みなさんこんにちは、曽根麻央です。僕がミュージシャンの視点からアルバムを解説するこのコーナー、今月はプエルトリコ出身のサックスフォン奏者で作曲家のMiguel Zenonのアルバム『Esta Plena』を紹介します。
Miguel Zenonの出身地でもあるプエルトリコのリズム「Plena (プレナ)」の独自のリズムを作品全体に取り入れ、このリズムの可能性を極限まで発展させたアルバムになっています。
本編の前に今月の重要なライブをお知らせいたします。お待ちしております!
【MAO SONÉ TRIO with Strings】
丸の内コットンクラブ
2021. 9.23.thu
open 5:30pm / start 6:30pm / close 8:00pm
MEMBER 曽根麻央 (tp,p) 伊藤勇司 (b) 木村紘 (ds) SAYAKA (vln) 山田那央 (vla) 香月圭佑 (vc)
▶︎http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/mao-sone/
Title : 『Esta Plena』
Artist : Miguel Zenón
【プエルトリコのリズム「Plena (プレナ)」の独自のリズムを取り入れた作品】
沢山のプエルトリコをルーツとするアフロ・プエルトリカン・ミュージックが存在するのですが、大きく2つがとても有名です。
プエルトリコ北部で400年前ほど前から発展してきたアフロ・プエルトリカンの音楽、Bomba。数人のパーカッショニストがコンガより大きめの太鼓を手で叩きダンサーが即興で踊ります。またソロ・パーカッショニストは太鼓をダンサーの動きに合わせて、ダンサーと協力して即興で演奏するのが特徴です。
首都San Juanでは未だに深夜のダンスバーや街中でこのような光景を目にすることが出来ます。私も夜中の3時ごろに友人に連れて行ってもらいました。日本ではとても経験することのできない、リズムがコミュニティーを作る文化ですので、訪れた際には絶対に見ていただきたい。ただ治安の良い地域ではないので安全には気をつけて、なるべく現地の人と一緒に行動することをお勧めします。
Bombaだけでsicá、cuembé、holandé、bámbula 、cocobalé、hoyomulaそしてyubáというリズムの種類があり正直区別がつきにくいのです。私もすべて記憶しているわけではないですが、sicáとholandéは代表的なので現地を訪れる前に覚えておいた方が良いリズムです。
プエルトリコの北部の音楽が野生的なダンスやリズムが中心なのに対し、南部の町、Ponce (ポンセ)の音楽、Plena (プレナ)は歌を中心とするためメロディアスな一面を持ったリズムです。3つの大中小のサイズで作られたパンディエロ(タンバリンのような楽器)と歌、そしてプエルトリコのギロなどで演奏されます。今では主にクリスマス・シーズンのパーティーなどで演奏されます。
一番低いパンディエロが4分音符でベースを刻み、それに呼応するかのように、中小のパンディエロが違うパターンを奏でます。小のパンディエロにも一応パターンはあるのですが、即興的な部分が多く入りますので、演奏するには数多くのレコーディングを聴く必要があります。大中のパンディエロは基本的にはこのパターンです。
私がプエルトリコを訪れた12月にはParranda(パランダ)という行事が盛んに行われていました。お祭りというよりも各家庭で模様されるクリスマス・シーズンのホーム・パーティーのようなもので、あらゆる場所で開催されています。まずミュージシャンが車数十台に乗り込みターゲットの家まで並走させます。深夜の真っ暗闇の住宅街に降りて、突然大音量で演奏を開始します。ターゲットとなった家主は食事や酒を提供しないといけません。これは昔のルールで今ではきちんと約束をして行い、家の電気を消しておいて寝静まった感じを演出しているそうですが、ほぼほぼ毎日早朝まで続きます。ここで演奏されるのが主にプレナの音楽です。とは言っても12時過ぎの夜中の住宅街で大音量で演奏するなんて日本では再現性がないですね(笑)。
ここで演奏されるPlenaのメロディーは地元の人なら誰しも歌え、パンディエロを演奏でき、クラーベを把握して、踊れる音楽です。その歌詞はブルースのようにどんな社会や環境でも希望を持てる歌が多いそうです。
プレナのメロディーの多くはアフリカのチャントやキューバの歌に由来するところも多くありますが、Jíbaro(ヒバロ)と総称される山間部に住んでいたユダヤ系プエルトリコ人の独特な(中東の音楽のような)旋律の影響もたまに見受けられます。
こちらのBAILALAは最も有名なplenaの曲の一つです。
そんなプエルトリコの民族音楽Plenaを取り上げたMiguel Zenonのアルバム『Esta Plena』にはMiguelのレギュラークインテットの他に3人のパンディエロ奏者が参加しています。
さてメンバーを見ましょう
Miguel Zenón - Alto Saxophone, Background Vocals
Luis Perdomo - Piano
Hans Glawischnig - Acoustic Bass
Henry Cole - Drums
Hector "Tito" Matos - Lead Vocals, Percussion (Requinto)
Obanilu Allende - Background Vocals, Percussion (Segundo)
Juan Gutierrez - Background Vocals, Percussion (Seguidor)
01. Villa Palmeras
高速で展開が繰り広げられる一曲。早速3人のパンディエロとドラムでPlenaのリズムから始まり、そのリズムの上で成り立つように作曲されたピアノとベースがベースラインと複雑なハーモニーを奏でます。
Miguel Zenonの譜面の特徴的なところは、ベースにしろピアノにしろ、ほとんどパート譜で全ての音が書かれているところです。私が一緒に演奏する機会をもらった時、彼の新曲の譜面が送られてきて、それはFinaleという譜面作成ソフトで作られた全ての指示が書かれた事細かな譜面と、Finaleで作成されたMidi音源デモ(譜面に書かれたことをそのままプレイバックしてくれる機能がついている)がドラムグルーヴ、そしてフィルイン(即興的な部分)まで打ち込まれて送られて来たことです。彼の繊細で几帳面、完璧主義者の精神性が現れています。譜面に書かれたことは完璧にこなし、その中で自由を見つけるのがMiguelの音楽だと思います。
02. Esta Plena
タイトルソング。Plenaのリズムで歌詞が付いています。まるでトラディショナルの曲を聴いているかのような雰囲気で始まります。すると突然ピアノが意表をつくように9拍子のリズムを奏で始め曲が発展していきます。
03. Oyelo
先の2曲より少し落ち着いた雰囲気の曲。こちらもゆっくりなテンポのPlenaが元になっています。ボーカルのフィーチャー曲。途中で聞けるピアノとサックスのユニゾンも気持ちが良いです。
04. Residencial Llorens Torres
再び高速で展開される一曲。やはりピアノとサックスのユニゾンが素晴らしい。こちらもplenaのリズムが使われています。Miguelのソロが炸裂している一曲でもあります。
05. Pandero Y Pagode
プエルトリコのPlenaと同じくパンディエロを使うPagode(パゴジェ)というブラジリアン・サンバのリズムの一種を見事に融合させたグルーヴで成り立っています。ボーカルをフィーチャーしていて、曲自体もとても美しく、アルバムを通して最もメロディアスな作品です。
ちなみに、プエルトリカン・パンディエロには鈴はついていませんが、ブラジリアン・パンディエロはタンバリンのように周りに鈴がついているという楽器的な違いもあります。
06. Calle Calma
ベースソロから始まり、曲のVampを提示していく。ベースとパーカッションは一定のリズムをキープするが、メロディーはその上をルバートで進行していきます。ベースラインは何種類かあり、ベース譜にはそれぞれ番号が振ってあり、メロディーがその場所へ到達するとベースも次のラインへ移っていくという独特のシステムを使っていてユニークな作曲テクニックです。
07. Villa Coope
ピアノとサックスのルバートから始ますが、3小節のPlenaのパターンで構成されています。通常Plenaは2小節単位ですがこのように変化させることで、古典的な表現に変化を加えていくことができます。
08. Que Sera De Puerto Rico?
再びトラディショナルな雰囲気のメインテーマがボーカルとパーカッションによって奏でられます。それに反抗するようにベースとピアノがモダンな和音やベースラインを弾いています。Miguelのバンドを徹底的にサポートするHenry Coleのドラムソロもあります。
09. Progreso
アルバム唯一のバラード曲。長いピアノソロの後に続き、ベースとサックスがメロディーを奏でるコンテンポラリー・ラージ・アンサンブルのような雰囲気が出ている曲。
10. Despedida
まるでパランダに迷い込んだような「蛍の光」が聞こえてくる。その後こちらもプエルトリコの民謡のようなオリジナルに突入する。これはスペイン語を話す友人から昔聞いただけなので不確かなのですが、この歌詞では同じプエルトリコ出身の有名なサックス奏者David Sanchezをジョークで揶揄う一節がでてくるらしいです。MiguelとDavidは二人ともプエルトリコを代表するサックスプレイヤーで仲も良いので、そういったラテン・ジャズ・ファンへのユーモアでしょう。
それではまた次回。
文:曽根麻央 Mao Soné
【曽根麻央LIVE INFO】
9/15 (水) @ 柏 Nardis
open 19:00 | start 20:30
MAO SONÉ Trio w/ 伊藤勇司(b) 木村紘(ds)
9/17 曽根麻央&高橋佳輝
@ 関内アップル
9/19 ユッコミラー バンド
@ 浦部ジャズフェスティバル
9/23 (木・祝) @ 丸の内 Cotton Club
[1st.show] open 16:00 | start 17:00
[2nd.show] open 18:45 | start 19:45
MAO SONÉ Trio with Strings
w/ 伊藤勇司(b) 木村紘(ds) SAYAKA (vln) 山田那央 (vla) 香月圭佑 (vc)
9/28 A Tribute To Someone
@ 六本木アルフィー
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・2020.04『Motherland / Danilo Perez』・2020.05『Color Of Soil / タイガー大越』・2020.06『Passages / Tom Harrell 』・2020.07『Inventions And Dimensions / Herbie Hancock』・2020.08『Birth Of The Cool / Miles Davis』・2020.09『Chet Baker Sings / Chet Baker』・2020.10『SFJAZZ Collective2 / SFJAZZ Collective』・2020.11『Money Jungle: Provocative In Blue / Terri Lyne Carrington』・2020.12『Three Suites / Duke Ellington』・2021.01『Into The Blue / Nicholas Payton』・2021.02『Ben And "Sweets" / Ben Webster & "Sweets" Edison』・2021.03『Relaxin' With The Miles Davis Quintet / The Miles Davis Quintet 』・2021.04『Something More / Buster Williams』・2021.05『Booker Little / Booker Little』・2021.06『Charms Of The Night Sky / Dave Douglas』・2021.07『Play The Blues / Ray Bryant Trio』・2021.08『The Sidewinder / Lee Morgan』
Reviewer information |
曽根麻央 Mao Soné 曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。 |