Title : 『STEREO CHAMP』
Artist : 井上銘
最近井上銘をどこで見ただろう?と考えると、実はCRCK/LCKSでの活動のほうが多いかもしれない。あるいは石若駿のCleanup Trioか、本田珠也のトリオか。前作『Waiting For Sunrise』(2013年)まで、僕の中で井上銘というと、パット・マルティーノやカート・ローゼンウィンケルばりの16分音符で、どストレートなコンテンポラリー・ジャズを演奏するギタリストだった。ここ最近はライブによっていつものセミアコースティック・ギターを弾いていたり、ちょっと変形のストラト(MVでも確認できる)を弾いていたりする彼は、この数年僕がライブを見てきた中で物凄く変化したプレイヤーの一人だ。
バンドのメンバーも一新されて、福森康のゴスペルチョップスばり重くストレートなビート、渡辺ショータの多様な音色を適所に配置していくキーボード、山本連の楽曲ごとにしっかりとニュアンスを押さえたエレキ・ベース、そして類家心平のエフェクトを使ったトランペットが、より楽曲にダイナミクスを生んでいる。
アルバムはエフェクト音が飛び交う中で、リバーブのかかったトランペットやピアノが怪しげなフレーズを投げ込んでいく「introduction」からスタート。そしてMVも作成されている「Comet 84」へとなだれ込む。スピード感のある16ビートで始まるテーマから、井上のギターはジャズのエッセンスよりも、ロックのような香りに満ちている。それは音色だけでなくフレーズそのものからも感じられる。スピード感のあるビートの上でギターとキーボードがフレーズを交換していくスリル溢れる場面も。リズムは一曲の中でも徐々にスローダウン、重たいビートに落ち着くかと思いきやふたたびもとの16ビートへと戻っていく。この2曲だけで、このアルバムのこれまでとは違う音楽性を充分に示してしまうから容赦がない。キーボードやギターには随所でエフェクトとパンが掛けられていて、ミックスにもかなりこだわっているようだ。ライブの定番であり井上銘の代表曲ともいえる「Taiji Song」も、アルバムのこのミックスによって生まれ変わったように思う。自分がソロを弾くだけでなく、キーボードやトランペットにメロディを委ねて自分はワウを踏んでみたりコードを弾くことに徹したりという場面が多々あるのも印象的だ。気づけばアルバムの中でいわゆる4ビートのストレートなジャズをやっている曲はラジオのような音色で曲間にインタールード的に挟まれる部分のみ。
このアルバムを聴いて、というか最近の井上銘を見ていて真っ先に思い浮かぶのは、エスペランサ・スポルディングのバンドで活躍し、エフェクトに凝り尽くしたソロアルバムを発表した、マシュー・スティーブンス。CRCK/LCKSの楽曲に歪んだギターでコンテンポラリー・ジャズのフレーズをぶち込んでいく井上の姿は、エスペランサのバンドにおけるマシューの姿と重なっていた。けれどこのアルバムを聴いたらどうだろう。2人の断片は似ていても、まったく違うアプローチで自分の音楽を作り出していたように思う。そしてこの事が、ジュリアン・レイジやリオーネル・ルエケなど個性的なミュージシャンが溢れながらも、どこか共通項で繋がり合っている今のジャズギターをハブにした新しい音楽の拡がりを如実に表しているようだ。
このアルバムから数週間で、CRCK/LCKS『Lighter』、ものんくる『世界はここにしかないって上手に言って』と注目作への参加がつづく井上銘。そのどれもで違ったアプローチの、しかし彼でしかないギターを聴かせてくれる。「俺達はジャズ・ミュージシャンじゃなく、ミュージシャンだ」と言ったロバート・グラスパーの言葉を借りれば、このアルバムはジャズ・ギタリストではない「ギタリスト井上銘」のデビューアルバムだ。
文:花木洸 HANAKI hikaru
【Comet 84 / MAY INOUE STEREO CHAMP】
【Heliotrope / MAY INOUE STEREO CHAMP】
●井上銘 Official Blog
●井上銘(リボーンウッド レーベル)
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Reviewer information |
花木 洸 HANAKI hikaru 東京都出身。音楽愛好家。 |