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vol.10 - お客様:江利川侑介さん「ギタリスト大国ブラジル」


いらっしゃいませ。

月の後半はゲストを迎えて、「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨の選曲をしてもらいます。
今日は日本のレコード屋さんの良心ディスクユニオンでラテンブラジル音楽を担当している次の世代を支える若手ナンバーワンの江利川侑介さんに来ていただきました。

林(以下H)「いらっしゃいませ。今はお昼休みですか?」

江利川(以下E)「はい。ランチはいつもこの辺で、ロス・バルバドスさんに行ったり、ここでゆっくり本読んだりって感じなんです。あ、ラムカレーを大盛りでお願いします。」
H「かしこまりました。はい。ではサラダをどうぞ。ええと、早速ですが年齢とか小さい頃はどんな感じだったか教えていただけますか?」

E「いただきます。生まれは西東京の国分寺です。現在29歳です。実は小さい頃から感覚的にマイノリティで、あまりテレビに興味がなくて(笑)。小学校の頃はサッカーばかりしてました。下手だったんですけどね。でもサッカー始めたきっかけっていうのが、Jリーグの開幕戦でハットトリックを達成した鹿島アントラーズのジーコなんですよ。観衆の沸き上がる感じとか、ジーコの満面の笑顔に子供ながらに惹きつけられたんでしょうね。あのアレグリア感に(笑)。まさかそこからスタートしてこんな仕事をするとは・・・。それとボブ・マーリーは一番最初にミュージシャンとして意識した最初の存在です。車での旅行の道中、父が学生の頃に聴いていたモノを聴かされてたのがきっかけですね。」

H「お父さんがボブ・マーリーを聞いていたって、やっぱりお若いんですね。でも、どうしてこんなCDがなくなりそうな時代にCD屋さんで働こうと思ったのですか?」

E「吉祥寺の高校だったんですが都心生まれの奴らは高1の時点で今の僕よりイイ服着てて(笑)、当然音楽も洋楽から日本のインディーズまで色々知ってるんですよ。それが僕にとってはカッコいいことに映ったんですね。で当たり前のようになんとなくタワレコに行き始めた。高校のころは実家のケーブルテレビで音楽専門チャンネルを結構見てて。ナンバーガールとかゆらゆら帝国とか自分の好きなバンドを見つけてからは、彼らがオススメするアーティストを記憶して、ほぼライフワークのように毎週タワレコやユニオンに通ってましたね。買って全然聴いてないものもありますけど、パールジャムとか(笑)。
でまあ、そんな生活をずっとしてたものですから、ほとんど何も考えずに大学卒業してすぐにタワレコにアルバイトで入りました。まあ今も昔も目先の好奇心だけで行動してるんですけど(笑)、でもとにかく面白かったんですよ。特にワールドミュージックの担当になってからは、結構色々勉強しました。サンプルを片っ端から聴いたり、音楽史を学ぶために自腹で講座に通ったり。で、そのうち『日本で一番の店で働きたいな』と思い始めて。運良くディスクユニオンのラテンブラジル・フロアに入ることができました。」

H「なるほど。ただ好奇心のまかせるままに行動していると、今の仕事に辿り着いたってわけなんですね。面白いですねえ。周りの同い年の友人は江利川さんの仕事をどう考えていますか?」

E「『ブラジルとかラテンのレコードやCDを売ってるよー。』って言うと同年代の大半は『へー・・・』だけ。軽く流されますね(笑)。ブラジルとかレコードとか、普通の人にとって馴染みのない単語しかこの短い文章の中にないですからね。なんかいい自己紹介ないですか(笑)?」

H「いや。お友達が正しいと思いますよ(笑)。江利川さんはまだまだあと30年以上は音楽と付き合うことになると思うのですが、これからの世界の音楽産業、音楽状況はどういう風になると思いますか?」

E「国の事情によりけりでしょうけど、やっぱりブラジルの音楽産業は凄く興味がありますね。こんなマニアックなものよく作れるよなーって作品が凄く多いですよね、ブラジルって。最初は凄く不思議だったんですけど、色々知っていくうちに制度や伝統として音楽家がじっくりと活動できる体制が確立しているんだなってことがわかってきました。例えばカエターノのような大物ミュージシャンがサンバだったりブレーガといったブラジル固有の音楽を取り上げることで、焦点を当ててトレンド化していくような流れがまずは一つあります。そしてミュージシャンに対する公機関や企業からの補助金制度が充実していることも大きな要因でしょう。加えてとにかく今は景気が良い。ワールドカップとオリンピックの開催も控え、世界の中のブラジルという客観的な意識が高まれば、必然的に音楽を取り巻く環境も変わってくるでしょう。環境が変われば、当然音楽も変化する。去年出たアントニオ・ロウレイロの『ソー』はそういう変化を強く感じた一枚でした。
21世紀のトレンドを前提にこれからも発展していくブラジルが、音楽産業の今後を占ううえで一つの試金石になるんじゃないでしょうか。」

H「うーん。すごく前向きで真っ直ぐな希望を持ってるんですね。確かにブラジル音楽はこれからも何度も何度も世界の音楽を変革していくでしょうね。では江利川さん自身はこれからどういう風に動いていくつもりですか?」

E「やりたいことは無限にありますけど、ひとまず今年はブラジル音楽の社内レーベル発足と、南米へのレコード買い付け、昨年に引き続き物議をかもすような試聴会は何本かやりますよ(笑)。
10年後もできれば現場で働いていたいと思います。こんなに毎日知的好奇心を刺激される職場はそうないですよ(笑)。あとはお客さんが皆すごく面白い。物知りだし、皆さん凄く変わって・・・、いや、独自の価値観をお持ちなので、店頭に立ってる時が一番楽しいですね。ただ、1年くらい南米に住んでみたいなという思いもあります。」

H「まだレコードやCDを買ってる人って確かに・・・ 日本の音楽状況はどうなってほしいなあとかありますか?」

E「もっとたくさんの音楽に興味を持ってもらって、鑑賞してもらえたらいいとは思いますけど・・・、まあ現状難しいでしょうね。
現実的じゃないですけど、急速に移民が増えて混血が進めばとか、例えばですけど首都機能が九州に移転して東京一極集中が分散されれば面白くなるだろうなーとかは常日頃考えてますね。」

H「混血が進めばって... すごい発想ですね。確かにもう少し開かれると何かが変わりそうですが。では10曲に移りましょうか。テーマはどういうものですか?」

E「テーマは『ギタリスト大国ブラジル』です。家では比較的ブラジルのインストゥルメンタルを聴いていることが多いんですよ。特にブラジルはやはりギタリスト大国だなーと最近実感してます。1曲目はこれです。」

Chico Saraiva - De butuca na cozinha



E「僕の大好きなシコ・サライーヴァというギタリスト、ちょっと変わった曲を書くSSWです。こういうエルメートに通ずるような曲も書く一方で、ヴォーカル陣を迎えての歌ものアルバムも素晴らしいです。とりわけ作曲家としてのセンスが凄く好きですね。」

H「一曲目から江利川さんらしい感じですね。ブラジルからたまに出てくる変態作曲家タイプですね。次はどうでしょうか。」

Joana Duah, Edu Krieger, Sergio Krakowski - Descompassamba



E「このエドゥ・クリージェルというギタリストも素晴らしい曲を書くSSWです。マリア・ヒタが彼の楽曲を取り上げたことでも話題になりました。サンバやショーロでは7弦ギターがベースラインや対旋律を奏でたりしますけど、この曲でエドゥは8弦ギター弾いてますね。しかしこの3人、凄く難しいことをやってますけど、とても自然ですよね。こういうバランス感覚ってブラジル音楽の良さだと思います。」

H「ダニ・グルジェル周辺は面白いですよね。今、急いでPCの前でメモしている若者達が見えてきますね。それでは次は?」

Guinga - Cheio de Dedos



E「ブラジル音楽はこういう独特で美しいメロディやハーモニーの宝庫なんですよね。そういう意味でギンガはいつかきっちりプッシュしてみたいなと思ってたんですが、昨年元ラティーナ誌の花田さんのご紹介もあり濱瀬元彦さんという音楽家/音楽理論化の方に講演していただきました。場所は老舗ジャズ喫茶のいーぐるだったんですけど、大半を占めていたジャズのお客さんにも非常に好評でしたね。ちなみにギンガ、本業は歯医者さんです。バイタリティの塊って顔してますよね(笑)。」

H「ああ、ギンガも好きそうですよね。確かキップ・ハンラハンもギンガのこと好きなんですよね。どんどん行きましょうか」

Swami Jr - Virou Fumaca



E「バイタリティ顔といえばこの人、スヴァミ・ジュニオールもはずせません(笑)。様々なミュージシャンのサポートとしても有名で、ブラジル人だけではなくキューバ人ベテラン歌手のオマーラ・ポルトゥオンドのバンドでは個性派揃いのメンバーのなかバンマスを務めてました。彼の音楽も7弦ギター特有の響きが好きですね。」

H「バイタリティ顔といえばって、江利川さんもそういえば・・・いやいや。ブラジルってこういう伝統的なスタイルを大切にしつつ次へと向かうのが良いですよねえ。はい次は。」

Monica Salmaso & Paulo Bellinati - Canto de Iemanja



E「パウロ・ベリナッチというギタリストはクラシック方面からも非常に人気のギタリスト。このアルバムはバーデン・パウエル&ヴィニシウス・ヂ・モライスの『アフロ・サンバス』の楽曲をカバーした作品で、ヴォーカルは個人的には現在の実力No.1だと思うモニカ・サルマーゾです。」

H「えと、僕、このアルバム大好きなんです。握手して良いですか? あ、なんかホントにしてきた。男同士がキモイですね。いやあ、でも本当に良いですよね。もう何回聞いても泣きそうになるんですよね。あ、すいません。次は?」

Paulo Bellinati / Debussyan



E「このパウロ・ベリナッチの作品のなかでも、ボサノヴァ・ファンにオススメしたいのがGSP社からリリースされているガロート曲集ですね。ボサノヴァに限らずブラジルのギター・スタイルを大きく発展させたと言われるガロートですが、本人の録音は残念ながら現在廃盤なんですよ。コレはクラシック・ギターの会社からリリースされているので録音もすごくキレイです。」

H「すいません。もう一回握手して良いですか? あ、逃げてますね。僕もこれムチャクチャ好きなんですよ。」

Raphael Rabello - Modinha



E「ブラジル音楽史上最高のギタリストといってもいいハファエル・ハベーロも紹介しないわけにはいきません。若くして亡くなってしまったアーティストなんですけど、エリゼッチ・カルドーソとデュオ名義でアルバムを残すくらい、伴奏者の域を超えた存在としていまだに尊敬されているアーティストです。」

H「すごい人ですよね。輸血感染でHIVで亡くなったんですよね。」

Yamandu Costa - Samba pro Rapha



E「そのハファエルの現代版ともいえるのが、ヤマンドゥ・コスタですね。来日経験もあります。この曲は『ハファ(ハファエル・ハベーロ)に捧げたサンバ』という正になタイトル。いやーテレビのスタジオでこれですからね。もうかっこよすぎるでしょ(笑)。」

H「ブラジルってこういう男同士の愛みたいなのが良いんですよね。あ、だから逃げなくて良いですって。」

Andre Mehmari & Hamilton de Holanda - Sao Jorge



E「ちょっと変わったところでブラジル風マンドリン=バンドリンの名手、アミルトン・ヂ・オランダとピアニスト、アンドレ・メマーリのデュオ。曲はエルメートの曲です。この二人がエルメートとジスモンチの曲ばかりを演奏したCDがあるのですが、とてもブラジル音楽らしい作品なので是非聴いてほしいですね。なんていうか型からはみ出たまま躍動しているような感じですね。」

H「ブラジル風マンドリン=バンドリンという説明が、すごくレコード屋っぽいですね(笑)。こう考えるとエルメートとジスモンチってブラジルの弦楽器奏者にホント愛されてますよね。では、次が最後の曲ですね。」

Egberto Gismonti - Ciranda Nordestina



E「最後は今年も3/27に来日公演を行うジスモンチです。この曲を初めて聴いたとき凄く独特に聴こえたんですが、この奏法を知ってそりゃそうだよなあと(笑)。昔は普通のギターを使ってたらしいんですが、どんどん自分のために改造して、この映像では複弦4コース+4弦の計12弦ですか(笑)。ジスモンチの曲って誰が演奏しても濃厚にジスモンチというか、本当に作曲家としての個性が強烈な人ですよね。正に巨匠という言葉が相応しい天才です。」

H「ジスモンチはホント、ブラジルでありながら世界なんですよね。美しいですね。あ、カレー冷えちゃいますよ。早く食べないと仕事に戻れないですね。」




江利川侑介さん、今日はお忙しいところどうもありがとうございました。世界の音楽は江利川さんにまかせておけば問題なしですね。江利川さんは渋谷のディスクユニオンで働いています。「王子いますか?」と店頭で呼べば出てきますよ。

もうすっかり春ですね。休日の海に向かってのドライブはブラジルのギタリストの音楽をかけてみてはいかがでしょうか。
それではまた来月、こちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林 伸次


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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

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