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vol.14 - お客様:定成寛さん「橋渡しのジャズ」


いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

月の後半はお客様をお迎えして「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨で選曲していただきます。今回はジャズ評論家の定成寛さんにお越しいただきました。

林(以下H)「いらっしゃいませ。」

定成(以下S)「こんばんは。ええと、ホットワインとチョコをいただけますか?」

H「かしこまりました。定成さん、いつもこれですよね。さてさて、今回の選曲のテーマはどうなりましたか?」

S「いや実は・・・林さんからのご依頼メールに選曲のことが書いてあって『いかにもサダナリさんって感じ』として挙げられていたのが、申し訳ないんですがまったく私の趣味とは異なっていて(苦笑)。昭和の和ジャズとか、海外の勘違い日本とか書かれていましたよね?確かにどちらもいま人気があって、そういうものをマニアックに紹介する若手ライターとかDJってとても多いんですが、実は私はちょっと違うんですね。そこでハタと考えてみると、林さんとじっくりと音楽遍歴を話したことがなかった。もう15年以上、お店にお邪魔しているのに(笑)。」

H「あ、ごめんなさい。僕はもういつもの定成さんの会話から勝手にそっちだって勘違いしてました。」

S「1990年代の前半、まだジャズが"オシャレな音楽"と言われる前夜に、新宿のジャズ・スクールに通っていて、大ベテランのテナー・サックス奏者の弟子だったんですよ。演奏習って、理論習って、ジャズの歴史も教えて貰って...『シーメ』とか『ノーミ』とか、『チャンカー』とかフツーに使ってましたよ(笑)。いわゆる"ドジャズ"の人間ですよ。年齢的には20代の後半で、一応サラリーマンでもありました。ちなみに当時の担当楽器はバリトン・サックスです。軽自動車よりも高くてローンの支払いに3年かかりました。」

H「え? バリトン・サックス吹いてたんですか?」

S「ところが演奏の方ではまったく芽が出なくて(苦笑)。'97年の夏のボーナスでパソコンを買って、ジャズ入門者向けのホームページを始めたんです。これが演奏の100倍くらいウケてしまって(笑)。雑誌や新聞に20回くらい紹介されて、自宅に取材まで来て、2001年に単行本になって、さらにその本がラジオやテレビ番組になって、自分で構成と司会までして・・・。同じ頃、勤めていた会社、古い電線会社なんですが、そこで派閥争いに巻き込まれてクタクタになって・・・10年以上勤めていて丸の内の本社で役職にも就いていたんですが、辞めてしまったんです。自分で会社を作って、そこからライター活動が本格化します。35、36歳くらいでした。ここで冒頭の『実は私はちょっと違う』に戻りますが、元々が新宿の場末でサックス吹いてた人間ですから、モダン・ジャズの王道が染みついているんですよ。でも、まぁ、中学、高校、大学とニューウェイヴの洗礼というか、元パンクという過去もありますので(笑)、クラブ・ジャズも当然気になる。ところがどうも"その中間"というサウンドがあるらしい、ということに気づきまして、そしてそれに夢中になった! 例えばこんな曲です。ビリー・ハーパー(ts)の『クロケット・バレー』を聴いてください。1975年の作品です。」

Billy Harper - Croquet Ballet



S「フォーマット的には完全に普通のモダン・ジャズでしょう? でも若い人が聴いてもグッと来る、というか『なんだこれ?!』と思うでしょう。しかもビリー・ハーパーって"幻の"でもなんでもなくて、私の年齢を下限としてある世代以上のジャズ・ファンにとってはそこそこ有名な人なんですよ。まぁ、ちょっと二流っぽかったのと弱小レーベルだったんで、2013年においては歴史の彼方という感じですが、本当に冒頭の"ブロウ"-しゃくりあげるような奏法をそう呼ぶんですが-は日本人の琴線に触れる何かがあります。」

H「ビリー・ハーパーですかあ。今回は元レコード屋店員としては『名前は知ってるしジャケは知ってるけど聴いてない特集』になりそうな予感です。」

S「いきなり結論っぽくなりますが、ジャズ・ファンならばどんなにサエないオッサンでも『名盤』、『定番』として知っているのに、若い音楽ファンには知られていない死ぬほどカッコイイ曲なんていくらでもありますよ。例えばアーチー・シェップ(ts)の1972年のアルバム『アッティカ・ブルース』からタイトル・チューンと『ブルース・フォー・ジョージ・ジャクソン』を聴いて下さい。」

Archie Shepp - Attica Blues

Archie Shepp - Blues For Brother George Jackson



H「なるほど。アーチー・シェップってもっと普通のジャズだけの人だと思ってました。カッコイイですね。」

S「もうソウルなんだかジャズなんだか。でもジャズ界では"超名盤"で誰でも知っています。オープニングということでちょっと派手めに行きましたが、もう少し聴きやすくて楽しいレオ・パーカー(brs)の『ロウ・ブラウン』をどうぞ。これは1961年です。」

LEO PARKER - Low Brown



S「ちょっとゴスペル・ジャズっぽいですね。バリトン・サックスがメインなので一所懸命コピーしましたよ。実はこのアルバム、かの有名なブルーノートのしかも4000番台という超黄金期の作品なんです。でも楽器がバリトン・サックスなのと、レオが30代で早世しているのであまり話題にならない。こういうジャズを紹介することこそ意味があるのではないかと。」

H「あ、これもたまにジャケ見ますね。4000番台ですかあ。基本のはずなんですね。カッコイイですねえ。」

S「でもみんな手にとらないし、聴いてないんじゃないかな(苦笑)。にぎやかなのが続いたので、スローナンバー&林さんにプレゼントです。これもブルーノートのしかも4100番台、1962年の作品ですが、アイク・ケベック(ts)で『ロイエ』をどうぞ。ジャズ界では"深夜のボサノヴァ"と呼ばれています。」

Ike Quebec Quintet - Loie



S「この曲のレコーディングから2カ月後に、アイクは44歳で亡くなっています。死因は肺ガン。この曲を聴いたのはもう25年くらい前で、『一体どうやったらこんな静謐なテナーが吹けるんだ!』と驚きましたが、肺ガンで余命2カ月だったというのはなんとも・・・。しかしこの通り、ブルーノートだって真剣に聴いたら一生かかりますよ(笑)。有名盤以外にも何十枚、何百枚と優れた作品がある。そしてブルーノート以外に、プレスティッジだって、リヴァーサイドだって、ヴァーヴだってある。"和ジャズ"とかの前に、本気でモダン・ジャズを聴いてみろ!と(笑)。」

H「これは僕もジャズの人がボサノヴァやってるのを聴きまくった時にチェックしました。定成さん、ブラジルもすごく聴いてるしこういうのも聴くし大変ですね。」

S「さすがにアイクはここ20年くらいで広く聴かれるようになったかもしれません。でも'80年代までは日本では過小評価されていて・・・。何曲かご紹介したところでちょっとまとめますが、ジャズを聴こうと思うとマイルス・デイヴィス(tp)とか、ビル・エヴァンス(p)とか、有名人の代表作を買って、何回か聴いて・・・という人が多いと思います。逆に若い人だと、ネットや雑誌の影響でいきなり和モノ、キワモノ、"幻の名盤初CD化"-正直言って玉石混淆です。注意して下さい。-をコレクター感覚で集めて・・・。でもどちらもそれだけでは長続きしないですよ。雰囲気、気分、ムードで終わってしまう。私は10代後半から聴き始めて、そろそろ30年になりますが、いまでも毎日新しい発見があります。何十年も聴き続ける-ついでに言うと堅実にそれを仕事にしている。-秘訣は"三本柱"ですね。マイルスの名盤を、それこそもう500回目のリピートで『やっぱりいいな』と思うこともあるし、まぁ、確かに和モノやキワモノで『これは!』という名盤に出会うこともある。そして最もこだわっている、"いまはあまり話題にならない、60、70年代の中堅奏者の名演"。一時流行った"カフェ・ミュージック"とも違うし、DJ系とも微妙に異なる。まぁ、『ちょっと面白いジャズ』としか言いようがないですが(笑)。この3つです。」

H「なるほど」

S「しかしこうなると『一生かかってどこまで聴けるんだろうか?』と心配になって来ますよ。でも長い間、本当にジャズが好きで聴き続けている人が追いかけているのは、3つめに挙げたような地味なプレイヤーやアルバムじゃないかなぁ・・・。 いまマイルスとエヴァンスの名前が出ましたが、彼らだって聴きようによってはクラブ・サウンドですよ。1969年の名盤『イン・ア・サイレント・ウェイ』から『シュー~ピースフル』をどうぞ」

Miles Davis - Shhh-Peaceful



H「おおお、マイルスはこれですかあ。やっと定成さんのセンスがつかめてきました。でも若い男子に受けそうですよね。」

S「マイルスは1991年に自伝的な映画『ディンゴ』を自演しているんですが-これも観た人は少ないかも-そこでもこんなサウンドを演っていましたね。本人はこういう音が一番好きだったんじゃないかな。1曲18分ありますが、まぁ、これと対峙するココロを持つものがジャズ・ファンというか(苦笑)。しかしアンビエント系というか、早すぎた音響系みたいでしょう? 約45年前ですよ。でもこの曲もアルバムもベテランのジャズ・ファンならみんな知ってるんですけれどね。このサウンドに呼応した動きは実は当時の日本にもあって、続けてご紹介します。菊地雅章(p)が担当した東京映画『ヘアピン・サーカス』のサントラから。貴重な予告編と続けてご覧ください。これは1972年です。」

ヘアピン・サーカス トレイラー

ヘアピン・サーカス



H「お、僕はこういうの詳しいのが定成さんの真骨頂だと思ってました。良いですねえ。CTIのデオダート的と言いますか。」

S「ふふふ、こういう日本のジャズをどんどん紹介出来れば嬉しいですね。苦労して探してますよ。うーん、確かにデオダードも感じますね。ちなみにCTIはあとで出てきます。『ヘアピン・サーカス』が出たところでライターの仕事について少々。今は『ジャズジャパン』という月刊誌でいろいろと書かせてもらっています。『日本映画の中のモダン・ジャズを改めて紹介する』という企画があって、まずこの『ヘアピン・サーカス』を紹介しまして、文末にこの作品の魅力として『ジャズ、映画、そしてジャズ』と熱くまとめたんです。そうしたら編集長もデザイナーさんもそのフレーズが気に入ってしまって(笑)、そのまま不定期連載のタイトルになってしまった。そのあとは日活の『野良猫ロック』シリーズとジャズ・ロックの同時代性とか、川島雄三監督と黛敏郎のコラボレーションについて書きました。あと、新作映画のレビューも準連載で書いています。実は映画の方が専門...かもしれない(苦笑)。日本映画史、特に監督研究が専門分野なんですが、モダン・ジャズと日本映画の両方をガッツリ書く人が少ないもので、そんな企画があるとあちこちから声を掛けて頂いています。ちなみに筑摩書房の言語系の雑誌で、純粋に-ジャズ抜きで-日本映画史の研究記事を連載していたこともあります。」

S「あと超長期連載になっているのが携帯サイトの『ハーフノート・ジャズ』の週刊コラムです。2001年の秋からなので、もう今年で12年目になります。1年に50週書くので、もう600回書いているかな。ここ数年は月末にやっている「ジャズナンデモQ&A」が楽しみで(笑)。」

S「読者の人の発想はスゴイですよ。名質問ベスト2は『マイルス・デイヴィスは下手なんですか?』と、『ベテランのジャズ・ファンは何であんなにエラそうなんですか?』です(爆笑)。」

H「(爆笑)」

S「曲に戻りましょう。さきほどビル・エヴァンスも聴きようによってはクラブ・サウンドと言いましたが、例えば1970年のアルバム『フロム・レフト・トゥ・ライト』。このアルバムもベテランのジャズ・ファンには有名で、しかも『エレピブームに合わせて、エヴァンスが嫌々多重録音をやれられた珍盤』と言われていましたが、いま聴くと最高ですよ。最近ではヲノサトル(key)さんがカヴァーしていますね。ぜひとも1曲ご紹介したかったのですが、エヴァンスは大人の事情でお聴かせ出来ないので(苦笑)、やはりヲノさんがカヴァーしているデイヴ・グルーシン(p)のサントラ曲『ザ・コンドルのテーマ』をどうぞ。これは'75年ですね。」

Dave Grusin - 3 Days Of The Condor



H「『フロム・レフト・トゥ・ライト』は僕も若い頃買って痺れました。大人の事情ですか(笑)。デイヴ・グルーシンは定成さんお好きそうですね。良いですねえ。」

S「グルーシンはさっきお願いした"ホットワインとチョコ"ですよ。若いころは辛い酒ばかり呑んで『ケッ!グルーシンなんてフュージョン野郎じゃん!』と馬鹿にしてました。でも最近は、甘いお酒でこういうサウンドを聴くのが快感で(笑)。ほんとにカッコイイでしょう。しかし、ここまで来るとジャズと言っていいのかどうか。でもそもそもこんなに音楽を聴くようになったのは、3、4歳の頃から家の中でずーーーっとラジオがついていたのがきっかけで、ヒット曲よりも、繰り返しかかる番組のテーマ曲に興味を持ったのが今に繋がっています。カミさんからは『もしずっと落語がかかっていたら今頃名人になってる』と言われましたが(笑)。4歳くらいに聴いた曲ならば、いまでもアレンジも含めて覚えていますよ。1曲だけ、ジャズじゃない曲もいいですか? ラジオ歴45年で最も印象深い曲。中学生時代のラジオ・ドラマのテーマで、ロイ・バッド(key)の『ゲット・カーター』です。」

Roy Budd - Get Carter



S「1971年のイギリス映画『狙撃者』のテーマなんですが、1970年代の終わりにFM東京でやっていた『あいつ』というラジオ・ドラマで使われていて、出演者は日下武史たったひとりで・・・思い出しただけで震えて来ます。」

H「おおお、定成さんらしい感じが出て来ましたねえ。」

S「私も歳をとったのか、こんな感じの1970年代のサウンドがいま一番気になりますね。冒頭からお話ししている通り、『ある世代は普通に知っていて、しかもものすごく素晴らしいもので、しかし若い世代は知らない』というものを紹介するのが仕事なので、'70年代関連はある意味、宝の山ですよ。もちろんキワモノ、ゲテモノのたぐいじゃないですよ。'70年代に広く享受されていた、評価されていた優れた音楽や映画は、もっと紹介されるべきです。ちょっと興奮してしまいましたが、いま一番多くの人に聴いて欲しい曲を紹介して終わりにしましょうか。ミルト・ジャクソン(vib)の『サンフラワー』です。1972年、白い枠のない全面写真の、第二期CTIとでも呼べばいいのかな。何千枚、何万曲とジャズを聴いた私が一番感動した1曲です。」

Milt Jackson - Sunflower



S「これも"幻のナントカ"じゃなくて、当時の『スイング・ジャーナル』にはバカデカイ広告が出ていて、私自身あちこちのジャズ喫茶で大音量で聴かせてもらっています。年配のジャズ・ファンなら『あぁ、アレね』という有名作なんですが・・・。そういうものを引き継いで行く"パイプ役"が私なのかなぁ。あとはジャズとロックと映画の丁度中間で橋渡しをしている感じもありますね。今日はあえて話題に出しませんでしたが、ブラジル音楽との繋がりもよく書いています。まぁ、それは長くなるのでまたの機会に。」

H「確かにこのアルバムは中古レコード屋さんのフュージョン・コーナーの定番だからそうとう売れてそうだけど、今は誰も語らないアルバムの代表のようなものですね。」

S「さっきヲノサトルさんの名前が出ましたが、これからの音楽は、こういう40年間、50年間の名曲の結晶みたいなサウンドが演奏される、カヴァーでもいいし、オリジナルならばなおいいですが、そんな時代になるといいですね。お話しした通り、私は演奏者としてはサッパリだったので、サウンドの方はヲノさんとか、菊地成孔氏とかにお任せして、原稿の方でがんばりますよ(笑)。」

H「いやあ、定成さん、もっともっとクールな人だと思ってたのに、なんだか熱くてすごく良かったです。今回のテーマは『橋渡しのジャズ』でしたね。あ、エルメートとジスモンチ好きの奥様にもよろしくお伝え下さい。」




定成さん、お忙しいところどうもありがとうございました。
ホント開店当時からずっとお店に来ていただいているのに、全く音楽の話をしていなかったんだなと今さらながら不思議な気持ちになっています。実は定成さん、韓国についても詳しくて、韓国語もぺらぺらというもうワケのわからない経歴の方なんですよね。

そろそろ梅雨が始まる時期ですね。雨が降る日に自分の部屋でこんなジャズを聴くのも素敵ですね。

それではまたこちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林 伸次




定成 寛(さだなり・ひろし)
1965年東京生まれ。音楽・映画ライター。大学卒業後、古河電気工業株式会社に入社。電線工場での生産管理業務、工場建設プロジェクト、本社での企画管理業務などを経て、ジャズ、ロックと日本映画史を専門とした文筆業に転ずる。映画監督・川島雄三(1918-1963)の研究家でもある。著書に『二十一世紀ジャズ読本』(ブックマン社)、『プロが教える通信のすべてがわかる本』(ナツメ社)ほか。連載多数。
https://twitter.com/h_sadanari




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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

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