Title : Hot Five & Hot Seven
Artist : Louis Armstrong
皆さんこんにちは、曽根麻央です。
今日はこれまであまり取り上げてこなかった、ジャズの最も歴史的な録音の一つについてお話ししたいと思います。
この時代、まだ「アルバム」という形で楽曲をまとめて発表する文化はほとんどなく、基本的にシングル(SP盤)として一曲ずつリリースされていました。今回はその中から、ジャズの歴史において極めて重要な7曲を厳選してご紹介します。
Louis Armstrong - Hot Five / Hot Seven
ジャズ史上最も偉大な存在のひとり、ルイ・アームストロング。
1925年から1928年頃に録音された、彼の初期キャリアを代表する録音セッションが「Hot Five(ホット・ファイブ)」および「Hot Seven(ホット・セブン)」です。
Hot Fiveは文字通り5人編成で、アームストロングのコルネット(のちにトランペット)に、クラリネット、トロンボーン、バンジョー、ピアノという構成。
後のHot Sevenでは、これにチューバやドラムスが加わり、より厚みのあるアンサンブルになっています。
ピアノには、アール・ハインズ(Earl Hines)が後期セッションで参加しており、その革新的な演奏スタイルはジャズ・ピアノの未来を切り拓きました。
それ以前のジャズ(特にニューオリンズ・スタイル)では、管楽器が同時に集団即興(コレクティブ・インプロヴィゼーション)を行うスタイルが主流で、いわゆる「ソロ」はほとんど存在していませんでした。
しかしHot Fiveでは、アームストロングが明確なソリストとしてフィーチャーされ、トロンボーンやクラリネットは伴奏的な役割に回るなど、モダン・ジャズに通じる「ソロ重視」の形式が初めて明確に表現されるようになります。これは、ジャズ即興演奏の概念を大きく進化させた革命的な出来事でした。
Cornet Chop Suey
3管編成ながら、クラリネットとトロンボーンはほぼバッキングに回り、アームストロングのコルネット・ソロが際立ちます。ピアノも、当時主流だったストライド奏法(左手がベース音と和音を交互に演奏するスタイル)を見事に披露し、アンサンブル全体にリズムと推進力を与えています。
Heebie Jeebies
アームストロングがスキャット唱法を録音で初めて披露したとされる伝説的なトラックです。
録音中に歌詞カードが落ちたため即興でスキャットに切り替えた、という逸話が有名ですが、近年ではこのエピソードには演出の可能性も指摘されています。とはいえ、スキャット・ボーカルを世に広めた記念碑的録音であることは間違いありません。
Muskrat Ramble
この曲はトロンボーンやクラリネットのソロも大きくフィーチャーされ、アンサンブル全体の高い即興能力が際立ちます。
それぞれのミュージシャンが順番にフィーチャーされる構成は、後のジャズ・コンボのスタイルにも強い影響を与えました。
Gut Bucket Blues
初期の録音で、ブルース形式に基づいたシンプルな構成。
ピアノはストライド奏法の影響が色濃く、バンジョーとともにリズムを支えています。ブギウギ的要素はここではまだ少ないものの、当時のスタイルをよく反映しています。
Potato Head Blues
アームストロングのソロが、単なるアルペジオにとどまらず経過音を多用し、滑らかで歌うようなラインを構築しています。
中間部のブレイク(バンドが止まり、ソロだけが残る)では彼のリズム感と創造性が際立ち、即興演奏の可能性を大きく押し広げた名演です。
Struttin'With Some Barbecue
作曲はアームストロングの妻であり、ピアニストのリル・ハーディン・アームストロング。
トランペットの早いパッセージと高音域のクリアな演奏が光る、技術と音楽性の融合が見られる楽曲です。
West End Blues
こちらは「Hot Seven」名義で録音された名曲で、ジャズ史を代表する一曲。
冒頭のトランペット・カデンツァはあまりにも有名で、現在でも世界中のトランペッターが練習する定番のフレーズです。
また、トロンボーン、クラリネット、ピアノそれぞれのソロも魅力的で、まさにモダンジャズの原型とも言える作品です。
録音技術についての逸話
当時の録音ではマイクは1本のみ使用されるのが一般的で、音量バランスは演奏者の立ち位置で調整していました。
アームストロングの音量が大きすぎて、部屋の外から吹かざるを得なかったという逸話も残っていますが、これには多少の誇張があるかもしれません。とはいえ、彼の存在感と音色の力強さを象徴するエピソードです。
この時代のアームストロングの録音は、後のジャズの基礎となるソロ表現、即興の自由さ、アンサンブルの構造を切り拓いたものであり、今日に至るまで多くのミュージシャンに影響を与え続けています。
今回ご紹介した7曲も、ぜひ注意深く聴いてみてください。何度聴いても新たな発見があるはずです。
文:曽根麻央 Mao Soné
Recommend Disc |
![]() Title :『Hot Five & Hot Seven』 Artist : Louis Armstrong LABEL : MCA Records 【SONG LIST】 01. Cornet Shop Suey ※数あるHot Five & Hot Seven 録音の一部作品として紹介 |
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・2020.04『Motherland / Danilo Perez』・2020.05『Color Of Soil /タイガー大越』・2020.06『Passages / Tom Harrell 』・2020.07『Inventions And Dimensions / Herbie Hancock』・2020.08『Birth Of The Cool / Miles Davis』・2020.09『Chet Baker Sings / Chet Baker』・2020.10『SFJAZZ Collective2 / SFJAZZ Collective』・2020.11『Money Jungle: Provocative In Blue / Terri Lyne Carrington』・2020.12『Three Suites / Duke Ellington』・2021.01『Into The Blue / Nicholas Payton』・2021.02『Ben And "Sweets" / Ben Webster & "Sweets" Edison』・2021.03『Relaxin' With The MilesDavis Quintet / The Miles Davis Quintet 』・2021.04『Something More / Buster Williams』・2021.05『Booker Little / Booker Little』・2021.06『Charms Of The Night Sky / Dave Douglas』・2021.07『Play The Blues / Ray Bryant Trio』・2021.08『The Sidewinder / Lee Morgan』・2021.09『Esta Plena / Miguel Zenón』・2021.10『Hub-Tones / Freddie Hubbard』・2021.11『Concert By The Sea / Erroll Garner』・2021.12『D・N・A Live In Tokyo / 日野皓正』・2022.1『The Tony Bennett Bill Evans Album / Tony Bennett / Bill Evans』・2022.2『Quiet Kenny / Kenny Dorham』・2022.3『Take Five / Dave Brubeck』・2022.4『Old And New Dreams / Old And New Dreams』・2022.5『Ella Fitzgerald And Louis Armstrong / Ella And Louis』・2022.6『Live from Miami / Nu Deco Ensemble & Aaron Parks』・2022.7『Oscar Peterson Trio + One / Oscar Peterson Trio Clark Terry』・2022.8『Ugetsu/ Art Blakey & The Jazz Messengers』・2022.9『Sun Goddess / Ramsey Lewis』・2022.10『Emergence / Roy Hargrove Big Band』・2022.11『Speak No Evil / Wayne Shorter』 ・2022.12『The Revival / Cory Henry』・2023.1『Complete Communion / Don Cherry』・2023.2『Your Mother Should Know: Brad Mehldau Plays The Beatles / Brad Mehldau』・2023.3『Without a Net / Wayne Shorter』・2023.4『LADY IN LOVE / 中本マリ』・2023.5『Songs Of New York / Mel Torme』・2023.6『Covers / James Blake』・2023.7『Siembra / Willie Colón & Rubén Blades』・2023.8『Undercover Live at the Village Vanguard / Kurt Rosenwinkel』・2023.09『Toshiko Mariano Quartet / Toshiko Mariano Quartet』・2023.10『MAINS / J3PO』・2023.11『Knower Forever / Knower』・2023.12『Ella Wishes You A Swinging Christmas / Ella Fitzgerald』・2024.01『Silence / Charlie Haden with Chet Baker, Enrico Pieranunzi, Billy Higgins』・2024.02『Rhapsody in Blue Reimagined / Lara Downes』・2024.03『Djesse Vol. 4 / Jacob Collier』・2024.04『Voyager / Moonchild』2024.05『Evidence with Don Cherry / Steve Lacy』・2024.06『Quietude / Eliane Elias』2024.07『Alone Together / Lee Konitz, Brad Mehldau, Charlie Haden』2024.08『The Rough Dancer And The Cyclical Night (Tango Apasionado) / Astor Piazzolla』2024.09『Potro De Rabia Y Miel / Camarón De La Isla』2024.10『Calle 54 / Various』・2024.11『Trumpets Of Michel-ange / Ibrahim Maalouf』・2024.12『Sings for Only the Lonely / Frank Sinatra』・2025.01『Hero Worship / Hal Crook』・2025.02『Undercurrent / Kenny Drew』・2025.03『Live In Toronto 1952 / Lennie Tristano Quintet』2025.04『Antidote / Chick Corea & The Spanish Heart Band』
Reviewer information |
![]() 曽根麻央 Mao Soné 曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。 |