Title : 『Chet Baker Sings』
Artist : Chet Baker
みなさんこんにちは、曽根麻央です。僕が影響を受けたアルバムを、ミュージシャンの視点で紹介して解説していくこの連載も、早いもので第6回目となりました。半年が過ぎようとしているのですね。
今回はChet Bakerの『Sings』というアルバムを解説・紹介していきます。RCAの44のマイクに向かって歌うChetの姿が特徴的なカッコいいジャケットですね。このアルバムは管楽器奏者ならば一度はトランスクライブ(耳コピ)して練習するべきだと考えています。僕は生徒によくこのアルバムのトランスクライブをするか、『The Last Great Concert』の「Look For The Silver Lining」という曲をトランスクライブするように宿題を出します。その理由として、これらの演奏からは完璧な美しいライン、揺るがない8分音符、安定したトランペットのサウンドを聴くことができ、そこからジャズ演奏に必要な技術をたくさん学べるからです。
また、『Chet Baker Sings』はインストのミュージシャン(楽器を演奏する人)が歌詞を覚えるのに最適なアレンジと選曲となっています。歌い方もシンプルなのでとても聴きやすい。なので、これらのスタンダード曲の真意に迫ることができます。多くのインスト奏者は、曲をリード・シートや楽譜から学んでしまうため、曲の持つ本来の雰囲気や意味合いを理解していないことがあります。曲本来のストーリーから解離した演奏になりがちです。曲の本来の意味を知り、心から曲を好きになることで、より深い演奏ができるようになります。このアルバムは、そこに到達する手助けになるでしょう。
また、全体を通して曲のアレンジも素晴らしいので注目していただきたいです。イントロ、アウトロが演奏曲本編に勝るほど美しく完璧です。コード進行もとても考えられていて、美しい。単にスタンダード演奏を聴かされるのではなく、Chet Bakerとこのアルバムメンバーの世界観を魅せてくれています。
ピアニストの伴奏もチェットの歌やトランペットを決して邪魔することなく堅実なサポートに徹しています。その上でピアニストは自分のスペースを見つけ、美しいカウンターポイントやソロを展開しているで、そちらも注目です。
ではクレジットを見ていきましょう。
Chet Baker Sings
録音・1954&56年
Chet Baker - vocals, trumpet
Russ Freeman - piano, celesta
Carson Smith - double bass
Joe Mondragon - double bass
Bob Neel - drums
Jimmy Bond - double bass
Larance Marable - drums
Peter Littman - drums
先ほど少し述べたようにRuss Freemanのピアノは、トランペットと歌を一切邪魔することなく完璧なサポートを聴かせてくれています。しかし存在感がない訳では一切なく、それどころか耳はピアノに持っていかれるという不思議な演奏です。
Russ Freemanのアレンジが多いこのアルアムは、ある意味彼の世界観の上にChet Bakerが乗っかっていると言っても過言ではないかもしれません。「チェット・ベイカー その生涯と音楽」の第4章「天才の響き チェットとラス・フリーマン」では、Russ Freemanが当時を振り返るインタビュー形式で書かれていて読む事ができます。それによるとRuss Freemanは当時のChetカルテットの音楽監修兼ツアーマネージャーだったそうで、移動の手配、ホテルの手配、経理も任されていたそうです。またこの本には、このアルバムの最初のレコーディングが、Chetが初めて歌った瞬間だった事や、歌うことになった理由が歯の問題によりトランペットの演奏が困難だったため、など興味深い事が書かれています。Chetは薬物関連のトラブルで歯を折られるという、トランペッターとして本来は再起不能の事件に巻き込まれています。
1. That Old Feeling
このアルバムを代表する構成の曲。美しいイントロ、シンプルな歌い回し、完璧なピアノとトランペット・ソロ、そして、短いショート・エンディング。
トランペット・カルテットで演奏される16小節の美しいイントロは完全にこのアルバムの為にアレンジされたもの。しかしあまり突飛ではなく、あくまで曲の一部として存在できるようにうまく書かれています。それに続くChet Bakerの歌によるテーマ部分。何度も言っていますが、このアルバムは一緒に歌えるようになるととてもとても楽しいので是非トライしてみてください。それに続くRuss FreemanとChet Bakerのソロは曲のストーリーを壊すことなく、まるで書かれたメロディーのように美しい。このアルバムをさらに楽しむならChetのソロを覚えてスキャットでユニゾンしてみるのも面白い。トランペットも歌のようにソロを吹いているので、実際一緒にスキャットをしやすい。なので、楽器を演奏する人は歌えることがどう演奏に影響を与えるのか体験でき、とても勉強になります。
2. It's Always You
Chet の歌い方が本当に美しい一曲。Russ Freemanによる美しいイントロと、歌とトランペット・ソロの間の緊張感ある短い間奏が肝のアレンジ。ハーモニーの流れもよく編曲されています。注目しながら聴いてください。
3. Like Someone In Love
テーマへの導入の仕方がお洒落ですね。Russ Freemanのイントロの特徴は、あまりにも自然に流れているので、気づいたらテーマに入っているという事が起こります。シンプルに、トランペット・ソロなしで歌だけのテイク。
4. My Ideal
チェレスタとアルコ(弓)でのベースの伴奏で歌われるバース部分があります。バースとはテーマではないのですがイントロでもないセクションです。バースはきちんと歌詞があり、メイン・テーマの世界観を前もって説明して、聴き手により深い理解をさせてくれる大事なパートです。バースは楽器だけのジャズで演奏されることは稀ですが、こうして歌とともに聴けるのはとても嬉しいですね。
5. I've Never Been In Love Before
Chetが最初1人で歌い出し、ベースとピアノのユニゾンのカウンターポイントが聴こえてきます。ピアノは徐々にハーモニーへと移行して曲にさらにカラーを足していきます。見事なアレンジです。カウンターポイントについては以前の「Birth Of Cool」の紹介記事でも書きましたが、主旋律に対して演奏される副旋律の事です。この曲はChetを描いた映画「Born To Be Blue」でも重要な場面で演奏されていましたね!あの映画はあくまでフィクションですが、個人的にはChetの人となりが見る事ができて良い映画だと思っています。
6. My Buddy
Chetのハーマン・ミュートの演奏が聴けます。ハーマンといえば、マイルス・デイヴィスやクラーク・テリー、ディジー・ガレスピーといった人たちの音色が有名ですが、Chetの音色も独特で良いですね。1コーラス目のミュート演奏と歌の間に8小節の間奏がアレンジされていて、転調しているのも雰囲気がガラッと変わってよいですね。
7. But Not For Me
24小節の見事なイントロがトランペットによって奏でられた後に、有名なメロディーが歌われます。マイルス・デイヴィスの演奏が有名でそちらのコード進行で演奏されることが多いですが、こちらの方がガーシュウィンのオリジナルに近い進行になっています。歌に続くChetのソロもまるで書いたかのような綺麗なソロです。このソロは名演なので覚えておくと良いでしょう!
8. Time After Time
こちらもシンプルに2コーラスだけの構成。1コーラス歌からの半分だけのトランペット・そして、その後の歌で終わります。
9. I Get Along Without You Very Well
名曲ですね!是非覚えておいていただきたい曲です。Russ Freemanのチェレスタが再び登場して、Chetが歌います。こちらの曲も映画「Born To Be Blue」で重要な役を果たしましたね。この曲はChetの「The Last Great Concert」でも「Live In Tokyo」ではChetの晩年の歌も聴く事ができます。Chetにとって重要なレパートリーだった事がわかります。こちらもシンプルに歌1コーラスだけという構成です。
10. My Funny Valentine
歌で1コーラスだけシンプルな構成。是非Chetの歌い回しでこの曲は覚えていただきたい。
11. There Will Never Be Another You
いきなりトランペットだけのイントロから、バンドが入り1コーラスソロをとります。その後8小節の間奏で歌のキーに転調するこちらも見事なアレンジ!歌の後のソロはChetとRuss Freemanが同時にするというサプライズがあります。Chetのキャリアの初期はジェリー・マリガンとの、ピアノなしの2菅編成カルテットでした。トランペットとバリトン・サックスのソロを同時にとり、ピアノがいなくてもハーモニーを感じさせるサウンドを作り上げ、ウエスト・コースト・ジャズのブランディングに成功しました。この曲のソロはChetのバックグラウンドを思い出させてくれますね。
12. The Thrill Is Gone
なんとも寂しい曲。Chetの歌とトランペットの多重録音が聴けます。Chetが自分の歌に伴奏をしている様子は、トランペットの歌の伴奏はこうするべきだ!というお手本のようでとても参考になります。
13. I Fall In Love To Easily
イントロは無いが、エンディングはちゃんとアレンジされていますね。やはりこのアルバムを通してジャズ・ミュージシャンが学ぶべきが、シンプルでいいので、スタンダードを演奏するときはきちんと自分のアレンジを持つべきという事。聴き手へ与えるインパクトが違います。そして良いエンディングがあれば途中何があっても全体がまとまって聴こえます。僕は自分のアレンジを持つ事で、曲に対して、まるで自分の曲のような愛情をもって接する事ができています。
14. Look For A Silver Lining
こちらもChetの十八番ですね。曲の最後に一瞬だけ多重録音しているのがお洒落ですね。この曲に関しては、関にも述べましたが是非「The Last Great Concert」のバージョンも合わせて聴いてみてください!Chetというアーティストがいかに音楽への、美しいものへの情熱にあふれていたか感じる事ができるでしょう。トランペッターは「The Last Great Concert」のLook For A Silver Liningのソロは要トランスクライブです!
いかがでしたでしたか?
また次のDisc Reviewでお会いするのを楽しみにしております。
文:曽根麻央 Mao Soné
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・2020.04『Motherland / Danilo Perez』・2020.05『Color Of Soil / タイガー大越』・2020.06『Passages / Tom Harrell 』・2020.07『Inventions And Dimensions / Herbie Hancock』・2020.08『Birth Of The Cool / Miles Davis』
Reviewer information |
曽根麻央 Mao Soné 曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。 |