Title : 『Relaxin' With The Miles Davis Quintet』
Artist : The Miles Davis Quintet
【Milesの「スペース」の魅力】
マイルス・デイヴィスのソロには不思議な魅力があります。その魅力はもちろん彼の持つ音色、美しいフレーズ、そして完璧なタイム感があるのですが、今回特筆するのは彼のスペースについてです。
ジャズのアドリブにおいてスペースとは、実際に吹いている箇所ではなく、フレーズとフレーズの間のお休みのところをいいます。マイルス・デイヴィスのスペースは完璧に精査されていて、聴いていて心地よいどころか、びっくりさせられることがあります。今回はその理由(わけ)も徹底的に解説してみました。
今回取り上げるのはマイルス・デイヴィスがPrestige Recordsに残したアルバム『Relaxin'』です。『Relaxin'』 は、マイルスがColumbiaへ移籍する際に、Prestige Recordsとの契約を消化するために4枚のアルバムを2日間で録音した「マラソン・セッション」と呼ばれる歴史的なレコーディング・セッションからの1枚です。1956年に録音され、58年にリリースされています。これは恐らく4枚のリリースのタイミングをずらすためでしょう。
メンバーを見ていきましょう。
Miles Davis - trumpet
John Coltrane - tenor saxophone
Red Garland - piano
Paul Chambers - bass
Philly Joe Jones - drums
マイルス・デイヴィスの1955-59年まで続いた、"The First Great Quintet"と呼ばれることがあるクインテットです。元々はカフェ・ボヘミアという歴史的なジャズクラブで演奏するために結成されたクインテットで、結成された当時はソニー・ロリンズがサックスを担当していました。しかしロリンズがヘロイン中毒からの克服に時間がかかるため、ジョン・コルトレーンが抜擢され、有名なクインテットへとなりました。のちにキャノンボール・アダレイを迎えての3菅編成のセクステットへと変貌していきます。
一連の「マラソン・セッション」はマイルス・デイヴィスが、強力なレギュラー・クインテットを手に入れ、メジャーレーベルに移籍するタイミングでもあり、50年代までのキャリアとしては絶頂にいた時のレコーディングであることは確かです。そんなマイルスのどこか落ち着いた、しかし堂々とした演奏の秘密にはスペースがあります。
スペースとは、繰り返しになりますがフレーズとフレーズの間の演奏していない空間のことで、これを活かすには、どこでフレーズを始めどこで終わるかというのが肝になってきます。マイルスの(特にこの時代の)演奏にはフレーズのはじめ方、終わり方に一定の法則性があります。それはクラーベのリズムに沿ってフレーズをはじめ、そして終わるということです。
クラーベというとラテン音楽のイメージがあります。クラーベとはラテン語で「鍵」という意味で、その名の通りリズムの鍵になっています。クラーベのリズムに沿って、ベースラインやメロディー、歌詞、ハーモニーが作られるのがラテン音楽の基本です。
しかし、歴史を考えるとクラーベはジャズにも存在します。そもそもクラーベはアフリカの民俗音楽から派生しています。アフリカの音楽が奴隷船とともにアメリカ大陸周辺に運ばれ、キューバではキューバの宗教とキリスト教と融合しアフロ・キューバン音楽として、アメリカのニューオリンズではより白人のクラシカルな楽器や和声と結びつき、ニューオリンズ・ジャズ(2nd Line)として発展しました。要するにジャズの根本にもクラーベは存在するのです。
マイルスがサルサを聴きにニューヨークのクラブへ通っていたのは有名な話ですし、マイルスの幼い頃はニューオリンズ・ジャズが流れていて、それを聴いていたことは容易に想像ができます。
クラーベには何種類かあります。主にジャズで見かけるのは普通のソン・クラーベ、ルンバ・クラーベ、ニューオリンズ・クラーベです。
ソン・クラーベ
ルンバ・クラーベ
ニューオリンズ・クラーベ
『Relaxin'』の"If I Were A Bell"のマイルスのソロでは主に、ソン・クラーベとニューオリンズ・クラーベからフレーズが組み立てられています 。"If I Were A Bell"のソロのフレーズがクラーベを中心に組み立てられていることがわかるデモを用意してみましたので、以下のビデオを見てください。
わかりやすくクラーベやカスカラと一致するところに線を引いてみましたが、ほとんどのフレーズがクラーベ、またはカスカラに合わせて始まり終わっていると思います。カスカラとはクラーベに対応して成り立っているリズムパターンのことで、ラテン音楽ではクラーベと同じぐらい重要なものです。このようにクラーベに沿ってフレーズを組み立てることで、スペースを効果的に、そしてより自然に流れるように活用することができると思います。
またこの"If I Were A Bell"のレッド・ガーランドのソロがとても良いので注目してみてください。そして、ガーランドの後ろでベースを弾くポール・チェンバースもとってもスウィングしています。マイルスに「ポール・チェンバースはなんでも弾ける」と言わせたベーシストの技を聴くことができます。ちなみにこの逸話は以前のJJazz.Netの記事に書きましたのでぜひ読んでみてください (曽根麻央 Monthly Disc Review2020.7)。
ちなみにこの一曲目の"If I Were A Bell"はマイルスが'I'll play then tell you what it is later'と「演奏した後になんの曲か教えるよ」といったエンジニアとのやりとりまで収録されています。こういう生のやりとりを少しだけ覗くことができるのも本アルバムの魅力の一つです。
さてここからは1曲ずつ聴いていきましょう。
02. Your're My Everything
こちらも30秒ほどスタジオ内のやりとりが聞こえてきます。そしてレッド・ガーランド特有の左手で和音、右手でメロディーをオクターブで演奏する奏法でイントロが奏でられ曲が始まります。同じくトランペッターのフレディー・ハバードはこの曲を軽快なスウィングのリズムで、Cのキーで演奏していますが、こちらは落ち着いたバラードでBbのキーで演奏されています。
この曲でも使用されていますが、マイルスのハーマン・ミュートの使い方はこれもフレディー・ハバードと真逆ですね。マイルスの柔らかい音色から推測して、かなりソフトにマイクの近くで吹いていると思います。マイルス・デイヴィスを象徴する音色です。こういうバラードではまるで女性ボーカリストが歌っているかのような表現だなといつも思っています。フレディー・ハバードは音量をMax状態でハーマンを吹くのがとても特徴的だと思います。その代わりよりチーっといったまた違った独自の音を持っていますね。
03. I Could Write A Book
早いスウィングのアレンジで演奏されています。レッド・ガーランドは一貫して自分のコンピング(伴奏)のスタイルを持っています。基本的に1小節に2つ和音が入ります。小節の4拍目の裏と、2拍目の裏に軽快にリズムと和音を刻んでいます。レッド・ガーランドはそもそもとても優秀なボクサーだったのですが、まるでジャブを打っているかのようなコンピングです。その上で右手は自由に転がってフレーズを操ります。
ジョン・コルトレーンの演奏にも注目してみたいと思います。この録音はコルトレーンのキャリアの中でかなり初期のものです。コルトレーンのアーティキュレーションは年代によってかなり変わります。初期はかなり短く8分音符を激しめに区切ってタンギングしてアーティキュレートしています。中期になればその音価はギリギリまで伸ばされ、一つ一つのアーティキュレーション自体は穏やかになりますが、フレーズの持つエネルギーが増していますね。このように年代でプレイスタイルがここまで大きく異なるミュージシャンは少ないので、注目して聴いてみてください。
04. Oleo
ソニー・ロリンズとレコーディングしたアルバム『Bag's Groove』のバージョンよりかなり早いテンポで収録しています。マイルスがメロディーを一人吹きはじめて曲が始まります。マイルスのリズムの良さがわかる瞬間です。
コルトレーンのソロも、中期のいわゆる「コルトレーンサウンド」が少しだけ垣間見えますが、それがまだ若い頃のアーティキュレーションが同時に聴こえてくる面白いソロです。
個人的にびっくりしたのは5:40からの後とテーマでのポール・チェンバースのカウンターポイントです。カウンターポイントについても別の記事でたくさん書きましたが、メロディーに対応し、時に逆行する第2のメロディーともいえるラインのことです。このカウンターラインが綺麗で改めて聞き直して感激しました。
05. It Could Happen To You
有名なスタンダード曲。こちらのマイルス・デイヴィスのソロも見事に2-3クラーベに当てはまっているのがお分かりになると思います。リズムセクションのスウィングのグルーブもどちらかというとニューオリンズ・クラーベに影響を受けたin 2のスウィングで統一されています。In 2とはベースが2分音符で1小節に2つしか音を弾かない時のスウィングの呼び方です。通常はwalking bass と言って1小節に4つ音を鳴らし、グルーブを作ります。それはIn 4のスウィングとも言います。
06. Woody'n You
トランペッター、ディジー・ガレスピーの曲です。このアルバムで唯一コルトレーンとマイルスが同時にメロディーを吹いていますね。2管編成のアルバムでここまで一緒にメロディーを吹かないアルバムは珍しいですが、マイルスっぽいと言えるでしょう。そして唯一マイルスのオープンサウンド(ミュートをしてない状態)が聴けます。素晴らしいオープンサウンドはまるでバンドの音を貫いて一つの筋で通しているかのようです。マイルスのハイノートも聴けて、少しディジーの影響が聴こえてきますが、それを自分のスタイルでやってのけるところもマイルスの魅力でしょう。
このアルバムで唯一のフィリー・ジョー・ジョーンズのドラムソロも聴けます。ドラムソロ明けの第二メロディーのバンドの一体感も素晴らしいですね。
ぜひみなさんもこのアルバムを聴いてみてください。
それではまた次回。
文:曽根麻央 Mao Soné
【LIVE INFO】
曽根麻央3-4月演奏スケジュール
【公演名】
MAO SONÉ - Brightness of the Lives - at Blue Note Tokyo
【日時】
2021 4.23 fri.
[1st]Open5:30pm Start6:30pm [2nd]Open8:30pm Start9:15pm
※2ndショウのみインターネット配信(有料)実施予定
※アーカイブ配信視聴期間:4.26 mon. 11:59pmまで
※アーカイブ配信の内容はライヴ配信と異なる場合がございます。
予めご了承ください。
※当初の開催日程(2021 1.21 thu.)から変更となっております。
【メンバー】
曽根麻央(トランペット、ピアノ、キーボード)
井上銘(ギター)
山本連(ベース)
木村紘(ドラムス)
★公演内容に関するお問い合わせ
ブルーノート東京 TEL:03-5485-0088
▼URL
http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/mao-sone
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・2020.04『Motherland / Danilo Perez』・2020.05『Color Of Soil / タイガー大越』・2020.06『Passages / Tom Harrell 』・2020.07『Inventions And Dimensions / Herbie Hancock』・2020.08『Birth Of The Cool / Miles Davis』・2020.09『Chet Baker Sings / Chet Baker』・2020.10『SFJAZZ Collective2 / SFJAZZ Collective』・2020.11『Money Jungle: Provocative In Blue / Terri Lyne Carrington』・2020.12『Three Suites / Duke Ellington』・2021.01『Into The Blue / Nicholas Payton』・2021.02『Ben And "Sweets" / Ben Webster & "Sweets" Edison』
Reviewer information |
曽根麻央 Mao Soné 曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。 |