Title : 『Covered』
Artist : Robert Glasper
ロバート・グラスパーの新譜。ピアノ・トリオ作品としては『Double Booked』(2009)以来の実に6年ぶりの作品で、この6年の間に何があったかというとそれはもちろんエクスペリメント名義での『Black Radio(以下BR)』諸作だ。この新作ではエクスペリメントでのメンバーではなく初期のトリオ作品のヴィセンテ・アーチャー(b)、ダミオン・リード(ds)というメンバーに戻している。
スタジオライブ録音という事でMCや観客の拍手や歓声が入る場面もあるが作品の音作りとしては一般的なピアノトリオ作品とは異なっていて、バスドラムを中心とした低音のドスが効いたサウンド。『BR』シリーズと同じエンジニアを起用したようだ。
『Covered』というタイトルの通りアルバムの大半を占めるのは過去から現在までのジャズ以外の楽曲。RadioheadからJoni Mitchel、自らもレコーディングに参加したKendrick LamarやBilalの楽曲までロバート・グラスパーのiPodの中からセレクトされた楽曲+自身の楽曲と1曲のジャズ・スタンダードという構成になっている。
「『BR』を聴いてジャズに興味をもった人にも聴いてもらえるように」と各所でアナウンスした通り、このアルバムにはグラスパーの『BR』から一貫したポップ感覚が各所に詰め込まれている。曲の進行とともに3者が煽り合いアドリブが加熱していくような、いわゆるビルドアップしていくような音楽、バトル音楽としてのジャズではなく、ポップな枠組みを崩さないように即興の中でもメロディを非常に大事に慈しむように奏でる場面が多い。そしてそのポップさを可能にしているのが彼らのジャズマンとしての技術であることは記さねばならない。
"I Don't Even Care"では噛み付くような前のめりの右手のアドリブに対して、左手のバッキングは驚くほど冷静に、明らかに右手とは違ったタイム感と落ち着きを持って同じフレーズをループする背景と同化している。"So Beautiful"等の比較的はっきりとしたソロをとる楽曲に置いても決して聴き苦しくならないのはこの左手との温度差とバックの演奏のループ感に要因があるように思う。アドリブが始まると同時にフェードアウトする"Reckoner"も、再びテーマにフェードインした時にはドラムのビートはそのままにピアノとベースは3/4拍子という面白いアンサンブルが試みられている。正確無比にビートを刻み加減速のほとんど無いドラムと少ない音数かつ決して軸をぶらさないベースは、明らかにエクスペリメントの持つグルーヴ感とは異なっていて、このトリオ作では違うメンバーを起用した事も頷ける。この2人が作るビートの上にグラスパー独特のタイム感をもって散りばめるピアノは決して無理をすること無く余裕すら感じられるが、今や一聴してそれと分かるほどの個性を放っている。
そうやって聴いていくと、アルバムの中で唯一ピアノ以外のソロがフィーチャーされ、ポップとは異なった指標の曲のタイトルが"In Case You Forgot"(あなたが忘れるといけないから)というのもグラスパーなりのジョークのように思えてくる。
エクスペリメントでのアンサンブルのタクトを振るようなピアノとも「黒いメルドー」と呼ばれた初期の作品とも異なった、成熟したピアニストとしてそしてバンドリーダーとしての魅力が感じられる作品。ピアノ・トリオという伝統的かつある種ジャズの代名詞的なフォーマットで挑んだこの作品は、誤解を恐れずに言うならばこの作品は数あるピアノトリオ作品の中でもちょっとした奇作だ。
文:花木洸 HANAKI hikaru
【Robert Glasper - I Don't Even Care (Live At Capitol Studios)】
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■出版社: シンコーミュージック
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Reviewer information |
花木 洸 HANAKI hikaru 東京都出身。音楽愛好家。 |