Title : 『Ben And "Sweets"』
Artist : Ben Webster & "Sweets" Edison
【スウィングのコンピング】
みなさんこんにちは、曽根麻央です。
今日はBen WebsterとHarry "Sweets" Edison の2フロントのアルバム、Ben and "Sweets"について解説していきます。このアルバムではBen WebsterとHarry Edisonのいわゆるジャズのテナー&トランペットの王道サウンドを楽しむことができます。2人のイントネーション、強弱、アーティキュレーションの付け方など、細かい表現の一致が美しいアンサンブルを作り上げています。
さらにそれだけではなく、今回はHank Jonesのコンピングにも視点を当ててみましょう。コンピングとは、ジャズにおけるピアノやギターの伴奏の事で、リズムとハーモニーの掛け渡しを担う大切な要素です。特に5曲目のDid You Call Her TodayはHank Jonesのコンピングも光り、ジャズ史上最もスウィングしているテイクの一つではないかなと考えています。是非一緒に楽しんでいきましょう。
また、bebop以前に活躍したミュージシャン達が1962年に録音しているのも注目してください。僕らはジャズの歴史を語る時にどうしてもその時その時の新しい流派のことを多く語ってしまいす。その方が歴史の流れの説明が楽だからです。だからそれまでの昔ながらのスタイルが絶滅したかのように学びます。しかし実はそうではなくて、このアルバムのようにbebop以前のミュージシャンも活躍してアルバムを出し続けていました。
Ben Webster (ts)
Harry "Sweets" Edison (tp)
Hank Jones (p)
George Duvivier (b)
Clarence Johnson (d)
録音: 1962年6月6日&7日
ベースのGeorge Duvivierと、ドラムのClarence Johnsonについては、僕自身あまり知らなかったのでどの様な人物なのか調べてみました。
George Duvivier (1920-1985) はサイドメンとしてかなり活躍していたベーシストな様です。クラシカル・ヴァイオリンでキャリアをスタートして、the Central Manhattan Symphony Orchestraのアシスタント・コンサートマスターを16歳で務めた人物。NYU(ニューヨークユニバーシティ)でベースを始めて、Coleman HawkinsやLena Horne、Count Basie、Frank Sinatra、Bud Powell、Benny Goodmanなど幅広い音楽性を持つアーティスト達のサイドメンを務めた人物だそうです。
Clarence Johnson (1924-2018)もドラマーとしてJames Moodyの信頼を得て活動していた様です。Sonny Stittのアルバムにも多く参加しています。本アルバムでは、グルーヴに集中していて手数を多くを叩く事はないが、それによって生み出されるステディーなテンポが、このアルバムを強力なものとしています。
ここからはジャズファンならよく知る3人を、確認を兼ねて紹介します。
Hank Jones (1918-2010) は皆さんもよく知るジャズの歴史を代表するピアニスト。強力なタッチとリズムを奏でるピアノですが、そのサウンドは優しさに包まれていて、聴衆の心を癒してくれる存在だと思っています。Earl Hines, Fats Waller, Teddy Wilson, Art Tatumなどの最古のジャズピアノの影響を直に受けつつ、Hank Jones独自のサウンドを創りあげました。未だに彼のジャズピアノへ影響は絶大です。弟にはトランペッターのThad JonesとドラマーのElvin Jonesがいます。このアルバムでは彼の持つ強力なリズムとタッチから成る、これぞ至上のスウィング・コンピングを聴くことが出来ます。ピアニストの皆さんは必聴です。
Ben Webster (1909-1973) はColeman Hawkins, Lester Youngと同じく、ジャズサックスの歴史において最も重要な初期を代表する奏者で、その後の全てのサックス奏者に影響を与えています。Duke Ellington Big BandのAlto奏者Johnny Hodges に影響を受けました。そんなWebsterも40年台のエリントン楽団においてソリストとして活躍しました。とてもリリカルで特徴的なヴィブラート、Hodgesに影響を受けたであろう歌う様に滑らかなサックスプレイは、Websterのシグネチャーですし、いわゆるテナーサックスの在り方と言って良いでしょう。
Harry Sweets Edison (1915-1999) もマイルス以前にミュート・トランペットの音を確立しました。主にNelson RiddleのメンバーとしてFrank Sinatraの多くのアレンジでソロを吹いています。初期のキャリアの30年代にはCount Basieのビッグバンドへ入り活躍。余談ですが当時余りにもモテたために"Sweets"というあだ名がついたそう(笑)。
"Did You Call Her Today
さて、今回メインの話題のコンピンングについて5曲目の"Did You Call Her Today"を聴いていきましょう。
そもそもこのトラックは、先にも言いましたが、僕がジャズ史上最もスウィングしているテイクだと考えていて、それはもちろんリーダー2人のフロントの歌い回しによるものでもあるのですが、ステディーなベースとドラムが織りなす完璧な四分音符の上で、自由にリズムを操るHank Jonesのコンピングによる功績が大きいです。
以下のビデオ僕が楽譜ソフトに入力したプレイバック音源ですが、Hank Jonesのリズムが8分音符だったり、3連音符だったり、またまた16分音符だったり、縦横無尽に変化しているのがわかると思います。これでもメロディーや歌の邪魔にならないのは、うまいこと自分のスペースを見つけているからです。サックスやトランペットの譜面と見比べると、Hankのコンピングは必ずメロディーとメロディーの間の休みに強力なリズムを提示していることがわかるでしょう。特に途中の0:46からの16分音符はとても特徴的で、彼の弟のElvin Jonesのスネアのパターンにも出てくることがあります。
このように8分音符だったり、3連音符だったり、またまた16分音符だったり、リズムが複合的であることがジャズのリズムを実際に演奏して見た時に難しい理由でしょう。スクエアーに全てが揃っているとニセモノ感が出てしまいます。これは複合リズムの音楽でもあるアフリカ音楽にジャズの起源がある所以でしょう。
この演奏ではHarry Sweets Edisonは終始バケットミュートと呼ばれる弱音器を使用しています。ジャケットの写真で使用しているミュートですね。名前の通りバケツのような形をしていて、中にわたが詰められているため少しモコモコしたサウンドになります。
曲はBen Websterのものですが、コード進行は"In A Mellow Tone"と同じコード進行です。このように既存の曲のコード進行を使いその上に新たなメロディーを描く手法をContrafactといいます。おもにbebop期に流行った手法でチャーリーパーカーが"Donna Lee"を"Indiana"という曲の進行を使っていたり、Sonny Rollinsが"Oleo"を"I Got Rhythm"の進行を使っているのが代表的なContrafactですね。
EdisonもWebsterも実に彼ららしい見事な歌心溢れるソロを展開しています。ぜひソロ中の彼らフロントマンとHank Jonesのソロとコンピングの駆け引きもよく聴いていただきたいです。Hank Jonesのソロもコンピングで見せるリズム感をそのままに8分音符だったり、3連音符だったり、またまた16分音符だったり、ソロフレーズも自由自在にリズムを操ります。それにしても見事なタッチです。
そこに続くシャウトコーラスもメロディーラインとピアノの駆け引きが非常によくできています。シャウトコーラスとは、以前の記事でもなんども書きましたが、アレンジャーコーラスとも呼ばれていて、編曲家が自由に書き足して良い部分です。通常ビッグバンドのアレンジ向けに書かれることが多いです。
ここからは他の収録曲を簡単に解説します。1曲目の"Better Go"はEbのブルース曲でWebsterが作曲しました。ここではHarry Edisonのハーマンミュート(Miles Davisがよく使った)でのソロが聴けます。Websterのリラックスしたスタイルもサックスの王道といった感じです。もちろんこのトラックでもHank Jonesのコンピングに耳を傾けてみてください。
"How Long Has This Been Going"OnはGeorge Gershwinの曲。WebsterとHank Jonesのデュオから始まります。終始Websterをフューチャーしていてワンホーンのテイクです。落ち着いた雰囲気はジャズのバラードのあり方そのものですね。
"Kitty"はHarry Sweets Edisonのブルージーなオリジナル曲。EdisonとWesterの2ホーンが心地良いですね。こちらもソロはEdisonのプランジャーミュートを全閉じでサウンドが聴けます。Websterの喋りかけているようなソロは圧巻です。
"My Romance"はRichard RodgersとLorenz Hartが書いたバラード曲。これもWebsterをフィーチャーしています。
"Embraceable You"はガーシュウィンが書いた曲です。こちらはEdisonのハーマンミュートでのバージョンになっています。Hank Jonesとのデュオから始まり、まるで歌詞を読んでいるかのような雰囲気でトツトツと、しかし美しく演奏してくれています。Harry Sweets Edisonの音色はよどみがなく美しくて、トランペットの良さを前面に引き出してくれている奏者だと思います。
ぜひこの素晴らしいアルバムを皆さんも聴いてみて下さいね。
それではまた次回。
文:曽根麻央 Mao Soné
【LIVE INFO】
2/17 (水) @ Velera, 赤坂
MAO SONÉ [曽根麻央] Trio + Tomoaki Baba [馬場智章]
https://velera.tokyo/
2/24 (水) @ Alfie, 六本木
MAO SONÉ [曽根麻央] Brightness Of The Lives
http://alfie.tokyo/
2/27 (土) @ Studio WUU, 柏
MAO SONÉ [曽根麻央] Trio + Tomoaki Baba [馬場智章]
https://www.wuu.co.jp/
4/23 (金) @ Blue Note Tokyo, 表参道
MAO SONÉ [曽根麻央] Brightness Of The Lives
http://www.bluenote.co.jp/jp/
【公演名】
MAO SONÉ - Brightness of the Lives - at Blue Note Tokyo
【日時】
2021 4.23 fri.
[1st]Open5:30pm Start6:30pm [2nd]Open8:30pm Start9:15pm
※2ndショウのみインターネット配信(有料)実施予定
※アーカイブ配信視聴期間:4.26 mon. 11:59pmまで
※アーカイブ配信の内容はライヴ配信と異なる場合がございます。
予めご了承ください。
※当初の開催日程(2021 1.21 thu.)から変更となっております。
【メンバー】
曽根麻央(トランペット、ピアノ、キーボード)
井上銘(ギター)
山本連(ベース)
木村紘(ドラムス)
★公演内容に関するお問い合わせ
ブルーノート東京 TEL:03-5485-0088
▼URL
http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/mao-sone
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・2020.04『Motherland / Danilo Perez』・2020.05『Color Of Soil / タイガー大越』・2020.06『Passages / Tom Harrell 』・2020.07『Inventions And Dimensions / Herbie Hancock』・2020.08『Birth Of The Cool / Miles Davis』・2020.09『Chet Baker Sings / Chet Baker』・2020.10『SFJAZZ Collective2 / SFJAZZ Collective』・2020.11『Money Jungle: Provocative In Blue / Terri Lyne Carrington』・2020.12『Three Suites / Duke Ellington』・2021.01『Into The Blue / Nicholas Payton』
Reviewer information |
![]() 曽根麻央 Mao Soné 曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。 |