vol.28 - お客様:東野龍一郎さん(ノース・マリン・ドライブ)
「トミー・リピューマのプロデュース作品10曲」
いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。
月の後半はお客様をお迎えして「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨で選曲していただいています。
今回のゲストは渋谷のバー、ノース・マリン・ドライブのオーナー・バーテンダー、東野龍一郎さんです。
林(以下HY)「いらっしゃいませ。早速ですが、お飲み物はどうしましょうか?」
東野(以下HG)「はい。それではジントニックをお願いします。」
HY「あれ、東野さん、バーに行ったらジントニなんですね。はい。どうぞ。では小さい頃の音楽の話なんかを教えてもらえますか。小学6年生くらいまででお願いします。」
HG「小学校6年生までですか。となるとほとんど音楽的な生活は送っていなかったですね。家にレコードプレイヤーも無かったし、ほぼ音楽とは無縁の家庭でした。強いて言えば母親がエルヴィス・プレスリーが好きで、カーステレオ(当時は8トラテープ)でエルヴィスのテープが流れていたという程度です。なので小学校の時にレコードを買った思い出が無いのです。その後中学1年くらいで簡単なプレイヤーを買ってもらって最初に買ったシングルがアバの『ダンシング・クイーン』だったような気がします。」
HY「そうですか。意外ですね。僕の東野さんの印象だと、ラジオをおもいっきり聴いてて、近所に音楽好きのお兄さんがいてって感じですが。中学以降はどうですか?」
HG「小学生までは音楽とは無縁な生活を送っていたのですが、中学2年生の時に回りの影響などもありギターを始めました。最初は当時流行っていた、かぐや姫とかイルカとか風とかのフォークの曲を弾いていたのですが、1978年にビートルズ日本公演のテレビ放映があり、それを見て本格的音楽に目覚めました。高校に入るとバンドでエレキギターを弾きました。僕が通っていた高校にはいわゆるロックバンドができる軽音楽部が無かったので、学校ではフォーク部に入ってフォークギターでリードギターを弾いていました(笑)。ギターが弾けるということで、ヤンキーの仲間に誘われて学校外でキャロルや横浜銀蝿のコピーをするバンドに無理矢理入れられたこともあります。それなりに楽しかったですが(笑)。当時は本当にロックが好きでロッキングオンを毎月読んでいましたね。」
HY「東野さんは僕の兄の世代なので、必ず入り口はフォークですよね。そしてやっぱりロッキングオン。その後はどっぷり音楽生活ですよね。」
HG「高校卒業後は一度就職したのですが音楽活動がしたくてすぐに辞めてしまい、色々フリーターをやりながらバンドなどやってました。出身地の大阪で活動していましたが、アルケミーという大阪のノイズ系レーベルに所属してるバンドに誘われてベースを弾いていた時は名古屋、東京ツアーとかやったりして楽しかったですね。仕事的には本当にいろいろやったのでここで全てを語り尽くせないです。京都でパンクTシャツなどのロックグッズを売る店でバイトしたことなども印象に残っています。」
HY「その頃の日本のインディーズシーンを象徴しているような話ですね。」
HG「一番長く働いていたのはTSUTAYAの店舗スタッフです。1999年に東京に来たのもTSUTAYAの転勤でなのですが、転勤後一年で辞めてしまい恵比寿の中南米音楽というブラジルのCDを扱うショップに転職しました。東京に来る何年か前からブラジル音楽を好きになり自分でもボサノヴァの弾語り演奏をしていたのは林さんも当然よくご存知だと思いますし、bar bossaでもたくさん演奏させていただきましたね。」
HY「東野さん、2回目に来店してくれた時、お店に置いてあったギターで突然弾き語りをしてくれましたよね。あれをしてくれたのは小野リサさん以来でした。」
HG「中南米音楽も5年ほどで退職し、一時TSUTAYAに戻ってワールドミュージックのマーチャンダイザーをやっていましたが、2008年に会社務めを辞めて渋谷でbarを始めました。最初はbarquinhoという名でブラジル音楽をかける店でしたが2013年からNorth Marine Driveという名に変更し、幅広い音楽ジャンルをかける店にしました。barを始めてから自分の音楽活動は中断していたのですが、今年からそんなに多くはないですがライヴ活動も再開しました。」
HY「これからの音楽業界はどうなるとお考えですか?」
HG「昔ほど音楽ソフトが売れなくなっている現状ですが、音楽を聴く人や、演奏する人は今後も減る事は無いと考えています。ではどうやってミュージシャンは生き残っていくのかと考えると、やはりこれまで以上にライヴ演奏が重要になっていくと思っています。前から考えていることがあるのですが、音楽家はライヴ音源をもっと頻繁にリリースすればいいと思うのです。いちいちパッケージにするのは大変でしょうからオフィシャルホームページ等で、それこそ全公演をダウンロード販売できるようにすればどうでしょうか。ライヴは毎回少しずつ違った演奏になっているでしょうし、ファンからしたら自分の行ったライヴも、行けなかったライヴも全部聴いてみたいと思うはずです。スタジオアルバムだと新曲を作らないといけないけど、ライヴなら毎回同じ曲でも大丈夫。ミスやMCも聴き所になったりするし、アーティストも毎回録音されると思うと手抜き出来ないので演奏の質も上がっていくのではないでしょうか。ライヴ終演後すぐに『本日のライヴ音源の販売です』とCDRで販売するとかもありなのでは。なんか権利的に問題あるのかな。でも今そんなこと気にしてる場合じゃ無いですよね。」
HY「なるほど。ライブ音源を頻繁にリリースって面白いですね。東野さんご自身はどうされるのでしょうか?」
HG「今年から自分のライヴ活動を復活させたのですが、CDもまた作ってみたいですね。アルバムを作るとしたら全部オリジナルにしたいので、今またぼちぼち曲作りをしています。以前出したオリジナル曲のミニアルバムの時は曲を作って、あまりライヴで演奏せずに収録したので、次はライヴでバリバリ演奏してこなれてから収録したいと考えています。いつになるかわかりませんが(笑)。」
HY「そうですか。期待しております。では、選曲の方に移りましょうか。」
HG「はい。まずテーマは『トミー・リピューマのプロデュース作品10曲』です。」
HY「え? トミー・リピューマしばりですか? ええ? では1曲目は?」
1.Roger Nichols Trio-Love Song, Love Song
HG「まずは聴いているだけで幸せになれるRoger Nichols Trioのシングル曲から。2分ちょっとしか無いのが信じられないくらいドラマチックな構成です。アレンジはTommy LiPumaと切っても切れない Nick DeCaro。」
HY「確かに2分ちょっとなのにすごい展開ですね。こういう聴き方って東野さんならです。では2曲目は?」
2.Claudine Longet - It's Hard to Say Goodbye
HG「Roger Nichols, Paul Williamsの作品。僕はウィスパーヴォイスの女性歌手ではこのClaudine Longetが一番好きなのですが、この曲の切ない感じが最高です。もうポップスはこの時代で終わっていても良かったのではと思えるほど完璧。これもアレンジはNick DeCaro。」
HY「もうポップスはこの時代で終わっていても良かったのではって名言かもです! 確かにそうですね。3曲目は?」
3. Gabor Szabo - Love Theme from Spartacus
HG「Yusef Lateefのカヴァーが有名な映画『スパルタカス』からのナンバー。僕はこのGabor Szaboというギタリストのことは全く知らなかったのですが、Tommy LiPumaのプロデュースということでLPを買いました。またもストリングスはNick DeCaro。」
HY「なるほど。これも来ましたか。東野さん、この辺りの時代のサウンドが好きなんですね。次はどうでしょうか?」
4. Nick DeCaro - Happier Than The Morning Sun
HG「というわけでNick DeCaroのアルバムも入れておかざるをえないですね。Stevie WonderのカヴァーですがStevieとは似ても似つかぬウィスパーヴォイス。エンジニアはこの人もTommy LiPumaと切っても切れないAl Schmitt。」
HY「僕もこのアルバムに昔出会ったときは衝撃的でした。もう何回買ったかわかんないくらい好きなアルバムです。次はどうでしょうか?」
5. George Benson - Breezin'
HG「超有名曲なので当然昔から知っていましたが、なんせ若い時はロックな人間だったので『ケッ!こじゃれたフュージョンが!』って感じでバカにして真剣に聴いた事がありませんでした。Tommy LiPumaに興味を持ってあらためて聴いてみたのですが素晴らしいですね(笑)。先入観で音楽を聴いてはいけないと思いました。あと、最近になってこれがBobby Womackのカヴァーというのを知って驚きました。Tommy LiPumaのプロデュース作はカヴァーの選曲も絶妙です。」
HY「東野さんの世代はフュージョンが敵なんですよね。僕はちょい下なので初めて聞いたときに『!!!!』ってなっちゃいました。世代の違いってありますね。次はどうでしょうか?」
6. Al Jarreau - Rainbow In Your Eyes
HG「Al Jarreauにも何の思い入れも無いのですがTommy LiPumaのプロデュースだからこの曲が入った『Glow』というLPを買いました。とにかくドラムのサウンドが気持いいです。僕は1970年代中頃に録音された作品のサウンドが無条件に好きなのですが、なぜ今この音が出せないのでしょうか。」
HY「確かにこの時代の音ってミラクルなんですよね。僕は東野さんが以前真夜中によくツイッターでやっていた選曲が好きでした。さて次は?」
7. Michael Franks - I Really Hope It's You
HG「自分でボサノヴァを中心に演奏している頃『アントニオの歌』のリクエストがたまにあっったのですが、当時はブラジルに思い入れが強かったので『ボサノヴァもどきの軟弱な曲め!』って感じで大嫌いでいつも断っていました。しかしその『アントニオの歌』が入った『Sleeping Gypsy』を聴いたら本当に素晴らしくて、以来『アントニオの歌』も好きになりました。『I Really Hope It's You』はアルバムの中でも好きな曲です。『Sleeping Gypsy』はJoao DonatoやHelio Delmiroも参加しているのでブラジル音楽ファンにもお勧めです。」
HY「このアルバムも僕は何回買ったかわかんないくらい好きです(何回も買うのは人にあげちゃうからです)。そしてこれを選びますか。次はどうでしょうか?」
8. João Gilberto - Triste
HG「『Sleeping Gypsy』と同年の1977年にTommy LiPumaはこの作品もプロデュースしています。ジョアンの弾き語りが好きな人はこのアルバムとかあまり評価していないのかもしれませんが僕は大好きです。ストリングスアレンジは、ジョビンとも縁が深いClaus Ogermanです。」
HY「世界音楽史に残る名盤ですよね。そして『トリスチ』を選んでしまうんですね。次はどうでしょうか?」
9. Neil Larsen - High Gear
HG「これは当時リアルタイムで聴いていました。知ったきっかけは、高校時代の先輩がYMOのコピーバンドをやっていて、そのバンドを観たときNeil Larsenの曲もなぜかやっていたんですね。当時のYMOのイメージってそんなちょっとフュージョンにも近いものもあったと思います。もちろん当時はTommy LiPumaのプロデュースだなんて意識せずに聴いていました。」
HY「これリアルタイムなんですね。やっぱり東野さん、お兄さんですね。確かにYMOって当初はフュージョン周辺のバンドって感じだったそうですね。さて最後の曲ですが。」
10. Paul McCartney - Only Our Hearts
HG「最後はいきなり時代を飛ばして2012年のPaul McCartneyのアルバムから。僕はビートルズから音楽人生が始まったと言っても過言ではないのですが、ビートルズメンバーの生演奏は今年初めて観ました。ポールって僕がリアルタイムにロックを追いかけていたポストパンク時代はダサいイメージがあって、正直まじめに聴いていませんでした。しかし今回ライヴを観て本当に衝撃を受けました。今さらながらポール超イイ!。長年冷たくあしらっていたことをポールに謝りたいです(笑)。この曲もポールの新曲で、天才的ソングライターとしての実力を発揮しています。ハーモニカはStevie Wonder。これもTommy LiPumaのプロデュースなんですね。今回の選曲には入れませんでしたがTommy LiPumaは1980年代にはAztec CameraやEverything But The Girlという僕の世代の重要アーティストもプロデュースしていて、あらためて自分の音楽人生の大きな部分を占めているプロデューサーなんだと思います。」
HY「東野さんはもちろんレノン派だと思っていたのですが、謝っちゃいますか(笑)。」
東野さん、今回はお忙しいところどうもありがとうございました。
トミー・リピューマしばり、続けて聴くとなんだか東野さんの今の気持ちが伝わって来ました。
ノース・マリン・ドライブのお店のHPはこちらです。
http://north-marine-drive.com/
東野龍一郎さんのTwitterはこちらです。
https://twitter.com/N_Marine_Dr
さて、今年ももう終わりですね。みなさん、お付き合いいただきましてどうもありがとうございました。良いお年をお迎え下さい。
では、来年もこちらのお店でお待ちしております。
bar bossa 林 伸次
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bar bossa information |
林 伸次 1969年徳島生まれ。 レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、 フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。 2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。 著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。 選曲CD、CDライナー執筆多数。 連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。 bar bossa ●東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル1F ●TEL/03-5458-4185 ●営業時間/月~土 12:00~15:00 lunch time 18:00~24:00 bar time ●定休日/日、祝 ●お店の情報はこちら |