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bar bossa vol.21:bar bossa

bar bossa


vol.21 - デュプレ・バレラと「ブラジル人と演奏しているアメリカのジャズ・ミュージシャン特集」


いらっしゃいませ。

bar bossaへようこそ。

今年の夏は猛暑続きでしたね。身体など壊されてはいませんでしょうか。
まだまだ暑い日が続きますが、やっと秋の気配がしてきましたね。
女性の方は「冬はお洒落が出来るから楽しみだな。今年のコートはどうしようかな。」なんて考えているのではないのでしょうか。

そんな秋にオススメのワインです。

デュプレ・バレラ
デュプレ・バレラ


南仏プロヴァンスの「デュプレ・バレラ」という作り手の赤ワインです。奥様がカナダ人のエマニュエル・デュプレ、ご主人が元地質学者のローラン・バレラ、その二人の名前からとったドメーヌ名です。
このワインはビオディナミーで作られていて、ムールヴェードル主体です。カシスやカカオ、ハーブの香りもあり、なめらかでコクのある、秋にぴったりのワインです。

そして、「秋に聴きたいボサノヴァ」と言えばやっぱり「ジャズ・ミュージシャンが演奏したボサノヴァ」ではないでしょうか。
ボサノヴァはもちろん全世界で愛されているので、色んなミュージシャンが演奏していますが、アメリカのジャズ・ミュージシャンも例外ではありません。
本当にたくさんのジャズ・ミュージシャンがボサノヴァを演奏していますが、今回は「ブラジル人と演奏しているアメリカのジャズ・ミュージシャン特集」です。

まず1曲目はこれです。

Gerry Mulligan & Jane Duboc / Paraiso



バリトン・サックス奏者のジェリー・マリガンは60年代からボサノヴァっぽい演奏はたくさん残していますが、1996年に亡くなる3年前の1993年に女性ボーカリストのジェーン・ドゥボック(ブラジル読みだとジャニ・ドゥボッキ)と本格的なボサノヴァ・アルバムを録音しています。このタイトル曲の「パライゾ」はもちろん、二人のオリジナル曲も多く、ジェリー・マリガンが晩年に本気でボサノヴァに取り組んだのがわかる好アルバムです。

2曲目はこれなんてどうでしょうか。

Bola Sete & Vince Guaraldi / Star Song



後ろでピアノを弾いているヒゲのおじさんはスヌーピーのサントラを担当したので有名なジャズ・ピアニスト、ヴィンス・ガラルディ。前でギターを弾いているのはブラジル人ギター奏者ボラ・セッチです。ヴィンス・ガラルディはボサノヴァが好きだったようで、スヌーピーのサントラには必ず1曲ボサノヴァが入っています。この曲が入っている1963年録音の「Vince Guaraldi, Bola Sete and Friends」は隠れた名盤です。是非!

3曲目はこれです。

Herbie Mann / Deve Ser Amor



フルート奏者のハービー・マンはキャリアの中で何度もブラジル音楽を演奏していますが、この1962年のリオ・デ・ジャネイロ録音が文句なしの最高のアルバムです。この曲では鬼才のギタリスト、バーデン・パウエルが軽い曲なのに素晴らしいバチーダでブラジルならではのグルーヴを感じさせています。ちなみにこのアルバムではアメリカ・デビュー前のセルジオ・メンデスも参加していて、必聴ですよ!

4曲目はボサノヴァ愛好家にファンの多いこれです。

Mitchell & Ruff / E nada mais



ピアニストのドゥワイク・ミッチェルとベーシストのウィリー・ラフのデュオが1966年にブラジルで録音したアルバムからの1曲です。このアルバムはシルヴィア・テリスの元夫カンジーニョや、サンパウロのボサノヴァSSWセルジオ・アウグスト、伝説のグループ、オス・ガトスを率いたドゥルヴァル・フェヘイラ、後のセルジオ・メンデスとの演奏で有名なシコ・バテーラなどが参加しています。

5曲目はボサノヴァ最高峰とも言われるアルバムからです。

Paul Winter with Carlos Lyra / Voce e Eu



サックス奏者ポール・ウィンターがボサノヴァSSWカルロス・リラとブラジル、リオ・デ・ジャネイロで1964年に録音したボサノヴァ名盤からの1曲です。この録音ではカルロス・リラの優しい歌声にポール・ウィンターのサックスがそっと寄り添っています。ドラムはミルトン・バナナ、ベースはセバスチャン・ネト、そしてピアノはセルジオ・メンデスです。ボサノヴァ・ファン必聴です。

6曲目はやっぱりこれで。

Stan Getz & Joao Gilberto



ボサノヴァと言えばこれというくらい全世界的に有名な録音です。アストラッドのヴォーカルは予定されていなかったとか、ジョアンがゲッツのサックスを嫌い「おまえは大バカ野郎だって言ってくれ。」とジョビンに言ってそれをジョビンが「あなたと共演できて、たいへん光栄だと言っています」と翻訳して伝えたとか、色んな伝説がありますが、とにかく名演奏です。サックスにスタン・ゲッツ、ギターとヴォーカルにジョアン・ジルベルト、ピアノはアントニオ・カルロス・ジョビン、そしてゲスト・ヴォーカルでアストラッド・ジルベルト。永遠の名演です。


時間って本当にあっという間に過ぎてしまいますね。そろそろ「クリスマス」とか「お正月」とかのことを考えなきゃいけないなんて、信じられませんね。
それでは、またこちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林 伸次




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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

bar bossa
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●東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル1F
●TEL/03-5458-4185
●営業時間/月~土
 12:00~15:00 lunch time
 18:00~24:00 bar time
●定休日/日、祝
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bar bossa vol.20:bar bossa

bar bossa


vol.20 - お客様:大場俊輔さん「JUHA(ユハ)で常にベンチ入りしているモダンジャズの一枚」


いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

月の後半はお客様をお迎えして「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨で選曲していただきます。今回は西荻窪でJUHA(ユハ)というジャズ喫茶を経営されている大場俊輔さんに登場してもらいます。

林(以下H)「いらっしゃいませ。さっそくですが、お飲み物は?」

大場(以下O)「林さんのおすすめの赤ワインをください。」

H「まだ暑いですから軽めの赤と思ったのですが、大場さんのイメージでボルドーのメルローなんかどうでしょうか?」

O「それ、僕のイメージなんですか?」

H「ボルドーって最近はあまり飲まれない古くて重いイメージがあるんですけど、メルローの場合口当たりが柔らかくて上品で女性にも受けるんです。」

O「なんだかよくわかんない例えですけど、ではそれを。」

H「大場さんってお生まれは?」

O「はい。1978年、茨城県の日立市生まれです。」

H「70年代終わりに生まれた方って、今、面白い人多いですよね。小さい頃の音楽体験みたいなものは?」

O「小、中とサッカーに夢中で音楽的体験はこれといってありませんでした。しいて言うならば、父親がクラシックが好きでよく聴いていたのでずっと子供ながらにサティは好きだな~と思っていました。そのぐらいです。初めて買ったCDは小4か小5の時、CMで流れていた曲を気に入り、いとこにそのアーティストを教えてもらい買いました。BON JOVIのNEW JOURSEYでした(笑)。高校に入ってからも、友人からすすめられるCDを聴くぐらいで、音楽にのめりこむというのはなかったです。」

H「サッカー、クラシック、なるほど。意外ですね。」

O「それが変わったのが高3の時で、GUITAR WOLFがメジャーで出てきて『日本にもこんなバンドがいるのか!』とびっくりしました。GARAGE PUNKという言葉を知り、東京に進学後、それをキーワードに60~90年代の世界中のGARAGE PUNKを掘り下げていくようになります。大学の近くにモダンミュージックというレコ屋さんがあって、そこでBACK FROM THE GRAVEやPEBBLESといったコンピを軸に、60's GARAGEを叩きこまれました。
また大学のクラスに70's PUNKのDJをやってる奴がいて、彼から、KILLED BY DEATHやBACK TO FRONTといったコンピを軸に、シングル一枚で消えていったバンドを教わりました。「パンク天国」という、今言ったようなシングル一枚で消えていったバンドが沢山載っている恐ろしいガイド本をDOLLがちょうど出版した頃で、それこそ西新宿のVINYLの7インチセールとかに並んでいました。60's GARAGEと70's PUNKの両方の良いところが混ざったのが90's GARAGEです。そこでGUITAR WOLFにつながり、日本にはTEENGENERATEという世界に誇るパンクというかロックバンドがいることを知ったことが本当に決定的でした。また毎月欧米のガレージバンドの7インチが入ってきて、それをチェックするというようにタイムリーに音楽を追いかけたのはこの時だけです。結局は、音的に一番穏やかに聴こえてた60年代の音が一番凶暴だと気ずき、GARAGE PUNKだけでなく、MODSやFREAKBEATも掘り下げていきました。特に好きだったのはPRETTY THINGSやTHE SHADOWS OF KNIGHTといったR&B PUNKスタイルのバンドでした。上京後にバンドもやり始め、PUNKやGARAGE PUNKをカバーしたりインチキなオリジナルを作ったりしました。そういったバンドが集まる新宿JAMや東高円寺UFO CLUBといったライブハウスでライブをするようになり、自主イベントなどではDJもするようになりました。」

H「また意外な事実が発覚ですね。ずっとパンクだったんですね。そう言われてみれば確かに・・・」

O「ジャズとの出会いは、27歳の時に雑誌『pen』で、『植草甚一特集』『ジャズのジャケットデザイン特集』がたてつづけにあり、それで興味を持ちました。その時つきあっていた彼女(奥さん)が下北沢のジャズ喫茶マサコで働いていたので、彼女からもロック好きでも聴けるジャズを教えてもらったりしてどんどんのめり込みました。最初はやはり、BLUE NOTE。ジャケットデザインの良さにノックアウトされっぱなしだったのを覚えています。まわりにジャズを聴いている人がいなかったので、自分一人で開拓していく楽しさは格別でした。職場が新宿ジャズ館の近くだったので、ロックやパンクのレコードを切り崩し、ジャズ批評などの教科書を片手に、週6で一日2、3枚は買う生活を4年間続けてジャズを勉強しました。
また、植草甚一にも同時にはまり、本を片っ端から集めてJ・J(植草甚一の通称)が聴いたジャズを聴いたり、そのスタイルに影響を受けました。」

H「マサコで働いている彼女さんに教えてもらうというのが大場さんの個性ですね。お店をやろうと思ったきっかけは?」

O「きっかけは、奥さんとの出会いです。当時、僕は新宿の名曲喫茶らんぶるで働いていて、彼女は下北沢のマサコで働いていました。二人とも喫茶店が大好きだったので、休日は沼田元氣さんの本を片手に古い喫茶店やジャズ喫茶、名曲喫茶巡りをしていました。ですから、自然と『いつか二人で喫茶店を始めよう』となって、二人で貯金も始めました。26歳の時です。僕は、らんぶるで31歳まで8年間働いていました。とにかく、『珈琲をお客様にお出しする』というシンプルな仕事が本当に好きでした。らんぶるは一階と地下があり、一階はJUHAをちょっと広くしたぐらいの広さで、一人で切り盛りする練習をよくさせてもらいました。地下は200席あるので、6~7人のホールスタッフでまわすのですが、土日などは何百人とお客様が来店するので、それをさばくのはとても楽しかったです。また、らんぶるは名曲喫茶なのでクラシックを流すのですが、CDやレコードを自由にかけて良かったので、時間帯や天気、お客様の入り具合などで、かけるクラシックを選ぶ事が出来たのも、とても勉強になりました。」

H「らんぶるとマサコですか。日本の喫茶店文化の王道を引き継いだわけですね。西荻窪に決めた理由は?」

O「西荻窪でお店をやろうと思ったのは、二人とも西荻窪が大好きだったからです。好きな喫茶店、古本屋、呑み屋、ライブハウス、そして街がどこか懐かしく、ノンビリ、ゆるい空気感があり、中央線らしくもあり中央線らしくない独特の魅力が西荻窪にはあって、5年住んでみて西荻窪以外は考えられなかったです。カフェよりも、喫茶店が好きでしたし、夜遅くまでやっていて、しっかりした珈琲が飲めて、お酒もちょっとあって、音楽を大切にしていて、静かに本を読めるお店があったらいいなと思っていましたので、自然と今のスタイルになりました。内装は、これも自分たちの好きな映画監督、アキ・カウリスマキの世界をイメージして、自分たちでデザインしました。そこにジャズやクラシックを流すことも自然な流れでした。」

H「今後、音楽の状況はどうなると思いますか?」

O「大げさというか、生意気言わせてもらうと、あなたの街の小さなレコード屋さん、CD屋さんを大切にしましょう!と思います。今こそ、自分の地元のCD、レコード屋さんを大切にしていきたいし、全国的にそうあって欲しい。これは、切に願います。オオヤミノルさんが言っていましたが、良い街の条件に、レコード屋、古本屋、喫茶店を挙げていて、そうだなあとも思いますし、個人経営のCD、レコード屋さんにはありつづけて欲しいです。アマゾンとか便利だし、僕も利用してしまうしユニオンも大好きなんですが、、、同じ一枚でも、心のこもった一枚を買いたいと僕は思います。それこそ、「雨と休日」さんみたいに強烈な個性を持ったお店がたくさんあると楽しいな。」

H「確かにそうですね。今後はどういう風に考えてますか?」

O「今後の目標ですが、店を大きくしたいとかはなく、より珈琲と音楽を大切にして、地元・西荻窪の街に浸透して行きたいです。たった珈琲一杯の時間でも、ジャズや良質な音楽を聴いた時のリラックス感というか、喫茶音楽と共に小さな幸せな時間があるのだということを伝えて行けたらと思います。また、JUHAでモダンジャズのライブはやったことがないのでやってみたいのと、今まであまりピンと来なかった現代ジャズの勉強も40歳前には、そろそろ始めたいなと思います。子供も幼稚園に行きだせば、奥さんがお店に戻れる時間も少しずつですが増えると思うので、二人で出来ることなども考えられるかな、と思いますし、営業形態なども柔軟に変化させて行けたらと思います。 色々な『好き』な気持ちだけで始めたお店ですが、その初心を忘れずに二人でやっていきたいです。」

H「素敵ですね。では、曲に移りましょうか。テーマは何でしょうか?」
 
O「テーマは、『JUHAで常にベンチ入りしているモダンジャズの一枚』です。僕はオープン前にその日にかけるレコードを20~30枚選ぶのですが、それとは別にこの曲達は困った時なんかに助けてもらってます。基本的な一枚ばかりですが、JUHAを少しでも感じてもらえたらと思います。」

H「では1曲目は?」

1. LOUIS SMITH / TRIBUTE TO BROWNIE



O「この曲は僕がジャズのラジオ番組をやるならば、オープニングに使いたい一曲です。ハードバップど真ん中で、『さあ、行こうか』とジャズの狼煙をあげてる感じがして、とても好きです。」

H「ジャズのラジオ番組のオープニング!!!カッコいいですねえ。次は?」

2. LEE KONITZ / YOU'D BE SO NICE TO COME HOME TO



O「僕が思うジャズのイメージを具現化してくれているのがコニッツ。ドラムがチーチク・ビシバシしてて、ベースがボンボン・ウォーキング、その上をコニッツのサックスが、メロディ-を分解しながら切り裂いてきて、「ジャズってるな」と本当に思います。『MOTION』というアルバムが特にオススメです。」

H「「ジャズってる」って言葉が、今はもう21世紀なのに・・・大場さんらしいお言葉です。確かにジャズってます。次は?」

3. BILLIE HOLIDAY / I'LL BE SEEING YOU



O「ヴォーカルで一番好きです。なかでも、このコモドア盤は別格だと思います。よく暗いとか言われますが、全然そんなことはなく、むしろ温かい気持ちにさせてくれる歌声です。あとビリーの歌声は古本屋さんを連想させるところも好きです。この曲は歌詞にスモールカフェってあって、そこでいつもグッときてます。」

H「ビリーの声は古本屋さんを連想させる。また大場さんの名言が飛び出しましたね。僕も古本屋が大好きなのですが、言われてみればそんな気がしてきました。なるほどなるほど。次は?」

4. WES MONTGOMERY / I'VE GROWN ACCUSTOMED TO HER FACE



O「昔、奥さんが『ロック好きもイケるんじゃない?』と教えてくれた一枚です。ハードバップギター・エンジン全開、また全員ドライブしまくっていて格好良い一枚。ただこの曲だけ"仏のウェス"で、静かな美しい瞬間が流れててしびれます。ウェスは是非動画でその弾きっぷりを見てほしいですね。」

H「仏のウェス、名言どんどん出てきますね。ウェスのこういうロマンティックな演奏、良いですよね。次は?」

5. JOHN LEWIS / WARMELAND
  


O「ゲッツで有名なDEAR OLD STOCKHOLMと同曲です。バリー・ガルブレイスとのデュオで、静かに心に沁みます。このアルバムは全編を通してこんな感じで、読書をする時のキラーアルバムです。女性のお客様に、これは誰ですか?とよく聞かれる一枚です。」

H「ジャズ喫茶だとこういうの女性に受けるんですか。ボサノヴァ・バーとは違いますね。色んな音楽のお店の人が集まって『女性に受ける1枚』とかやると面白そうですね。次は?」

6. THELONIOUS MONK / ALL ALONE



O「誰もこのモンクの"独りぼっち"には勝てない気がします。『マスター業もたいへんだよな』と言って欲しい時によくかけています。これも読書には最適な一枚ですね。数あるソロ・アルバムのなかで、一番好きです。」

H「誰もこのモンクの"独りぼっち"には勝てない!大場さん、また名言を。音楽を言葉にするのって難しいなあと日々思っているのですが、大場さんそういうの上手いですね。次は?」

7. CHET BAKER / BUT NOT FOR ME



O「みんな大好きだと思います。かけると、お店が暖かくなります。吉祥寺の喫茶店「かうひいや三番地」でよく流れていて、そこで僕はチェットを引き継ぎました。誰かも、JUHAでチェットを聴いて引き継いでくれたらと思っています。」

H「しつこいですけど、大場さん、コピーライターになるとすごい作品たくさん残すんじゃないですか?『そこで僕はチェットを引き継ぎました』に僕はノックダウンされました。何か今、すごい才能を発見しています。次は?」

8. WARNE MARSH / JUST SQUEEZE ME



O「コニッツ同様に、僕の思うジャズを具現化してる一曲(一枚)です。コニッツはトンガっていますが、マーシュは丸い感じでサックスを転がしています。『ジャズってるアルバムを教えて』と聞かれたらこのアトランティック盤、そして『MOTION』と答えています。」

H「21世紀に『ジャズってるアルバムを教えて』とは誰も言わなと思いますが(笑)。ジャズってますね。次は?」

9. DJANGO REINHARDT / MINOR SWING



O「ジャンゴのレコードは、どれを聴いても、美味しそうな空気感がたっぷり含まれていて、友達を集めてワイワイやりたくなります。お店でかけると、やっぱり美味しい空気感に包まれます。ジャンゴのレコードは沢山あるけど、やっぱりこれが基本かなと。」

H「ああ、JUHAさんではジャンゴもかけるんですね。大場さんってお客さま中心というか、バランスがすごく良い方なんですね。次は?」

10. ART BLAKEY & THE JAZZ MESSENGERS / WHAT KNOW



O「ジャズを聴き始めて、最初にハマッたのがアート・ブレイキーでした。ROCKやPUNKの延長線上にあるバンドっぽさを感じて、カッコよいなと。この曲は、ブレイキーがモーガン / ショーター / ティモンズ等チンピラ連中を引き連れ、練り歩いてくる様が浮かぶヤクザな曲で、その気になります。」

H「最初にハマッたのがアート・ブレイキーというのが確かに『パンク出身』って感じがしますね。大場さんの中で『不良感』って大切な感覚なんでしょうね。」


大場さん、今回はお忙しいところどうもありがとうございました。
ユハさん、すごく良いお店ですよ。西荻窪には良いお店がたくさんありますから、古本屋やレコード屋、レストランや居酒屋の途中に気軽に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

JUHAのウェブサイトはこちらです。
http://www.juha-coffee.com/

JUHAのTwitterはこちらです。
https://twitter.com/JUHA_Coffee


夏も終わりで、秋の気配があたりに感じ始めましたね。ジャズを聞きながらコーヒーを、幸せな時間ですね。
それではまたこちらのお店でお待ちしております。
bar bossa 林 伸次




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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
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連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

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bar bossa vol.19:bar bossa

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vol.19 - お客様:ジノンさん ルシッド・フォール(Lucid Fall)について


いらっしゃいませ。

今年の夏は猛暑が続いたり、大雨が降ったりと不安定な日が続いていますね。
みなさん、夏バテしたりせずにお元気にお過ごしでしょうか。

今日は韓国のSSW(シンガー・ソング・ライター)で、その音楽にブラジルからの影響も感じられる、ルシッド・フォールを紹介したいと思います。

ルシッド・フォールを僕に教えてくれた友人のジノンさんをゲストに迎えました。

林(以下H)「ジノンさん、こんばんは。」

ジノン(以下J)「こんばんは。」

H「早速ですが、お飲み物はどうしましょうか?」

J「僕はあまりお酒は強くないので、何か軽いカクテルをお願いします。」

H「でしたら、僕がソウルで料理研究家の車さんにもらったジンジャー・シロップにミルクと少しだけラムをいれたカクテルにしますね。」

J「それでお願いします。」

H「さて、ルシッド・フォールのプロフィールを教えてもらえますか?」

J「はい。本名はチョ・ユンソク。1975年生まれでスイスローザンヌ連邦工科大学大学院生命工学博士です。ソウル大学校に在学していたときの1993年に『ユ・ジェハ音楽競演大会』で銅賞を受賞します。その後、1997年に「ミソニ」を結成し、翌年、ミソニ1集アルバム『Drifting』でデビューします。その後、1年半くらいの作業期間を経て完成したのが、2001年に発売されたルシッド・フォール名義のファーストアルバム『Lucid Fall』です。彼の詩歌集『魚の心』を見ると、当時、周りの友人たちからは「ミソニ」のままでの活動を希望されたようですが、"ミソニの元メンバーでいつかまた活動できればという思いも強かったので、全く新しい名前でプロジェクトを作りたい"という気持ちがあったようです。ルシッド・フォール(Lucid Fall)という名前は、アルバム製作中に出演した某ラジオ番組の控え室で急に作ったそうです。ルシッドって『輝く、きれいな、透明』のような意味ですよね。なので、『輝く秋、綺麗な秋』のような感じでしょうか。」
※ユ・ジェハは80年代の代表的なSSWですが、1987年に発売したたった1枚のアルバムを残して、同年交通事故で亡くなります。その後、彼の死を追悼すると同時に、実力あるSSWを発掘するために、1989年から開催されているのが「ユ・ジェハ音楽競演大会」です。この大会での受賞者の多くが、90年代から今に至るまでの韓国音楽シーンで活躍しています。それほど彼の音楽は、韓国のミュージシャンに大きな影響を与えています。特に90年代の韓国のSSWに対しての影響力はすごいです。

H「ルシッド・フォールという名前はそういう由来なんですね。ルシッド・フォールはすぐに人気は出たのでしょうか?」

J「ルシッド・フォールが大衆に幅広く知られたきっかけは2002年に発売された映画『バス、停留場(L'Abri)』のサウンドトラックからでした。僕の記憶でもこの時期から急速に知られたような気がします。このサウンドトラックはある意味でルシッド・フォールのコンセプトアルバムのような感じがあったんです。音楽的にも優れた感覚で仕上げられていて、高い作品性も話題になりました。」

H「彼独特のコーラスワークやボサノヴァが魅力の素敵なサントラですよね。」

J「2005年にセカンドアルバム『Oh, Love』を、2007年にサードアルバム『国境の夜 (Night At The Border)』を発表します。この『国境の夜』は、ルシッド・フォールがブラジル音楽、サンバに興味を持った後に製作したアルバムです。2009年には4作目のアルバム『レ・ミゼラブル(Les Miserables)』が発売されます。特にそこに収録されている『그대는 나즈막히(あなたは静かに)』は日本で正式に発売されなかったにもかかわらず、多くの日本の音楽ファンから好評でした。アルバムタイトルがヴィクトル・ユーゴーの作品から引用されているのは、たぶんお分かりだと思いますが、ルシッド・フォールの話によると、収録曲の内容は小説と関連性はなく、小説に登場する数多くの不幸な生涯の人たちを、現在を生きる我々の物語に投影するような感覚で仕上げたアルバムだそうです。」

H「彼がブラジル音楽に傾倒しているというのは音を聴いてて強く感じますね。そして『그대는 나즈막히(あなたは静かに)』は本当に名曲です。僕は今までこんなタイプの音楽は聞いたことがありません。」

J「『国境の夜』と『レ・ミゼラブル』の間に、ルシッド・フォールはスイスのローザンヌ連邦工科大学大学院に留学しています。その時期に、スイス化学会高分子科学部門最優秀論文発表賞(2007年)を受賞します。その他、『一酸化窒素配送用ミセル (Micelles for Delivery of Nitric Oxide)』という彼の研究を米国で特許出願したり(2008年)、その研究の論文がNATURE誌の化学専門誌『Nature Chemistry』に掲載されたりしています(2009年)。音楽とは関係のない話になっていますが、この『一酸化窒素配送用ミセル』というのは、いままで人体に投薬することができなかった生体伝達物質の一酸化窒素を、細胞や膜組織を通過できるようにし、治療薬として使えるようにした方法だそうです。」

H「ルシッド・フォールのプロフィールを見ると、必ず博士号とありますが、そんな研究をした人だったんですね。」

J「このような留学の成果の後に、帰国して発売したのが『レ・ミゼラブル』です。あ、そうだ。たまに放送などで見れる彼の『スイスギャグ(日本でいうオヤジギャグ)』もその留学の時期の成果かもしれません(笑)。そして2011年、5作目のオリジナルアルバム『美しき日々』が発売されます。セカンドアルバムからこの5作目まで「2年に1枚」というペースでアルバムを発売しています。このアルバムでも、マンゲイラ(Mangueira)のようなサンバサウンドとかオマーラ・ポルトゥオンド(Omara Portuondo)のようなキューバ音楽の要素を意識したスタイルを発見できます。」

H「お! マンゲイラだ! というサンバ好きには嬉しいフレーズが挿入されますね。」

J「あと、ルシッド・フォールは歌詞集『魚の心』(2008年)、詩人マ・ゾンギとの往復メール集『すごく私的な長い出会い』(2009年)、初の短篇小説集『無国籍料理』(2013年)といった書籍も本も出版しています。また、翻訳家としてシコ・ブアルキ(Chico Buarque)の『ブダペスト(Budapeste)』の韓国語訳をしているそうです。ルシッド・フォールはシコ・ブアルキの大ファンだそうです。」

H「小説も書かれているし、なんとシコ・ブアルキの翻訳も作業中なんですね。うわー、色々と読みたいです。ところで、ルシッド・フォールは韓国ではどのくらい人気があるのですか?」

J「アルバムは、セカンドからは2~3万枚を売り上げているので、いわゆるアイドル音楽を除けば、韓国では最上位クラスだと思います。ライブは主に2,000~4,000席規模の会場をまわる短期か長期のツアーで、毎回売り切れになります。僕の感覚では、日本のアーティストだとキリンジ、曽我部恵一のような感じではないかと思います。」

H「さっきからお話に出てますが、ワールドミュージックに詳しくて、そういうラジオ番組を担当していたと聞きましたが。」

J「そうですね。EBS FMのラジオ番組『世界音楽紀行』というワールドミュージック専門番組を約2年間(2009~2011年)担当しました。ルシッド・フォールがブラジル音楽、サンバが好きなことは有名な話で、韓国のメディアとのインタビューでは、特に好きなブラジルアーティストとして、ジョビン、カルトーラ、シコ・ブアルキを挙げていました。もちろん、マンゲイラも好きで、韓国で生活が始まったときに家の天井や壁を『ピンクと緑色』というマンゲイラを象徴する色で塗ったことも有名な話です。」
※EBSという放送局は日本で例えるとNHK教育のような感じです。元々は韓国の公営放送局、KBSの傘下にあったのですが、以降、KBSから分離、独立しました。

H「ピンクと緑色! ではルシッド・フォールを好きな人はどういう人たちですか?」

J「20~40代までの女性が圧倒的に多いですね。お洒落で、文化的に恵まれた環境の人が多い感じです。実際に、その分野の現場で働いてる人から『ルシッド・フォール好き』とよく聞きますので。」

H「こういうインディーズのシーンは韓国にはあるのでしょうか?」

J「そうですね。例えば、ルシッド・フォールのような音楽だとインディーズのシーンをチェックしても良いと思いますが、90年代後半から現在までの他の韓国のSSW系をチェックするのも良いのではないかと思います。例えば、最初に登場したユ・ジェハとか、『어떤날 (ある日)』のような現在のシーンの原形を作った先駆的なミュージシャンから始めて、映画『建築学概論』で日本でもおなじみだと思う90年代の『展覧会』、同じく90年代を代表するSSWのユ・ヒヨルのプロジェクトの『TOY』、2000年代初期の『才洲少年』、そして現在の『No Reply』へと辿り着く感じです。「韓国のSSW系」の歴史に沿って、シーンをチェックしたら素敵な韓国のポップ音楽にたくさん出会えると思います。」

H「僕はとにかく『그대는 나즈막히 (あなたは静かに)』という曲が好きなのですが、どういうことを歌っているのか教えてもらえますか?」

J「でしたら、僕が日本語に訳してみましたので、それを読みながら聴いてみますか。」

그대는 나즈막히 (あなたは静かに)



그대는 나즈막히 (あなたは静かに)

あなたは静かに
「あなたはいつでも あたしから去れるわ」
と言うんだね

僕は何も言えず、
黙って厚いマフラーを
脱いで手渡したまま
背を向けたけど

世の中のどんな因縁も
変わらないかもしれない
だから人々は
抱きしめて用心しながら
歩いて行くのだろう

すれ違う言葉だけでも
そんなに言わないで
僕にとってあなたはいつも
言えないくらい
ありがたい人

愛してる僕には
ひどく言わないで
いつか気が変わるって
言わなくても良いよ

H「ふーん、そういう歌詞だったんですね。切ないですね。では、この曲も好きなのでこれも訳してもらえますか?」

J「わかりました。じゃあこれも読みながら聴いてください。」

보이나요? (見えますか?)



보이나요? (見えますか?)

僕の心が見えますか?
こんなに秘めているのに
僕の心が見えたら
あなたも心に秘めるのでしょうか。

僕の心が見えますか?
いつ頃わかるようになったのですか。
あなたもそうでしたら
僕に言ってください。

控え目だけど
深刻に言ったらどうだろう。
違うことを話しながら
そっと言ったらどうかな。

いまは見えますか?
もう全て言ったのに
それでも、わからなければ
僕も忘れますか?

H「うわー、これも切ない歌詞ですね。」

J「これを聴いている日本の方にも伝われば良いのですが。」

H「ジノンさん、まだまだ質問がありますので、もう一回来てくださいね。」

J「わかりました!」


ジノン(Jinon)
1979年ソウル生まれ。レコード会社で2年、東京で1年間生活した後、美術関連会社の企画アシスタントとして活動。
the boy from Seoul and Tokyo http://theboyfromseoulandtokyo.blogspot.jp/
Twitter https://twitter.com/JinonKim




ジノンさん、今回はお忙しいところ、どうもありがとうございました。

ルシッド・フォール、今、個人的に一番大好きなアーティストです。是非、みなさんもチェックしてみて下さい。

それでは、またこちらのお店でお待ちしております。


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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

bar bossa
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●東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル1F
●TEL/03-5458-4185
●営業時間/月~土
 12:00~15:00 lunch time
 18:00~24:00 bar time
●定休日/日、祝
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bar bossa vol.18:bar bossa

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vol.18 - お客様:山本勇樹さん「夏のQuiet Corner」


いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

月の後半はお客様をお迎えして「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨で選曲していただきます。今回はbar buenos airesで活躍中の山本勇樹さんに登場してもらいました。

林(以下H)「いらっしゃいませ。」

山本(以下Y)「こんばんは。暑いのでグイっと飲める季節のフルーツをつかったカクテルをお願いします。」

H「僕、実家が徳島でスダチを送ってくるんですよ。スダチを使ったモヒートにしますね。さっそくですけど、小さい頃ってどんな音楽聞いてました?」

Y「とにかくアニメとか戦隊ものとかが大好きだったので、そういった主題歌とかですかね。よく歌って踊っていました。特に藤子不二雄のアニメの主題歌は名曲が多いですよ、あっ今日はそんな話はしなくてもいいですね。」

H「いえ、是非!」

Y「僕は昭和53年生まれなんですけど、そういうテレビ番組にしても、マンガとかファミコンとかおもちゃにしても、沢山あって恵まれていた時代だと思います。たぶん身体に超合金の匂いとかが染み込んでいますよ。父親が家にCDプレーヤーを買ってきたのが、たぶん小学生3年生くらいだったと思います。それではじめて買ってもらったCDはガンダムの主題歌集ですね。たしか一枚3500円くらいで、子どもながらに『CDってこんなに高いんだ』と思いました。ちなみに僕、今でもガンダムが好きなんで、あの頃からあんまり変わっていないなとつくづく思ったりします。あっ、こういう情報もいりませんね。中学生になってからは、当時の流行りの邦楽を聴いたりして、でもかっこつけて洋楽とか聴きたくなってくるんですよ。まわりの友達もそんな感じで。クラスの中でもおおまかにメタル派、レゲエ派、その他派に分かれていました(笑)。僕はとりあえずFMでTOKIO100を180分テープに録って、気に入った曲だけを集めてダビングしていました。」

H「山本さんが子供の時代が日本の一番豊かな時期ですよね。でもカセットは最後の世代ですね。」

Y「中学三年の時に衝撃的な出会いが二つあって、一つはピチカート・ファイヴの『スウィート・ソウル・レヴュー』をCMでたまたま聴いてときめいてしまって、あともう一つはジャミロクワイにガツンとやられました。ちょうどデビューの年でした。たしかFMで『When You Gonna Learn』を聴いて『すげー、なんだこれ!』みたいな。ピチカート・ファイヴはすぐに駅前の友&愛に借りに行って、ジャミロクワイは同じクラスの村野って奴がCDを持っていました。それで高校に入ってから、FMステーションとか読んだりして、アシッドジャズのシーンとかもなんとなくわかってきました。ちょうどコーネリアスもソロ活動をはじめて、池袋にP'パルコがオープンして「今夜はブギーバック」が流れまくっていた頃ですよね。そんな時たまたま読んだホッドドック・プレスに、その辺の渋谷系とかクラブシーンの相関図が載っていたんですよ。そこに『東京で一番クールな音楽、フリーソウル。』みたいな感じで紹介されていて、『これは聴かないとヤバイ』と思って、学校の近くのCD屋に行ったらなんと『カラーズ』と『ラヴァーズ』が置いてあって。もうそこからはどっぷりです。収録されているアーティストとかはほとんど知らなかったんですけど、とにかく自分が好きな感覚が直感的にありましたね。あと当時は、USのオルタナとブリット・ポップが全盛期だったので、とにかくいろんな音楽に興味がありました。ブラーが『パークライフ』を出してオアシスがデビューして、あとベックの『メロウ・ゴールド』!カヒミ・カリィのミュージック・パイロットも毎週欠かさず録音していました。こういった音楽の話が出来る友達は2~3人しかいませんでした。ちなみに中学から高校までバレーボール部に入っていて厳しかったので、実はけっこう体育系なんですよ。」

H「え、体育会系なんですか? 全然見えないです。(笑) 大学に入られてからは?」

Y「大学に入ったらすぐにクラス分けがされて、みんなで自己紹介タイムがあって、『イギリスの音楽が好きです』と自己紹介した、やせ形でマッシュルームヘアの男がいたんですよ。その時は僕も友達が一人もいなかったので、とりあえず話かけて。その後一緒に学食に行って、『何の音楽が好きなの?』って聞かれたので『ビーチボーイズが一番好き』って答えたら、『すごい変わっているね』って言われましたよ。ちなみにこの人は染谷大陽君という名前で、今LAMPというグループで活動しています。何枚かCDも出しているのでぜひ聴いてみてください。」

H「それが染谷さんとの出会いですか。でもLAMP良いですよね」

Y「はい、御世辞抜きで才能があるグループだと思います。染谷君は高校生の時にバンドを組んでいたらしく、『また音楽やりたいんだ』って話をしていたのはたしか大学3年生くらいだったと思います。その1年後くらいに、六本木のバーでライブをやることになったからDJをしてほしいと頼まれて何回かやりましたね。でも全然お客さんはいませんでしたね。まぁ、僕のDJもひどいものでしたから。」

H「山本さんは演奏しようと思わなかったんですか?」

Y「僕は自分で音楽をやろうと思ったことはありません。ギターを買って大陽くんに教えてもらったこともありましたが、続きませんでしたね。やっぱり聴いている方が性に合うんでしょうね。大学は神保町にあったので、帰りはほとんどレコード屋か古本屋に寄っていましたね。そこにAMSレコードという良いお店があって、そこに行くと必ず2時間くらいずっと試聴しまくって、遅くなるとパンとコーヒーを食べながら試聴して、お店の人も親切で詳しいから色々教えてもらったりしていました。自主盤のSSWのレコードとかかなり買った記憶があります。あとブラジルの7インチとか。ちなみに今の奥さんとは大学で知り合いました、一応大陽くんの先輩みたいです。」

H「こういう時に奥様のことをちらりと出す山本さん、ステキです。HMVに入ったきっかけは? レコード会社とかで働こうと思いませんでしたか?」

Y「高校生の時の友人がちょうどHMVの渋谷店で働いていて、『今バイトを募集しているよ』と教えてもらって面接を受けにいったらそのまま採用されました。はじめは大学に通いながら働いていたので週3回くらい、それで大学を卒業してフルで出勤するようになりました。レコード会社とかで働きたいというイメージはわきませんでしたね。たぶん古レコード屋とか古本屋とか、お店で働くことを夢見ていたからもしれませんね。猫とか抱いて店番しているような(笑)。現実は全然違いますけど。最初はワールド・ミュージックの売り場に配属されて、その後はジャズも担当するようになって。大型店だったので働いている人たちもみんな音楽に詳しいし、毎日いろんなCDが入荷してくるからとにかく楽しかったですね。自分でもCDを発注できるようになったり、自由に売り場を作ったりして、これもよい経験でしたね。それに僕が入ったころはまだCDが売れていた時でしたからね。ブラジル音楽とか毎月のように再発されて、大型店だったからイニシャルも今では考えられないくらい大きかったですよ。店頭で流せばどしどしお問い合わせがあったりして。マイナーなジャズ・ヴォーカルでも週に数百枚も売れるような状況でした。でも数年経ってネットでも自由に音楽が聴けて買えるようになったら状況も変わってきました。渋谷にあったレコード屋とかも段々閉店してきて。渋谷にあったマニアックな音楽の空気がなくなってきたのを肌で感じました。僕は結局8年くらい渋谷店で働いて、その後は今の本社に異動になってしまうんですけど、あの場所で働くことが出来たのでは大きな経験でしたね。あれだけの音楽に囲まれながら毎日仕事できるってなかなか貴重なことだと思うんです。」

H「確かに良い時代でしたね。ではそういう音楽の状況ってこれからどうなるとお考えですか?」

Y「僕はCDもレコードも沢山買うし、ダウンロードもけっこうするし、ライブも月に何度も行くから、正直どれが一番なのかは難しい判断です。でもそれぞれ音質も含めて長所も短所もあるから、これからは各リスナーが自由に選べばいいと思いますよ。まあ、僕はやっぱり手にしたりジャケットがあったりすると嬉しいですけど。5年後はきっと状況はかなり違うでしょうね。クラウド・サービスもハイレゾ環境も本格化するから、ソフトを販売する側は中途半端なやり方だときびしいですよね。CDも今後はさらに規模は小さくなって落ち着くところまでいっていると思います。PCで聴くのって楽ですからね。それでもソフトを買ってくれる人は日本にはまだ根強くいるかもしれません。今頑張っているのは規模は小さくても良質な音楽を主張しているレーベルとかですよね。これからは個人でもアーティストを動かして、CDとかレコードも制作して、配信も行うようなマルチ活動が増えていくかもしれません。しかもファッションとか飲食とかアートとか、いろんな分野にも入っていけるようなフットワークが軽い人たちですよね。だからこそ本質が問われるかもしれません。やっぱり「餅は餅屋」的な。どんなにお酒が好きでもすぐにバーを成功できませんよね。音楽だってその良さをしっかり伝えることができたり、紹介できたりする人が信頼されますから。」

H「なるほど、現場ならではのご意見ですね。では山本さんの現在の活動を教えてもらえますか?」

Y「2010年に音楽文筆家の吉本宏さんと、元HMVの先輩の河野洋志さんと一緒にbar buenos airesというユニットをはじめました。アルゼンチンのカルロス・アギーレの音楽に感動して、渋谷のサラヴァ東京で選曲会をしたり、来日公演をサポートしたり、コンピを作ったり、あと今年に入ってからレーベルを立ち上げてCDを紹介したり、色々活動しています。あとは、HMVではQuiet Cornerというフリーペーパーを作っています。これはとにかく僕が好きな音楽ばかり紹介して、いろんな方たちにもレビューを書いてもらっています。僕が音楽に夢中になったころ、よくCDショップでフリーペーパーとかカタログをもらって帰りの電車とか、待ち合わせの合間に読んだりするのが大好きだったんですよ。気になる作品にはペンでチェックしたりして。そういうのがコンセプトです(笑)。ぜひ店頭で見かけたら手にとってください。Quiet Cornerはいつもこれが最終号だと思って制作しているんです。ちょっとマイナーな音楽が紹介されていますからね。いつかある人にこう言われたんですよ。『クワイエット・コーナーはロマンティックな男たちのフリーペーパー』って(笑)。あながち間違いではないですけど・・・。でもいつか女性に向けた内容の号も作りたいですね。執筆も全員女性にして、音楽だけではなくて、食事とか雑貨とかも紹介してもっと風通しをよくしたいですね。女性ファンも開拓したいんです(笑)。一緒に企画してくださる企業さん募集しています!」

H「女性と企業の方、よろしくです。(笑) それでは曲に行きましょうか。テーマは何でしょうか?」

Y「Quiet Cornerの話題が出たので、『夏のQuiet Corner』ということでクールダウンできそうな10曲を選びました。」

1. Fred Hersch & Norma Winstone / A Wish



Y「ふたりも好きなピアニストとヴォーカリストなんですけど、このコラボは奇跡的としかいいようがないです!もうただうっとりするしかないというか音が鳴った瞬間に空気が変わりますよね。」

H「一曲目からもうノックアウトされました。すごく期待が増して来ました。」

2. Chet Baker / Shadows



Y「チェットが晩年にエンヤに録音したアルバムからですね、ヴァイブはデヴィッド・フリードマンです。これもひんやりした空気が揺らめいています。」

H「うわ~。チェットはこれですか。エンヤ録音から持ってくるというこのセンスがたまんないです。」

3. Virginia Astley / A Summer Long Since Passed



Y「これは僕の人生の一曲というぐらい好きな曲です。綺麗なピアノも教会のSEも幻想的なコーラスも完ぺきです。CDは廃盤なんですよ、なんとか再発させたいです。」

H「僕もヴァージニア・アストレイは今こそ聞かれるべきだと思います。」

4. Sleepingdog / Prophets



Y「この人たちはそのヴァージニア・チルドレンですね。これも教会の雰囲気です、僕は無宗教なんですけど、教会ぽい雰囲気に弱いんです。」

H「ヴァージニア・チルドレンって山本さんの造語ですよね? 言葉としてもいけてますね。」

5. Jeanette Lindstrom & Steve Dobrogosz



Y「スティーヴ・ドブロゴスは大好きなピアニストです。ラドカ・トネフとのコラボ作も素晴らしいですけど最近はこのジャネットとの作品もよく聴いています。」

H「この曲ってB級に演奏するしかないんだと思ってたら、すごく清らかなステキな演奏ですね。」

6. Anouar Brahem / Le pas du chat noir



Y「アヌアル・ブラヒムというウード奏者です。これはECMから発売された作品の中の一曲です。いかにもECMらしい洗練された民族音楽ですね。ちなみに次号Quiet CornerはECM特集です。」

H「わー、こういうのも持ってくるんですね。でもQuiet CornerがECMをどう切り取るかは興味深いですね。」

7. Marilyn Crispell / Little Song for My Father



Y「もう一曲ECMです。マリリン・クリスぺルはわりとフリー・ジャズのピアニストなので実は苦手なんですけど、この演奏とかはただひたすら美しくて優しいですね。まさにクリスタルの輝きです。」

H「ECMでこの二人でこういう曲をって、やっぱり山本さんホント聞いてるんですね。現場の人って、ちょっとCDの頭だけ聞いて、結構聞いたような気持ちになってる人が多いのですが。」

8. Lucas Nikotian & Sebastian Macchi / Gincana



Y「これはアルゼンチンのピアニスト二人のデュオで、bar buenos airesのコンピにも収録しました。透明感のある音とはまさにこのこと。ちなみにこの曲は今のところ僕たちのコンピでしか聴けません。」

H「bar buenos airesが世界の音楽シーンに貢献した力ってすごいと思います。本当に。」

9. Carlos Aguirre / sueno de arena



Y「カルロス・アギーレの赤盤がどうしても手に入らなくて、たしか初めて聴かせてもらったのがこちらbar bossaだったと思います。静かなる衝撃とはこのことです。」

H「あの日のこと。僕もよく覚えてます。なんかすごく盛り上がって。吉本さんといらっしゃったんですよね。すごく昔の話みたいですね。」

10. Diana Panton / Moon River



Y「締めはやっぱりこの曲です。こんどbar bossaに行ったらリクエストしたいと思います。(笑)」

H「しんみりです。いやあ、ホントにステキでした。」


山本さん、今回はお忙しいところ、本当にどうもありがとうございました。
奥様にも是非よろしくお伝え下さい。

bar buenos airesのウェブサイトはこちらです。
http://barbuenosaires.tumblr.com/

Quiet Cornerのインターネット上のページはこちらです。
http://www.hmv.co.jp/serialnews/quietcorner/

山本勇樹さんのツイッターはこちらです。
https://twitter.com/vila_kitoco


夏がいよいよ本格的にやってきましたね。
今日の山本さんの選曲を参考に涼しい音楽の時間をお過ごし下さい。

それではまたこちらのお店でお待ちしております。

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vol.17 - 畠山美由紀『rain falls』 プロデューサー中島ノブユキ インタビュー


いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

夏がやってきましたね。今年の夏の予定は決まりましたか? 円の相場が気になりますね。海外にしようか、それとも国内にしようか悩んでいるのではないでしょうか。

前々回は、雨と休日の寺田さんが作った雨をテーマにしたコンピレーションCDを紹介しましたが、実はもう一枚、雨をテーマにした素敵なCDがこの夏に発売されました。

畠山美由紀さんの『rain falls』です。

このアルバムはNHK大河「八重の桜」の音楽や、ジェーン・バーキンのワールド・ツアーの音楽監督として活躍中の中島ノブユキがプロデュースをしています。

このアルバムが素晴らしいんですよ。ボサノヴァが好きな方は『エリス&トム』というアルバムをご存知かと思います。60年代後半のヨーロッパツアーを大成功させた後、着実にキャリアをステップアップしつつあった歌姫エリス・レジーナ。アメリカでシナトラとの共演後、CTIレーベル3部作でアメリカでの地位を確立した直後のアントニオ・カルロス・ジョビン。その二人の共演アルバムです。

すごい二人の出会いなのですが、なかなかリラックスした演奏が魅力的です。

Elis Regina & Tom Jobim - Aguas de Março



そして今回ご紹介する畠山美由紀のアルバムは、この『エリス&トム』に似ています。もちろんエリスは畠山美由紀で、ジョビンは中島ノブユキです。二人の状況もちょっとかぶります。畠山美由紀は震災後の気仙沼のことを歌ったアルバムを出して、新たな表現に挑戦した後ですし、中島ノブユキもちょうど次の世界に飛び出し始めたところです。

中島ノブユキさんに、このアルバムについてインタビューしました。


林(以下H)「このアルバムは雨にまつわる曲集ということですが、選曲は誰がしたんですか?」

中島(以下N)「僕と美由紀ちゃんとレコード会社の人とアクちゃん(畠山美由紀のマネージャーの芥川さん)の4人で。打ち合わせ結構やりましたよ。単にその場で『良いね、良いね』で盛り上がるのではなく、一度アイディアを持ち帰って、全体のイメージを全員で共有した。それがすごく重要でしたね。制作時間がすごく長くかかったんです。1年くらい前からじゃないかな。これが良かったんじゃないかな。」

H「今回、中島さんの曲にかしぶち哲郎さんの歌詞がついてますね。」

N「『夏の懺悔』という僕の曲に対して、かしぶち哲朗さんに歌詞を書いていただいてるんですけど。かしぶちさんにお願いしようかと考えた理由が二つあるんです。まず一つ目の理由は、かしぶちさんの『リラのホテル』というアルバムがあって、僕はそのアルバムの大ファンなんですね。そのアルバムでのかしぶちさんの歌詞の言語感覚が好きで、サラっとした感じなんだけど陰影があって、無理に深みをもたせようとしている感じではなくて、でも光を放っているという印象があって。素敵だなと思ってた。もう一つの理由は、僕の『カンチェラーレ』というアルバムでかしぶちさんの『春の庭』という本来は歌詞がある曲をピアノソロでカヴァーしているんです。それを反転させたという意味があるんですね。元々、自分がピアノソロで書いていた曲に歌詞がつくとしたら、その反転の構造の鏡のような存在のかしぶちさんに歌詞を書いてもらったら自分としては最高だなと思って。ダメもとでお願いしたら、快く引き受けて下さったんです。」

H「自分のインスト曲に歌詞がつくってどういう気持ちですか?」

N「埋められてなかった溝にスポっと言葉がはまった感じですかね。」

H「以前、リトルクリーチャーズの鈴木正人さんに『ずっと洋楽を聴いてきた人間として日本語の歌ものとしてまとめるのって結構難しい』という話を聞いたのですが、どう思いますか?」

N「今回イメージしたのは、自分が作る曲としてはAメロがあってBメロがあってサビみたいなポップス的な構造を否定しないで作ろうと思った。美由紀ちゃんも洋楽志向だし、洋楽の曲を作ってくるのもわかってたので、プロデューサーとして自分が提供する曲は聴きなじみの良い構造の曲を書こうと思った。そうするとアルバムとして色んなところに光があたる多角的な内容になるかなと思った。」

H「ジェーン・バーキンと畠山美由紀の違いは?」

N「ジェーンの中に日本的なところがすごくあるし、美由紀ちゃんの中に日本的なものを逸脱した部分が少なからずあるということかな。」

H「中島さんにとって『印象的な雨の風景』って?」

N「(すごく長い間悩んで)雨・・・ 雨の風景・・・ 雨の風景で思い出されるのって雨が上がった後の風景じゃないですか?」


中島ノブユキさん、お忙しいところありがとうございました。

本当にこのアルバム、良いんですよ。是非、聴いてみてください。

畠山美由紀 / 夜と雨のワルツ



ところで、僕が以前に中島ノブユキを10時間インタビューしたのですが、その一部がフリーペーパー「NO LONGER HUMAN」となって、日本全国で入手できます。

NO LONGER HUMAN

「NO LONGER HUMAN」設置場所です。
BEAMS RECORDS(原宿)、TOKYO CULTUART by BEAMS(原宿)、TIME CAFE(渋谷)、フクモリ(馬喰町)、イズマイ(馬喰町)、OnEdrop cafe(小伝馬町)、NEWPORT(代々木八幡)、bar bossa(渋谷)、bar music(渋谷)、バー道(湯島)、B&B(下北沢)、SUNNY BOY BOOKS(学芸大学)サウダージな夜(岡山)、パークカフェ(京都)、ハンモックカフェ(姫路)、Cafe Dufi(名古屋)、greenpoint books & things


梅雨も終わり雨が上がりましたね。
それではまたこちらのお店でお待ちしております。


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vol.16 - お客様:白尾嘉規さん「知らないからかえって楽しい、ポーランドジャズ」


いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

月の後半はお客様をお迎えして「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨で選曲していただきます。今回はポーランド・ジャズ評論家の白尾嘉規(オラシオ)さんにお越しいただきました。

林(以下H)「いらっしゃいませ。」

白尾(以下S)「こんばんは。モヒートをお願いします。あ、あとお腹空いたのでムケッカもいただけますか?」

H「あれ?発音のアクセントが少しだけ関西が入ってますね。青森にお住まいなんですよね。ご出身はどちらなんですか?」

S「神戸生まれ大阪育ちです。」

H「そうなんですか。これは色々と物語がありそうですね。では小さい頃の音楽体験なんかを教えてください。」

S「実は中学に入るまで音楽はそんなに好きではなかったんです。ただし両親が音楽好きだったので家にはそれなりにレコードもありました。中1の時に父に部屋に閉じ込められて爆音でエリック・ドルフィーの『ファイヴ・スポットVol.1』を聴かされて、最初は『うるさい、ここから出せ!』とか言ってたのに30分後にはもうはまってて(笑)。それで最初はジャズにのめり込んで、大和明さんの本を読んだりして自分が聴きたいアルバムをチェックして、ひたすら『どんな音なんだろう?』って妄想してました。この頃から『紹介文やデータから音楽を妄想する』楽しみにとりつかれてましたね。高校卒業するまでの思春期は、小遣いのほぼ全てを、ジャズとかプログレとか民俗音楽のCDレンタルと紹介本の購入にあてて聴きまくってました。ちょうどビクターから民俗音楽のCDシリーズがいっぱい出たり、プログレの雑誌とか『ユーロロック集成』とかいったバイブル的な本も出たりして、見つからなくて音自体は聴けなくてもその周辺の情報がかなり豊かだった時代ですね。そうして知った音楽を勝手にコンピ作ってワープロで好き勝手書きまくった自作の解説書作って友達にあげたりもしてました。」

H「なるほど。中学の頃から今と同じ感じなんですね。楽器とかはやらなかったんですか?」

S「高校入学からベースを始めて楽譜もほとんど読めないで勘で弾いてたんですが、その頃から『ポリスの曲をキーボードトリオでやろう!』とか違う編成でやろうとするのが好きで。大学でジャズ研入って一応楽譜も書けるようになったんですが、わざと変な編成とかひねったアレンジで自分の好きな曲をやるのに挑戦し続けては才能がないので失敗し、という大学時代でした。あと大学時代の思い出は、行きつけのジャズ喫茶で後で自分が連載することになる「ジャズ批評」のバックナンバーを読みまくって徹底的にデータを勉強したのと、卒業する間際に書いた初めてのオリジナル曲が結構評判良かったことでしょうか。」

H「ジャズ研とジャズ喫茶。王道ですね。大学卒業後は?」

S「就職活動も適当にあきらめて、親にお金を出してもらって東京に出てきました。そして出来たばかりのディスクユニオン新宿ジャズ館に入ったんです。大きかったのは、同じ時に入った女性が早稲田のダンモ(モダンジャズ研究会)出身だったので、彼女のダンモ仲間とバンド組むことになったこと。劇団の劇中音楽を作って提供してたりしました。東京に出て、リスナーとしては物凄く幅が広がったと思います。ブラジル音楽をはじめ、フランスを中心としたヨーロッパのジャズとかタンゴとかフリージャズとかブルーグラスとかファンクとか、それなりに色々聴きました。大学時代からはまったフランク・ザッパとビリー・コブハムの探求もムチャクチャやりましたね。上京するまでは大阪出身といっても田舎の方でしたので所詮触れられる情報は少なかったんです。大学も地方でしたし。結局音楽活動の方は色々あって挫折した、というか自分の中で諦めてしまって。20代いっぱい東京にいたのですが、希望で始まって挫折で終わった、失意の20代でしたね。(苦笑)」

H「20代の東京の希望と挫折時代ですか。良いですねえ。で、青森はどうして?」

S「彼女が青森市に仕事で行くことになったので、青森に引っ越して会社員にでもなってまじめに働こうと覚悟を決めました。でも肝腎の仕事が地方都市には全然なくて。(苦笑)仕事が見つからないで絶望していた時に始めたのが今のブログです。何の希望も自信もない失業者だけど、せめてネットの上では、誰でもない自分しかやっていないようなことを出来たらと思って(苦笑)。なので、はまっていたポーランドジャズを中心に紹介して行くというコンセプトを決めました。今のペンネームはその時のハンドルネームですね。自分の苗字をもじって、ラテン音楽も好きなのでそれっぽいのにしました。そのうち花村さんという方に「ジャズ批評」に『書いてみない?』と誘っていただいて、そのまま6年近く連載してます。そして行方均さんにポーランド人女性歌手アガ・ザリヤンの新譜についてダメ元で売り込んだら国内盤化が実現してしまい、それでライナーデビューしました。昨年はミラ・オパリンスカとダグラス・ウェイツというデュオのファーストアルバムをディスクユニオンに『輸入してみません?』と提案してみたらレーベル発動の依頼が来て、オラシオが選盤してライナーを書く「チェシチ!レコーズ」が出来上がりました。この数年、自分でも予想していなかったスピードでここまで来たな~というのが実感ですが、どうせ来たならガンガン突き進んじゃおう!と思っています。」

H「面白いですねえ。東京を離れて青森に住むことで本来の自分が発見出来たんですね。東京で悩んでる若者は是非参考にしてほしいですね。ではポーランドジャズとの出会いは?」

S「中古で偶然見かけたのがズビグニェフ・ナミスウォフスキという人の『3ナイツ』という3枚組ライヴ盤。でもこれを買ったのはポーランドだからというわけではなくて、『ライヴ』『○枚組』『読めない言語』という好物が3拍子揃っていたからです。読めない言語で書かれているってほんと最高ですよ。私が情報の多い『メインストリーム』を避けるようにしてマージナルな音楽ばかり聴いてきたのは、そういうワクワクドキドキをより多く感じたいからです。
今考えると、このナミさんはポーランドジャズの王道ではないんですが、バンドメンバーの演奏のレベルの高さと面白い曲作りに衝撃を受けてしまって。それで、まずはそのアルバムの参加メンバーのリーダー作とかPOLONIAというレーベルのものを探してみようと中古屋さん通いしたらあるわあるわ。当時笠井さんという方がやってらしたガッツプロダクションという輸入会社がたくさんポーランドジャズを取り扱ってて、一度ブームが来たことがあったようなんです。その後中古屋さんに流れたものを、私が安く拾わせていただいた、と。(笑)」

H「やっぱり中古屋は大きいですよね。ポーランドジャズの魅力は?」

S「まずとにかく『音色が美しい』ということです。フリージャズとか前衛インプロみたいなことをやるミュージシャンも絶対に汚い音を出さないんです。あとは、僕は『残り香メロディ』とか『引きの美学』とか勝手なキャッチコピーをつけてるんですが、空中に溶けて行くような余韻のあるメロディですね。そして最後が自分にとって凄く大事なのですが、 とにかく凝り性ですね、ポーランド人は。基本オリジナル路線ですし、スタンダードをやるにしても必ずと言っていいほどひねったアレンジを入れます。民俗音楽やコレンダ(=クリスマス・キャロル)、クラシックなどの伝統音楽を凄く大事にしていて、それを物凄く大胆に今風に変えてやるところも魅力です。ポーランド語の響きも凄く好きですね。二重子音(szとかczとか)が物凄く多い言語なんですけど、それから生まれるノイズが、三味線とか親指ピアノ、尺八の『サワリ』と同じ効果があると妄想してるんです。巧くて、メロディアスで、凝ってて、伝統も大事にしてて、かつ美しい響き。しかも飽きが来ず毎日聴けるようなバランスの良いポップさもある。僕は、ポーランドジャズを『ジャズの一種』としては捉えてなくて、ポーランドジャズという名の全く違ったジャンルだと思っていますね。どっちかと言うと『ミクスチャーミュージック』(僕は自分の造語で「ユニジャンル」って呼ぶんですが)に近い感じでしょうか。」

H「青森と東京について教えてください。」

S「世の中のもの、特に文化に関するものは何でも東京に集まっているというのは本当かな?っていつも思っています。なので、プロフィールには必ず『青森市在住』と書いて、北東北の地方都市から他の誰もやってないことを発信してるんだというアピールをしています。あと、ポーランドのジャズは青森の四季の情景に凄く合うので、そういうところも運命を感じますね。通勤途中に青森市の豊かな四季を眺めながら携帯プレイヤーでポーランドジャズを聴くってもう最高のぜいたく!って毎日感動してます(笑)。地方都市とヨーロッパって、自然と街のバランス、都市と都市の離れ具合とかとても似ている気がするので、自分が住んでいる土地に似合う音楽をプッシュして行くって精神的な面でも凄く大事なことだと思います。」

H「白尾さんはこれからどうされたいですか?」

S「まずは、ポーランドにまだ行ったことがないので行きたいです。(笑) 野望はたくさんありますよ! 本を何冊か出したいですね。ポーランドの伝説的な作曲家クシシュトフ・コメダの評伝本とか旅行ガイドも兼ねたポップなポーランド音楽紹介本とかポーランドジャズカタログとか。あとポーランドとは全然関係ないのですが、各ジャンルの音楽ライターの皆様に声をかけてヴィブラフォンやマリンバなど、マレットを使った楽器が入った音楽を網羅した『ヴィブラ本』というオムニバスカタログ本も出したいと前々から考えています。僕はマレット音楽のファンでもあるんですよ。青森市や県内でポーランドジャズフェスティヴァルを開催して、県の観光資源にするというのも目標の一つです。『ポーランドジャズ聴きたかったら青森県に来い!ついでに観光もしてけ』ということですね。(笑)県民栄誉賞もらっちゃうかもですね。(笑)あとは、自分の企画でアルバムを何枚かプロデュースしたいですね。コンピも作りたいし、有線のポーランドジャズ専門チャンネルも作ってこじゃれた焼肉屋とかで流して欲しいし。(笑)他にもやりたいことはたくさんあるのですが、止まらなくなるのでこの辺で・・・。でも今日はもうちょっと語って行きたいのでモヒートおかわり下さい。(笑)」

H「なるほど。青森でポーランドジャズフェスティヴァルってすごく面白いですね。ではそろそろ曲に移りましょうか。」

S「はい。テーマは『知らないからかえって楽しい、ポーランドジャズ』です。来日したことがあるミュージシャンもまじえ、知られざるミクスチャーミュージック『ポーランドジャズ』のエッセンスをたっぷりと味わえる10曲を選んでみました! 1曲目はこれです。」

コウィサンカ / ロベルト・マイェフスキ(作曲:クシシュトフ・コメダ)
Kolysanka / Robert Majewski : Krzysztof Komeda




H「叙情的な曲ですねえ。今回は全部わからないので解説をお願いします。」

S「ポーランドの伝説的な作曲家コメダの曲を、トランペッターのロベルト・マイェフスキが弟のピアニスト、ヴォイチェフとデュオで録音したヴァージョン。コメダの曲はポーランドのミュージシャン(ジャズだけでなく、ポップスやクラシックの人たちにも)にとてもたくさんカヴァーされているのですが、その中でも一番好きなのがこれです。実はこの曲は彼が映画のサントラとして作った最初の曲なんですよ。『知らないから』と聴く前に壁を作ってしまいそうな方には慌ててこれを聴いていただいて、イチコロです(笑)。個人的には、青森市の落葉の季節にぴったりなので、その頃よく聴いて落涙しそうになってます。」

ロマン2 / クシシュトフ・コメダ
Roman II / Krzysztof Komeda




H「なんだか面白い曲ですね。」

S「コメダのジャズサイドの演奏は、こういう『ひたすら繰り返しでいつ終わるかわからない』ものがとても多いんです。ポーランドの歴史にあまりにも分断が多かったために、音楽の中では永久に続くような普遍性を追求しようとしたんじゃないかと勘ぐっているんですよ、僕は。あと、彼も凄くそれとなく民俗音楽の要素をとり入れているんですよね。フロントやっているのは後の大スター、トマシュ・スタンコとミハウ・ウルバニァク。ミハウはこんなに素晴らしいサックス吹いてたのに健康上の理由でヴァイオリンに転向しました。この曲のリズムは半分に切って前後逆にして聴くと青森市の『ねぶた』のリズムにそっくりです。コメダやポーランドの音楽って勝手に『暗い』イメージが広まっているんですけど、この曲なんか凄く楽しいですよね。」

H「ねぶたに似てますか。面白くなって来ました。次は?」

ナイト・トレイン・トゥ・ユー/マルチン・ヴァシレフスキ・トリオ
Night Train To You / Marcin Wasilewski Trio




S「今のポーランドの若手で、日本のファンの間で一番有名なのがたぶんこのヴァシレフスキのトリオだと思います。僕はこの曲に勝手に『君のもとへ、夜汽車が』って邦題つけました。演奏や曲の構成とかが素晴らしいのはもちろんなんですけど、ポップですし、聴いた人みんながそれぞれの思い出の中で情景を共有できそうな独特のムードがありますよね。なのでJRとか旅行会社のCMに使ってほしいと思って色々働きかけているんですけど。(笑)これを読んだ方、どなたかいいツテを教えて下さい。(笑)ちなみに、ポーランドの映画にもけっこう鉄道がよく出てくるんですよ。『夜行列車』という映画もあります。その映画 のサントラもジャズですし。誰かポーランドの若手監督にこの曲をモチーフにした新版『夜行列車』を撮って欲しいです。」

H「邦題、良いですねえ。白尾さんの文学趣味が時々見えるの好きですよ。次は?」

ニェナスィツェニェ / アンナ・マリア・ヨペク
Nienasycenie / Anna Maria Jopek




S「日本のファンの間で有名と言うとこの人もそうですね。パット・メセニーと共演した『ウポイェニェ』って作品でブレイクしたんですけど、そのアルバムもメセニーの力を借りているというより完全に自分の音楽にとり込んでました。ジャズミュージシャンが参加することでしか作れないポップミュージックってあるじゃないですか。この曲なんかその最たるもので、メンバー全員超トップクラスのジャズアーティストばかりです。中でもピアノのレシェク・モジュジェルは天才中の天才として、今完全にポーランドシーンを席巻してます。ポップスにジャズの人を参加させるのは昔からで、60年代後半くらいからのポップスアルバムも物凄く質が高いのがこの国の音楽の特徴の一つです。要するに演奏家の絶対数が少なかったからそうなったんだと思います。ヨペクもモジュジェルも、ポーランドの民主化以後に活躍し始めた『Polished Generation(磨かれた世代)』の代表格です。」

H「なるほど。そういうお国事情、面白いですねえ。ポーランドジャズって突っ込みどころがいっぱいあるんですね。次は?」

スムトゥナ・ジェカ / クバ・スタンキェヴィチ&インガ・レヴァンドフスカ(作曲:ショパン)
Smutna Rzeka / Kuba Stankiewicz & Inga Lewandowska




S「もう一丁ヴォーカルもの行きましょうか。ポーランド語の美しさがよくわかるテイクです。多分ポーランド人で一番有名なのはショパンだと思うのですが、彼の音楽は民衆レベルに物凄く浸透していて、音楽教育の基礎にもなっていますが、それ以上に『日常の音楽』なんですよ。なので、ショパンジャズアルバムも日本人が想像できないくらいにたくさんありますし、またそのカヴァーの発想も完全に規格外です。この曲はショパンの数少ない歌曲作品をジャズとして甦らせたものです。クラシックのジャズ化という印象が全くないのが凄いですよね。」

H「ショパンジャズアルバムがたくさんあるんですか。うーん、面白いですねえ。次は?」

プションシニチュカ / レシェク・クワコフスキ(作曲:モニゥシュコ)
Przasniczka / Leszek Kulakowski : Stanislaw Moniuszko




S「今まで色んなところでポーランドジャズを聴いていただいてたのですが、この演奏はほんと鉄板です。ポーランドはジャズとクラシックの垣根が物凄く低い国で、クラシックのフォーマットとの共演盤も非常にたくさんあるんです。例えばオーケストラとの録音とか、この曲のように弦楽四重奏団とのものとか。曲もスタニスワフ・モニゥシュコというポーランドの国民的な作曲家の『紡ぎ唄』というとても愛されている曲です。これもクラシックのジャズ化には聴こえないですよね。こういう編成でやっている裾野が広いので、単なるムード作りとして参加しているわけじゃじゃなくて、アンサンブルとして四重奏団がねっとりと絡んでカッコいいですよね。」

H「おおお、確かにかっこいいです。こういう弦モノとジャズって大体音大出のクラシックのカッコ悪さが気になるのですが、これは見事に成功してますね。次は?」

クルフィ・モスト / ピォトル・バロン
Kruchy Most / Piotr Baron




S「ポーランドで『ピアノトリオ』と同じくらいよくある編成がこの『サックストリオ』なんです。シーンの規模を考えるとほんと、ありえないくらい多いです。半ば伝統化してるからか、普通ならちょっとアヴァンギャルドに行ってみましたとかコードレスに挑戦!という流れになるところを、ポーランドの場合は非常に地に足がついた演奏でハズレがないですね。また、この編成でそういう演奏が出来るのは、全体的に超絶技巧の持ち主が多いこの国の奏者の音色が抜きん出て豊かで美しいから、というのもあると思います。余計な冒険をしなくても音がいいのでそれだけで充分聴かせちゃうんです。サックストリオはディープなファンでない方にはなかなかオススメしにくいと思うのですが、僕はこのアルバムなら躊躇しません。マイクから直接DATに録音、完全ワンテイクのみという究極の緊張感も渋いです。」

H「サックストリオがよくあるんですか。うーん、ポーランド人恐るべしですね。あの、この演奏がキャッチーな方なんですよね。うーん。さて次は?」

ワルソウ / ピンク・フロイト
Warsaw / Pink Freud




S「ポーランドのジャズってシーンの規模自体は全然大きくないんですが、それでも『ジャズ大国だなあ』と思わせてくれるのはこういうバンドが物凄く若者に人気があるところですかね。それも、ただノリが良いだけの音楽じゃなくって、民俗音楽のような伝統的な要素もしっかりおさえつつ、非常に複雑な音楽性なこういうバンドが。ライヴなんか完全にロックノリで、リーダーのヴォイテク・マゾレフスキのたたずまいもロックスターみたいなのですが、まじめに(笑)聴いたら度肝抜かれるほど高度なことをやってますよ。ちなみにトランペットのアダム=ミルヴィフ・バロンは前の曲のピォトルの息子さんで、昨年の来日時にそのことを訊いたら『父は真のマスターだ。自分なんかまだまだだよ』とはにかんで謙遜してたのがかわいかったですよ。(笑)」

H「おお。確かに仰るとおり民族色もあってロックノリですね。こういうのが若者に人気があるんですか。ポーランド、音楽偏差値高過ぎですね。次は?」

リヴァージョン / マテウシュ・スモチンスキ・クィンテット
Reversion / Mateusz Smoczynski Quintet




S「ポーランドは隠れたジャズヴァイオリン王国なんですが、このマテウシュは若手世代の代表的なミュージシャン。最近あのタートル・アイランド・ストリング・クァルテットのメンバーとなって話題になってます。この曲と演奏は僕にとって物凄くポーランドを感じるものですね。『ポーラン度』が高いんです(笑)。凄く情感にあふれた旋律なんですが、最後まで引っ張りきらないで『あれ、気がついたらメロディ終わってた』という感じなのがいいんですよ。この曲も結構色んなところでかけてますが評判いいです。」

H「なるほど。ポーラン度が高いですか。なんとなくわかってきました。でも良い曲ですね。」

プション シュチュ・ブジュミ・フクラコヴィェ / ズビグニェフ・ナミスウォフスキ
Przaszcz Brzmi w Krakowie / Zbigniew Namyslowski




S「では最後に僕をポラジャズの深い沼に引きずり込んでくれた恩人ナミさんの代表作から。面白いサウンドでしょう?このアルバムは世界中のダンス音楽のリズムを自分流に料理したというもので、この曲にはクラコヴィァクというポーランドの民俗音楽のリズムが使われています。楽しくて変な感じと、伝統音楽へのまなざしが、ブラジルのエルメートに物凄く近いものを感じるんですよね。ちなみに彼はチェロとピアノで音楽教育を受けて、トロンボーンでプロデビューし、それから始めたアルトサックスで世界屈指のプレイヤーになった凄い人です。ポーランドは彼に限らず超人的なマルチプレイヤーがムチャクチャ多いのも特徴です。」

H「確かにエルメートですね。これははまりますね。面白いです。」

S「いかがでしたか?『知らないから全然イメージ湧かない』という人から『ポーランドのジャズはキレイな感じがする』という人まで色々いらっしゃると思いますが、結構リズムがしっかりしていて面白いでしょう。たぶんショパンの音楽の影響が大きいのだと思われるのですが、この豊かな『グルーヴ』を最大限に活かすために美音を極めたのがポーランドのジャズなんじゃないかなと個人的には考えています。だから、本当は『音色が売り』なんじゃなくて『(そこから導き出される)グルーヴが売り』なんですよね。」

H「いやあ。すごく面白かったです。ポーランドという国の色んな事情からこういうサウンドが生まれるんですね。日本でポーランドジャズがどう流行るかは白尾さんにかかってますね。」

S「ボッサノーヴァも4半世紀前まではほとんど知られていなかったのに、今では街のどこかでかかっています。ポラジャズがそうならないとは誰にも言えないと思います。だから、僕はあきらめません。」


白尾さん、今回はお忙しいところ、どうもありがとうございました。神戸生まれ大阪育ちで、20代は東京、そして今は青森からポーランドジャズを紹介するという面白い方ですね。これから色んなことをされて世の中を騒がせそうで、みなさん要チェックの方です。
そろそろ夏が近づいて来ましたね。さっぱりしたモヒートを飲みながらこんな音楽を聴く夜も良いですね。ではまたこちらのお店でお待ちしております。

bar bossa 林 伸次




お二人のお話は尽きず、ここに載せられなかった面白い続きは、白尾嘉規(オラシオ)さんのブログでご覧ください。
http://ameblo.jp/joszynoriszyrao/entry-11555513607.html




白尾嘉規(オラシオ)
日本でただ一人のポーランドジャズ専門ライター。青森市在住。ディスクユニオン発のポーランドジャズ専門レーベル「チェシチ!レコーズ」監修者。
雑誌連載:「ジャズ批評」、季刊俳句誌「白茅」。ブログ「オラシオ主催万国音楽博覧会」主催者。その他ライナー執筆、DJイベント、トークイベントなどで活動中。
日本全国にイベント出張可。ご依頼は下記メールまで。フェイスブックアカウントもあり。現在毎月青森市でDJイベントを開催中。「気になる方はぜひ旅行先に青森県を選んで遊びに来て下さい♪」
ブログ:http://ameblo.jp/joszynoriszyrao/
メール:aladyhasnoname@yahoo.co.jp
ツイッター:https://twitter.com/poljazzwriter




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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

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vol.15 - お客様:寺田俊彦さん コンピレーションCD『窓につたう雨は』のように


いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

梅雨の季節がやってきましたね。
今回はそんな雨の季節にぴったりのゲストに出演していただきます。

西荻窪にあるセレクトCDショップ「雨と休日」の寺田俊彦さんです。

林(以下H)「いらっしゃいませ。」

寺田(以下T)「こんばんは。」

H「さて、お飲み物はどうしましょうか?」

T「フルーティな白ワインをお願いします。何かいいのありますか?」

H「でしたらこのベルジュラック・ブランなんかどうでしょうか。口当たりは優しくて香りも白桃みたいなのですが、ミネラルがしっかりしています。印象はすごくソフトなのに実は芯が通っていて頑固な寺田さんのイメージそのものです。」

T「それが僕のイメージですか? うーん・・・合ってると思います。ではそれをいただきます。」

H「さっそくですが、インタビュー始めますね。まず小さい頃の音楽体験は?」

T「小学校低学年の頃に、クラシック名曲全集みたいな、LPのボックスセットを親が借りてきたことがありまして、そこに入っていたガーシュウィンの『パリのアメリカ人』に心惹かれました。『パリのアメリカ人』はパリの都会の喧騒に慌てるアメリカ人を描いた作品なんですが、音楽を聴くとまさにその風景が頭に浮かぶことに感動しました。その後もずっと現在までそうなんですが、聴くことでイメージが湧いたり、ある気分になったりするような音楽に強く惹かれます。」

H「最初が『パリのアメリカ人』ですか。らしいですねえ。」

T「吹奏楽部でトランペットを吹いていたのでクラシックにも馴染みがありましたし、あとは、ラジオっ子だったのでエアチェックして好きなポップスをカセットテープにまとめるのが大好きでした。当時はCBS / EPICソニー全盛期と言える頃で、尾崎豊とかTMネットワーク、佐野元春、PSY・Sなどその辺はほとんど聴いてました。それと同時に、60年代のポップスの音質が好きで、いわゆるオールディーズや例えばペトゥラ・クラークなどの今で言うソフトロックが好きでした。」

H「典型的な音楽好き男子のパターンですね。初めてのレコードやCDは?」

T「最初に自分からねだって買ってもらったのはチャイコフスキーの『花のワルツ』が入ったLPでした。車が好きな子だったので、当時車のCMに使われていたその曲が気に入ってたんですね。同じ理由でキース・ジャレットの『ケルン・コンサート』も愛聴盤でした。CDは...たぶんアニメか何かのサントラだった気がします。音楽に関しては周りからの影響はあまりなく、ひとりでこつこつ好きなものに没頭していった感じです。」

H「その後は普通バンドとかDJとかやり始めますが寺田さんはどうでしたか?」

T「もっぱら聴く専門で、バンドをやろうとは思いませんでした。大学生の頃は演劇に興味があって、特に音響の担当で場面場面に合わせる音楽を選曲することに熱中しました。漠然と選曲の仕事に就けたらいいなと思ってたりしました。ちょうどそのころ渋谷系やサバービアの影響を受けて、ジャズやソウルミュージック、サントラなどいろんなジャンルのものを聴くようになったというのが自分の音楽体験で大きなものになってます。」

H「なるほど。ではCD屋さんで働くきっかけは?」

T「CDショップで働き始めたのは最初はアルバイトでしたが、『CDはいっぱい買ってるし、向いてるんじゃないかな』という軽い気持ちで始めました。それが意外にも自分に合っていて。CD売場に付いているコメントカードを凝って書くのも楽しかったですし、お薦めしたものが売れていく快感にはまっていきました。部屋だとか、車、電車の中など、ひとりで聴く、という行為が好きです。だから個対個の付き合いであるお店という形態が好きなんだと思います。」

H「CD屋さんで働いて学べたことってありますか?」

T「僕が最初に働いたWAVEという会社は良くも悪くも自由なところでした。仕入れから販売まで結構好きにやらせてもらっていて、音楽的な知識が増えたのはもちろんなんですが、小売りの現場のノウハウを失敗しながら自分で学べていけたのが良かったです。その後タワーレコードに転職しましたが、そこでは大会社ならではのシビアな在庫管理や接客など販売に関する基礎を学びました。小売業に携わっている方はいっぱいいるかと思いますが、自分で『これだ!』と思った商品をいかにして売るか、こうすれば売れるという経験を積んで自信を持つようになれるか、ということがまず第一歩だと思います。ただ置いているだけでは売れない。手間と時間をかけてあれこれ努力したうえで売れていく。そういったことは、書籍や雑貨よりもCDのほうが顕著に表れます。細かい作業を惜しまず、丁寧な仕事をすることで売り上げが変わるということを学んだのが大きかったと思います。」

H「この時代に『CDだけを売るCDショップ』って色んな意味ですごく冒険だったと思うのですが。」

T「CDショップという仕事を続けたのは、言ってしまえば意地みたいなものです。タワーレコードを辞めるときはすでに10年以上CD販売に関わってましたが、業界を去った多くの同僚と同じようにこの知識を生かさず辞めてしまっていいんだろうかという思いがありました。あと、まだまだ良い作品だと思えるCDがあるうちはそれを紹介したいという気持ちも。CDを売れるようにするにはどうすれば良いのかという点は、これまでの経験から自分なりの方法を考え具体化したのが現在の雨と休日というお店です。雨と休日を開店したときは理想をまず求めてみて、ダメならダメで時代のニーズに合わなかったということだから、その時はさっさと閉めようと思って始めました。だから冒険というよりも挑戦です。少ない品数で商品の質で勝負する。商品の質を上げるためにはとにかく絞ることが重要で、コンセプトそのものは敢えて曖昧なものにしていますが、自分の中でははっきりとした線を引いてセレクトすることが生命線だと考えています。なのでCDのお店ならCDだけを売るという潔さが必要だと考えています。少しだけ関連した書籍を置いていますが、アナログレコードやグッズは売らない。単純に自分が客だとしたら、CD以外のものを売り始めたら『お前のとこは何を売りたい店なんだよ?』って思いませんか?絞るという覚悟がお客さまへの信頼にもつながると思ってやっています。もちろん家族の支えがあってこその挑戦でしたが、お陰様で4年続いているので、自分のやっていることが受け入れられているのだろうと。」

H「冒険ではなくて挑戦ですか。なるほど。では、これからの音楽産業はどうなっていくと思いますか?」

T「CDを買わなくなっても音楽ファンが減っているわけではありませんよね。コンサートのイベントが大小様々なものに多様化していくと思いますし、CDを売るお店もCDショップに限らずカフェやインテリアショップなどにさらに広がっていくでしょう。例えば20代の頃を東京で過ごして音楽もバリバリ聴いていた人が故郷にUターンし、そこでお店を開く。そのような地方の個人でやっているような小さなお店に、センスのいいセレクトでCDが並んでいる、というような風景が珍しくなくなるかもしれません。」

H「なるほど。」

T「CDに関わっている業界そのものは、今よりもっと細分化していくべきだと思います。今、それこそひとりふたりでやっているような小さいレーベルが一番元気ですし、ジャケットやイベントなども含めて質の高い作品をリリースしています。メジャー会社は自社だけでなくそういったレーベルに門戸を開いて、自社音源のライセンスを提供しやすくするなどして、財産である音源を埋もれないようにして欲しいですね。もちろん会社によってはすでにそのような動きがあることは確かですが、もっと広く開けたものにして欲しい。会社の利益を優先して、商品そのもの...たとえば使ってる紙質などが貧相なものになってしまうとか限定プレスばかりになってしまうといったことに陥ってしまっては残念ですし、そうすると結局リスナーが離れていって自分の首を絞めてしまう結果になると思います。結局マンパワーが物を言いますから、良いものを作って売るためにはこれまで以上に手間をかけて、今、CDというパッケージ商品を売ることの意義を考えながらリリースを企画していって欲しいです。」

H「確かにそうですねえ。ミュージシャンについては?」

T「ミュージシャンに関しては、今はひとりでCD製作から販売までできてしまう時代ですが、本当にクオリティの高いものを目指したいのなら他人(プロデューサー)が関与するべきだと思います。アレンジなどのサウンド面も、ジャケットのデザイン面も。それを担うのは先ほど元気だと言った小さなレーベルじゃないかと思います。」

H「CDを買う人はどうなってほしいですか?」

T「買う人・・・は、自由ですよね。いつの時代も自由であって欲しいと思います。『この作品良かったけど次の作品はダメだよね』っていつでも言い合って、どんどん自分にとっての良い音楽を探していって欲しいです。今、皆さん・・・特に若い人たちはどこで音楽に触れているんでしょうね?ラジオもテレビも、好むと好まざるとに関わらずいろんな音楽に接する、という機会が僕が小さかった頃に比べて減っていると思います。自力でいくらネットで探そうとしても、自分の知識の範囲外のものに出会える可能性はどうしても低いです。今の10~20代の人は、お金を使うことに慎重になっていると思います。でも自分が『良い!』と思ったものには迷わずお金を使うのではないでしょうか。その『良い!』を判断するのは他人の評価ではなく自分自身なので、その判断のための知識や技術を貪欲に身につけていって欲しいですね。それは時に無駄遣いを要することがあるかもしれませんが・・・」

H「イベントとかはやられてるんですか?」

T「雨と休日はあくまでCDの販売を主とする店なので、頻繁にはイベントを企画していませんが、例えば2012年の3周年のときに、同じ西荻窪にある『りげんどう』さんでライヴイベントを行ないました(出演は青木隼人/坂ノ下典正/ハルカナカムラ)。CDに付ける特典のデザインを、ご近所にある『nombre』のデザイナー植木さんに依頼したり、4周年の際には当店のフリーペーパーをまとめた冊子を、北口にある『西荻紙店』の三星さんにデザインしてもらいました。西荻窪であることにこだわりを持つのが雨と休日らしさだと思っていまして、こういった企画でこれからも西荻窪のお店さんと関わりを持っていきたいと思っています。」

H「出張店舗とか選盤とかもしてるんですよね?」

T「CD販売としては、期間限定の出張店舗を各地の雑貨屋さんと企画したり、また、常駐として立川駅のグランデュオにある書店『オリオンパピルス』さんのCD売場に雨と休日のコーナーがあります。お店のBGMの選盤もしていますが、現在全面的に協力しているのは渋谷NHK横にある『SHIBUYA CHEESE STAND』さんです。他は、例えば西荻窪の近隣のお店の店長さんがご来店していただいた時にBGMの相談をお受けしていたりします。(現在、出張店舗、BGM選盤どちらも新規ご依頼をお受することができません。)」

H「寺田さん自身の音楽の仕事としては何か予定や希望はありますか?」

T「まずは今回の『窓につたう雨は』のように、コンピレーションCDを各レコード会社から出してみたいですね。あの会社の音源ならこんなコンセプト、という想像をいつもしています。それと同時に雨と休日セレクションのような形で過去のアルバムの再発も企画してみたいですね。今はお店の経営で手一杯ですが、ゆくゆくは小西康陽さん、橋本徹さんなどの先達と同じように、音楽のコーディネートやラジオの選曲などもやれたらいいなと。」

H「良いですねえ。各社の方、是非。他には何かありますか?」

T「お店に関しての理想は現状維持です。職人が作る工芸品や老舗の和菓子屋のように同じことを質を落とさずにずっと続けられることに憧れます。それがCDという商材でできるかどうかはわかりませんが。あとは、例えばCDのスタンドなどをデザインしてみたいですね。雨と休日では売れませんが、どこかの会社さんと共同開発できたらなぁ、とか。あるいはPCやタブレットのための試聴用プレイヤーソフトを開発するとか、もっと言えばオーディオの開発にも興味があります。」

H「なるほど。店舗のプロデュースとかも出来そうですよね。」

T「また、そういった音楽に直接関係したこととは別に、開店当初から思っていることなんですが。雨と休日というお店は普通のレコ屋とは違うスタンスでスタートしていますので、音楽業界という括りの中で閉鎖的になることなく、音楽を架け橋に、音楽業界以外の方たちともっと関わっていけたらいいなと思っています。」

H「良いですねえ。では、最後になりましたが今回発売する『窓につたう雨は』のCDのことを聞かせてください。」

T「メジャー会社からコンピをリリースしたいなと思っていたところに、林さんのご協力でユニバーサルミュージックのディレクターの松岡さんを紹介していただいたのがきっかけです。その節は本当にありがとうございました。ユニバーサルから出すならこんな感じの...というイメージはいくつもあったので、その中からまずは『雨』をテーマにしたものを作ることにしました。ジャズを中心に、雨と休日的なテイストのものを14曲選んでいます。水滴がついた窓越しに雨の景色を眺め、感傷的な気持ちになっている...そんなシチュエーションをイメージしました。裏ジャケットにクサナギシンペイさんに描き下ろしていただいた絵を使わせていただいてますが、それも窓から雨の景色を見たものとなっています。収録曲はすべてタイトルや歌詞に雨(rain)が入っています。コンピレーションCDを作るとき、僕は敢えて選曲の条件を厳しくすることが好きなんですが、それによって全体に統一感が出ますし、今回は完全に雨縛りで選曲をすることによって本当に雨の日に聴きたいと思えるコンピが出来上がったと思います。デザインやマスタリングも監修しています。デザインを担当していただいたin Cの長井雅子さんにはいろいろと細かい注文を受けていただいて本当に感謝しています。ユニバーサルからのリリースはシリーズ化したいと思っていまして、2枚目3枚目の案も考えています。なので皆さん買ってください。(笑)」

H「あ、僕のことも言うんですね。律儀な方ですね。でもホント、このCD、お世辞抜きでコンピCd史上一番だと僕は思います。みなさん是非。今回のCDで何かオススメこれ1曲というのがありましたら。」

T「Claudine Longetの『I Think It's Gonna Rain Today』です。ユニバーサル音源で雨、だったらラストには絶対これを、と思っていた曲です。A&Mレーベルというと70年代にはカーペンターズが大ヒットしたことで有名ですが、60年代の同レーベルの歌姫と言ったらこのクロディーヌ・ロンジェです。ランディ・ニューマンの曲をカヴァーしているのですが、ちょっと舌足らずな歌声と彼女自身が持っているアンニュイな雰囲気が活きた好カヴァーとなっています。『Human kindness is overflowing』という歌詞が沁みます。」

H「良いですよねえ。これはみなさんにはCDを買って聴いていただきましょう。このCDの情報はこちらになります。プレゼントとかにもぴったりですね。みなさま是非! 今日は寺田さんお忙しいところどうもありがとうございました。」

T「ごちそうさまでした。」

寺田さんのこれからの活躍、楽しみですね。
それでは僕がCD『窓につたう雨は』に収録されていない雨の曲を1曲紹介します。
ブラジルの夏の終わりを告げる雨をジョビンが曲にして、ジョアンがそれをまるで雨が降っているかのような演奏をしています。

João Gilberto - Águas de Março



雨の季節、良い音楽と過ごせそうですね。

それではまたこちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林 伸次




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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
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vol.14 - お客様:定成寛さん「橋渡しのジャズ」


いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

月の後半はお客様をお迎えして「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨で選曲していただきます。今回はジャズ評論家の定成寛さんにお越しいただきました。

林(以下H)「いらっしゃいませ。」

定成(以下S)「こんばんは。ええと、ホットワインとチョコをいただけますか?」

H「かしこまりました。定成さん、いつもこれですよね。さてさて、今回の選曲のテーマはどうなりましたか?」

S「いや実は・・・林さんからのご依頼メールに選曲のことが書いてあって『いかにもサダナリさんって感じ』として挙げられていたのが、申し訳ないんですがまったく私の趣味とは異なっていて(苦笑)。昭和の和ジャズとか、海外の勘違い日本とか書かれていましたよね?確かにどちらもいま人気があって、そういうものをマニアックに紹介する若手ライターとかDJってとても多いんですが、実は私はちょっと違うんですね。そこでハタと考えてみると、林さんとじっくりと音楽遍歴を話したことがなかった。もう15年以上、お店にお邪魔しているのに(笑)。」

H「あ、ごめんなさい。僕はもういつもの定成さんの会話から勝手にそっちだって勘違いしてました。」

S「1990年代の前半、まだジャズが"オシャレな音楽"と言われる前夜に、新宿のジャズ・スクールに通っていて、大ベテランのテナー・サックス奏者の弟子だったんですよ。演奏習って、理論習って、ジャズの歴史も教えて貰って...『シーメ』とか『ノーミ』とか、『チャンカー』とかフツーに使ってましたよ(笑)。いわゆる"ドジャズ"の人間ですよ。年齢的には20代の後半で、一応サラリーマンでもありました。ちなみに当時の担当楽器はバリトン・サックスです。軽自動車よりも高くてローンの支払いに3年かかりました。」

H「え? バリトン・サックス吹いてたんですか?」

S「ところが演奏の方ではまったく芽が出なくて(苦笑)。'97年の夏のボーナスでパソコンを買って、ジャズ入門者向けのホームページを始めたんです。これが演奏の100倍くらいウケてしまって(笑)。雑誌や新聞に20回くらい紹介されて、自宅に取材まで来て、2001年に単行本になって、さらにその本がラジオやテレビ番組になって、自分で構成と司会までして・・・。同じ頃、勤めていた会社、古い電線会社なんですが、そこで派閥争いに巻き込まれてクタクタになって・・・10年以上勤めていて丸の内の本社で役職にも就いていたんですが、辞めてしまったんです。自分で会社を作って、そこからライター活動が本格化します。35、36歳くらいでした。ここで冒頭の『実は私はちょっと違う』に戻りますが、元々が新宿の場末でサックス吹いてた人間ですから、モダン・ジャズの王道が染みついているんですよ。でも、まぁ、中学、高校、大学とニューウェイヴの洗礼というか、元パンクという過去もありますので(笑)、クラブ・ジャズも当然気になる。ところがどうも"その中間"というサウンドがあるらしい、ということに気づきまして、そしてそれに夢中になった! 例えばこんな曲です。ビリー・ハーパー(ts)の『クロケット・バレー』を聴いてください。1975年の作品です。」

Billy Harper - Croquet Ballet



S「フォーマット的には完全に普通のモダン・ジャズでしょう? でも若い人が聴いてもグッと来る、というか『なんだこれ?!』と思うでしょう。しかもビリー・ハーパーって"幻の"でもなんでもなくて、私の年齢を下限としてある世代以上のジャズ・ファンにとってはそこそこ有名な人なんですよ。まぁ、ちょっと二流っぽかったのと弱小レーベルだったんで、2013年においては歴史の彼方という感じですが、本当に冒頭の"ブロウ"-しゃくりあげるような奏法をそう呼ぶんですが-は日本人の琴線に触れる何かがあります。」

H「ビリー・ハーパーですかあ。今回は元レコード屋店員としては『名前は知ってるしジャケは知ってるけど聴いてない特集』になりそうな予感です。」

S「いきなり結論っぽくなりますが、ジャズ・ファンならばどんなにサエないオッサンでも『名盤』、『定番』として知っているのに、若い音楽ファンには知られていない死ぬほどカッコイイ曲なんていくらでもありますよ。例えばアーチー・シェップ(ts)の1972年のアルバム『アッティカ・ブルース』からタイトル・チューンと『ブルース・フォー・ジョージ・ジャクソン』を聴いて下さい。」

Archie Shepp - Attica Blues

Archie Shepp - Blues For Brother George Jackson



H「なるほど。アーチー・シェップってもっと普通のジャズだけの人だと思ってました。カッコイイですね。」

S「もうソウルなんだかジャズなんだか。でもジャズ界では"超名盤"で誰でも知っています。オープニングということでちょっと派手めに行きましたが、もう少し聴きやすくて楽しいレオ・パーカー(brs)の『ロウ・ブラウン』をどうぞ。これは1961年です。」

LEO PARKER - Low Brown



S「ちょっとゴスペル・ジャズっぽいですね。バリトン・サックスがメインなので一所懸命コピーしましたよ。実はこのアルバム、かの有名なブルーノートのしかも4000番台という超黄金期の作品なんです。でも楽器がバリトン・サックスなのと、レオが30代で早世しているのであまり話題にならない。こういうジャズを紹介することこそ意味があるのではないかと。」

H「あ、これもたまにジャケ見ますね。4000番台ですかあ。基本のはずなんですね。カッコイイですねえ。」

S「でもみんな手にとらないし、聴いてないんじゃないかな(苦笑)。にぎやかなのが続いたので、スローナンバー&林さんにプレゼントです。これもブルーノートのしかも4100番台、1962年の作品ですが、アイク・ケベック(ts)で『ロイエ』をどうぞ。ジャズ界では"深夜のボサノヴァ"と呼ばれています。」

Ike Quebec Quintet - Loie



S「この曲のレコーディングから2カ月後に、アイクは44歳で亡くなっています。死因は肺ガン。この曲を聴いたのはもう25年くらい前で、『一体どうやったらこんな静謐なテナーが吹けるんだ!』と驚きましたが、肺ガンで余命2カ月だったというのはなんとも・・・。しかしこの通り、ブルーノートだって真剣に聴いたら一生かかりますよ(笑)。有名盤以外にも何十枚、何百枚と優れた作品がある。そしてブルーノート以外に、プレスティッジだって、リヴァーサイドだって、ヴァーヴだってある。"和ジャズ"とかの前に、本気でモダン・ジャズを聴いてみろ!と(笑)。」

H「これは僕もジャズの人がボサノヴァやってるのを聴きまくった時にチェックしました。定成さん、ブラジルもすごく聴いてるしこういうのも聴くし大変ですね。」

S「さすがにアイクはここ20年くらいで広く聴かれるようになったかもしれません。でも'80年代までは日本では過小評価されていて・・・。何曲かご紹介したところでちょっとまとめますが、ジャズを聴こうと思うとマイルス・デイヴィス(tp)とか、ビル・エヴァンス(p)とか、有名人の代表作を買って、何回か聴いて・・・という人が多いと思います。逆に若い人だと、ネットや雑誌の影響でいきなり和モノ、キワモノ、"幻の名盤初CD化"-正直言って玉石混淆です。注意して下さい。-をコレクター感覚で集めて・・・。でもどちらもそれだけでは長続きしないですよ。雰囲気、気分、ムードで終わってしまう。私は10代後半から聴き始めて、そろそろ30年になりますが、いまでも毎日新しい発見があります。何十年も聴き続ける-ついでに言うと堅実にそれを仕事にしている。-秘訣は"三本柱"ですね。マイルスの名盤を、それこそもう500回目のリピートで『やっぱりいいな』と思うこともあるし、まぁ、確かに和モノやキワモノで『これは!』という名盤に出会うこともある。そして最もこだわっている、"いまはあまり話題にならない、60、70年代の中堅奏者の名演"。一時流行った"カフェ・ミュージック"とも違うし、DJ系とも微妙に異なる。まぁ、『ちょっと面白いジャズ』としか言いようがないですが(笑)。この3つです。」

H「なるほど」

S「しかしこうなると『一生かかってどこまで聴けるんだろうか?』と心配になって来ますよ。でも長い間、本当にジャズが好きで聴き続けている人が追いかけているのは、3つめに挙げたような地味なプレイヤーやアルバムじゃないかなぁ・・・。 いまマイルスとエヴァンスの名前が出ましたが、彼らだって聴きようによってはクラブ・サウンドですよ。1969年の名盤『イン・ア・サイレント・ウェイ』から『シュー~ピースフル』をどうぞ」

Miles Davis - Shhh-Peaceful



H「おおお、マイルスはこれですかあ。やっと定成さんのセンスがつかめてきました。でも若い男子に受けそうですよね。」

S「マイルスは1991年に自伝的な映画『ディンゴ』を自演しているんですが-これも観た人は少ないかも-そこでもこんなサウンドを演っていましたね。本人はこういう音が一番好きだったんじゃないかな。1曲18分ありますが、まぁ、これと対峙するココロを持つものがジャズ・ファンというか(苦笑)。しかしアンビエント系というか、早すぎた音響系みたいでしょう? 約45年前ですよ。でもこの曲もアルバムもベテランのジャズ・ファンならみんな知ってるんですけれどね。このサウンドに呼応した動きは実は当時の日本にもあって、続けてご紹介します。菊地雅章(p)が担当した東京映画『ヘアピン・サーカス』のサントラから。貴重な予告編と続けてご覧ください。これは1972年です。」

ヘアピン・サーカス トレイラー

ヘアピン・サーカス



H「お、僕はこういうの詳しいのが定成さんの真骨頂だと思ってました。良いですねえ。CTIのデオダート的と言いますか。」

S「ふふふ、こういう日本のジャズをどんどん紹介出来れば嬉しいですね。苦労して探してますよ。うーん、確かにデオダードも感じますね。ちなみにCTIはあとで出てきます。『ヘアピン・サーカス』が出たところでライターの仕事について少々。今は『ジャズジャパン』という月刊誌でいろいろと書かせてもらっています。『日本映画の中のモダン・ジャズを改めて紹介する』という企画があって、まずこの『ヘアピン・サーカス』を紹介しまして、文末にこの作品の魅力として『ジャズ、映画、そしてジャズ』と熱くまとめたんです。そうしたら編集長もデザイナーさんもそのフレーズが気に入ってしまって(笑)、そのまま不定期連載のタイトルになってしまった。そのあとは日活の『野良猫ロック』シリーズとジャズ・ロックの同時代性とか、川島雄三監督と黛敏郎のコラボレーションについて書きました。あと、新作映画のレビューも準連載で書いています。実は映画の方が専門...かもしれない(苦笑)。日本映画史、特に監督研究が専門分野なんですが、モダン・ジャズと日本映画の両方をガッツリ書く人が少ないもので、そんな企画があるとあちこちから声を掛けて頂いています。ちなみに筑摩書房の言語系の雑誌で、純粋に-ジャズ抜きで-日本映画史の研究記事を連載していたこともあります。」

S「あと超長期連載になっているのが携帯サイトの『ハーフノート・ジャズ』の週刊コラムです。2001年の秋からなので、もう今年で12年目になります。1年に50週書くので、もう600回書いているかな。ここ数年は月末にやっている「ジャズナンデモQ&A」が楽しみで(笑)。」

S「読者の人の発想はスゴイですよ。名質問ベスト2は『マイルス・デイヴィスは下手なんですか?』と、『ベテランのジャズ・ファンは何であんなにエラそうなんですか?』です(爆笑)。」

H「(爆笑)」

S「曲に戻りましょう。さきほどビル・エヴァンスも聴きようによってはクラブ・サウンドと言いましたが、例えば1970年のアルバム『フロム・レフト・トゥ・ライト』。このアルバムもベテランのジャズ・ファンには有名で、しかも『エレピブームに合わせて、エヴァンスが嫌々多重録音をやれられた珍盤』と言われていましたが、いま聴くと最高ですよ。最近ではヲノサトル(key)さんがカヴァーしていますね。ぜひとも1曲ご紹介したかったのですが、エヴァンスは大人の事情でお聴かせ出来ないので(苦笑)、やはりヲノさんがカヴァーしているデイヴ・グルーシン(p)のサントラ曲『ザ・コンドルのテーマ』をどうぞ。これは'75年ですね。」

Dave Grusin - 3 Days Of The Condor



H「『フロム・レフト・トゥ・ライト』は僕も若い頃買って痺れました。大人の事情ですか(笑)。デイヴ・グルーシンは定成さんお好きそうですね。良いですねえ。」

S「グルーシンはさっきお願いした"ホットワインとチョコ"ですよ。若いころは辛い酒ばかり呑んで『ケッ!グルーシンなんてフュージョン野郎じゃん!』と馬鹿にしてました。でも最近は、甘いお酒でこういうサウンドを聴くのが快感で(笑)。ほんとにカッコイイでしょう。しかし、ここまで来るとジャズと言っていいのかどうか。でもそもそもこんなに音楽を聴くようになったのは、3、4歳の頃から家の中でずーーーっとラジオがついていたのがきっかけで、ヒット曲よりも、繰り返しかかる番組のテーマ曲に興味を持ったのが今に繋がっています。カミさんからは『もしずっと落語がかかっていたら今頃名人になってる』と言われましたが(笑)。4歳くらいに聴いた曲ならば、いまでもアレンジも含めて覚えていますよ。1曲だけ、ジャズじゃない曲もいいですか? ラジオ歴45年で最も印象深い曲。中学生時代のラジオ・ドラマのテーマで、ロイ・バッド(key)の『ゲット・カーター』です。」

Roy Budd - Get Carter



S「1971年のイギリス映画『狙撃者』のテーマなんですが、1970年代の終わりにFM東京でやっていた『あいつ』というラジオ・ドラマで使われていて、出演者は日下武史たったひとりで・・・思い出しただけで震えて来ます。」

H「おおお、定成さんらしい感じが出て来ましたねえ。」

S「私も歳をとったのか、こんな感じの1970年代のサウンドがいま一番気になりますね。冒頭からお話ししている通り、『ある世代は普通に知っていて、しかもものすごく素晴らしいもので、しかし若い世代は知らない』というものを紹介するのが仕事なので、'70年代関連はある意味、宝の山ですよ。もちろんキワモノ、ゲテモノのたぐいじゃないですよ。'70年代に広く享受されていた、評価されていた優れた音楽や映画は、もっと紹介されるべきです。ちょっと興奮してしまいましたが、いま一番多くの人に聴いて欲しい曲を紹介して終わりにしましょうか。ミルト・ジャクソン(vib)の『サンフラワー』です。1972年、白い枠のない全面写真の、第二期CTIとでも呼べばいいのかな。何千枚、何万曲とジャズを聴いた私が一番感動した1曲です。」

Milt Jackson - Sunflower



S「これも"幻のナントカ"じゃなくて、当時の『スイング・ジャーナル』にはバカデカイ広告が出ていて、私自身あちこちのジャズ喫茶で大音量で聴かせてもらっています。年配のジャズ・ファンなら『あぁ、アレね』という有名作なんですが・・・。そういうものを引き継いで行く"パイプ役"が私なのかなぁ。あとはジャズとロックと映画の丁度中間で橋渡しをしている感じもありますね。今日はあえて話題に出しませんでしたが、ブラジル音楽との繋がりもよく書いています。まぁ、それは長くなるのでまたの機会に。」

H「確かにこのアルバムは中古レコード屋さんのフュージョン・コーナーの定番だからそうとう売れてそうだけど、今は誰も語らないアルバムの代表のようなものですね。」

S「さっきヲノサトルさんの名前が出ましたが、これからの音楽は、こういう40年間、50年間の名曲の結晶みたいなサウンドが演奏される、カヴァーでもいいし、オリジナルならばなおいいですが、そんな時代になるといいですね。お話しした通り、私は演奏者としてはサッパリだったので、サウンドの方はヲノさんとか、菊地成孔氏とかにお任せして、原稿の方でがんばりますよ(笑)。」

H「いやあ、定成さん、もっともっとクールな人だと思ってたのに、なんだか熱くてすごく良かったです。今回のテーマは『橋渡しのジャズ』でしたね。あ、エルメートとジスモンチ好きの奥様にもよろしくお伝え下さい。」




定成さん、お忙しいところどうもありがとうございました。
ホント開店当時からずっとお店に来ていただいているのに、全く音楽の話をしていなかったんだなと今さらながら不思議な気持ちになっています。実は定成さん、韓国についても詳しくて、韓国語もぺらぺらというもうワケのわからない経歴の方なんですよね。

そろそろ梅雨が始まる時期ですね。雨が降る日に自分の部屋でこんなジャズを聴くのも素敵ですね。

それではまたこちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林 伸次




定成 寛(さだなり・ひろし)
1965年東京生まれ。音楽・映画ライター。大学卒業後、古河電気工業株式会社に入社。電線工場での生産管理業務、工場建設プロジェクト、本社での企画管理業務などを経て、ジャズ、ロックと日本映画史を専門とした文筆業に転ずる。映画監督・川島雄三(1918-1963)の研究家でもある。著書に『二十一世紀ジャズ読本』(ブックマン社)、『プロが教える通信のすべてがわかる本』(ナツメ社)ほか。連載多数。
https://twitter.com/h_sadanari




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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

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●東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル1F
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vol.13 - ピエモンテのピノ・ネロとルミアール・ヂスコス


いらっしゃいませ。

bar bossaへようこそ。

GWはどうでしたか?
途中すっきりしない天気もありましたが、旅やスポーツ、ライブやデート、色々とみなさん楽しめたのではないでしょうか。

すっかり初夏の日差しになってきましたが、そんな季節にオススメのワインがあります。

ピエモンテのピノ・ネロ
ピエモンテのピノ・ネロ


イタリアのスプマンテ。ピエモンテのピノ・ネロです。
ピノ・ネロはピノ・ノワールのイタリア語です。淡いロゼ色の細かい泡が喉に優しい初夏らしいスパークリングワインです。

ちなみにこのワインはビオロジックで作られています。最近「ビオワイン」とひとことでよく言われますが、「ビオロジック」と「ビオディナミ」と2種類あります。ビオロジックは1991年にEUで定められた有機農法で、ビオディナミはオーストリアのルドルフ・シュタイナー(1861年~1925年)が提唱した農法で、無農薬などは同じですが、さらに月の満ち欠けにあわせて農作業をするという決まりがあります。


それでは音楽の話に移りましょう。
今日はLumiar Discos(ルミアール・ヂスコス)というレーベルを紹介します。
このレーベルはAlmir Chediak(アルミール・シェジアッキ)というギタリストが始めました。
最初はボサノヴァの楽譜を出す出版社としてスタートしました。その楽譜はジョビン本人のお墨付きを得たことでも有名で、日本でも全冊そろえているという人がたくさんいます。


Lumiar Discos


そして、その後、その楽譜の延長線として、一人のブラジルの作曲家の曲を色んなアーティストが演奏するという、いわゆる「ソングブック」シリーズのCDをたくさんリリースしました。参加しているアーティストはすごく豪華でジョビンやカエターノ、ガル・コスタやドナートといった有名どころが、この小さいインディーズ・レーベルのためにたくさんの録音を残しました。
そう、「残しました」と過去形にしたのは理由があります。このアルミール・シェジアッキは2003年に強盗に襲われて他界しました。これからさらに興味深い活動をしそうな人だっただけにとても残念です。


Caetano Veloso - Meu Barracao (Noel Rosa)



この曲はノエル・ホーザという1910生まれで1937年に他界したリオ・デ・ジャネイロの天才作曲家のソングブック集からの1曲です。カエターノの口笛入り弾き語りのファンってたくさんいますよね。ここにもありますよ。

ed mota - samurai



ジャヴァンのような現代の作曲家のソングブック集もあります。エヂ・モッタというブラジルのファンク・スターがジャヴァンの名曲「サムライ」をさらに素敵に演奏しています。

NANA e DANILO CAYMMI - SO TINHA DE SER COM VOCE



もちろんアントニオ・カルロス・ジョビンのソングブック集もリリースされています。これはナナとダニーロのカイーミ姉弟の素敵なリラックスした演奏です。

ROSA PASSOS - FIM DE SONHO



ジョアン・ドナートのソングブック集も結構興味深いメンツが演奏しています。これは以前こちらでも紹介した「スカートをはいたジョアン・ジルベルト」ホーザ・パッソスの演奏です。

Tom Jobim - Tres Apitos (Noel Rosa)



これはアントニオ・カルロス・ジョビンの前述したノエル・ホーザのソングブック集からなのですが、実はジョビン、生前にこのレーベルにアルバム1枚分録音を残しているという噂があります。聞きたいものです。


どうでしたか?
ブラジル、リオ・デ・ジャネイロには1950年代当時のような「ボサノヴァ、サロン文化」というのがまだしっかりと残っていて、それを象徴するようなインディーズ・レーベル、ルミアール・ヂスコスを紹介いたしました。

そろそろ夏が近づいて来ましたね。
ボサノヴァが似合う季節です。

それではまたこちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林伸次


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vol.12 - お客様:田仲昌之さん「21世紀以降の日本の音楽」


いらっしゃいませ。

月の後半はゲストを迎えて、「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨の選曲をしてもらいます。今回は音楽プロデューサーとして活躍している田仲昌之さんに登場してもらいます。

林(以下H)「いらっしゃいませ。あ、可愛い奥様もご一緒ですね。さっそくですがお飲み物はどうしましょうか?」

田仲(以下T)「また林くん、最初から何か言いそうな雰囲気ですね。僕が今まで一緒に来ていた女の子の話とかやめて下さいよ。」

H「田仲さんは開店当初から来てるから人生色々ですよね。あの、今の奥様が一番可愛いです。」

T「またビミョウなことを。ええと、カイピリーニャお願いします。」

H「かしこまりました。ええとでは早速なのですが、田仲さんの音楽体験なんかを。」

T「はい。6才上の従姉が隣の家に住んでいて彼女が聴いていた音楽にとても影響を受けました。自分が小学校高学年頃に彼女はユーミンとかサザンとかナイアガラなんかを良く聴いていて、自分も彼女の持ってるそれらのLPを一緒に聴かせてもらっていました。中学生になるとMTVの影響などで洋楽を聴くようになりました。当時好きだったのはホール&オーツとかワムとかデュラン・デュランとか(笑)。音楽好きの友達と盛り上がっていたのは輸入盤の12インチレコードを集めることでした。月イチくらいで小遣いを握りしめつつシングルとは違うリミックスやロングバージョンの音源を横浜元町にあったタワーレコードまで漁りに行ってました。何人かで分担してレコードを買ってそのレコードを廻し合ってカセットテープにダビングしオリジナルテープを作ってましたね。高校に入ったころ丁度日本のインディーズバンドが盛り上がり始めたころで地元近くのライヴハウスやインディーズを扱ってるレコード店に頻繁に通ってました。まさにバンドブーム夜明け前といった感じ。有名・無名問わずいろいろなジャンルのアーティストやレーベルが混在していて海外にも負けないほどとてもスリリングで面白いシーンでした。地元の友達とバンドを組んだのもその頃ですね。当時はボウイとかブルーハーツとかラフィンノーズなどのコピーバンドを演ってましたね(笑)。地元のホールを借りて楽器などを調達してチケットやチラシを作って配って、自分達でライヴの企画と制作と演奏と全てをやっていました。これは考えるといまの自分の仕事(イベント制作)の原点みたいなことだったと思います。高校の後半~20代前半のころは渋谷系とUKインディーズでしたね(笑)。割とどちらともアーティストというよりはレーベル基準で聴いてましたね。日本のレーベルだとクルーエルとかベリッシマとかエスカレーターとか。海外レーベルだとラフ・トレードとかクリエーションとかエルとか。JAZZを意識して聴き始めたのもこの辺りからですね。最初はトーキング・ラウドとかアシッド・ジャズから。踊る為のJAZZってコンセプトがとってもクールでカッコ良かった(笑)。ブルーノートやインパルスやプレスティッジの再発盤なんかも聴いていました。ちょうどハウスも入って来てクラブにも遊びに行き始めたころでした。このころの音楽シーンは、日本も海外も今よりもボーダレスだった気がしますね。全世界的に同じムーブメントの渦の中に居たような。クラブで掛かる音楽をキッカケとしてロックやジャズだけではなくボサノバやレゲエ・スカやエレクロ二カといった色々なジャンルの音楽にも触れるようになりました。」

H「なるほど。田仲さん、僕と同じ学年なので全く同じ体験をしてますね。ちょっと恥ずかしくて『(笑)』が多いのもすごくわかります。あの、たぶん何度も田仲さんは「音楽業界だけを仕事にしようかな。」と思ったことがあると思うのですが、やらなかった理由とかは?」

T「いまでも音楽だけでやっていけるならやりたですけどね(笑)。まあ冗談はともかく。アーティストは別ですが、自分の廻りは不思議と音楽だけにガッツリ関わってるっヒトって案外少なかったんですよ。それに違う目線や遊びの感覚を持っているヒトのほうがなんだか面白いことをやってるなあって感じもしていたんで、別に音楽業界のど真ん中に身を置いてなくてもいいのかもと(笑)。有難いことに違う仕事をやりながらも音楽の現場の端っこの方にずっと居させてもらってるんで今はその立ち位置でいいのかもなんて思っています。」

H「田仲さんの具体的な活動内容を教えてもらえますか?」

T「渋谷FMでは幼馴染の音楽ライターと一緒に約10年近くある番組の制作をやっていました。昔NHK-FMのサウンドストリートで佐野元春がDJをやっていた『元春レディオショー』のような番組を自分達で再現させたいみたいというのがコンセプトでした。丁度番組を始めたころに、今は吉祥寺でカフェをやっているmoiの岩間さんと出合いました。岩間さんはまだmoiを始める前でアメリカ現代文学を紹介する『アメリカンブックジャム』という雑誌の編集に関わっている時でした。ジャック・ケルアックをはじめとする『ビート・ジェネレーション』に互い興味を持っていたことをきっかけにその時代の東京のビートを残せるようなポエトリー・リーディングのCDを制作してみようということで、共同で『Travelin' Word』というCDを制作しリリースしました。現在はRONDADEというインディーズレーベルのスタッフをやっています。実は自分でも自分達のレーベルを的確に説明するのがとても難しくて。レーベルとしてはCDのリリース以外にもZINEの編集・出版やイベントのプランニング&制作など多岐に渡り活動させてもらっています。ちなみにこのblogのvol.6で松原繁久さんがご紹介してくださった the young group『14』はRONDADEからリリースしました。」

H「CDがなくなる話とか、世界の音楽コンテンツ状況はどうなっていくと思いますか?」

T「常に最新のコンテンツに更新されていくことは間違いないと思いますが、レコードやCDのような音楽を聴く為の環境にちゃんとフィットするコンテンツが完成しない限りは(完成しないかもしれませんが・・・)いまと同じような状況がずっと続くのではと思います。」

H「では今の日本の音楽状況についてはどう思いますか?」

T「日本の音楽業界に関して言えばここ15年くらい『いま売れる音楽』しか作ってこなかった。売り方も含めてこれで本当にいいのか?と言ったことは常に感じますね。実際に音楽を聴く若いリスナーをちゃんと育てられて無いのでは?という思いもある。シンプルに考えれば、例えば100年後に聴かれる音楽とまで行かなくても20年後も聴かれるような音楽であるか?ってことを意識してモノを創っていくことが重要なのかなと。まあこんなことは当たり前と言えば当たり前のことですが・・・」

H「なるほど。それでは選曲に移りましょうか。テーマは『21世紀以降の日本の音楽』で選んでもらっていますが。一曲目は?」

haruka nakamura - 音楽のある風景



T「この曲はJ-Waveの朝のある番組の中で、平日のほぼ同じ時間にコーナーのブリッジとしてオンエアーされていて、この曲がラジオから流れてくると不思議と朝から昼へと空気が切り替わる感覚になります。生活の中に音楽が当たり前に存在することがこんなにも幸せなことなんだと改めて気付かせてくれた1曲。」

H「ハルカナカムラさんのこの曲、素敵です。うちにも時々来店してくれています。さて次は?」


坂本 慎太郎 - まともがわからない



T「元ゆらゆら帝国の坂本慎太郎の2枚目のソロシングル曲から。サウンドは80'sのAOR的なテイストで有りながらも、ACID感たっぷりの歌詞のひねくれ具合がとてもいいなあと。この曲を初めて聴いたときこれが現代のCITY POPなんだと感じました。」

H「ソロになってからすごく爽やかで良いですよね。僕も好きです。さて次は?」


Lakeと児玉奈央 - おはよう~india reprise



T「長久保寛之(gt) 伊賀航(b) 北山ゆう子(dr)といった腕利きセッションミュージシャンが中心となって結成されたLakeが、児玉奈央をヴォーカルにフィーチャーした楽曲です。楽器の音の鳴りや楽曲の隙間感にゾクゾクっと来る瞬間があって、自分にとっての好きなJAZZの定義ってそこなのかもって最近思いました。この曲はある意味JAZZでは無いのかもしれませんが、聴くたびにゾクゾクっと来てしまうので自分にとってはJAZZです(笑)。」

H「実は今回の田仲さんの選曲が一番知らないアーティストばかりだろうなあ。楽しみだなあと思っていたのですが、この人たちカッコイイですねえ。確かにJAZZです。次の曲はどうでしょうか?」


toe - Path



T「最近は日本だけでなくアジアや欧州でも絶大的な人気を誇るまでになったポストロックバンド。PVを観てもらえれば判る通りこのバンドの面白さはライヴにあります。フィジカルなバンドと言うのかな? まるでスポーツを観戦してる時に感じるような緊張感と高揚感がこのバンドのライヴにはあります。」

H「さすが詳しいですねえ。このバンドもカッコイイです。すいません、僕、不勉強で。観客が男性ばかりなのがすごく納得ですね。さて次は?」


dry river string - silent truth



T「up and comingというメロコアバンドのフロントマンだった干川弦が京都で結成したバンドがこのdry river stringです。アコースティックサウンドの中に背筋がピーンと伸びている姿勢の良さを持っているバンドと言った印象でしょうか?学生時代にUKインディーズのレコードをいろいろと探し廻って聴いてた頃、こんな空気感のバンドがとても好きだったことを思い出したりしました。」

H「おおお。これもカッコイイですね。音が日本人には聞こえないですね。これは僕もど真ん中です。さてさて次は?」


WUJA BIN BIN - SAFE DRIVING



T「WUJA BIN BINは13名の大所帯プログレッシブ吹奏楽バンド。一聴するとイージーリスニングなんですが、よーく聴きこむと多ジャンルの音楽のテイストが見え隠れしています。フランクザッパやジャコパスのビックバンドがモチーフだったりもするみたいですが、このミックスチャー感はまさに今の日本のサウンドそのものだったりするんだろなと。いま日本のバンドの中でいちばんライヴ観たいと思ってるバンドです。」

H「こんなバンドあるんですね。いやこの人たち、すごい世界ですね。確かにこの感じはいまの日本を感じます。さて次はどうでしょうか?」


LITTLE CREATURES - MOSQUITO CURTAIN



T「まあこの3人に関しては説明は不要かもしれませんが・・・マイペースな活動ではありますが今もなお進化をし続けているバンドです。個人的にはフリッパーズギターと彼等が居なかったら今の日本の音楽シーンはとてもツマラナイものになっていたのでは?と思っています。実は3人の演奏を初めて観たときにいつか彼等と一緒に何かがしたいと思ったことが音楽に関わる仕事を始めたきっかけでした。」

H「僕もこの3人を初めてイカ天で観たときはびっくりしました。その後、自分のお店に常連で来てくれるなんて想像も出来ませんでした。さて次は?」


acoustic dub messengers - kaeroukana



T「そのリトル・クリーチャーズが中心となって制作された『Sign Off from Amadeus』というアルバムからの楽曲。実はリリースが96年なのですが今回どうしても紹介したくてテーマとは外れてしまいましたが入れました。日本人の中にあるサウダージってどんな感じなんだろう?って考えたことがあった時、一番最初に思いついたのがこの曲でした。この曲は林くんにお店で何度かリクエストして掛けてもらったことがありますね?」

H「双子ちゃんが可愛いんですよね。昔はよくお店に来てくれてて、今でもたまに青山ですれ違ったりします。さて次は?」


青葉 市子 - 奇跡はいつでも



T「最近彼女のライヴを観ることがとても多いのですが、音楽のチカラって計り知れないなあっていつも思うんですよね。彼女の音楽を聴いているととても解放感を感じると同時に、身ぐるみ全て剥がされてしまったような恥ずかしさと後ろめたさも感じてしまう。自分にとっては彼女の音楽聴いたりライヴを観たりするのは実はちょっと勇気が必要なんです。」

H「田仲さんはそうとう昔からチェックしてましたよね。最近すごい人気ですよね。確かにすごく心が痛くなりますね。さてさて最後の曲ですが。」


GABBY & LOPEZ - Reflection



T「Natural Calamityの森俊二とTICAの石井マサユキによるギターデュオ。2人のギタリストが奏でるこの浮遊感がたまらなく好きです。脳内トリップ出来るチルアウトミュージック。思わずビーチに行きたくなります。」

H「田仲さん、好きそうですねえ。わかりますよ。この感じ。可愛い奥様と是非ビーチにお出かけ下さい。」




田仲さん、お忙しいところどうもありがとうございました。いつもお互い音楽の話はしなくてバカ話ばかりなので、うーん、さすがに田仲さん色々とチェックしてるんだなあと思いました。

田仲さんは @idyllic1970 というアカウントでツイートしています。RONDADEのHPはこちらです。
http://www.rondade.jp/

ご自分のレーベルを始めたいなあなんてお話も最近聞きました。すごく楽しみですね。

さて、もうあっという間に太陽の光が強くなってきて夏が近づいて来ましたね。夏休みの予定をそろそろ考えていることではないでしょうか。

それではまたこちらのお店で待っております。


bar bossa 林 伸次


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林 伸次
1969年徳島生まれ。
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