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JJazz.Net Blog Title

Monthly Disc Review2017.7.15

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Title : 『STEREO CHAMP』
Artist : 井上銘



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 最近井上銘をどこで見ただろう?と考えると、実はCRCK/LCKSでの活動のほうが多いかもしれない。あるいは石若駿のCleanup Trioか、本田珠也のトリオか。前作『Waiting For Sunrise』(2013年)まで、僕の中で井上銘というと、パット・マルティーノやカート・ローゼンウィンケルばりの16分音符で、どストレートなコンテンポラリー・ジャズを演奏するギタリストだった。ここ最近はライブによっていつものセミアコースティック・ギターを弾いていたり、ちょっと変形のストラト(MVでも確認できる)を弾いていたりする彼は、この数年僕がライブを見てきた中で物凄く変化したプレイヤーの一人だ。

 バンドのメンバーも一新されて、福森康のゴスペルチョップスばり重くストレートなビート、渡辺ショータの多様な音色を適所に配置していくキーボード、山本連の楽曲ごとにしっかりとニュアンスを押さえたエレキ・ベース、そして類家心平のエフェクトを使ったトランペットが、より楽曲にダイナミクスを生んでいる。


 アルバムはエフェクト音が飛び交う中で、リバーブのかかったトランペットやピアノが怪しげなフレーズを投げ込んでいく「introduction」からスタート。そしてMVも作成されている「Comet 84」へとなだれ込む。スピード感のある16ビートで始まるテーマから、井上のギターはジャズのエッセンスよりも、ロックのような香りに満ちている。それは音色だけでなくフレーズそのものからも感じられる。スピード感のあるビートの上でギターとキーボードがフレーズを交換していくスリル溢れる場面も。リズムは一曲の中でも徐々にスローダウン、重たいビートに落ち着くかと思いきやふたたびもとの16ビートへと戻っていく。この2曲だけで、このアルバムのこれまでとは違う音楽性を充分に示してしまうから容赦がない。キーボードやギターには随所でエフェクトとパンが掛けられていて、ミックスにもかなりこだわっているようだ。ライブの定番であり井上銘の代表曲ともいえる「Taiji Song」も、アルバムのこのミックスによって生まれ変わったように思う。自分がソロを弾くだけでなく、キーボードやトランペットにメロディを委ねて自分はワウを踏んでみたりコードを弾くことに徹したりという場面が多々あるのも印象的だ。気づけばアルバムの中でいわゆる4ビートのストレートなジャズをやっている曲はラジオのような音色で曲間にインタールード的に挟まれる部分のみ。


 このアルバムを聴いて、というか最近の井上銘を見ていて真っ先に思い浮かぶのは、エスペランサ・スポルディングのバンドで活躍し、エフェクトに凝り尽くしたソロアルバムを発表した、マシュー・スティーブンス。CRCK/LCKSの楽曲に歪んだギターでコンテンポラリー・ジャズのフレーズをぶち込んでいく井上の姿は、エスペランサのバンドにおけるマシューの姿と重なっていた。けれどこのアルバムを聴いたらどうだろう。2人の断片は似ていても、まったく違うアプローチで自分の音楽を作り出していたように思う。そしてこの事が、ジュリアン・レイジやリオーネル・ルエケなど個性的なミュージシャンが溢れながらも、どこか共通項で繋がり合っている今のジャズギターをハブにした新しい音楽の拡がりを如実に表しているようだ。


 このアルバムから数週間で、CRCK/LCKS『Lighter』、ものんくる『世界はここにしかないって上手に言って』と注目作への参加がつづく井上銘。そのどれもで違ったアプローチの、しかし彼でしかないギターを聴かせてくれる。「俺達はジャズ・ミュージシャンじゃなく、ミュージシャンだ」と言ったロバート・グラスパーの言葉を借りれば、このアルバムはジャズ・ギタリストではない「ギタリスト井上銘」のデビューアルバムだ。


文:花木洸 HANAKI hikaru


【Comet 84 / MAY INOUE STEREO CHAMP】



【Heliotrope / MAY INOUE STEREO CHAMP】



井上銘 Official Blog

井上銘 Twitter

井上銘(リボーンウッド レーベル)



Recommend Disc

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Title : 『STEREO CHAMP』
Artist : 井上銘
LABEL : リボーンウッド
NO : RBW-0006
RELEASE : 2017.6.21



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【MEMBER】
MAY INOUE STEREO CHAMP:
井上銘:ギタリスト、コンポーザー
類家心平(Tp)
渡辺ショータ(Key/P)
山本連(B)
福森康(Ds)


【SONG LIST】
01. introduction
02. Comet 84
03. REMM
04. Heliotrope
05. Taiji Song 1
06. Taiji Song 2
07. Showtime Blues
08. 1 Year Later
09. Soldier"R"
10. Fu-linkazan

All Songs Written by MAY INOUE
Except for M-9,Soldier-"R"
Written by MAY INOUE & REN YAMAMOTO

REC Date:2017 年1/24~26、1/29、2/2
@リボーンウッドスタジオ


音楽ライター柳樂光隆氏による人気のムック『Jazz The New Chapter 』の第4弾が2017年3月8日に発売。今回も花木洸が選盤などを担当しています。

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■タイトル:『Jazz The New Chapter 4』
■監修:柳樂光隆
■発売日:2017年3月8日
■出版社: シンコーミュージック

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毎号重版を続ける話題のムック、第4弾が遂に登場!
今や現代の音楽シーンを左右する一大潮流となった"ジャズ"の最突端で今、何が起きているのかを、詳細なテキストと計150枚のディスク評で徹底検証。ジャズを活性化したネオソウルとの蜜月を改めて紐解く一方、ジャズを触媒として生まれた新たな潮流にも目を向け、脈打ち続けるジャズの「今」を深く掘り下げます。


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Reviewer information

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花木 洸 HANAKI hikaru

東京都出身。音楽愛好家。
幼少期にフリージャズと即興音楽を聴いて育ち、暗中模索の思春期を経てジャズへ。
2014年より柳樂光隆監修『Jazz the New Chapter』シリーズ(シンコーミュージック)
及び関西ジャズ情報誌『WAY OUT WEST』に微力ながら協力。
音楽性迷子による迷子の為の音楽ブログ"maigo-music"管理人です。

花木 洸 Twitter
maigo-music

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