Title : 『Pendulum』
Artist : 林正樹
林正樹というピアニストの活動を一言で説明するのは難しい。僕の記憶としては渡辺貞夫、菊地成孔といったジャズマン、あるいは椎名林檎、小野リサまで実に幅広く活動しているピアニストそして作曲家が林正樹だ。今月取り上げるのはそんな彼のソロ・アルバム。
「コンポーズ」を主眼に置いた、とされるこの作品は、アルバムの最初から最後までくつろいだ雰囲気で溶けていくような音楽。ピアニストとしての派手なテクニックや凝ったハーモニーは一切感じさせることは無いが、一音一音をどこまでも大切に、丁寧に紡いでいく中には計り知れないほどの技術とピアニズムを感じる。気が付くとともすれば単調に聴こえてしまいそうなこの作品に僕はすっかり聴き入ってしまった。
作品を彩るメンバーは、藤本一馬、アントニオ・ロウレイロ、徳澤青弦など、どこかジャンルに縛られない印象の音楽家達。ベースやドラムといったリズム楽器を排し徹底されたメロディへのこだわりは、くつろいだ雰囲気を持ちながらも、何か一つ欠けただけで成立しなくなってしまうような、そんな危うさももっている。残響の一つ一つからピアノのペダルを踏む音まで何も零すこと無く録音された音も素晴らしい。Fumitake Tamuraのエレクトロニクスも、前面には出ずアンサンブルに影をつけていくような不思議な役割を果たしている。驚きは演奏者のエゴが全く感じられない事。そして粛々と紡がれていく音楽には様々なルーツが感じられるけれど、どこまでも無国籍。無国籍なのになんだか昔からずっと近くにあった音楽のような、そんな不思議な親近感を持っている。
『Pendulum(=振り子)』と名付けられたこのアルバムは、そのタイトルに反してそこだけ時間が止まったような佇まい。描いているのは昼かもしれないし、夜かもしれない。夏かもしれないし、冬かもしれない。古い友人の事かもしれないし、昔観た映画のことかもしれない。音楽を聴いていたはずなのに、いつの間にか僕の中には沢山の情景が浮かび上がっては消えていく。
きっと5年後も10年後も僕はこの音楽に寄り添って生きているような気がする。
文:花木洸 HANAKI hikaru
【林正樹《Pendulum》】
この連載の筆者、花木洸が先日発売になりました『Jazz The New Chapter 3』で編集・選盤・レビュー記事などを担当。ブラック・ミュージックの最先端からUKジャズ、ネクスト・ジャズ・ファンク、ラージアンサンブル等ここにしかない記事・インタビューが盛り沢山となっています。
■タイトル:『Jazz The New Chapter 3』
■監修:柳樂光隆
■発売日:2015年9月10日
■出版社: シンコーミュージック
今日においてはジャズこそが時代を牽引し、ディアンジェロやフライング・ロータスなど海外の最先端アーティストから、ceroなど日本のポップ・シーンにも大きな影響を与えている。この状況を予言し、新時代の到来を告げた「Jazz The New Chapter(ジャズ・ザ・ニュー・チャプター)」の第3弾がいよいよ登場。2014年の刊行時より刷数を重ね、SNS上でも未だ話題沸騰中の第1弾・第2弾に続き、2015年9月末に〈Blue Note JAZZ FESTIVAL in JAPAN〉が開催されるなど、かつてない活況を迎えているジャズの次なる未来は、ニューチャプターが切り拓く!
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Reviewer information |
花木 洸 HANAKI hikaru 東京都出身。音楽愛好家。 |