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bar bossa vol.46

bar bossa


vol.46 - お客様:田村示音さん(the sleeping beauty)


【非音大出身者のためのクラシック】





いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。

今回はthe sleeping beautyの田村示音さんをゲストに迎えました。


林;こんばんは。お飲み物はどうしましょうか?

田村;赤ワインをグラスでお願いします。初夏の夜にお勧めなものはありますか?

林;初夏にあう赤ワインですか。でしたらアルザスのピノ・ノワールなんてどうでしょうか? チャーミングで良いですよ。

田村;お願いします。

林;早速ですが、お生まれは?

田村;生まれたのは1965年、場所は四国の松山です。といっても、2才の時に千葉に引っ越したので、残念ながら松山の記憶は思い出せません。でも母がよく「千葉は田舎だ。文化が無い。松山では...」とぼやいていたので、いつか再訪してみたいと思ってます。

林;四国だったんですね。小さい頃の音楽のことを教えていただけますか?

田村;小学4年までは親の務める会社の社宅に住んでいました。いわゆる団地街で、あるブロックは三井化学、あるブロックは住友化学の社宅と、住んでいる場所で会社がわかるという、いま考えると不思議な環境ですね。小学1年の時、階段を挟んだ隣に住んでいるお姉さんがエレクトーンを習っていて、親に自分も習いたいと言い張ったそうです。エレクトーンには地区大会などもあり、しばらくは熱心に弾いていた記憶がありますが、小学4年の時に引っ越すことになったのと、級を上げるために高い機種への買い換えを薦める様子に違和感をおぼえて、止めてしまいました。

林;なるほど。

田村;小学生時代の音楽環境といえば、家がキリスト教だったので、日曜日に賛美歌を歌う経験は大きかったですね。賛美歌って、事前に習ってから歌うのではなく、その場で周りに合わせて歌わなければならないことが多いので、初めての曲の場合は「タラララ・ラララー」と歌ったら、次は「タラ・ラーララー」かな?などと、次のフレーズを予想しながら歌う癖がついてきて、自然と即興でメロディや曲の構成を思い浮かべる訓練になっていた気がします。もちろん、予想が外れて見当違いなメロディーで声をあげて恥ずかしい思いをすることも、しょっちゅうでしたが(笑)

林;讃美歌体験って大きいという話は色んな人からよく伺います。中学になるとどうでしたか?

田村;中学進級時、家族で秋葉原に行ってターンテーブル、チューナー、カセット・デッキが揃ったシステムを買ってもらったのですが、はじめて自分のお金で買ったレコードは「STAR WARS」のサウンド・トラック盤という、普通の中学男子でしたね。当時は、中1の間は月1,000円、中2で2,000円とお小遣いも少なく、アルバムはなかなか買えなかったので、ラジオや、それを録音したカセット・テープが音楽生活の中心でした。

林;エアー・チェックですよね。

田村;特によく覚えているのが、小林克也さんがDJをしていた「ライブ・フロム・ザ・ボトムライン」という番組で、ホール・アンド・オーツの「サラ・スマイル」に痺れた記憶があります。そのサウンドは今でも頭に浮かぶくらい最高な演奏で、ライブ音源があったら手に入れたいくらいですね。

林;お持ちの方、いらっしゃいましたら、JJazzさんの方にご連絡を!

田村;同じくFM東京に、1日2、3曲、1週間でアルバム全曲がかかるという番組もあったのですが、そこで録音してはまったのが大貫妙子さんの「Cliché」でした。高校時代になると、少しは小遣いも増えてアルバムも買えるようになったので、「SIGNIFIE」以降はリアルタイム、それ以前のアルバムは遡って購入していきました。

林;大貫妙子って示音さんの世代にはすごく大きい存在みたいですね。

田村;小学4年の時にエレクトーンを止めてから、音楽の授業以外に楽器を演奏することは無くなったのですが、大学に入って突然にクラシック・ピアノの愛好会に入りました。そこには親切な先輩がいて、初歩から指導してくれたんですね。サークルでは年2回の演奏会があって、そこで弾く曲を決めて練習していくのだけど、さすがに「エリーゼのために」を大学生の演奏会で弾くのもちょっとなぁ、ということで、エリック・サティの「ジムノペティ」、「グノシエンヌ」、「彼の鼻眼鏡」、ドビュッシーの「小さな羊飼い」、「雪の上の足跡」など、「音数が少なくて、弾けそうな曲」を探して弾くようになりました。そうした演奏会で自作の曲も混ぜて弾くようになったのが、いまの the sleeping beauty の萌芽になっています。

林;「音数が少なくて、弾けそうな曲」ですか...。なるほど。

田村;クラシック以外では「イギリス音楽の時代」がしばらく続きました。ケイト・ブッシュ、XTCといったメジャー・レーベルのアーティストだけでなく、 シェリアン・オルファン、ペイル・セインツ、コクトー・ツインズなどの4AD、ドゥルッティ・コラムのファクトリー、チェリー・レッド、エルなどインディペンデント・レーベルから面白い音楽がいっぱい出てきて、飽きませんでした。ベルギーのクレプスキュール、フランスのサラヴァなどもあったから、イギリスの時代というよりインディ・レーベルの時代だったと言った方がいいかな?

林;ああ、懐かしいです...。さて、みんなに聞いているのですが、これから音楽業界はどうなると思いますか?

田村;レコードやCDを作って食べていく、という産業が縮小しているのは事実でしょう。ただ、飲食業界でも、景気が良く地価が高騰している時代は大資本やチェーン店でなければ出店できない場所で、家賃が下がってくると個人経営で面白いお店がぽつぽつと増えてくる、ということがありますよね。音楽業界も、録音、プロモーションに大金が必要な時代は大手のレコード会社に圧えられていたところ、独立系レーベルや自主制作でもおなじ土俵に立って作品を発表できるようになったというのは、悪いことではないと思います。

林;ポジティブで良いですねえ。

田村;最近の若者はYouTubeを観るばかりでアルバムを買わないと言われますが、僕も学生時代はラジオ、貸レコードやカセット・テープ中心の生活だったので、彼らを非難する気にはなれません。いいものにお金を払うというのは、大人の責任ですよね。きちんと音響設計された空間やスタジオで、経験豊かな匠によって録音、ミックス、マスタリングされた作品を買って、じっくりと聴く。ライブに出かけて、言葉にならない感動を覚える。そんな「時間」、「体験」の素晴らしさを伝える努力をしていけば、「もの」を買うことへの興味が薄いといわれる世代にも、「かけがえのない体験には対価を払っても良い」という気持ちを育てていくことができるのではないでしょうか?

林;「いいものにお金を払うというのは、大人の責任」これは、もう本当にその通りです! 今後のご予定は?

田村;具体的な予定はないけれど、生きている限り「この感じを記録しておきたい」、「形にして共有すれば、何か感じてもらえるかもしれない」という瞬間はなくならないと思います。それが音楽作品という形になるのか、ライブ演奏という形になるのかは不明ですが、どこかで出会ったら、聴く時間を持っていただけるとうれしいです。

林;みなさん、the sleeping beautyに、出会ってくださいね。それでは、みんなが待っているらしい選曲に移りましょうか。テーマを教えて下さい。

田村;「非音大出身者のためのクラシック」というテーマはいかがでしょうか? 僕自身が「非音大出身」なので、正規の教育を受けてきた方には「何を言ってるんだか」と呆れられる内容だと思いますが、「ジャズやボサノバはよく聴くけれど、クラシックはあんまり」という方には楽しんでもらえるかもしれません。

林;面白いテーマです。では1曲目は?


01. Arthur Honegger: Romance

田村;オネゲルは、エリック・サティに続く「フランス6人組」の一人です。『パシフィック231』という蒸気機関車の動きを思わせる曲など、迫力のある作品も多い作曲家ですが、このフルートのための「ロマンス」という3分足らずの小曲は本当に愛らしくて、大好きです。旋律の動き、転調の仕方が、ちょっと大貫妙子っぽいですよね?

林;オネゲル、僕は『パシフィック231』のイメージしかなくて、こんなロマンティックな曲があるんですね。確かに大貫妙子的です。


02. Darius Milhaud: La Cheminée du Roi René, Op.205

田村;同じくフランス6人組を代表する作曲家、ダリウス・ミヨーの木管5重奏作品です。ジャン・コクトーがサティ、6人組を擁護したアフォリズム集『雄鶏とアルルカン』の中に書いた「その中で泳げる音楽でも、その上で踊れる音楽でもない。その上を歩ける音楽を」(佐藤朔訳)という言葉の通り、簡素で明晰ながら、はぐらかし、ひねりといったユーモアに溢れていて、聴いている間ずっとニヤニヤしてしまいます。その点では、ジョアン・ドナートの「かえるの歌(O sapo)」みたいですね。『雄鶏とアルルカン』が収められたジャン・コクトー『エリック・サティ』(深夜叢書)は、小さいけれど装幀、用紙の選択など細部まで気が配られていて、手にするたびに「紙の本って、いいなぁ」と思わせてくれる一冊なので、古本屋などで見かけたら手にとってみることをお勧めします。

ジャン・コクトー『エリック・サティ』(深夜叢書)(BOOKS+kotobanoie)

林;示音さんの博識さがたまんないです。今、これを見た文科系女子がキューンと来てますよ(笑)。

田村;いやいや、博識なのではなくて、偶然に良い本や音源に出会う運に恵まれているだけだと思います。


03. Claud Debussy: Sonate en fa majeur pour flûte, alto et harpe

田村;コクトーの『雄鶏とアルルカン』では、「ペダルがリトムを溶かし、近視眼的な耳にお誂え向きの、ぼうっとした一種の気候を作り出している」などと批判されているドビュッシーですが、晩年に作曲された「フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ」は、少しも「ぼうっと」していません。この作品が到達した自由さ、純粋さは、後にも先にも他に類を見ないレベルだと思います。各楽器のフレーズが別のフレーズを触発する感じは、ビル・エヴァンス、スコット・ラファロ、ポール・モチアンのトリオなど、最上級のジャズ・ミュージシャンによるインタープレイを思わせます。ドビュッシーは、耳を澄まして、遠くに聴こえる旋律を手繰り寄せる天才ですね。

林;「ドビュッシーは、耳を澄まして、遠くに聴こえる旋律を手繰り寄せる天才」という言葉にくらくら来てます。


04. Gabriel Faure: Piano Quintet No.1

田村;作曲されたのは1903年から1906年と、先ほどのドビュッシーのソナタより約10年前の作品です。ベルトラン・タヴェルニエ監督の映画『田舎の日曜日』に使われた「ピアノ五重奏曲第2番」もいいですが、この「第1番」の2楽章は、「美しい音楽の定義は?」と問われたら「これです」と差し出したい作品です。旋律、和声ともとても美しいのだけど、その美しさに酔わず、ためらいや儚さを感じさせるからでしょうか。このビデオ、ノイズ混じりで、画像も乱れる所もあるけれど、いい演奏なので我慢してみて下さい。

林;フォーレ、僕そんなには聞いていないのですが、ピアノ五重奏曲良いですよね。「その美しさに酔わず」という個所、本当にわかります。


05. J.S. Bach - Canons

田村;時代がフォーレから飛びますが、バッハです。このカノン、追っかけ合うフレーズの単位がとても短く、ほとんどミニマル・ミュージックみたいに聴こえますよね。作品のBWVを見ると1072から1078と、BWV1079の「音楽の捧げもの」の直前にあたります。「音楽の捧げもの」も実はアバンギャルドな曲ですが、ここに並んだカノンには遊びが感じられ、音の重なりによるモワレ効果といった音響的な実験も楽しんでいたのでは?とさえ思わされます。

林;ほんとミニマル・ミュージックそのものですね。「バッハが全部やりつくしてた」とよく言われますが、ほんと、そうなんですね。


06. Terry Riley: In C Mali by Africa Express

田村;ミニマル・ミュージックといえば、フィリップ・グラス、テリー・ライリー、スティーブ・ライヒが有名ですね。個人的に一番良く聴くのはスティーブ・ライヒなのですが、このアフリカの音楽家によるテリー・ライリー「In C」は、映像、音ともに最高で、40分間、どっぷりと楽しめます。昔、トーキング・ヘッズの「ストップ・メイキング・センス」、ローリー・アンダーソンの「0 & 1(Home of the Brave)」など、ライブ映像を収めた映画を映画館で観る、ということがありましたが、これは、そうやって映画館の大画面、音響設備で観てみたい作品です。

林;うわ、こんな映像があるんですね。めちゃくちゃカッコいいです。確かにこれは映画館の大画面で観ると、みんなでトリップ出来ますね。


07: Kate Moore: Dances & Canons by Saskia Lankhoorn

田村;映画といえば、これはたった3分半の「アルバム宣伝ビデオ」なのだろうけど、初めて観た時に映画を1本観たような感触が残りました。ケイト・ムーアは1979年生まれのオーストラリア人作曲家です。アルバムのライナーノートでは、「自分はミニマリストだと考えていますか?」という問いに対して、「ミニマリズムって、私にとっては、特定の時代と場所で特定のグループに属した人たちを指し示す言葉だわ。私は数世代後の人間なので。調性があり、繰り返しパターンを使っているという意味で共通点はあるかもしれないけれど、その点にこだわっている訳ではないの。ミニマリストが、時間経過によるプロセスを構築するためにパターンを使うのに対し、私は求める色、形、場を生み出すために使っているだけ」と語っています。

林;アルバムの宣伝ビデオなのに、このテンション。ECMってやっぱりすごいですね。


08: Laura Mvula: NPR Music Tiny Desk Concert

田村;これはいわゆる「クラシック」ではありませんが、紹介させてください。ローラ・マヴーラ本人はバーミンガム音楽院卒、妹さんがヴァイオリン、弟さんがチェロを弾いているので、音楽一家ですね。もう、和音の選び方、その流れと歌を聴いているだけで泣けてくるほど、素晴らしいです。

林;うわ、ほんとすごく泣けますね。なんでこんなに涙腺に訴えかけるんでしょう。


09: Sufjan Stevens: Holland

田村;2012年には現代音楽、ポピュラー音楽の垣根を超えて活躍する作曲家ニコ・ミューリー、ブルース・デスナーと「プラネタリウム」というコンサートを開いていたスフィアン・スティーヴンス。最新作の「Carrie & Lowell」も素晴らしいアルバムですが、僕が最も好きなのは、この曲と、クリスマス関連の曲を集めたボックス・セットに収録された「The Worst Christmas Ever!」の2曲です。世の中には、とても良く出来ているけれど聴く気がおきない曲と、拙さが残っていても聴かずにおれない曲があるのですが、その違いは「切実さ」の有無だと思っています。スフィアン・スティーヴンスに惹かれるのは、いつもヒリヒリするほどの切実さを感じるからかもしれません。

林;示音さんの「その違いは切実さの有無だと思っています」に1票を投じます! あらゆる表現行為についての完璧な言葉だと思います。


10: the sleeping beauty: prairie home suite part 1

田村;最後に、私達のアルバム『auguries』から。発売時に林さん達からいただいたコメント、雨と休日さんなどのお力添えもあり、多くの方に聴いていただくことができました。ありがとうございます。

http://www.madeleinerecords.com/artists/the-sleeping-beauty/auguries/(madeleine records)

林;示音さんの選曲を聴いた後にこれを聴くと心に沁みますね。

それでは示音さん、今回はお忙しいところ、どうもありがとうございました。the sleeping beautyの今後の活動、期待しております。


そろそろ日本は梅雨の時期ですね。鬱陶しい季節ですが、この雨をこの列島の緑は待ちわびているんですよね。雨の季節にあわせて、示音さんの音楽、聞いてみて下さい。

それではまた来月、こちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林伸次


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■タイトル:『auguries』
■アーティスト:the sleeping beauty
■発売日:2008年11月17日
■レーベル: Madeleine Records
■製品番号:MARE-008

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[収録曲]

1. prairie home suite - part 1
2. prairie home suite - part 2
3. prairie home suite - part 3
4. prairie home suite - part 4
5. clock
6. á la musique
7. till it comes
8. in the park


ピアノの響きが空気に漂い、声、アコーディオンとサックスが流れを起こす。春や秋の訪れを知らせる、柔らかい空気。霧雨の向こうから聴こえてくる鳥や虫たちの声。遠くで遊んでいる子どもたち。そんな、日常のささやかな存在に気付かせてくれる音楽。「エコール・ド・坂本龍一」入賞後、カフェ、ギャラリー、美術館等で演奏を続けてきたthe sleeping beauty。2008年春、森岡書店にて行われた高木やよいの個展で限定発売され好評を博したCDを、susanna 等の仕事で知られるボブ・カッツがリマスタリング。NHK「世界美術館紀行」、NHK Hi Vision「岡本太郎~全身で過去と未来を表現した男~」などで使用され、ミュージアム・ショップを中心にロングセラーになった前作『liv』同様、日常生活の様々な場面で繊細な感覚を呼び覚ますBGM としてだけでなく、ソファに沈み込んで聴く喜びも味わえるアルバムに仕上がっている。

●madeleine records web
http://www.madeleinerecords.com/

●the sleeping beauty facebook
https://www.facebook.com/pages/the-sleeping-beauty/230264537768


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bar bossa information
林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

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●東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル1F
●TEL/03-5458-4185
●営業時間/月~土
12:00~15:00 lunch time
18:00~24:00 bar time
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