrica
Richard Bonaのベースと歌をフューチャーしています。ピアノは終始バックグラウンドのはずなのですが、ここで気づくのがDanilo自身がアコースティックピアノと共にオーバーダブ(多重録音)しているFender Rhodesがとても良く、耳が傾いてしまいます! 両者がうまいこと混ざり合い、会話しているかのような演奏になっています。ちなみにDaniloは全体的にFender Rhodesをオーバーダブしているので、聞きどころの一つです。
5. Baile
Daniloのピアノソロによるインタルード的存在。これもどことなく「Suite For Americas」や「Elegant Dance」のモチーフが使われているようです。アルバム全体を通して、鍵となるものが存在することが伺えます。
6. Song To The Land
静かなチャントから始まるこの曲。Mejoranera(パナマのフォークミュージク)とジャズを混ぜたことで98年の『Central Avenue』の「Panama Blues」でグラミーとラテン・グラミーのノミネートを受けているDaniloだが、この曲はそのアイディアの発展系だと感じます。
後半のバタドラムが出てくるところはLalubancheというキューバの伝統的なバタ音楽のリズムです。
7. Suite For Americas - Part 2
すでに2曲目で説明済みです。
8. Prayer
これは再びRichard Bonaをフューチャーしての美しいバラード演奏。Bonaはメロディーを歌い、ベースでそれユニゾン、アコースティック・ベースとドラムはサウンドからして恐らく、John PatitucciとBrian Bladeだと思います。Daniloは本当に人の声を使ったアレンジが素晴らしいことを再認識できる一曲です。
9. Overture
サックスとトランペットが加わり、コーラスと混じり合い、今までとは雰囲気の違う一曲。Afro 12/8やペルーやキューバなどのラテン地域の3拍子系のグルーブが一体となり進んでいく独特の楽曲。
10. Rio To Panama
ここでミドルイースタン系のグルーブに乗っかって楽しげな曲が一曲加わります。
11. Panama Libre
Daniloの93年のデビューアルバムにも収録されているdaniloのオリジナル曲です。93年のバジョーデンではDavid Sanchezなどと、ゴリゴリのラテン調の曲だが、今回はとてもボーカライズされたリリカルな曲調に変貌しています。Kurt Rosenwinkelがゲストに参加しています。KurtとDaniloのインタープレイが聞き逃せない。
12. Panama 2000
これも94年の2作目のアルバム『Journey』に収録されているので再レコーディングとなります。これもパナマの伝統的なリズムTambor Norteが基盤となっています。エスニックだがブルージーな唯一無二の雰囲気を持つ曲。ホーンセクションの美しいカウンターポイントとDaniloのハーモニーセンスが素晴らしいです。
13. And Then...
Daniloのピアノソロによるエンディングです。
このアルバムはDaniloのとてもリリカルでメロディアスな、ソングライターに近い一面と、各楽器の緻密なオーケストレーションから作曲的技量も聞くことができます。
というのもDaniloの音楽も転換期で、2000年はWayne Shorter Quartet (Danilo Perez, John Patitucci, Brian Blade)の結成の年でした。 アルバムはこの時点では未だ出てはいませんが、アルバム『Alegria』のレコーディングや、ツアーなどが開始され始めていたでしょう。Wayne Shorterの音楽的影響は計り知れません。
彼自身のトリオも転換期でした。ドラマーがJeff Tain WattsからAntonio Sanchez、ベースもAvishi CohenからJohn Patitucciへ代わりはじめ軌道に乗り始めたが、AntonioのPat Metheny Groupへの加入でその後のTrio脱退。そんなDaniloの怒涛の日々が生み出した、アメリカ大陸を舞台に繰り広げる壮大な作品がMother Landです。
その後の作品はDanilo Perez - Ben Street - Adam Cruzのレギュラートリオ、またはChildren Of The Light Trio (Danilo Perez - John Patitucci - Brian Blade) などのトリオ音楽を中心に展開されています。Mother Landはそんな数あるDaniloの作品の中でも異色の存在と言えるでしょう。
文:曽根麻央 Mao Soné
【Danilo Pérez - Song to the Land (feat. Claudia Acuña)】
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Reviewer information |
曽根麻央 Mao Soné 曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。 |