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曽根麻央 Monthly Disc Review2020.11_Terri Lyne Carrington - Money Jungle: Provocative in Blue

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Title : 『Money Jungle: Provocative In Blue』
Artist : Terri Lyne Carrington

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【リファレンス音源】


みなさんこんにちは、曽根麻央です。いかがお過ごしでしょうか?


 ジャズのアルバムの中には、不思議なことに多くの人に愛されるにも関わらず、必ずしも良い音質やミックスである、というわけでは決してありません。これは、ジャズを聴く際、演奏者の魅力というのが音楽の良し悪しを判断する上でもっとも重要な要因となるからだと思うのです。

時代的にレコーディング技術が追いついていなかったり、そんな中でのライブ録音だったりと、皆さんが愛してやまない名盤の中にもどこか「もう少しレコーディングクオリティーがよかったらなあ...」と思われることもしばしあるかもしれません。それでもその音源に魅力があるのは、その一瞬一瞬に魂を込めた当時の名手たちの魅力を感じ取れるからではないでしょうか?また、様々なレコーディングの技術が、録音されたその時期にリアルタイムで発明されているわけですから、おそらくエンジニアも試行錯誤をしていた(もちろん現在でもしている)、そんな事情もあると予測ができます。

 しかし昔から「良い録音」をされたジャズの名盤もたくさんあります。ブルー・ノートやインパルスやその他の名盤と言われるシリーズには、現在においても尚「ジャズ・サウンド」のリファレンス(参考)となりうるものです。また、「何でこの時代の機材でこんなに良い音で録れているの?」だとか、「何でモノラル録音なのにこんなに空間が感じられるの?」だとか、色々と考えさせられるすごい音というのが歴史上沢山存在します。それらを聴いて体感して見るのもジャズの楽しみ方の一つです。

 このように「良い音」で録られた音源は、次の世代のアーティストが制作活動をする上でリファレンスとして、サウンドの基準として用いられる場合が多いです。例えば僕がスタジオに入ると、リスニング・ブースに自分が良いと思うリファレンスの音源を持っていって再生してもらいます。これによって、そのスタジオのモニターや部屋の鳴りかたなど「音の癖」を把握して、エンジニアに注文を出したりして理想の音に自分の作品を近づけていきます。リファレンス音源を持っていないで、特によく知らないスタジオでその日録音した音源のみを聴き良い音だと思っていても、家に持ち帰った時にがっかりする音質だった、なんて悲しい事件が起こったりもします。レコーディングの怖いところです。

 そこで今日は僕が思う現在のジャズのレコーディングのリファレンスとして最適な音源とアルバム、Terri Lyne Carringtonの『Money Jungle: Provocative in Blue』をご紹介しようと思います。


 僕は6曲目の「Grass Roots」をリファレンスにすることが多いです。ジャズの基本でもあるピアノトリオとしてのミックスが綺麗で、バンドとしてもバランスがとてもよくとれています。ドラムが全体を包み込むように空間を支配していてとても気持ちいです。ベースもリズムとピッチがよく聞こえるのに、ベース的な太さを残しています。ピアノも高音から低音までバランスよく綺麗に収録されているのでこれを聴きながら自分の録音の音を調整してもらうと理想に近くなります。もちろんそれはテリやクリスチャン・マクブライド、ジェラルド・クレイトンなどのモンスター級のプレイヤーが揃っているのも大前提としてあるのですが...




 ちなみにトランペットの音は理想の音が常に頭にあるので、あまりリファレンスは持っておらず、その時の直感に頼ることが多いです。


 テリ・リン・キャリントンは女性として初めてジャズ・インストゥルメント部門でグラミーを受賞したこともあり、女性ドラマーとして注目を浴びることが多いのですが、アメリカで様々な一流ドラマーを見てきた僕からすると、彼女こそダントツで現在のトップドラマーだと信じています。スウィングからファンク、フュージョン、ロック、ラテンまでありとあらゆるグルーブを自在に、そしてどんなダイナミックスでも表現できるマスターです。

 Money Jungleという言葉はそもそも、デューク・エリントン、チャールズ・ミンガス、マックス・ローチの1962年のアルバムですが、今回はテリがそこに独自の解釈を加えたアレンジと、オリジナルで構成されています。

メンバーを見てみましょう。


Terri Lyne Carrington - drums
Gerald Clayton - piano
Christian McBride - bass

[ゲスト]
Clark Terry - trumpet, vocals (track 2)
Robin Eubanks - trombone (tracks 2, 9)
Antonio Hart - flute (tracks 2, 9)
Tia Fuller - flute (track 2), alto saxophone (track 9)
Nir Felder - guitar (track 3)
Arturo Stabile - percussion (track 8)
Lizz Wright - vocals (track 3)
Shea Rose - vocals (track 11)
Herbie Hancock - vocals (track 11)




1. Money Jungle
 「現在の規範では命を救うことや地球のバランスをとること、正義や平和を語ることに何の利益もありません。利益を産むためには問題を起こさねばならない。

(There is no profit under the current paradigm in saving lives, putting balance on this planet, having justice and peace or anything else. You have to create problems to create profit.)」

という朗読に合わせてテリがドラムソロを演奏しています。

 ちなみにテリはこのような朗読と音楽をコラボさせるのが得意で、僕自身も彼女のTed Talkでのパフォーマンスで参加させてもらっています。是非見てください。3:41ぐらいからです。




2. Fleurette Africain
 クラーク・テリーがボーカルとトランペットで参加しています。クラークはトレードマークでもあるスキャットを聴かせてくれます。彼のスキャットは歌詞自体には全く意味がないのに、言葉や意味が聴こえてくる感じがして本当に圧巻ですね。


3. Backward Country Boy Blues
 古いブルース調の雰囲気から始まり、徐々にコンテンポラリーの要素が増しています。ギターの名手、ニア・フェルダーが参加。ゴスペルシンガーのリズ・ライトも参加しています。


4. Very Special
 元祖Money Jungleでも重要なレパートリーでもあるブルース曲。テリ、マクブライド、クレイトンのトリオでもスウィングの直球演奏を聴くことができます。テリの美しいライドシンバルのグルーブはドラマー必聴かと思います。マクブライドとのコンビネーションも最高のグルーブを出しています。かなりリズミックなソロのクレイトンに、完璧にベースをコントロールするマクブライドを聴くことができます。


5. Wig Wise
こちらも元祖Money Jungleより。原曲は4拍子のスウィングですが、6拍子のイーブン・フィールで演奏されているため、かなり原曲とはかけ離れています。単純にトリオだけの演奏になっていて、こちらもかなり聴き応えのあるテイクだと思います。


6.Grass Roots
 先に書いたように僕がアコースティックのジャズのレコーディングの際リファレンス音源として持っていくテイクです。テリのオリジナルなようです。先ほども言ったように、ドラムの全体を包み込むような空気感が好きなのですが、もちろんこれはレコーディング・エンジニアだけで成し遂げられることではなく、ドラムのチューニング、タッチなど色々なことが合わさってこの音が録れています。特にこのアルバムはジャズのアコースティックのアルバムにしてはベースドラムのチューニングが高すぎず、ドシッと中身の詰まった音色なのがとても気持ちいです。ドラマーにとって自分のチューニング、そのバンドに最適のチューニングを見つけることは全体のサウンドに関わってくるので、是非チューニングの勉強をしてみてください。これだけでドラムの演奏レベルと一緒に演奏しやすさがかなり上がります。


7. No Boxes (Nor Words)
 こちらもテリのオリジナル。ピアノの左手とベースでユニゾンラインが演奏される上で、右手が自由に動き回るイントロを経て、スウィングのテーマ部分に入って行きます。3:01ぐらいのテーマからソロに入ったタイミングのドライブ感(グルーブが前に躍進していく感じ)が凄まじいです。やはりこのレベルのプレイヤーはグルーブに対する瞬時の集中力(もはや集中を超えてナチュラルに演奏してるのでしょうが...)が他と一線を画していますね。




8. A Little Max
 5拍子のイーブンの曲。以前の記事でもお話しした5拍子のクラーベ(変拍子クラーベ)が随所で聴き取れます。こういったクラーベを用いた演奏では、クラーベを体に取り込んでそこに肉付けをしているので、ぱっと聴いた際にクラーベが無いように聴こえてしまいますが、よく聴くと中心にはどこかいるものです。3:50からはまさに5拍子クラーベのテリ流のパターンを叩いているのでドラマーの方は是非練習してみてください。




9. Switch Blade
 マクブライドのベースソロから入る、スローブルースの曲。ビヨンセのバンドのサックスも務めるティア・フラーがサックスを、前回取り上げたSFJazz Collectiveにも参加しているロビン・ユーバンクスがトロンボーンを演奏しています。


10. Cut Off
 エリントンのソリチュードのような導入のジェラルド・クレイトンのオリジナルバラード。


11. Rem Blues/Music
 何とハービー・ハンコックも朗読に参加しているこのトラック。クレイトンのフェンダー・ローズが静かに雰囲気を作り、徐々にグルーブが聴こえてきて、シーア・ローズという方がエリントンの詩を朗読しています。「人気を得ることはお金を得ること、だけどそれは音楽ではない」というハンコックの言葉で締めくくられます。




いかがでしたでしたか? 
また次のDisc Reviewでお会いするのを楽しみにしております。

文:曽根麻央 Mao Soné






【曽根麻央ライブ情報】
11/17 (火) @ 六本木サテンドール
Brightness Of The Lives [曽根麻央 (tp&keys)、井上銘(gt)、山本連(eb)、木村紘(ds)]
https://www.satin-doll.jp/

11/20 (金) @ 赤坂Velera
曽根麻央 (trumpet & piano)、伊藤勇司 (bass)、木村紘 (drums)
https://velera.tokyo/

12/13 (日) @ 六本木サテンドール
曽根麻央 (tp) & David Bryant (p)
https://www.satin-doll.jp/

12/25 (金) @ 赤坂Velera
曽根麻央 (trumpet & piano)、伊藤勇司 (bass)、木村紘 (drums)
https://velera.tokyo/



Recommend Disc

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Title : 『Money Jungle: Provocative In Blue』
Artist : Terri Lyne Carrington
LABEL : Concord Jazz ‎
NO : CJA-34026-02
発売年 : 2013年



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【SONG LIST】

01. Money Jungle
02. Fleurette Africain
03. Backward Country Boy Blues
04. Very Special
05. Wig Wise
06. Grass Roots
07. No Boxes (Nor Words)
08. A Little Max (Parfait)
09. Switch Blade
10. Cut Off
11. Rem Blues/Music




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Reviewer information

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曽根麻央 Mao Soné

曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。

 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。
 これまでにニューポート、モントレー、モントリオール、トロント、ドミニカ等の国際的なジャズ・フェスティバルに出演。
2017年には自己のバンドでニューヨークのブルーノートやワシントンDCのブルース・アレイ等に出演。2018年メジャー・デビュー。2019年には故・児山紀芳の代役でNHK-FM「ジャズ・トゥナイト」の司会を担当。また2020年公開のKevin Hæfelin監督のショート・フィルム「トランペット」の主演・音楽を務めるなど、演奏を超えて様々な活動の場を得ている。

 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。
2014年度フィラデルフィア『国際トランペット協会(ITG)ジャズ・コンペティション』で優勝。
同年『国際セロニアス・モンク・ジャズ・コンペティション』にて13人のファイナリストに世界中の応募者の中から選出。
2015年に地元・流山市より『ふるさとづくり功労賞』受賞。
2016年アムステルダム『"Keep An Eye" 国際ジャズアワード』にて優勝。

曽根麻央Official Site

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