2011年に発表されたファースト・ミニアルバム「けもののうた」が、その圧倒的な存在感の歌声を聴いた早耳の間で「この和製ニーナ・シモンのようなシンガーは誰だ!?」と話題となったけもの。その正体は、ジャズ・ボーカリストとしてキャリアを始めた青羊(あめ)という、けものという名前に似つかわない、一人の女性シンガーによるプロジェクトです。ジャズのフィールドで活躍するミュージシャンをメンバーに迎え、彼女が作詞作曲したオリジナル曲を中心に据えて活動しています。
確かな演奏と日本語の歌詞で表現される不思議な世界観でジャズ発の新しい可能性を感じさせるけものが、9月18日にファースト・フル・アルバム『LE KEMONO ITOXIQUE(ル・ケモノ・アントクシーク)』をリリースしました。
プロデューサーは、鬼才、菊地成孔。この作品では、サックス、ボーカル、作詞、トラックメイキング、スタイリングやアートワーク(写真撮影も!)にと多岐に渡ってプロデュース・ワークを展開し、けものの魅力に新たな光を当てることに成功しています。
ミニアルバムと比較すると、ビジュアルとサウンドの両面でかなりの変化が見える新作。これからお届けするインタビューでは、その変化の種はもともと青羊さんの中にもあり、それを菊地氏が素敵に咲かせた、というコラボレーションの結実が見えてきます。
青羊さんにお話を伺いました。
けもの『LE KEMONO INTOXIQUE(ル・ケモノ・アントクシーク)』
■タイトル:『LE KEMONO INTOXIQUE』
■アーティスト:けもの
■発売日:2013年9月18日(水)
■レーベル:Airplane label
■カタログ番号:AP1051
■価格:2,625円(税込)
■アルバム詳細:http://airplanelabel.shop-pro.jp/?pid=62394057
けもの 『LE KEMONO INTOXIQUE』 インタビュー
■子供の頃から音楽は好きだったのですか?
[青羊] 小学校の頃にピアノは習っていましたけど、母親が仕事をしていたので、託児所にピアノの先生が教えに来ていたので、ついでに、という感じです。綺麗で怖い先生だったんですけど、練習をあまりしていなかったので怒られて嫌でしたね。
■それでピアノ自体が嫌いになるというパターンですか?
[青羊] そうですね。
■その後は?
[青羊] 小学校の時に鼓笛隊入ってトランペットを吹いていました。
■なんでまた鼓笛隊に入ったんですか?
[青羊] 全く覚えていないんです。
■音楽はその当時から好きだったんですか?
[青羊] 歌うことは好きでした。何を歌っていたかは具体的には覚えていないんですが、学校の授業で与えられた曲です。
■プロフィールによると、中学から短大まではずっと吹奏楽部でホルンを吹いていたんですね。鼓笛隊に入っていた流れでですか?
[青羊] それもあるんですが、運動ができないので(苦笑)。すごい好きで吹奏楽部に入った感じでもなかったんです。
■なるほど。そういったいわゆる部活のような活動以外に、私生活で聴いていた音楽はありますか?
[青羊] ビートルズとかスザンヌ・ヴェガとか母親が聴いていた音楽をなんとなく聴いていました。他にはユーミンも好きでした。小学生の頃に「魔女の宅急便」の主題歌になっていて、そこからすごい好きになりました。音楽をガッツリ聴いていたという感じではなかった気がします。あとは、ホルンが好きだったからクラシックは聴いたりしていましたね。
■クラシックはどのようなクラシックですか?
[青羊] そんなに詳しいわけではないんですけど、吹奏楽部だったんでオーケストラですね。ストラヴィンスキーの「春の祭典」とか好きでした。
■ここまで伺った音楽歴だと、けもののサウンドはあまり想像できないですね。バンドブームは通過していない感じですか?
[青羊] あ、思い出した!オザケン(小沢健二)とかオリジナル・ラブとかUAを聴いていました。
■渋谷系が好きという感じは、そこはかとなくわかります。
[青羊] 高校の頃の記憶がほとんどないので(苦笑)、今思い出してきました!
■それでまたプロフィールによると、大学まで吹奏楽部で活動した後に、「ジャズボーカルのレッスンを受ける」とありますが、ジャズもボーカルも気配がなかったわけですが、この間に何が起こったんですか?(笑)
[青羊] ホルンは、口の形を直していた段階で、これ以上うまくならないなと思ったのでやめようと思って。それで、なんかライブハウスで働きたくなって。
■あ、ライブハウスには行ったりしていたんですか?
[青羊] いえ、あんまり。でも、ホルンをやっていた時もジャズを習ってみようとしたことはあったんですよ。
■なんでジャズをやってみたいと思ったんですか?
[青羊] UAが好きだったのと、「紅の豚」で登場人物のジーナが歌うシーンがあって、あれはシャンソンなんですけど、ああいう感じに憧れたっていう。ジーナに憧れてジャズ、という人が他にもいたんで、意外とそういう人は多いかもしれませんね。
■ジブリ映画が青羊さんに影響を与えている気がするのですが(笑)。
[青羊] ホントだ(笑)。この間、菊地成孔さんのラジオ番組に出演した時もジブリの話題になりました(笑)。
■ジャズとのリンクはわかりましたが、歌はなんでまた?
[青羊] とあるライブハウスで働きたかったんですけど、「働きたい」って言えなくて「歌を習ってみようかな」って言ったら習うことになって(笑)。
■(笑)あ、働きたいお店が決まっていたんですね。ということは、そこはボーカルレッスンもやっていたんですね。
[青羊] 代々木「ナル」のオーナーに、男性ジャズボーカリストを紹介して頂いて、レッスンを受けました。
■そうなんだ!早く言ってよ(笑)。ライブハウスって言うんでロックとかそっち系のだと思っていました。ジャズボーカルは習ってみてどうでしたか?
[青羊] 2年ぐらい習ってからライブにも出るようになったんですけど、あんまり向いてないかなと思いました。UAとかが好きということもあって、歌詞が日本語でない所に違和感を感じたりしていました。オリジナルをやりたいけど曲は作れないという葛藤があるまま、歌の方向性がわからなくなってしまって一旦活動を休みました。
■なるほど。でも約2年後あたりに活動を再開するわけですよね?
[青羊] ジャズをやっていた時に目をかけていてくれていたベーシストの奥さんが、ウクレレでオリジナル曲をやっているのを見て触発されたし、「なんで自分はできなかったんだろう」って悔しくなって始めました。
■踏み出すきっかけをもらったんですね。作曲はどのように進めているんですか?
[青羊] とりあえず何かが降ってきてからですね。例えば、言葉とメロディーが降りてきたら肉付けして、ある程度形になったら譜面に起こすという感じです。
■オリジナルでやり始めた最初から「けもの」としてやっているんですか?
[青羊] いえ。途中で「けもの」をやりたくなったきっかけがあるんです。吉祥寺の「サムタイム」でライブを見ていた時に突然メロディーと歌詞が頭のなかに流れてきたんですね。歌詞に「けもの」という言葉が出てくる「けものZ」(1stミニアルバムに収録)という曲だったんですけど、その曲ができた時に「けもの」というバンドをやってみたいと思ったんです。それと、今までジャズのセッションが多かったので、カチッとしたバンドに対する憧れもありました。他には、今の忙しい世の中、例えば満員電車なんかではある程度感覚をシャットダウンして我慢していないとやっていけないと思うんですね。私はそういうのがおかしいなと思っていて。皆んなが本来持っている感覚を開かせたいというか開いたほうがいいんじゃないかなという気持ちと「けもの」という言葉がちょうどクロスしました。
■なるほど。「けもの」というのは野性的というか本能、というような意味合いがあるんですね。
[レーベル担当者A氏」「本能を形にすること」と言って菊地(成孔)さんに「わけわかんない(笑)。」ってラジオに出演した時に言われてましたけどね(笑)。
■青羊さんご本人は、感覚全開なのですか?
[青羊] 自分も含めて、感覚を開く機会があった方がいいかなと思います。まずは自分です。
■歌うことは自分にとってどういう感覚ですか?
[青羊] エゴです。自分勝手なんです。私は、皆んなのために歌おうという気持ちは一切ないです。エゴを出して受け入れてくれる人がいれば、ありがとう、という感じです。
■歌う時に自分が大切にしていることってありますか?
[青羊] 一線を越えて、どこかに行くことは目指しています。ただ狙ったからといって、そうできるものでもないし、考えすぎてもダメなんで。曲をイメージするっていうことですかね。
■「青羊」という名前の由来を伺っていいですか?
[青羊] なんていう名前にするかは迷ったんですけど、羊が好きっていうのもあるし、未年でもある。あとは、村上春樹「羊をめぐる冒険」に背中に青い星がある羊が出てくるんですね、そこから来ています。
■「あめ」っていう読み方については?
[青羊] あて字です。「咩」で「め」と読むんですけど、そのままじゃあ何なんで、村上春樹さんも好きなんで、「青」と「羊」で「あめ」と。
■なるほど。では、アルバムについて聞かせてください。菊地さんがプロデュースですが、青羊さんから事前にリクエストしたことはあるんですか?
[青羊] テキスト・リーディングをやりたいです、というのはお話しました。私にとって、歌というのはしゃべることの延長線上にあるんですね。あまり変わりないというか。でも実際は、テキスト・リーディングをそれほどやったことがなかったんでやりたかったんです。あとは、ライブで朗読をやった時に、脳が快感を覚えちゃいまして、それ以来、声を使ったお仕事もしてみたいと思うようになりました。
■菊地さん作の9曲目「魚になるまで」がテキスト・リーディングですね。
[青羊] 「魚がテーマのアルバムをやりたいです」みたいなことを私が最初にお伝えして。でも「"けもの"で"魚"だと聴く人が困惑するのでは?」(笑)ということになって。そのことがあったからかどうかはわからないですけど、「魚になるまで」というタイトルです。
■前作と比較すると、サウンド的には大雑把に言っちゃうと、世田谷・武蔵野あたりから渋谷の文化村あたりに引っ越ししたような感覚があるんですけど、このテイストというのはもともと青羊さんにあったんですか?
[青羊] ありましたね、はい。
■そっか、渋谷系とかも聴いていたんですもんね。なるほど。特にエレピ(エレクトリック・ピアノ)のサウンドですごくそういう印象を受けました。
[青羊] 菊地さんの提案でエレピを多用しました。
■他に前作と違うところでは、オリジナルに加えてジャズ・スタンダードも収録していますね。
[青羊] ライブでよく演奏している曲です。
■録音メンバーはライブでも一緒に演奏している面々ですか?
[青羊] そうですね。皆んな大好きです。他のメンバー同士も共演していたりして繋がっているんです。
■では最後に、夢や目標があれば教えて下さい。
[青羊] 目標というわけではないですけど、仕事もやめたんで音楽で生活していきたいです。それと、今回のアルバムを広く聴いていただきたいです。
[Interview:樋口亨]
けものアルバム『LE KEMONO INTOXIQUE』発売記念ライブ
<日時>
9月30日(月)
開場18:30 開演20:00
<会場>
青山CAY(スパイラルB1F)
<出演>
青羊:ヴォーカル
石田衛:ピアノ
織原良次:フレットレスベース
トオイダイスケ:ベース
石若駿:ドラム
スペシャルゲスト:菊地成孔
<詳細>
https://www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_754.html
けもの バイオグラフィー
2010年 青羊(あめ)のソロユニットとして活動開始
2011年 1stミニアルバム「けもののうた」をリリース
2013年 1stフルアルバム「LE KEMONO INTOXIQUE(ル・ケモノ・アントクシーク)」をリリース
けもの研究所http://kemono.pupu.jp/
けものTwitter:https://twitter.com/kemonoz
青羊(あめ)
岩手県釜石市生まれ。
中学から短大までは吹奏楽部でホルンを吹くが、ホルンをやめた後、ジャズヴォーカルのレッスンを受ける。
2004年 ジャズヴォーカリストとして都内でライブを行うようになるが、2006 年に活動を休止。
2008年 活動を再開、オリジナル曲の作詞作曲をするようになる。
2010年5月 音楽家としてのソロユニットでありアート・アクティビティでもある <けもの>を始動。(活動目的は「本能をカタチにすること」)。
2010年10月 東芝EMI 主催のオーディション「EMI REVOLUTION ROCK」に<けもの>としてエントリー。3000組の中から最終選考 5組に残り、鈴木慶一、宇川直宏等に高評を受ける。
2011年5月25日 初のミニアルバム「けもののうた」を発売。
2013年9月18日 菊地成孔のプロデュースで1st フルアルバム『LE KEMONO INTOXIQUE( ル・ケモノ・アントクシーク)』をAIRPLANE RABELから発売。