vol.52 - お客様:高橋悠さん(カフェ KAKULULU)
【テーマ:KAKULULUでよく流れている10曲】
いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。
今回は池袋のカフェ・カクルルの高橋悠さんをゲストにお迎えしました。
林;こんばんは。早速ですがお飲物はどういたしましょうか?
高橋;バス・ペール・エールをください、と思ったのですが、やはりなかなかお店では飲めない泡モノでオススメをお願いします。
林;それでは今、ちょうど面白いロワールの赤のビオのスパークリングがあるんです。ビュル・サルトワーズっていうんですけど。それにしますね。さて、高橋さんの簡単なプロフィールを教えていただけますか?
高橋;高橋悠です。1985年11月4日に父親の仕事の都合で西ドイツのボンで生まれました。でも、1~2歳の時に日本に戻ってきたので、ドイツの記憶はありません。日本では一番最初に川崎に少し住み、その後、東京の池袋寄りの文京区で育ち今に至ってます。
林;85年生まれなんですね。このブログのゲストで最年少ですね。ご家族や音楽の環境などは?
高橋;母は出版関係の人であったためたくさんの本に囲まれて暮らしてましたが、音楽はビートルズ、セルジオメンデス&ブラジル66、サウンドミュージックのサントラ、荒井由実などを聴いていたみたいです。父親はずっと仕事部屋に篭っているような人で、オペラやクラシックが流れてきて、子供の頃は何か「触れてはいけない音楽」という印象でした。後にCDラックを見てみるとグラモフォンのドイツ作曲家のCDがたくさんありました。ドイツ政治の仕事をしていた人なので、音楽ももしかしたら仕事の一つとして聴いていたのかもしれません。
林;おお、羨ましい環境ですね。楽器とか音楽体験はありますか?
高橋;音楽は小学校低学年の時にピアノを習っていたのですが、メカニカル・トレーニングがどうしても嫌いで、ある日鍵盤の上に足を投げ出して「僕はもう十分弾いた」と言ってやめてしまったみたいです。今、考えると本当に失礼で勿体ないことをしたなと思います。
林;十分弾いた!(笑) 最初に買ったCDは?
高橋;初めて買ったCDは小学二年生の時、藤井フミヤの「True Love」です。小学三年生になるとクラス替えがあるということで、最後のクラス会で担任がギターで弾き語りをしてくれて、そのままCDを買いに行ったのを覚えてます。
林;85年生まれだとそんな感じなんですね。その後は?
高橋;小学校高学年になるとバスケブームで自分も小学校のミニバスケットボールからやりました。その頃、NBAプレーヤーが番組ホストをしていて、ブラックミュージックのPVと好プレーを混ぜたビデオシリーズがよく出ていて、夢中で4つ上の兄と見ていました。多分、音楽的原点はそこだと思います。
林;なるほど。NBAからブラック・ミュージックという道があるんですね。
高橋;中学生になると兄と誕生日とお年玉など全て合わせて、ターンテーブルとミキサーを買ってもらいました。そこからヒップホップ一辺倒です。日本語ラップから、西海岸モノ、東海岸。2パックとかディアンジェロ、コモンなどを聞いて、オーバーサイズの服を着たりとか兄と友人で代々木公園のB-Boy Parkとかに遊びに行ったりしてました。年上の人と遊ぶことが多かったかもしれないですね。
林;高橋さんの世代の音楽好きって一度ヒップホップを通過していますね。興味深いです。
高橋;高校は美術をメインにした少し特殊な文化学院に行きました。そこは先輩にDJやバンドマンが一杯いたり、音楽好きだらけだったので、凄くカルチャーショックを受けましたね。中学の時に音楽談義をできる友人がいなかったので。
クラブイベントを企画したり、その頃にはもう将来カフェみたいなスペースをやりたいと漠然と思ってました。当時がカフェブームというのもあったでしょうけど、お店にDJブースがあったり、絵の展示をやっていたり、「明日、何をするか分からない場所」という意味で物凄くカフェに憧れました。
林;カフェブームっていろんな種をまいていますね。
高橋;音楽的挫折ではないのですが、高校の中盤くらいにあんなに大好きだったヒップホップが急に聴けなくなった瞬間が来てしまいました。慌ててデ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クエストを引っ張り出して聴いてもまったく感動しなくなってしまい、凄く困ってしまい...
ただ、当時、近所に住んでいて、今、渋谷のBar Fellowのマスターをやっている藤井潤くんという人が選曲したミックステープにGONTITIやゲッツ・ジルベルトが入っていて、ガットギターの音色に救われた記憶があります。
学校が御茶ノ水にあったのもあり、すぐに楽器屋に中古の安いガットギターを買いに行き、弾き始め、ヒップホップのネタモノのソウルやジャズ、ブラジル音楽など聴きあさるようになりました。
林;お、来ましたねえ。
高橋;高校卒業後はカフェの専門学校など入ったりしたんですけど、馴染めずに半年足らずでやめてしまい、ミュージシャンへの憧れが増すばかりで、菊地成孔さんの私塾ペンギン音楽大学に理論を習いに行ったり、伊藤ゴローさんにギターを教わったりしてました。もちろん、開業の夢も捨てきれず、カフェで働きつつ音楽の道も進んでました。
その頃、池袋西武のコミュニティカレッジでヴィヴィモン・ディモンシュの堀内さんとケペル木村さんがブラジル音楽講座をやっていて、そのスピンオフ企画でブラジルツアーがあり、応募をして初めてブラジルに行きました。リオ、サンパウロ、ブラジリア。またブラジルにはいつか行きたいと常に思ってます。
林;あの二人のブラジルツアー行かれたんですね。
高橋;その後、カフェで働くのと並行して、企業のプロモーション用の音源制作などの仕事も始めましたが、基本ノンクレジットの仕事で、自分より「安くて、早くて、巧い」人が出てきた瞬間にこの仕事は危ないと常に危機感を持ってました。
そんな時期に、今のお店の物件に偶然出会いました。建物に地下があり、そこをスタジオ的な使い方できれば良いなと思ったのですが、お店を始めたら音楽を作る時間などはまったくないですね。なので、「カフェを開業したくて物件を探した」というわけではなく、物件が先に見つかって何やるかと言えば自分ならカフェだったという話です。
建物自体は築45年近く、古い小さなビルをリノベーションして初めました。前が新聞配達所の居抜き物件だったため、業者さんに頼んで、お風呂や間仕切り壁やトイレなど全て解体して、一度スケルトンに戻しました。その後は、友人を呼んで壁を塗ったりしてなるべく自分の手を汚す形にしたのですが、これまた悩む時が来てしまって...。
自分が塗った壁は愛着はあるけど、果たしてお客さんから見たら、この壁はただの誤魔化しなのか、それとも綺麗な壁なのかと考えるようになってしまったら、お店に関わる全ての判断基準がブレてきてしまって。
林;なるほど。
高橋;それで、前からお店の家具として導入を考えていた山形県の家具デザイナー「アトリエセツナ」の渡辺吉太さんが「店舗デザインもしますよ」と言ってましたので、結局、アトリエセツナさんに店舗デザインを投げる形で落ち着きました。ただ、こちらの人生を賭けた勝負なので、会った回数を少ない人に全てを委ねるのは怖いなと思い、出会って二回目で「渡辺さんの仕事場が見たい」と山形まで行ってお店、共通の価値観、好きな音楽などについて朝まで呑みながら話しました。こういう年上の方と仲良くなるのは、昔からの遊び方の影響なんでしょうね。その後、仕事仲間でもあり友人となって、お店は納得いく形で2014年5月にオープンすることが出来ました。
林;誰かの懐に入っていけるってひとつの才能ですよね。
高橋;ちなみに、アトリエセツナさんを知るきっかけになったのは伊藤ゴローさんなんです。元々、アトリエセツナさんが山形ブラジル普及委員会のメンバーでして、ゴローさんと徳澤青弦さんが山形にツアーで行く際に、アトリエセツナさんの事務所で石郷岡会長が「伊藤ゴローをまさぐる会」という勉強会をしていて、そこで名前を知りました。
なので、アトリエセツナさんの設計した空間の中で、ゴローさんの演奏を聴くのがKAKULULUとしての一つの目標になってます。
林;さて、みんなに聞いているのですが、これから音楽はどういう風になるとお考えでしょうか。
高橋;正直にいうと、チャート音楽の人はこれからはもっと困るでしょうけど、あまりオンチャートの音楽を聴いているという意識はないので、そんなに自分の周りは変わらないかなと思います。ただ、Apple Musicなどの配信であれだけの古今東西の音楽が聴けるとなると、音楽はより質量を持たない物になるのかな。
ただ、お店を通して出会った音楽などはあるので、今後店舗の方でCDの販売もしていきたいなと考えています。やはり、思い出の音楽はどこで買ったというエピソードも重要だと思うので、そういうお店になって音楽の手助けみたいなのはしていきたいですね。
林;今後、お店の方はどうされるご予定ですか?
高橋;ギャラリーとしての運営を考えていた地下スペースが今や食料庫になってしまっているので、今後早い段階で稼働していきたいと思っています。あとはお店は本業のカフェを主軸にしつつ、常に余白を持っていきたいですね。「面白いことがあれば、それをやれる場所」というのがやはり偉大なる先輩たちが残したカフェ文化だと思うので。
あと池袋周辺で素敵なお店が増えてきているので、その方々と協力して「池袋」のイメージを変えたいですね。これが一番難しそうだけど。
林;池袋、面白くなると良いですね。それではみんなが待っている選曲の方ですが、まずテーマは?
高橋;「KAKULULUでよく流れている10曲」です。
林;直球ですね。楽しみです。
【1、開店前の音楽】
Carlos Nino & Miguel Atwood Ferguson - Fall in Love
高橋;本当はあってはいけないのかもしれないのですが、やはりお店に立つと「お店で流せる音楽フィルター」があって、その制限をいかに掻い潜った音楽を流せるかが店主として毎日楽しんでいます。Jディラをオーケストレーションしたこの作品は眠い体を少しずつお店モードにするには丁度良い一枚。このヒップホップを丁寧にオーケストレーションした作品というのがもっと聴けたら面白いかなといつも思ってます。日本であれば、ヌジャベスさんとか。
林;眠い体を少しづつお店モードに、っていうのがすごくわかります。
【2、お昼時の一時間勝負の音楽】
Joao Gilberto - Izaura
高橋;お店がある東池袋は古い住宅地と高層マンション、オフィス街が大体同じ比率であるのですが、お昼時の12時からの1時までのランチタイムがお店として一番活気がある時間です。凄く混む時もあれば、雨が降ると凄く暇になったり。この一時間はお客さんが入って、頭がフル回転になっている時でもジョアンの声が聞けたら自分が落ち着けるし、暇ならジョアンが癒してくれると勝手に思っております。なので、ジョアンを聞くことが多いですね。
林;ランチタイムにジョアン!
【3、昼下がりの音楽】
Julianna Barwick - Call
高橋;お昼時を外すとここからはゆったりしたお店になります。自然光の中、ソファ席で読者する方なども多く、お店として一番好きな時間かもしれないです。邪魔にならないように、でも音楽を演出したい。音量にも一番気を使っている時間帯です。ソロ・ピアノやフォーク、アンビエント、室内楽など「クワイエット・コーナー」な時間だと思っています。
林;カフェのこの時間はそういう演出が必要なんですね。
【4、夕暮れ時の音楽】
伊藤ゴロー / Glashaus
高橋;お店を初めてまだ一年半ぐらいなので、お店のテーマ曲みたいなのはまだそんなに多くないのですが、やはり伊藤ゴローさんの"Glashaus"はお店に調和した音楽だなと勝手に思っております。
林;これ、本当に名盤ですよね。
【5、少しずつ夜に備えて】
Gustave Coquiot / Routine
高橋;お店を初めてから出会うミュージシャンも多く、ギュスターヴ・コキオの河合卓人さんもその一人です。このUSインディーみたいな質感を作ったのが日本人というのがどうしても信じられなくて。本人に「お店をやってます」とメールをしたら、すぐに来てくれて...。
そんな河合さんは今JAZZシーンに飛び込んでいて、日本では数少ない男性のJAZZヴォーカルでバックグラウンドにはこのサウンド。イチオシのミュージシャンです。
林;お店をやっているとミュージシャン本人が来店してくれるのが一番嬉しいですよね。
【6、夜の音楽】
Brian Blade / At the Centerline
高橋;選曲の悩みがあるとしたら、お店でソウルミュージックがなぜかしっくり来ないのです。スタッフやお客さんはそんなことはないと言ってくれるのですが。ブライアン・ブレイドがシンガーソングライターとしてデビューしたこのアルバムは少しスモーキーなフォークで、ソウル欲も満たしてくれる愛聴盤です。
林;お店にしっくりこない音楽があるの、本当にわかります。あれ、どうしてなんでしょうね。自分のお店のはずなのに、勝手にお店に人格が出来ているとしか思えないです。
【7、夜の音楽 2】
Robert Glasper / J Dillalude
高橋;「今ジャズ」や「ジャズ・ザ・ニューチャプター」と呼び方は様々な現行ジャズの流れはヒップホップを聴いて育った今の僕ら世代としては大ウェルカムで全く違和感なく聴けます。一度彼のローズとピアノ捌きを見るために真後ろの席を取って見たことがあるんですが、演奏中に背中をポリポリ掻いていたり、携帯で1stステージの残り時間を確認していたり。全然ショーマンではないことが、あのクロスオーバーさを生み出すんでしょうね。
林;背中をポリポリ...(笑)
【8、夜の音楽 3】
類家心平/中嶋錠二 - Nearness Of You
高橋;ジャズトランペッターの類家心平さんは10年ぐらい前からの知り合いで、お店初のライブも中嶋さんとVJの中山晃子さんの組み合わせで開催しました。日常となっているお店が、ライブの日に非日常な空間になったことにとても感動して、お店を持った感動と相まって少し泣いてしまいました。だから、この二人のアルバムは凄く大切な一枚になってます。
林;うわ、高橋さん、自分のお店のライブで泣く人なんですね。それは良い話を聞けました。
【9、赤ちゃんが来た時】
The Innocence Mission / Moon River
高橋;土曜日に多いのが赤ちゃん連れのお客様です。ここはもういかに寝かしつけれる音楽をかけれるか、腕の見せ所だと思います。大きなソファ席で綺麗に収まって寝ている赤ちゃんを横目に小さめな音量で喋る若い夫婦。ジャケットからかどうしてもこの音楽やモリー・ドレイクなど流したくなってしまいますね。
林;赤ちゃん、OKなんですね。それは貴重なカフェです。
【10、閉店後の音楽】
Frank Sinatra / Just Friends
高橋;正直売り上げでクローズ作業で聴く音楽は変わってしまいます。惨敗の日は音楽をゆっくり聴いて優雅に締めるって発想はなく、いかに早く帰って今日を忘れられるか、なので。ということで、最後はもし深夜帯のバータイム営業を始めたら...カウンター席のみの営業で、シナトラのブルーバラード集をかけて、林さんみたいにネクタイします!
林;今、シナトラのこういうのがかかるお店、ないですよね。是非!
高橋さん、お忙しいところどうもありがとうございました。
池袋、盛り上がると良いですね。今後の飲食業、音楽業界を支えて下さいね。
●KAKULULU HP
● KAKULULU facebook
さていつの間にかもう年末ですね。今年はどんな年でしたか? 良い音楽には出会えたでしょうか?
それではまた来年もこちらのお店でお待ちしております。
bar bossa 林伸次
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【バーのマスターはなぜネクタイをしているのか? 僕が渋谷でワインバーを続けられた理由】
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林 伸次 1969年徳島生まれ。 レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、 フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。 2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。 著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。 選曲CD、CDライナー執筆多数。 連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。 bar bossa ●東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル1F ●TEL/03-5458-4185 ●営業時間/月~土 12:00~15:00 lunch time 18:00~24:00 bar time ●定休日/日、祝 ●お店の情報はこちら |