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bar bossa vol.31:bar bossa

bar bossa


vol.31 - お客様:齊藤外志雄さん(ロンパーチッチ)
「お店のシチュエーション別10曲」



いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。
2月は大雪で大変でしたね。みなさんはご無事でしたでしょうか。

さて、今回は新井薬師にあるジャズ喫茶ロンパーチッチのマスター齊藤外志雄さんにゲストで来てもらいました。


林(以下 H)「いらっしゃいませ。早速ですが、お飲み物をうかがって良いですか?」

齊藤(以下 S)「こんばんは。では何かノンアルコールのカクテルをお願いします。」

H「あれ? 齊藤さんって結構飲むイメージだったんですけど、今日はどうかしたんですか?」

S「お酒大好きなんですけど、会社を辞めてお店に専念するときに立てた誓いがあって、売上が悪かった日には飲まないようにしているんです。今日はあと一歩のところで届かなくて。」

H「それは面白い誓いですね。そして売り上げが良いとお酒が美味しいですよね。じゃあ、こちら、ラム抜きのモヒートをどうぞ。」

S「いただきます。」

H「さてさて、齊藤さんの小さい頃の音楽体験なんかを教えていただけますか?」

S「はい。私は1978年に埼玉県で生まれました。今のさいたま市、当時は大宮市でしたけど、そこのはずれにある郊外型の団地で少年期をすごしました。歳の離れた姉がふたりいて、小さいころ両親がピアノを習わせていました。当時の新興住宅地に住む親の教育熱ってすごくて、子供に数えきれないくらいのお稽古事をやらせていたんです。うちの親もその熱にほだされて、特別音楽に興味があったとも思えないんですけど、娘をピアノ教室に通わせていました。その関係で、集合住宅でたいして広くもない家なのに、うちにはアップライトのピアノがありました。姉のピアノは結局ふたりとも続かずに、お稽古事にありがちな『行きたくない子供と、行かせたい親との闘争』に疲れた両親は、私にあえてピアノをやらせようとはしませんでした。かくして私はミケランジェリになりそこねました(笑)。家のピアノはかれこれ30年近く、誰からも弾かれることなく死蔵されてます。」

H「あはは。面白いですね。いかにも20世紀終わりの日本の郊外って感じの風景ですね。では最初に買ったレコードは?」

S「当時の特撮ヒーロー『超電子バイオマン』の主題歌が入ったシングル盤です。親にねだって買ってもらいました。家にあったはずのドーナツ盤用のアダプタがどこかに行ってしまって、買ったその日に聴けずに泣いた記憶があります。ちなみに、自分のお金で最初に買った音楽メディアは、とんねるず『情けねえ』の8センチCD。中学生のときです。『みなさんのおかげです』でこの曲を聴いて、あの歌詞に本気で感動していました(笑)。当時は社会派の肥満児でした。」

H「もっと渋いものを聞いたような印象がありますが、意外と普通の子だったんですね。そして肥満児...」

S「はい。ものごころつくころにはすでに肥満児で、運動がまるでダメだったんです。中学までは無理して運動部に入ってましたけど、もう毎日がツラくて。だから高校に入ったとき、これからは運動しないでいい部活に入ろう、と思ったんです。でも姉たちから『運動部に入ってない男子はダサイ』と吹き込まれていたので、なんとかダサくない感じのところに潜り込もうと思って。心の赴くままに突き進むと『漫画研究会』なんですけど、男子校で肥満体がそこに行くと本当に終わってしまう。で、たまたま同じ中学から進学した友人何人かが入ったのでつられて吹奏楽部に入りました。これが音楽との最初の接点です。思えばあのとき落語研究会に入っていれば人生もうちょっと変わっていたかもしれません。」

H「齊藤さんにとって『お姉さんたちの目』っていうのは1つのキーワードのようですね。さてその吹奏楽部では?」

S「サックスを吹いてました。花形楽器で人気があったので、確か最初のパート選びでジャンケンして勝って担当になりました。だけど実のところサックスのことは全然知らなくて、当時武田真治が吹いていてカッコよかったのと、チェッカーズでフミヤの弟がやってるなあ、とかそんな感じでした。あ、あと『音楽は世界だ』のMALTAとか。ジャズのことなんて全然知りませんでした。でもサックスという人気楽器を、ほかの希望者を押しのけてまで手にした以上、やっぱりがんばって練習しないとなあ、と思ったんです。『公立高校に入ったんだから』と親にねだって高い楽器まで買わせてしまったし。とりあえずうまいサックス奏者ってやつを聴いてみよう、サックスといえばジャズだろう、ということでまず図書館に行って、最初に目についたジャズのサックスものを借りて聴きました。それがいきなりデヴィッド・マレイだったと(笑)。衝撃でしたね。自分が考えている『うまい楽器』と全然ちがう。何かプヒャーとかプギョーとか言ってる。でもそれが当時鬱屈していた肥満体の男子高校生にグッときてしまったんですね。」

H「そこで衝撃を受けたというのが齊藤さんの個性ですね。」

S「そこから徐々にハマりました。同じときに図書館で借りてきたのが雑誌『ジャズ批評』。この雑誌のタイトルにまずヤラれたんですが(笑)、それを読むとジョン・コルトレーンという人が神様みたいに扱われている。だから当時、大宮に西武デパートがあったんですけど、そこのヤマギワに行って『至上の愛』を買いました。聴いてみたけどなんだかよく分からなかった。ライナーノーツが宗教がかっていて怖かったし(笑)。でも当時は『こういう聴いてすぐ分からないようなところがジャズのすごさなんだろう』みたいに考えるだけの殊勝な心がけがありました。『分からないからありがたい』というか『分からないもの聴いてるオレすごい』みたいな。だからしばらく我慢してCDを買い続けました。そういえば当時は紙ジャケの登場初期で、『至上の愛』も『サキ・コロ』も紙ジャケの新品を買いました。輸入盤の存在なんて知らなかったし、そもそも売場にはそれしか置いてありませんでした。当時、自分のまわりにはジャズに詳しい友人なんていませんでした。そもそも友人が少なかったですし。このへんは全部ひとりでチマチマやっていました。」

H「これがヒップホップとかクラブミュージックだったりしたら友達に好きな人がいたかもですが、コルトレーンはちょっと難しいですよね(笑)」

S「高校2年くらいだったと思うのですが、学校がある北浦和の街にディスクユニオンがあることを知ったんです。そこで輸入盤とか中古盤が身近に手に入ることを知りました。ヤマギワなんかよりずっと安くて、ヘンなものが置いてある。結構入り浸りましたね。そこで出会ったのがジョン・ゾーンでした。もう完全に持っていかれました。ここには鬱屈した肥満体の男子高校生が求めているものがすべてある、と(笑)。思えば最初に買ったCDがよかったんです。オーネット・コールマン作品集の『SPY vs SPY』というアルバムなんですが、今聴いても本当にカッコいい。去年アナログの中古を見つけて店にも置いてあるんです。営業中は決してかけられないけど(笑)。」

H「うーん、高校生でジョン・ゾーンに持っていかれましたか。やっぱりサックスを自分も吹いていたっていうのが大きいんでしょうか。」

S「そんな調子で高校の3年間をすごして、大学に入ったときにジャズ研に入りました。サックスは全然うまくなかったけど、まあ入ってみたらなんとか人前で演奏くらいはできるかな、くらいの気持ちでした。全然モノにならず、その上まわりと馴染めずに半年くらいで辞めてしまうんですけど。でもその半年で生涯の友人と呼べる人間と知り合って、彼から音楽に限らずいろいろなことを教わりました。もともと文化的素養がまったくなかった人間なので、一部のジャズのこと以外本当に何も知りませんでした。ビートルズさえ聴いてこなかったんです。『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー』ってすごい曲だなあとか、ビーチボーイズって太ってるんだなあとか、YMOの宇宙人顔の人は昔フォークみたいなのを歌ってたんだなあとか、ゴダールって人の映画は例外なく眠くなるなあとか、全部そのとき知ったことです。『ときどきグールドとグルダの区別がつかなくなるよね』って言うとヒップだ、ということも彼から教わりました(笑)。彼の汚部屋でお互いが買ったCDを聴き合って、いっしょに酒を飲んで、路上で寝て...。気がついたら大学を出たときふたり仲よく路頭に迷っていました。」

H「うわ、突然すごく良い話ですね。若い頃に出会う友人って本当に大きいですよね。」

S「大学3年生のときから六本木の書店で深夜帯のアルバイトをしていて、就職先がなかったので学校を出た後はそこでフリーターをやっていました。そこで何か『人生を変える運命の出会い』みたいなものを漠然と期待していたんですけど、当然ながら1年経っても何も起こらず、このままだと『特に追う夢もないのに結果として夢追い人みたいな人』になってしまうと思って、慌てて就職先を探しました。職安に行ってとりあえず目についた会社に申し込んで、そのまま入りました。たまたまIT系の会社でした。中学生のころクラスで回し読みしていた漫画に、遊人の『エンジェル』というすばらしい作品があったのですが、そこに出てくる女の子が『誰でもいい、次にこの廊下に現れた男と付き合うんだ』みたいな決意をする場面があるんです。自分はまさにそんな感じでした。」

H「遊人に出てくる女の子ですか。齊藤さんのところどころにはさまれるお話が良いですねえ。」

S「そこから10年間は特に語ることもありません。何回か転職しましたが、同じような業種で同じような仕事をしていました。仕事帰りに職場近くのCD屋に立ち寄ることだけが楽しみでしたが、残業が重なるとそれもままならず、なんだか虚ろな日々を送っていました。ジャズからちょっと距離ができて、まったく触らなくなったサックスを売ってギターに買い替えて『オレはこれからギタリストになる』なんて宣言したこともありました。Fのコードが弾けないまますぐに練習をやめてしまうのですが。そんな毎日でした。あ、それから、この時期に奥さんと結婚しました。」

H「なんだか共感する男性がすごく多そうなリアルなお話ですね。さて、お店を始めようと思ったお話とかを教えていただけますか?」

S「たぶん、奥さんと付き合っているときに『将来はジャズ喫茶を開くのが夢だ』みたいなことをすでに話していたんだと思います。それか、奥さんが先に言い始めたのか。忘れてしまいましたけどそんなやり取りがあって、それで漠然と『いつかジャズ喫茶やろう』という思いを結婚前から持っていました。私が勤め人生活がイヤすぎて、このままだとあと5年は持たない、なんて言っていたこともあって、結婚したときには『35歳までにお金を貯めてジャズ喫茶を開こう』という目標ができていました。『35歳までの感性でお店を始めることが大切なんだ』と、当時奥さんは力説していました。彼女は比較的消費性向の強いタイプだったのですが、がんばって貯金に回してくれました。ふたりともカタギの会社員だったので、倹約すれば毎月それなりの額が残りました。」

H「『35歳までの感性でお店を始めることが大切』ってなかなか真実のような気がしますね。」

S「あと2年で35歳、というときに地震がありました。職場にいたのですが、頭上からキャビネットの書類がなだれ落ちてきたんです。慌てて机の下に潜り込んだのですが、『ここで死ぬのはオレの人生のプランにない』って思ったんです。『このままじゃヤバい、さっさと決断しないと』って。企業相手の仕事をやっていたので、次の日から麻痺した交通網をかいくぐってお客さまの会社に出向き、穴倉みたいなシステム室に潜り込んでは、計画停電の発表でてんやわんやの中で仕事をしていたのですが、『もうヤバい、このままじゃいけない』とずっと考えていました。」

H「3.11は人が色んなことを考えるきっかけになりましたよね。」

S「それからしばらくして、夫婦で自宅近所を歩いているときに貸し物件を見つけたんです。立地はあんまりパッとしないけれど、もともとの内装が結構よくて、家賃もがんばればなんとかなりそうな金額でした。先の地震でちょっとアタマが緩んでいたんだと思います。そのまま不動産屋に連絡して、3日も経たないうちに契約を決めてしまいました。それが今の店です。なんだか自分でもよく分からない、アッという間のできごとでした。保証人になってもらうために母親に電話したときに『ちょっと信じられない話だと思うけど、自分でもよく信じられないからとりあえず聞いて』と話したことを覚えています。」

H「え、そんなあっけなく... ところでロンパーチッチさんはアナログレコードのみというスタイルですが、何かきっかけのようなものがあるのでしょうか?」

S「もともとCD世代ですし、音楽は全部CDで聴いていました。レコードなんて過去の遺物だと思っていました。まさか自分の人生にここまで入り込んでくるなんて。奥さんの実家にもう使ってないレコードプレーヤーがあったんです。マイクロの普及品で、カートリッジは名器の誉れ高いシュアのV-15 TYPE3でした。肝心の針はお義母さんが掃除中に誤って折ってしまったらしいんですが。結婚するときにお義父さんから『あげるよ』と言われて家に持ち帰ってきました。純正品の交換針はとっくの昔に製造中止になっていて、中古でもずいぶんなプレミアがついているので、別のメーカーが出している互換針を入手して、試しに何枚かレコードを買って聴いてみました。みなさんが言っているような『音の良さ』は正直よく分かりません。チリチリ言ってるし。でもなんていうのか、やっぱりアナログは雰囲気があるな、という思いを持ちました。」

H「お義父さんがきっかけですか。それは良い話ですね。」

S「はい。でもここまでレコードに入れあげるようになったのは、ひとえにレコード売場の雰囲気だと思います。『エサ箱』っていうアレが面白かった。レコファンの陳列棚なんかは例外ですけど、CDは基本的に背表紙を見せる陳列ですよね。それに比べてレコードは基本的に『面出し』の陳列で、それを自分で1枚ずつサッサと引き上げて確認する、あの単純な作業にハマりました。最初のころはあの動きが異様に速い人を畏敬の念で眺めていたけど、そのうちアレは店のレコードを底抜けにしているだけだと気づいて一気に眼差しが冷やかになったり。そう、『底抜け』みたいなコンディション概念も面白かったです。乱暴に言えば、CDを買っていたころは全部同じモノだと思っていた録音メディアが、アナログを買うようになってからはひとつひとつ、それこそ1枚ずつが別のモノだと考えるようになりました。そうなると同じレコードでも状態とか『偉さ』がちがったりするとまた買い直したくなってくる。そういう、モノを買う立場の人間を惹きつけてやまないドラッギーな感じがレコードにはあると思います。レコードの方が買っていて楽しい。だからレコードばかり買う。だからレコードが増えて、アナログだけのお店になった、とそんな感じです。それから、これはちょっと大きな声では言いづらいんですが、CDの時代になってからのジャズってやっぱりちょっとアレかも、みたいな思いはあります。今のところ、自分たちの興味範囲はレコードだけでじゅうぶん賄えると思っています。」

H「なるほど。」

S「それからもうひとつ。アナログで聴く『ワルツ・フォー・デビイ』はすばらしいです。なぜなら余計な別テイクが入っていないから。輸入盤CDで聴いていたときは、たくさんの別テイクが本テイクに続けて収録されていて、正直よさが全然分かりませんでした。これだけでもレコードにしてよかった、と思います。」

H「今、アナログとCDの違いのお話が出たので、インターネットの音楽のこともどうお考えなのか教えていただけますか?」

S「YouTubeで音楽を聴いていて、1曲全部通して聴けた試しがないんです。早送り・巻き戻しのスライドバーと一時停止ボタンが近くにありすぎて、少しでも退屈するとすぐ指がそこに動いてしまう。YouTubeに限らず、パソコン以降のデジタルデバイスは『音楽を真摯に聴く』という行為に対してちょっとインターフェースが便利すぎるような気がします。技術に合わせて感性が変わっていくのが世の中の常ですから、これからは『音楽を真摯に聴く』という行為自体、どんどんポピュラリティを失っていくような気がします。というか、すでにそうなっていますよね。『すべての音楽がBGM化する世界』というと怖い感じですが、今の世の中が普通にそうなっています。これまでだって、フランク・ミルズの『愛のオルゴール』を真剣に聴く人はそんなにいませんでした。今ではアート・ブレイキーの『モーニン』だって同じ状況だと思います。そろそろ『スモーク・オン・ザ・ウォーター』がそんな感じになるんじゃないでしょうか。」

H「なるほど。確かにアナログ・レコードって飛ばせないんですよね。これからのご予定とかを教えていただけますか?」

S「お店を潰さないようにがんばります。そのためにはまず大きな話として、私たちが離婚しないことが大切だと思っています。もう少し小さな話として、私はお客さまの顔が全然覚えられない、飲食業の人間として致命的な欠陥を持っているので、そこをなんとか矯正したいと思います。さらに小さな話としては、お店の電気の契約アンペアが小さくて、ちょっとのことですぐにブレーカーが落ちてしまうので、そこをなんとか改善したいと思っています。以前この件でビル管理の電気屋さんに電話したらケンもホロロにはねつけられたので、今年中になんとかリベンジしてやります。ブログやフェイスブックの更新は正直苦痛で毎日やめたいと思っているのですが、でもやめられないので続けると思います。こちらの負担が少なくて、それなりに毎日読める内容のものを書きたいと思っているのですが、現在は『とりあえず何か文字を書く』くらいのレベルまでクオリティを落として毎日をやりすごしています。あと、もう少し効率的に生活して睡眠時間を確保したいです。」

H「離婚をしないって(笑)。でも、夫婦でお店をやっている友人はたくさんいるのですが、別の時間や休日の別の行動とかがやっぱり良いみたいですよ。では、曲に移りましょうか。」

S「はい。テーマは『お店のシチュエーション別10曲』です。ジャズ喫茶を営業する中で直面する10のシチュエーションに対して、それぞれ対応する10曲を選びました。収録しているレコードはすべてお店に常備しているものです。」

H「直球のテーマですね。では1曲目は?」


1.「お客さんがいないとき」
Charlie Haden & Christian Escoude - Django

S「ジャズ喫茶ですから、『お客さんがいない』というのは基本です(笑)。お客さんがいないジャズ喫茶がしていなきゃいけないこと、それは『常に音を出し続ける』ことです。とにかく何かレコードをかけていること、それさえ守っていれば最初に入ってきたお客さまに対して最低限のシメシがつきます。正直な話、このルールさえ守られていないジャズ喫茶が多すぎる。どれだけ油断していてもいい、なんならカウンターの奥で寝ていてもいい(笑)、でも音だけは出していてほしい。本気でそう思います、...と言っている私たちも、今までに1・2回、お客さまに無音の醜態をさらしてしまったことがあるのですが。選んだ曲は最近買ったチャーリー・ヘイデンとクリスチャン・エスクーデの有名なデュオアルバムから。西新宿のジャズ専門店『HAL'S Record』さんで、私たちにしては思いきった金額で購入しました。だからバタバタしているときなんかには滅多にかけられません。お客さんが少ない(あるいは、まったくいない)シチュエーションでのみ満を持して登場するアルバムです。」

H「これをお客さんがいないときに聞く気持ち、すごくわかります。これはお店をやってないとわかんないかもですね。次は?」


2.「お客さんがずっといないとき」
Don Cherry - Tantra

S「『お客さんがいない』のが基本とはいえ、その状態が何時間も続くとさすがに不安になってきます。こういうときは『わざと油断した状況を作り出すこと』に一定の効果がある、と民間療法のごとく信じています。たとえば店番ひとりのとき、お客さまがいないから、とトイレに立つとなぜかその数十秒の間にお客さまがいらっしゃったりします。それと同じ原理で『お客さんが来ないときにはフリージャズ』というのはひとつの手だと思っています。怪しげなものをかけているときに限って、あまりジャズとは縁のなさそうなお客さまがご来店されます(笑)。ただ、いくらフリーとはいえセシル・テイラーだとまったく申し開きができないので、なんとなく『民族音楽っぽい』で許してもらえそうなドン・チェリーあたりが当店のベストチョイスです、...とあたかもアーティストに対するリスペクトに欠けるような発言をしていますが、もちろん内容は超一級です。YouTubeというメディアで通して聴くのはさすがに苦痛でしょうから、飽きてきたら3分18秒目までバーをスライドして下さい。そこから音楽が動き始めます。フランク・ロウの絶叫テナーをお楽しみ下さい。ちなみに、こういった『お客さんが来ないときのフリー』選曲の難しいところは、効果があったときも、なかったときも、こちらがそれなりの精神的ダメージを負うところです(笑)。」

H「こういう曲をかけるとお客さんが来るとか来ないとかっていうジンクスみたいなものって、どこのお店にもありますよね。たぶん、飲食店経営者が画面の向こうでうなずいています(笑)さて次は?」


3.「おしゃべり好きが来たとき」
Gary McFarland - Get Back

S「待ち望んでいたお客さま、ただそのお客さまがおしゃべり好きのおばさま3人連れだった――そんなシチュエーションでの選曲です。ほかにお客さまがいらっしゃる場合、あまりに大きな声に対しては『もうちょっと小さな声でお願いします』とアタマを下げに行くのですが、貸切状態の場合はとにかく黙ってやりすごします。『ウチはジャズの店なんで』と硬派に追い出してしまうと一瞬でお店が潰れてしまうので。表面上はあくまでポップに、内に秘めたる狂気はどこまでも深く。お客さまに快適な時間をおすごし頂くために日夜がんばっています(笑)。」

H「これまたわかりすぎるシチュエーション(笑)。でも、ゲイリー・マクファーランドなんかもかかるんですね。次が楽しみになってきました。」


4.「お子さま連れが来たとき」
Anita Kerr Singers - Baby Elephant Walk

S「『お子さま連れ』とひとくちで言ってもピンキリで、本当に夢のように配慮の行き届いたご両親と、奇跡のようにお行儀のよいお子さま、なんて取り合わせもあるのですが、ここではジャズ喫茶としてはちょっと難しいタイプのお子さま連れがご来店された(しかも貸切状態)、という場合の選曲です。そうですね、『ふたりの4歳児と、それぞれの母親。お母さまたちは自分のおしゃべりに夢中で、お子さまたちはじゃれ合いに夢中』みたいなシチュエーションを想像して頂ければ。
本当にキツイのですが、『ウチはジャズの店なんで』と硬派に追い出してしまうと一瞬でお店が潰れてしまうので、がんばってなけなしの愛嬌をふりまきます(笑)。ほかのお客さまがご来店されたときに『あ、今はがんばってお愛想してるんだな』ということが伝わるような曲をかけます。もちろん、曲自体はすばらしいのひとことです。」

H「なるほど。喫茶店だからお子さま連れも来ちゃうわけなんですね。大変ですね。いやあ、でもこれかかっちゃうとお子さま喜んじゃいますね。次はどんなお客さんが来るのかドキドキです。」


5.「手ごわそうなおじさんが来たとき」
Eberhard Weber - Silent Feet

S「いわゆるジャズ喫茶族ど真ん中、全共闘世代の香りがするおじさまが初のご来店、そんな場合の選曲です。ジャズ喫茶としては大切にしたい太いお客さまなのですが、一歩踏み誤るとなんというか、『ご自身の人生黄金期におけるキャリア開陳』みたいなお話を際限なく聞かされてしまう危険性もなきにしもあらずなので(笑)、とりあえず刺激の強そうなブルーノート1500番台などは極力避けて、ヨーロッパ系などの『ふーむ...』みたいな感想をお持ち頂けるようなものを積極的にかけています。このアルバムだとサックスのチャーリー・マリアーノがちょっと地雷の香りがしないでもないのですが、それを補ってあまりある内容のすばらしさ。みなさまに『ふーむ...』とうなって頂けること請け合いです。ちなみに私たちは名古屋のECM専門ジャズ喫茶『青猫』さんでこのアルバムを聴いて『ふーむ...』とうなったクチです。あの店で出てきた音は本当にすごかった...。YouTube再生用のガイドがしづらい曲ですが、2分すぎくらいからリズム感が出て音楽がカタチになってきます。そこから次第に盛り上がって、4分30秒あたりからキラーなバンプが顔を見せるようになり、そこから5分ジャストあたり、マリアーノ先生のサックスが不意に登場して聴き手をエクスタシーに導きます。ちょっと長いですけど2分すぎから5分あたりまで我慢してお付き合い下さい。あ、あと、こういうのばっかりかけていると『ジョニー・グリフィンないの?』なんて言われてしまいます。なにごともほどほどが大切みたいです(笑)。」

H「これまた飲食店経営者にはわかりすぎるシチュエーションですね。ホント、お客さんを意識した選曲って面白いけど難しいんですよね。いやあ、でもこの演奏かっこいいですねえ。あ、僕も完全に釣られていますね。次はどんなお客さんが...」


6.「カフェ女子が来たとき」
Gary Burton & Keith Jarrett - Fortune Smiles

S「私たちのお店を、文字どおり『カフェ』として使って下さるお客さまに向けての選曲です。中央線沿線の香りがする、カフェめぐりが好きそうな女性のお客さま、という印象が強いので、乱暴ですけど『カフェ女子』と表現させてもらいました。店側としては『せっかく来て頂いたのに音が大きくてゴメンナサイ!』という感じなのですが、『大きな音でジャズが鳴ってるカフェ』という特殊枠でなんとか許容して頂けているみたいです。ありがたい限りです。でも、このタイプのお客さまにどんな音楽をかけたらいいのか、正直今でも手探り状態です。いわゆる『カフェミュージック』みたいな、こじゃれボッサみたいなやつ(失礼な表現ですいません)をかければ丸く収まるのかもしれませんが、やっぱりジャズのお店をやってるつもりなので、ボッサとか、アコースティック・スウィングとか、あんまりそっちの文脈に流れない音楽に固執したい、という思いがあります。そこで悶々としたあげく、とりあえず『何かオシャレっぽいもの』をかける、という結論に至ります(笑)。選んだ曲はキース・ジャレットのフォーキーな爽やか系イントロが延々続いてオシャレさ鉄板級。4分17秒あたりから一瞬キースがやんちゃをしでかしますが、えーと、そこがジャズです(笑)。」

H「これまたわかりすぎるシチュエーション&選曲です。そうなんですよね。彼女達もまた落としどころが難しいんですよね。次、どんな人が来るのでしょうか?」


7.「偏屈なマスターがいる昭和のジャズ喫茶みたいなのを期待した若者が来たとき」
Archie Shepp - One For Trane

S「文字どおり、そういうお客さまが稀にいらっしゃいます。何か難しい顔をして入ってきて、難しそうな文庫本を読んでいるので『オマエは昔のオレか!』みたいな気もしないではないのですが(笑)、お店の雰囲気が『昭和のジャズ喫茶』とはだいぶちがうので今ひとつ感じが出ずに申しわけない気がします。せめて音楽だけでもそれっぽく、ということでこんな場合はフリージャズです。フリーと言ってもいろいろあるのですが、お店でかける場合は『定型リズムがあること』と『ご褒美があること』が必須です。だからヨーロッパ系とか、インテリ系はまずかけません。登場するのは今回選んだアーチー・シェップみたいな肉体系がほとんどです。このYouTubeでは曲のアタマもオシリも切れてますけど、A面B面まとめて1曲みたいな長尺演奏ですし、アルバム全体がこんな感じなので問題ないでしょう(笑)。ちょうどご褒美が登場する、いちばんおいしい部分です。この曲ばかりはスライドバーの誘惑に耐えて最初から聴いて頂きたいと思います。」

H「(爆笑)もうダメです。笑いがとまりません。齊藤さん、ユーモアのセンスが独特ですね。たぶんPC画面の向こう側でもみんな爆笑していますよ。次はどんな人が来るのでしょうか?」


8.「レアグルーヴ/クラブジャズ種族が来たとき」
Stanley Cowell - Ibn Mukhtarr Mustapha

S「ジャズ喫茶の人間としていちばん無力感を覚えるのが、レアグルーヴ/クラブジャズ系のお客さまが見えたときです。世代的に近いので、お客さまとしては『当然置いてあるよね』みたいな気持ちでリクエストされるレコードが全然ない。ゴメンナサイ、ウチにはロニー・フォスターもラスト・ポエッツもギル・スコット=ヘロンもありません。ロイ・エアーズはあるけどジャズみたいなジャズをやってるやつしかありません。ドナルド・バードの『Places And Spaces』は売っちゃいました...。ジャズという音楽については『新旧の断絶』みたいなことが言われて久しいですが、私のような『遅れてきた守旧派』がいることが話を余計ややこしくしています(笑)。ジャズとの出会いが図書館で借りた『ジャズ批評』なんですから、夜遊びの現場で鍛えてきた人たちとはおのずと温度差があります。ついでですけど、今のところレアグルーヴ/クラブジャズ系のお客さまの期待に多少なりともお応えできるジャズ喫茶は渋谷の『JBS』さんしかないと思います。ということで、お客さまも私も釈然としない気持ちのまま聴く1曲がこれです(笑)。レアグルーヴの傍系(と言えなくもない)スピリチュアルジャズの名盤からのキラーチューン。精いっぱいのお客さまサービスです。テンポ感のないオープニングから急速にリズムが形成されて、テーマが始まると思ったらいきなりエレピ! グルーヴィな演奏から唐突に親指ピアノ! と、スタンリー・カウエルというピアニストの見本市のような内容。問答無用にカッコいいと思います。」

H「そうなんですよね。僕も開店当初はそのシチュエーションはどう対応すべきかすごく悩みました。でもこれをかけたら相当喜んでくれますよね。ナイスです! 次はどんな人種が残ってるのでしょうか?」


9.「同業者が来たとき」
Gerry Mulligan - Song For Strayhorn

S「ジャズ喫茶の店主というと『自分の店がいちばん』『よその店に興味なし』みたいなイメージがありますが、それでも稀にほかのお店のご主人が見えることがあります。このときどんなレコードをかけたらいいのかが本当に悩みのタネです。本気で考えだすとパニックに陥るので、とりあえず何も考えずに機械的にかけられるものを1枚決めておこう、と用意しているのがジェリー・マリガンの『Walk On The Water』。ビッグバンド作品です。1980年というリリース時期のせいで、彼の作品にしてはマイナーな部類に入りますが、内容は折り紙つき。両面ともに捨て曲のない好アルバムですが、今回はA面2曲目の『Song For Strayhorn』を選びました。こういう『あざとい爽やか系』って好きなんです。」

H「ああ。確かにそういうシチュエーションってありますね。なるほど。そういう時はジェリー・マリガンのこれをかけるんですか。わかるような気がします。なるほど。次は最後の曲ですが。」


10.「珍しく混んだとき」
Chet Baker - Let's Get Lost

S「お店が混むと『お料理を作ること』『コーヒーを淹れること』といった喫茶店の基本的な業務に手いっぱいになってしまって、音楽のことまで気にかけていられなくなるのが実情です。そうなった場合、レギュラー棚とは別の『新着レコード箱』に手を伸ばして、指先に触れたレコードを取り出してはターンテーブルに載せる、という選曲もへったくれもない作業の繰り返しになります。そんな時間が続く中で、『これはいかん!』とハッとなったときにかけるのがチェット・ベイカーのボーカルもの。お店の空気をほどよくまとめてくれます。よく失敗するのが、『混んでるからといって景気のいいアップテンポものをかけると、仕事をしている自分が急かされて逆効果』というものです。このあたりもチェット・ベイカーだといい塩梅に落ち着かせてくれます。選んだ曲は『Sings And Plays』のA面1曲目。2年前、お店がオープンしたとき最初にかけたのもこの曲でした。」

H「これまたわかりすぎるシチュエーション...。そんな時にこれかけちゃうんですね。さらにオープンしたとき最初もこれ。素敵なお話です。」

齊藤さん、今回はお忙しいところどうもお世話になりました。

これを読んでくれているみなさん、新井薬師のロンパーチッチさん、すごく良いお店ですよ。是非、一度行ってみて下さい。あなたがお店に入って座ったとき、どんな音楽が流れてくるのか楽しみですね。


【ロンパーチッチ】
●HP→ http://www.rompercicci.com/

●BLOG→ http://d.hatena.ne.jp/rompercicci/

●facebook→ https://www.facebook.com/rompercicci?ref=tn_tnmn

●twitter→ https://twitter.com/rompercicci



そろそろ春が近づいて来ましたね。花粉を気にする方、お花見が楽しみな方、春は色んなことが待っていますね。
それではまたこちらのお店でお待ちしております。

bar bossa 林伸次


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bar bossa information
林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

bar bossa
bar bossa
●東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル1F
●TEL/03-5458-4185
●営業時間/月~土
12:00~15:00 lunch time
18:00~24:00 bar time
●定休日/日、祝
お店の情報はこちら

bar bossa vol.30:bar bossa

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vol.30 - お客様:中村智昭さん(Bar Music/MUSICAÄNOSSA)
「『Bar Musicと共にある2010年代の定盤─その中の名曲たち』」



いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。

今日は、ゲストに渋谷のBar Musicの中村智昭さんをお迎えしました。

林(以下 H)「いらっしゃいませ。早速ですがお飲み物はどうしましょうか?」

中村(以下 N)「Bar Musicを始める以前に、こちらには深夜によくお邪魔していました。とても楽しい時間を本当にありがとうございました。あの頃と同じように、おすすめの赤ワインを3杯、美味しく飲める順にお願いします。」

H「懐かしいですね。うちも朝の4時までやってたので、中村さんがいずれはやりたいお店の話なんかを朝までずっとしましたよね。では、軽いブルゴーニュの赤からボルドー、南仏と進んでいきますね。さて、小さい頃の音楽の環境なんかをおしえていただけますでしょうか。」

N「父が熱心なジャズ・ファンでオーディオ・マニアなんです。母曰く、当然、胎教音楽は爆音のジャズだったそうです。祖父から父が婿養子として広島の実家である自家焙煎喫茶『中村屋』を継いでからは、高い天井の空間を生かして月一度のコンサートが催されるようになり、地元のミュージシャンによるクラシック、ジャズ、タンゴなどの生演奏を鑑賞する機会に恵まれるようになりました。戦前からバンドネオンを演奏していたという方がいて、その回は特に楽しみにしていたように記憶しています。確かその方を慕って、世界的なアコーディオン奏者のcobaさんが若き日に一緒に出演してくださったこともあったんですよ。」

H「すごい環境ですね。まさにサラブレッド状態...」

N「う〜ん、どうでしょうか......。間違いなく音楽は好きでしたが、それ以上に昆虫や恐竜、ガンダムなどのロボットアニメとプラモデル、広島なので当然カープの影響で野球、小学校ではさらにサッカーに夢中になっていたので、演奏したいとは思っていなかったはずです。」

H「初めて買ったCDは?」

N「確か、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン、清水ミチコさん、野沢直子さんが出演していて大好きだったバラエティ番組『夢で逢えたら』のオープニングとして流れていた『女神達への情歌 (報道されないY型の彼方へ)』と『フリフリ'65』が収録されたサザンオールスターズのアルバム『Southern All Stars』でした。」

H「中学、高校はどうでしたか?」

N「成長期に起きてしまった身体的な問題からサッカーを諦めざるを得ず、中学ではバスケットボールを懸命に頑張るのですが、同時にそこで出会った友人の影響からTMネットワーク、そしてユニコーン(これも『夢で逢えたら』の影響下にあります)に完全にハマることになりました。その友人とは同じ公立高校にも共に進学することになり、バスケと平行して一緒にバンドも始めました。」

H「やっぱりバンドですよね。」

N「とても楽しかったです。アルバイトで得たお金でヤマハ音楽教室に通っていた時期もあったんですよ。あとラッキーだったのは、近くにあった地元の巨大なNHKのビルが他局の受信の妨げになっているとかで、ある日ケーブルテレビが無償で提供されることになったこと。MTVとスペースシャワーTVが観放題だったので、海外アーティストのヴィデオ・クリップを目にするうちに、興味は主に邦楽から洋楽へとシフトします。中学の頃からビートルズのベスト盤はずっと聴いていたのですが、そこにオアシスのデビューが決定打となって、UK産のロックに夢中になります。バンドを共にする友人達は皆USのロック指向だったので、ニルヴァーナなどのグランジやメロコア、スカコアなども情報を互いに交換しながらよく聴いていました。」

H「良いですねえ。」

N「そうしてファッションにも大きな関心を持ち始めるのですが、その頃の街の各アパレル・ショップの店主/店長さんの多くは、同時に各ジャンルのDJだったんです。そうした出会いから音楽の幅はさらに広がり、レコードでしか聴くことのできない古いソウルやジャズを聴くために、中古の安価なレコード・プレイヤーを購入しました。そのころのアイドルはジャミロクワイで、ポール・ウェラーへは音楽性とスタイル〜ファッションのみならず、全てのお手本としての強い憧れを抱きました。」

H「やっぱり広島のど真ん中だと大都会だからすごくお洒落に目覚めるのが早いんですね。」

N「"お洒落"と言うよりは、"自我に目覚める"という感じでしょうか。わりと早い段階で東京の文化服装学院への進路を決心するのですが、それはそもそも当時の広島という街のアパレルで活躍する先輩=音楽人のライフ・スタイルからの影響、そして同時に理想とするシルエットや素材、縫製への欲求から辿り着いた答えでした。例えばごく日常的に着れるような仕立ての良いメンズのシャツを、丁寧に縫い上げられるような職人になりたかったのです。それが故郷における、音楽と最も近くにいながら日々を過ごす未来へのイメージでした。」

H「それで東京に来たわけですね。」

N「はい。1996年の春に文化服装学院に入学してからは、新宿のクラブ『OTO』(2014年1月より渋谷に移転)や南青山にあった『BLUE』などにDJとして身を寄せることができたのが大きかったですね。毎夜憧れのDJのプレイと共に様々な音楽に出会えることが、とにかく楽しくて。ただ、上京してちょうど二年が経ったころのある日、実家の『中村屋』は住居スペースであった階上と共に原因不明の火災によって燃えてしまって......。何と言うか、圧倒的な虚無感に見舞われたことで、ぼんやりと描かれつつあった将来のヴィジョンのようなものも、今憶えば一度その時点でリセットされたような気がします。帰る場所を文字通り失い、より一人で東京で生きて行く決意を固める、と言うか。」

H「なるほど。その経験が中村さんの大きなターニングポイントになったんですね。洋服のお仕事とか音楽の仕事とか迷ったりしたことはなかったのでしょうか。」

N「洋服の縫製技術は3年でスーツを縫い上げるところまで全ての課程を終了したのですが、そのころにはより音楽寄りに生きて行く道を模索するようになっていました。卒業するころにはサポートも含めて月に10本程度のレギュラーDJがあったので、スケジュールの調整に融通のきくサーヴィスや警備などのアルバイトを組み合わせて生計を立てながら、地道にサヴァイヴを続けて行こう、と。現在も継続している『ムジカノッサ』を基軸とするいくつかの活動は、そうした中でスタートさせたものでした。もちろん、その時点ではまだ洋服の道も選択肢の一つに含まれていましたが......。」

H「なるほど。」

N「そんな中で尊敬する編集者である橋本徹さんが、『カフェをやろうと思うんだけど、手伝ってもらえないかな? 例えば、中村の部屋のような雰囲気のインテリアで、俺たちの好きなレコードがずっとかかっているようなカフェをさ』と声をかけてくださって。『音楽の仕事」とは言っても様々ですよね。あのとき僕は、ダンスフロアのDJとしてだけではなく、カフェ・アプレミディのスタッフとしても『音楽の仕事』に就いたのだと思っています。そこには『飲食業』と『音楽の仕事』の、2つのよろこびが同時にありました。話しは少しそれるのですが、中学〜高校をバスケ部からバンドまで多くの時間を共に過ごした先に述べた友人というのが実は、現在ライヴ専門のカメラマンとしてシーンで大活躍中の岸田哲平くんなのです。彼はやはり家業である『カメラマン』と『音楽の仕事』を同時に選び、クリエイティヴな場所に辿り着いています。今こうして少し特異な形で互いに仕事として音楽に関わっていることは、必然であるように思えてなりません。」

H「どちらも実家の家業を新しい自分のオリジナルな形で、東京で展開されているんですね。そしてBar Musicが...」

N「カフェ・アプレミディのスタッフとしては1999年の夏から内装用のランプや椅子、テーブルなどを集めながらオープンの準備を手伝うことになって、それから2009年まで、ちょうど10年の時が流れました。そうした節目の時に、『音楽の鳴る場所を、もう一度一から丁寧につくってみたい』という強い気持ちに駆られたんです。 2010年の6月に渋谷のマークシティー横にオープンしたのですが、間もないタイミングで震災が起きた影響が少なからずあって、当初思い描いていた店づくりとかがいまだにうまく出来てないでもいるんですが、少しずつ修正しながら何とか潰れることなくやってこれました。お客さまに音楽と共にある心地よい時間と空間を提供し続け、未知なる音楽と出会いの場、もしくは懐かしい音楽との予期せぬ再会の場に。そして世代を越えた音楽仲間が、インプットとアウトプットを同時に行う交流の場になれればと思っています。これからも心を込めて、丁寧なサーヴィスの道を歩んで行きたいです。」

H「これからの音楽についてどう思われますか?」

N「『CDが売れない』と言われて久しいですが、配信などを含めて数万〜ミリオンクラスのヒットが時代性とシステムの問題から少なくなっているということのようにも思えます。一方でそれぞれの様々な素晴しい音楽はやはりリスナーから自然と支持され、それに見合った消費の対象であり続けているとも。お店に毎日立ち続けて思うのは、ちゃんと音楽をモノとしてCDやレコードを欲するリスナーは潜在的にも確実にいて、ただ、その音そのものに辿り着けていない、またはそういった機会に以前より恵まれていない人が多いということ。音楽をワインに例えてDJや選曲家を『ソムリエ』と表現することは以前から耳にしますが、僕にはより切実に生活に関わる『医者』というようなイメージが浮かぶのです。リスナーの一人一人が必要とするときに適切な音楽で心や身体を満たし、癒し、支えてくれる、自身が信頼のおける『主治医』のような存在がいるといないとで、音楽人生は大きくかわるような気がしてなりません。それはDJや選曲を生業にするプロフェッショナルかもしれないし、ある日どこかで出会う、趣味の一致する友人かもしれないし、雑誌やサイト、チャンネルといった何かしらの媒体かもしれませんね。僕はできることなら、その身近な医者の一人、もしくは一部でありたいと思っています。そういった願いから、Bar Musicで頻繁にプレイしているCDやレコードは、出来る限りその場で購入できるようにもしています。そして、医者にもやはり、主治医は必要なのです。僕もここ数年特に、良いお医者さんを探し続けています(笑)。」

H「医者ですか。本当に納得です。心が挫けそうになったときに、本当に音楽に助けられることってありますからね。さて、中村さんは新しいレーベルを始めたんですよね。」

N「はい。そもそもレーベルの名にも冠した『ムジカノッサ』とはポルトガル語で『僕たちの音楽』という意味で、かつて1960年代後半のブラジルに『MUSICANOSSA=ムジカノッサ』というムーヴメントがありました。これはビートルズをはじめとする、エレキ・ギターを抱えた欧米のロックに影響を受けたサウンド〜いわゆるMPBが勢いを増す中で、アコースティック・スタイルのボサノヴァやジャズ・サンバの伝統を守ろうとする若手とヴェテランが手を取り合い、音楽をフェアに評価/クリエイトしようという運動でした。その理念は、90年代末に置かれたの僕の想いと重なるところがあったんです。DJ時にプレイするドラムンベースやヒップホップ、ハウス、ブレイクビーツといったダンス・ミュージックはもちろん好きなんですが、その根底にはそれ以前に育まれたソウル、ジャズ、フォーク、ロック、ブラジル音楽などのスピリットやエッセンスみたいなものがある。でも必ずしもクラブ・シーンではそういったルーツ・ミュージックが主流ではないから、『いつかは失われてしまうのではないか』という"勝手な危機感"みたいなものを覚えていました。だから僕たちの好きな音楽を互いに共有することでより効果的にその魅力を伝え、みんなで手分けして大切にして行きたいと、強調の意を込めてアルファベットのAを追加し造語とすることで新たな『MUSICAÄNOSSA=ムジカノッサ』として始めました。 まずは1999年にクラブでのイヴェントがスタートし、それからディスク・ガイドやコンピレイションCDの制作も。今回新たに『ムジカノッサ・グリプス』というレーベルを設立して、コンピレイション『Bar Music 2013』という作品を出せたことは、そうした流れの中では大きなステップ・アップなのかもしれません。かつて1970年代末のニューヨークに『グリフォン』(GRIFFON)という名の由来通りに、音楽という黄金の宝を頑なに守護しながら、その発展に努めたレーベルが存在したのですが、今回スタートした『ムジカノッサ・グリプス』(MUSICAÄNOSSA GRYPS)という新たなレーベルと、コンピレイション『Bar Music 2013』はそれらの解釈を柔軟に拡げ、現代におけるアップデイトを目指すものなのです。それは決して、ノスタルジーではありません。つまりは、薄らぎ失われつつある価値観を共有し大切に守りながら、常に新たな航路を模索し、前に進み続けることを意味します。現在、水面下でいくつかの企画が進行中です。日常のアクセントとなる良質な音楽をよりみなさんにご紹介きるよう頑張りますので、おつき合いいただければ幸いです。」

H「おおお、壮大なコンセプトですね。素敵です。実は僕の妻が中村さんの選曲がすごく好きで、今回のオフィシャルなコンピレイション・アルバムはもちろん、いくつか頂いたプライヴェート用に作られたCD-Rも、自宅の食事のときのBGMとしていつもかかってるんです。では、選曲の方に移っていただけますか? テーマは何なのでしょうか?」

N「『Bar Musicと共にある2010年代の定盤─その中の名曲たち』です。今回のコンピレイションには収録されていない楽曲から選んでみますね。」

H「では、一曲目は何でしょうか?」


1.Rhye / Open(2013年)

N「2012年末に届けられた先行シングル『The Fall』、そしてアルバムの冒頭を飾るこの『Open』。それらのドラマ仕立ての美しいヴィデオクリップとその後のリミックスも含めて、一連のプロジェクトに胸が躍りました。物語、または一夜の始まりに相応しい一曲かと。あと、アルバム未収録となる『The Fall』のアコースティック・ライヴ・ヴァージョンも必聴です。」

H「ヴィデオクリップもすごく良いんですよね。物語の始まりにふさわしい...良いですねえ。次は?」


2.King Creosote & Jon Hopkins - Bats In The Attic (Unravelled)(2011年)

N「コールドプレイのコラボレーターにして、ブライアン・イーノの愛弟子としても知られる天才クリエイター/ピアニストのジョン・ホプキンスと、スコットランド出身のシンガー・ソング・ライターであるキング・クレオゾート。『First Watch』『John Taylor's Month Away』、そして『Bats In The Attic』と連なるA面に、何度針を落としたかわかりません。丁寧に編み込まれたニットのような温かさを感じる、一生大切にしたい最高のコラボ作品です。」

H「なるほど。中村さんの選曲のキーワードの一つに『温かさ』というものがありますよね。次は?」


3. Balmorhea / Masollan(2012年)

N「米国テキサスの6人組が得意としてきたポストクラシカル的な手法に、ロックのダイナミズムも加わった5thアルバム『Stranger』。2枚組全4面の中でも、Bar Musicでは特にこの『Masollan』を含むA面をセレクト。静寂のギター・アルペジオと美しいストリングス・アンサンブルが導く、圧巻の感動絵巻。名曲『San Solomon』を含む『Rivers Arms』もフェイヴァリット。」

H「良いですねえ。こういう混ぜ方というかバランスのとり方が中村さんの腕の見せ所ですよね。さて次は?」


4. Grey Reverend / Everlasting(2013年)

N「シネマティック・オーケストラへの参加を足がかりにしたデビュー作『Off The Days』、さらには記憶に新しいボノボ『The North Borders』への印象的な客演──これらの全ては、あまりに素晴しい本作への布石であったようにさえ思えます。過度な装飾の一切ない極めてシンプルなサウンドは、ホセ・ゴンザレスやエリオット・スミスへの情景をことごとく純化し、希望の光を放つ。強度の高い音楽を誠実に創るというのは、きっとこういうことなのです。」

H「おおお! 『強度の高い音楽を誠実に創るというのは、きっとこういうこと』! すごい名言が飛び出て来ましたねえ。『音楽に対しての誠実さ』というのも中村さんの大切にしているキーワードのように思います。次はどうでしょうか?」


5. José James / Come To My Door(2013年)

N「ホセ・ジェイムズがアルバム『No Beginning No End』のとてもパーソナルな試聴会をBar Musicで開いてくれたのは、2012年2月23日のことでした。一曲再生を終えるごとに満たされる空気。自然に湧き起る拍手と、彼の柔らかな笑顔。この曲を聴く度に、あの時間を憶うことができる幸せ。音楽の神様に感謝です。」

H「試聴会やられたんですよね。良い話ですね。お店やっている人間ならではの幸せな瞬間ですね。次は?」


6. Teebs / Verbena Tea with Rebekah Raff(2011年)

N「画家であり、フライング・ロータスのレーベルBrainfeederのクルーでもあるティーブス。どこかスタルジックな世界観、そして日常に馴染むほどにやわらかな音でありながら、うねりを帯びた先鋭的なビートとエフェクト──『このレコードを聴くために、今週末プレイヤーを買いに行ってきます』──とあるお客さまは、そう言われてBar MusicでLPを喜々として購入されていきました。『EPでもフル・アルバムでもない』という『Collections 01』には、それだけの魅力が詰っています。」

H「そんな良い話があったんですか。お店冥利につきますね。お店って誰かの背中を押す瞬間が良いんですよねえ。次は?」


7. Kuniko Kato / Electric Counterpoint(2011年)

N「パット・メセニーの演奏で知られるスティーヴ・ライヒ代表作の一つ『Electric Counterpoint』を打楽器用に編曲し、自身のマリンバやスティールパン、ヴィヴラフォンの多重録音のみで完璧に奏でる日本人女流パーカッショニストの加藤訓子さん。3つの楽章のトータルは当然原曲と同じく17分に及ぶのですが、このライヴ映像は4分半程度にエデットされています。かのライヒも大絶賛したそうですよ。」

H「へええ。こんな日本人女性がいるんですね。勉強不足で全然知りませんでした。良いですねえ。次はどうでしょうか?」


8. Alexandre Andrés / Ala Pétalo de(2012年)

N「ブラジルやアルゼンチンの作品も普段からよく耳にしているのですが、それらを代表してアレシャンドリ・アンドレスの『Macaxeira Fields』を。 アンドレ・メマーリ、タチアナ・パーハ、アントニオ・ロウレイロ、アカ・セカ・トリオのフアン・キンテーロといったシーンを牽引する若き音楽家達による、現代の"クルビ・ダ・エスキーナ(街角のクラブ)"。ビートルズ『Blackbird』を下敷きにしたアルバム・タイトル曲『Macaxeira Fields』の動画を探したのですが見当たらなかったので、ヴィデオクリップのある『Ala Pétalo de』を。」

H「この周辺、面白いですよね。中村さんの提唱するムジカノッサのコンセプトと重なりますね。次は?」


9. Ballake Sissoko & Vincent Segal / Chamber Music(2010年)

N「西アフリカの伝統楽器であるコラによる独特の旋律と、フランスの天才チェリストによる知性。民族音楽でもなく、クラシックでもない、洗練のインプロヴィゼーションが展開されます。ヴィクトワール・ド・ラ・ミュージック(仏版グラミー)賞を獲得した本『Chamber Music』の続編となる、バラケ・シソコのソロ名義『At Peace』に収録されたルイス・ゴンザーガの名曲『Asa Branca』のカヴァーも、大変に素晴しいです。」

H「うわあ、すごく良いですね。中村さんが選曲するのって独特の張り詰めた空気感というかトーンの低いクールさのような雰囲気がありますね。さて、次が最後の曲ですが。」


10. Francesco Tristano / J.S. Bach : Aria (BWV 988)

N「ルクセンブルクの貴公子、フランチェスコ・トリスターノ。アルバム・タイトルであるオリジナル『Long Walk』をレコードでよくプレイしているので、今回の選曲のアウトロとしてご紹介したかったのですが、残念ながらYouTubeで見つからず......。なので普段聴いているアナログだとそのC面で続く最終曲として一緒に収録されているバッハの『Aria (BWV 988)』を。アウトロのアウトロという感じでしょうか。彼は大の親日家としても知られていて、この録音は京都で行われたそうですよ。」

H「これまた中村さんらしい選曲ですね。ただのBGMにならないというか、耳がはなせない空気の音を選ぶんですよね。素敵です。」


●中村智昭web site→ http://www.musicaanossa.com/

●中村智昭twitter→ https://twitter.com/TomoakiNakamura

●Bar Music web site→ http://barmusic-coffee.blogspot.jp/

MUSICAANOSSA第一弾コンピレーション『Bar Music 2013』

中村さん、今回はお忙しいところどうもありがとうございました。
これを読んでいる方も是非、お店の方に足を運んでみてください。

東京はめっきり寒くなりましたね。みなさん、風邪などひいてないでしょうか?
それではまた来月、こちらのお店でお待ちしております。

bar bossa 林 伸次


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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

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vol.29 - お客様:林伸次さん(bar bossa)
「20代前半に僕を狂わせたブラジル音楽」



あけましておめでとうございます。
そして、いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

旧年中は大変お世話になりました。
今年からは心機一転して、こちらのブログは毎月1回、1日に更新することになりました。
今後ともよろしくお願いいたします。

さて、今回は新春特別企画として、bar bossaの林伸次さんをお迎えして、
「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という選曲をしていただきます。


質問林(以下QH)「いらっしゃいませ。お飲物はどうされますか?」

答林(以下AH)「何かピノ・ノワールをお願いします。」

QH「ピノ・ノワール、お好きなんですか?」

AH「あれ? この本、読んでないんですか? 
『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』こちらに詳しく書いてありますので、是非読んでください。」

QH「最初から宣伝ですか。では早速ですが、林さんの小さい頃の音楽体験を教えてもらえますか?」

AH「小さい頃は情操教育的なクラシックのLPセットを聞かされていた覚えがあります。後、たぶんオルガンを習わされたような記憶も... 初めて買ったレコードは小学生の頃で、『さよなら銀河鉄道999』ですね。メーテルが好きだったので。」

QH「アニメのレコードが最初っていうのが出てくる最初の世代ですね。」

AH「その後の小学5、6年生の頃は中島みゆきにはまりました。オールナイトニッポンというラジオ番組があって、それの中島みゆきが大好きだったんです。」

QH「あの時代はみんなさだまさしとかかぐや姫とかフォークな感じでしたよね。」

AH「中学生の時は、佐野元春にはまりました。そしてそのままナイアガラ一派の音楽を一通り聞きました。僕は3歳上の兄がいて、兄はYMO世代なのでその周辺を聞いていましたが、僕はそんなにYMOにははまりませんでした。ちょっと難しいなあと感じていました。そして兄がXTCとかポリスとかT-REXとかを聞いていたので、その影響でイギリスものは聞いていましたね。」

QH「高校はどうでしょうか?」

AH「高校生になったらバンドを始めました。簡単そうなのでベースを買ったのですが、全く練習をしない性格なので全然上達しなくて、『おまえヴォーカルやれ』と言われて、ヴォーカルやってました。ジャンルはヘビメタ、ハードロックで、パンクバンドもやっていました。」

QH「意外ですね。」

AH「地方とか世代によって、『ヘビメタじゃなきゃダメ』とか『フュージョンがかっこいい世代』とかあるんですよね。で、僕が育った場所はヘビメタかパンクでした。で、僕もやっぱりロッキン・オンにはまりました。高校の後半はプリンスが大好きでした。」

QH「あの雑誌は日本中の若者の人生を狂わせてますね。」

AH「で、東京に来てプリンスからスライなんかを聞き始めたのですが、どうもJBがさっぱりわからなくて、黒人音楽にはまるのをあきらめました。19才の頃、高田馬場のディスキャットというCDLD屋さんでバイトしてて、そこの店主が元オパス・ワンの人で、SSWやクレプスキュールやボサノヴァなんかを教えてくれました。そして自分音楽史の中で決定的な『ベレーザ・トロピカル』というアルバムが発売されました。」

QH「デヴィッド・バーンが編集したブラジル音楽のコンピですよね。」

AH「そうです。それで人生が変わりました。そのコンピに収録されているアーティストのアルバムを全部聞きたくなって、都内のレコード屋を毎日のように回ったのですが、1989年当時は全くなくて、情報も何にもなくて、ひたすら『ブラジルだったら、とりあえず買ってみる』ということばかり繰り返しました。」

QH「もちろんインターネットもないし、まだガイドブックもなかったですよね。」

AH「はい。そして『ベレーザ・トロピカル』の第2弾で『サンバ集』というのが出たんです。それがもうショックで、何なんだこの豊かな世界はと感じて、その辺りから他の国の音楽を聞けなくなりました。23才の時にレコファンで働いていて、『何を歌っているのか知りたい。レコードを買うときの情報のためにライナーノートを読めるようになりたい』という理由だけで、ポルトガル語を習い始めました。そして後に妻になる女性が『私も今ブラジル音楽すごく好きだからポルトガル語習いたい』と言ってくれて、一緒に習い始めました。」

QH「なるほど。そしてその後、ブラジルレストランで働いて、バーテンダー修行をして、bar bossaを始めたんですね。」

AH「よく知ってますね。」

QH「では曲の方に移りましょうか。テーマは何ですか?」

AH「はい。テーマは『20代前半に僕を狂わせたブラジル音楽』です。」

QH「面白そうですね。では1曲目は?」


1.Gilberto Gil and Jorge Ben - Taj Mahal

AH「そのベレーザ・トロピカルを買って、1989年当時、比較的に入手しやすかったのがこのアルバムです。もうこのブラジル人にしか出せないグルーヴとファンクネスにおもいっきりやられました。今まで聞いてきた音楽は何だったんだろうって感じでした。」

QH「名盤中の名盤ですね。あるジャンルを掘っていく時、最初の方に出会うアルバムって重要ですよね。では次は?」


2.PAULINHO DA VIOLA - Sarau Para Radames

AH「ベレーザ・トロピカルのサンバ集にこの曲が入ってて、もちろん当時このオリジナルなんて日本では入手出来なくて、いーはとーぼのマスターにパウリーニョ・ダ・ヴィオラについて教えてもらったりして。後になると、なぜ彼がショーロというスタイルで『ハダメスのための夜会』という曲を作ったのか謎が解けてきて。ジョビンも見えて来て。ブラジル音楽って面白いって感じました。」

QH「お客さま、会話の内容がマニアック過ぎてそういうの困ります。で次は?」


3. Novos Baianos - A Menina Dança

AH「その頃、フランス盤でこのアルバムが突然復刻されたんです。当時は何の情報もなくてただ雰囲気があるジャケで『新しいバイーア人達』ってグループ名はわかったので、これだ!って思って買ったら大当たりでした。もちろんその後、ジョアンとの繋がりなんかがわかり始めて色んな謎が解けてきたのですが。」

QH「なるほど。スライとか好きだったのならこの辺りは好きそうですね。では次は?」


4. Vinícius de Moraes - Broto Maroto

AH「当時、ミディからエレンコの再発CDというのがたくさん発売されまして、もちろん出るたびに興奮して買っていきました。その中にヴィニシウスとカイーミとクワルテート・エン・シーとオスカル・カストロ・ネヴィスのズンズンでのライブ盤というのがあって、会話も全部翻訳されてて、一生懸命聞き取りの勉強をしました。」

QH「日本の再発CD文化の素晴らしい例ですよね。さて次は?」


5. Caetano Veloso e Gal Costa - Zabele

AH「これは当時、突然再発CDでアメリカ盤だったかな? 出たんですね。で、カエターノはもちろん全部集めようと思っていたからすぐさま買ったのですが、カエターノは当時はアートリンゼイとの関係で聞いてたので、カエターノの原点ってこれなの? どういうことなんだろう?ってすごく不思議で。もちろん後になって色々と謎が解けて。」

QH「そうですよね。当時はカエターノはすごく先鋭的な音楽をやる人ってイメージでしたからね。さて次は?」


6. Jorge Aragão - Malandro

AH「ブラジルレストランで働き始めたのですが、そこは毎日演奏があってお客さまとみんなで踊るというショーがあるところだったんですね。そこで『パゴージ』というジャンルにノックアウトされました。その中でもブラジル作曲家10本の指にも入るメロディ・メイカー、ジョルジ・アラガォンがすごく泣けるんですよ。」

QH「そういえば2年間ブラジルレストランで働いてたんですね。濃いですね。次は?」


7. Nilze Carvalho & Dona Ivone Lara - Acreditar

AH「そのブラジルレストランで歌っていたのがニルゼ・カルヴァーリョで、僕が『ブラジルに2ヶ月くらい行くよ』って言ったら、『じゃあ2ヶ月、うちで泊まりなよ』って言ってくれて、本当に2ヶ月間ニルゼの実家で寝泊りしました。僕と同い年ですごく良い子です。ブラジルに行ったらあまりにもニルゼが有名人でびっくりしました。」

QH「イヴォンニ・ララとの共演、涙モノですね... さて次は?」


8. Tamba Trio - Nuvens

AH「下北沢でバーテンダー修行をしている時、東北沢に『ラストチャンスレコード』という世界で一番素敵なレコード屋があったんですね。そこの江尻さんと無理やり仲良くなってもらって、色んなレコードを教えてもらいました。伊藤ゴローさんと知り合ったのもそこです。そしてルイス・エッサ。文句なしです。」

QH「あのレコード屋さんは夢みたいな場所でしたよね。クラシックの室内楽と品の良いジャズと映画音楽とボサノヴァのみの古い買い付けレコード屋さんでした。次は?」


9. Eduardo Gudin & Notícias Dum Brasil - Som Conquistador

AH「自分の耳だけで掘っていたのと、その後、ブラジル現地に行ってリアルな音楽に触れられたのと、そしてレコードコレクター達の耳を知った後に、このグヂンを知りました。これ、普通に聞いてもすごく良い楽曲なのですが、色んな謎が音楽の中に隠されていて、その謎解きが楽しいんですよね。」

QH「またワケのわかんないことを言ってますね。さて最後の曲ですが。」


10. Antonio Carlos Jobim - Águas De Março

AH「さっきのニルゼの家に行ったときに小学4年生の姪っ子と仲良くなったのですが、彼女が『私、三月の水、全部歌えるよ』って言って、この歌詞を全部歌ってくれたんです。あ、そんな歌なんだ。難しい歌詞だと思ってたけど、韻を踏んでて覚えやすいから誰でも歌えるんだと思って。」

QH「なんか思い出にひたってますが。そろそろ死ぬんですか? でも名曲ですよね。」

bar bossaの林伸次さん、今回はお忙しいところどうもありがとうございました。これからもお店、頑張ってくださいね。

2014年ですね。今年はあなたにとってどんな年になりそうですか? 良い年になると良いですね。それではまた来月もこちらでお待ちしております。

bar bossa 林 伸次


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1969年徳島生まれ。
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vol.28 - お客様:東野龍一郎さん(ノース・マリン・ドライブ)
「トミー・リピューマのプロデュース作品10曲」



いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

月の後半はお客様をお迎えして「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨で選曲していただいています。
今回のゲストは渋谷のバー、ノース・マリン・ドライブのオーナー・バーテンダー、東野龍一郎さんです。


林(以下HY)「いらっしゃいませ。早速ですが、お飲み物はどうしましょうか?」

東野(以下HG)「はい。それではジントニックをお願いします。」

HY「あれ、東野さん、バーに行ったらジントニなんですね。はい。どうぞ。では小さい頃の音楽の話なんかを教えてもらえますか。小学6年生くらいまででお願いします。」

HG「小学校6年生までですか。となるとほとんど音楽的な生活は送っていなかったですね。家にレコードプレイヤーも無かったし、ほぼ音楽とは無縁の家庭でした。強いて言えば母親がエルヴィス・プレスリーが好きで、カーステレオ(当時は8トラテープ)でエルヴィスのテープが流れていたという程度です。なので小学校の時にレコードを買った思い出が無いのです。その後中学1年くらいで簡単なプレイヤーを買ってもらって最初に買ったシングルがアバの『ダンシング・クイーン』だったような気がします。」

HY「そうですか。意外ですね。僕の東野さんの印象だと、ラジオをおもいっきり聴いてて、近所に音楽好きのお兄さんがいてって感じですが。中学以降はどうですか?」

HG「小学生までは音楽とは無縁な生活を送っていたのですが、中学2年生の時に回りの影響などもありギターを始めました。最初は当時流行っていた、かぐや姫とかイルカとか風とかのフォークの曲を弾いていたのですが、1978年にビートルズ日本公演のテレビ放映があり、それを見て本格的音楽に目覚めました。高校に入るとバンドでエレキギターを弾きました。僕が通っていた高校にはいわゆるロックバンドができる軽音楽部が無かったので、学校ではフォーク部に入ってフォークギターでリードギターを弾いていました(笑)。ギターが弾けるということで、ヤンキーの仲間に誘われて学校外でキャロルや横浜銀蝿のコピーをするバンドに無理矢理入れられたこともあります。それなりに楽しかったですが(笑)。当時は本当にロックが好きでロッキングオンを毎月読んでいましたね。」

HY「東野さんは僕の兄の世代なので、必ず入り口はフォークですよね。そしてやっぱりロッキングオン。その後はどっぷり音楽生活ですよね。」

HG「高校卒業後は一度就職したのですが音楽活動がしたくてすぐに辞めてしまい、色々フリーターをやりながらバンドなどやってました。出身地の大阪で活動していましたが、アルケミーという大阪のノイズ系レーベルに所属してるバンドに誘われてベースを弾いていた時は名古屋、東京ツアーとかやったりして楽しかったですね。仕事的には本当にいろいろやったのでここで全てを語り尽くせないです。京都でパンクTシャツなどのロックグッズを売る店でバイトしたことなども印象に残っています。」

HY「その頃の日本のインディーズシーンを象徴しているような話ですね。」

HG「一番長く働いていたのはTSUTAYAの店舗スタッフです。1999年に東京に来たのもTSUTAYAの転勤でなのですが、転勤後一年で辞めてしまい恵比寿の中南米音楽というブラジルのCDを扱うショップに転職しました。東京に来る何年か前からブラジル音楽を好きになり自分でもボサノヴァの弾語り演奏をしていたのは林さんも当然よくご存知だと思いますし、bar bossaでもたくさん演奏させていただきましたね。」

HY「東野さん、2回目に来店してくれた時、お店に置いてあったギターで突然弾き語りをしてくれましたよね。あれをしてくれたのは小野リサさん以来でした。」

HG「中南米音楽も5年ほどで退職し、一時TSUTAYAに戻ってワールドミュージックのマーチャンダイザーをやっていましたが、2008年に会社務めを辞めて渋谷でbarを始めました。最初はbarquinhoという名でブラジル音楽をかける店でしたが2013年からNorth Marine Driveという名に変更し、幅広い音楽ジャンルをかける店にしました。barを始めてから自分の音楽活動は中断していたのですが、今年からそんなに多くはないですがライヴ活動も再開しました。」

HY「これからの音楽業界はどうなるとお考えですか?」

HG「昔ほど音楽ソフトが売れなくなっている現状ですが、音楽を聴く人や、演奏する人は今後も減る事は無いと考えています。ではどうやってミュージシャンは生き残っていくのかと考えると、やはりこれまで以上にライヴ演奏が重要になっていくと思っています。前から考えていることがあるのですが、音楽家はライヴ音源をもっと頻繁にリリースすればいいと思うのです。いちいちパッケージにするのは大変でしょうからオフィシャルホームページ等で、それこそ全公演をダウンロード販売できるようにすればどうでしょうか。ライヴは毎回少しずつ違った演奏になっているでしょうし、ファンからしたら自分の行ったライヴも、行けなかったライヴも全部聴いてみたいと思うはずです。スタジオアルバムだと新曲を作らないといけないけど、ライヴなら毎回同じ曲でも大丈夫。ミスやMCも聴き所になったりするし、アーティストも毎回録音されると思うと手抜き出来ないので演奏の質も上がっていくのではないでしょうか。ライヴ終演後すぐに『本日のライヴ音源の販売です』とCDRで販売するとかもありなのでは。なんか権利的に問題あるのかな。でも今そんなこと気にしてる場合じゃ無いですよね。」

HY「なるほど。ライブ音源を頻繁にリリースって面白いですね。東野さんご自身はどうされるのでしょうか?」

HG「今年から自分のライヴ活動を復活させたのですが、CDもまた作ってみたいですね。アルバムを作るとしたら全部オリジナルにしたいので、今またぼちぼち曲作りをしています。以前出したオリジナル曲のミニアルバムの時は曲を作って、あまりライヴで演奏せずに収録したので、次はライヴでバリバリ演奏してこなれてから収録したいと考えています。いつになるかわかりませんが(笑)。」

HY「そうですか。期待しております。では、選曲の方に移りましょうか。」

HG「はい。まずテーマは『トミー・リピューマのプロデュース作品10曲』です。」

HY「え? トミー・リピューマしばりですか? ええ? では1曲目は?」


1.Roger Nichols Trio-Love Song, Love Song

HG「まずは聴いているだけで幸せになれるRoger Nichols Trioのシングル曲から。2分ちょっとしか無いのが信じられないくらいドラマチックな構成です。アレンジはTommy LiPumaと切っても切れない Nick DeCaro。」

HY「確かに2分ちょっとなのにすごい展開ですね。こういう聴き方って東野さんならです。では2曲目は?」


2.Claudine Longet - It's Hard to Say Goodbye

HG「Roger Nichols, Paul Williamsの作品。僕はウィスパーヴォイスの女性歌手ではこのClaudine Longetが一番好きなのですが、この曲の切ない感じが最高です。もうポップスはこの時代で終わっていても良かったのではと思えるほど完璧。これもアレンジはNick DeCaro。」

HY「もうポップスはこの時代で終わっていても良かったのではって名言かもです! 確かにそうですね。3曲目は?」


3. Gabor Szabo - Love Theme from Spartacus

HG「Yusef Lateefのカヴァーが有名な映画『スパルタカス』からのナンバー。僕はこのGabor Szaboというギタリストのことは全く知らなかったのですが、Tommy LiPumaのプロデュースということでLPを買いました。またもストリングスはNick DeCaro。」

HY「なるほど。これも来ましたか。東野さん、この辺りの時代のサウンドが好きなんですね。次はどうでしょうか?」


4. Nick DeCaro - Happier Than The Morning Sun

HG「というわけでNick DeCaroのアルバムも入れておかざるをえないですね。Stevie WonderのカヴァーですがStevieとは似ても似つかぬウィスパーヴォイス。エンジニアはこの人もTommy LiPumaと切っても切れないAl Schmitt。」

HY「僕もこのアルバムに昔出会ったときは衝撃的でした。もう何回買ったかわかんないくらい好きなアルバムです。次はどうでしょうか?」


5. George Benson - Breezin'

HG「超有名曲なので当然昔から知っていましたが、なんせ若い時はロックな人間だったので『ケッ!こじゃれたフュージョンが!』って感じでバカにして真剣に聴いた事がありませんでした。Tommy LiPumaに興味を持ってあらためて聴いてみたのですが素晴らしいですね(笑)。先入観で音楽を聴いてはいけないと思いました。あと、最近になってこれがBobby Womackのカヴァーというのを知って驚きました。Tommy LiPumaのプロデュース作はカヴァーの選曲も絶妙です。」

HY「東野さんの世代はフュージョンが敵なんですよね。僕はちょい下なので初めて聞いたときに『!!!!』ってなっちゃいました。世代の違いってありますね。次はどうでしょうか?」


6. Al Jarreau - Rainbow In Your Eyes

HG「Al Jarreauにも何の思い入れも無いのですがTommy LiPumaのプロデュースだからこの曲が入った『Glow』というLPを買いました。とにかくドラムのサウンドが気持いいです。僕は1970年代中頃に録音された作品のサウンドが無条件に好きなのですが、なぜ今この音が出せないのでしょうか。」

HY「確かにこの時代の音ってミラクルなんですよね。僕は東野さんが以前真夜中によくツイッターでやっていた選曲が好きでした。さて次は?」


7. Michael Franks - I Really Hope It's You

HG「自分でボサノヴァを中心に演奏している頃『アントニオの歌』のリクエストがたまにあっったのですが、当時はブラジルに思い入れが強かったので『ボサノヴァもどきの軟弱な曲め!』って感じで大嫌いでいつも断っていました。しかしその『アントニオの歌』が入った『Sleeping Gypsy』を聴いたら本当に素晴らしくて、以来『アントニオの歌』も好きになりました。『I Really Hope It's You』はアルバムの中でも好きな曲です。『Sleeping Gypsy』はJoao DonatoやHelio Delmiroも参加しているのでブラジル音楽ファンにもお勧めです。」

HY「このアルバムも僕は何回買ったかわかんないくらい好きです(何回も買うのは人にあげちゃうからです)。そしてこれを選びますか。次はどうでしょうか?」


8. João Gilberto - Triste

HG「『Sleeping Gypsy』と同年の1977年にTommy LiPumaはこの作品もプロデュースしています。ジョアンの弾き語りが好きな人はこのアルバムとかあまり評価していないのかもしれませんが僕は大好きです。ストリングスアレンジは、ジョビンとも縁が深いClaus Ogermanです。」

HY「世界音楽史に残る名盤ですよね。そして『トリスチ』を選んでしまうんですね。次はどうでしょうか?」


9. Neil Larsen - High Gear

HG「これは当時リアルタイムで聴いていました。知ったきっかけは、高校時代の先輩がYMOのコピーバンドをやっていて、そのバンドを観たときNeil Larsenの曲もなぜかやっていたんですね。当時のYMOのイメージってそんなちょっとフュージョンにも近いものもあったと思います。もちろん当時はTommy LiPumaのプロデュースだなんて意識せずに聴いていました。」

HY「これリアルタイムなんですね。やっぱり東野さん、お兄さんですね。確かにYMOって当初はフュージョン周辺のバンドって感じだったそうですね。さて最後の曲ですが。」

10. Paul McCartney - Only Our Hearts

HG「最後はいきなり時代を飛ばして2012年のPaul McCartneyのアルバムから。僕はビートルズから音楽人生が始まったと言っても過言ではないのですが、ビートルズメンバーの生演奏は今年初めて観ました。ポールって僕がリアルタイムにロックを追いかけていたポストパンク時代はダサいイメージがあって、正直まじめに聴いていませんでした。しかし今回ライヴを観て本当に衝撃を受けました。今さらながらポール超イイ!。長年冷たくあしらっていたことをポールに謝りたいです(笑)。この曲もポールの新曲で、天才的ソングライターとしての実力を発揮しています。ハーモニカはStevie Wonder。これもTommy LiPumaのプロデュースなんですね。今回の選曲には入れませんでしたがTommy LiPumaは1980年代にはAztec CameraやEverything But The Girlという僕の世代の重要アーティストもプロデュースしていて、あらためて自分の音楽人生の大きな部分を占めているプロデューサーなんだと思います。」

HY「東野さんはもちろんレノン派だと思っていたのですが、謝っちゃいますか(笑)。」




東野さん、今回はお忙しいところどうもありがとうございました。
トミー・リピューマしばり、続けて聴くとなんだか東野さんの今の気持ちが伝わって来ました。

ノース・マリン・ドライブのお店のHPはこちらです。
http://north-marine-drive.com/

東野龍一郎さんのTwitterはこちらです。
https://twitter.com/N_Marine_Dr



さて、今年ももう終わりですね。みなさん、お付き合いいただきましてどうもありがとうございました。良いお年をお迎え下さい。

では、来年もこちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林 伸次




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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

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●東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル1F
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bar bossa vol.27:bar bossa

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vol.27 - ゲスト:ジノンさん~ルシッド・フォール『花は何も言わない』


いらっしゃいませ。

bar bossaへようこそ。

今日は11月30日に発売になったルシッド・フォールの6枚目のオリジナルアルバム『花は何も言わない』をご紹介します。

日本盤CDの歌詞翻訳も担当したジノンさんにお越しいただきました。


林(以下H)「ジノンさん、こんばんは。」

ジノン(以下J)「こんばんは。」

H「今回のアルバムはピアノトリオとギターをバックに歌っているのが特徴的だと思うのですが、メンバーはそれぞれどういった人たちなのでしょうか?」

J「そうですね。ちょっと下にまとめてみました。」


ゾ・ユーンソン CHO Yoon-seung [Piano]
韓国で生まれ、アルゼンチン国立音楽大学でクラシックピアノを専攻し、アメリカのバークリー音楽大学、NEC(New England Conservatory)でジャズを勉強した。アジア人としては初めてハービー・ハンコックに抜擢されて、2001年『Thelonious Monk Institude of Jazz』奨学財団の支援プログラムで選定された。修学のあと、MIで8年間を教授として活動した。ユー・ヒヨル(TOY)の紹介でルシッド・フォールの5THアルバム『美しき日々』に参加し、南米のスタイルを導入した。2012年、ルシッド・フォールとのライブも開かれた。

ゾ・ユーンソン with ルシッド・フォール / Tudo Bem



ファン・ホギュー HWANG Ho-gyu [Contrabass]
バークリー音楽大学、『Thelonious Monk Institude of Jazz』で修学。ジョン・パティトゥッチ、ジョン・スコフィールドなどと共演、ゾ・ユーンソンとのプロジェクト『K-Jazz Trio』のメンバー。


キム・ジンス KIM Jin-soo [Guitars]
Guitar Performanceの専攻で2010年にバークリー音楽大学を卒業。2008年、パーカッションとのデュオ作『Awareness』、2012年、NEC(New England Conservatory)出身のメンバーたちのカルテット『Three Quartet 』のアルバムを発売。ルシッド・フォール、Malo(マロ)、ゾ・ユーンソンなどのレコーディングやライブ、放送セッションとして参加。


シン・ドンジン SHIN Dong-jin [Drums]
韓国の慶熙大学校でポストモダン音楽を専攻。 Drum Professional Musicの専攻で2011年にバークリー音楽大学を卒業。2008年、韓国のジャズマガジン『Jazz People』社からRising Starとして選定。ルシッド・フォールの5THアルバムなどのアルバムのレコーディングやセッションに参加。


H「なるほど。みなさん、やっぱりジャズ・ミュージシャンなんですね。全員がバークリー出身というのも特徴的ですね。」

J「そうですね。現代の韓国音楽は、アメリカ留学経験者が支えているという面が多くありますね。」

H「なるほど。バークリーは今は日本人よりも韓国人が多いという話も聞いたことがあります。このアルバムで韓国で何か話題になっていることってありますか?」

J「発売前に行われたNAVER主催の音楽感想会の模様から下記のようなことがわかったので、まとめてみました。」


(1) まずは、様々なギターにチャレンジしたこと。普通のギターとベースを弦楽器で例えてみるとギターはバイオリン、ベースはコントラバスに対して今回使っているのはヴィオラのような音域【黒い犬】、チェロのような音域【蝶】が奏でられるギターを使っている。

(2) 元々はリュートで演奏する曲も作りたかったが、今回のアルバムでは保留。その代わりに多弦ギターを制作して演奏することにした。【風のような歌を】

(3) 加工していない音をそのまま収録しているので、曲の最初の部分にあるカウントやノイズもそのまま収録した。【河】

(4) 収録曲はほぼ夜に書いた曲で、1曲だけ昼に書いた曲がある。【河】

(5) 今回のアルバムで一番速いテンポの曲。アルバム発売前にあった音楽感想会でルシッドフォールは『ダンスに近い感じですが、でも普通の方々はバラードと言うんでしょう』と紹介した。【陽射しは暖かく】

(6) アルバム発売前にあった音楽感想会のときにライブで何曲か歌ったのですが、当時、会場ではGOLDMUNDというハイエンド・オーディオでHD音源を聞いていたこともあって、あえて、一切音を増幅しないで、マイクとスピーカーを使わないまま演奏した。


H「なるほど。興味深いお話ですね。特にヴィオラやチェロ、リュートの話は、ルシッド・フォールにとってのクラシック音楽の概念を使って音楽を作っているというのがよく理解できて面白いです。あと、ルシッド・フォールはシコ・ブアルキの小説『ブタペスト』も韓国語に翻訳して出版したんですよね。」

J「はい。ポルトガル語は独学なのだそうですが、『ブタペスト』の日本語訳やフランス語訳、英語訳の本も参考にしたそうです。」

H「フランス語もわかるって日本企画ベスト盤CDにも書いてあったので、色んな言葉がわかるんだろうとは思っていたのですがすごいですね。」

J「そうですね。」




ジノンさん、いつもお忙しいところ、どうもありがとうございます。

ルシッド・フォールはこのアルバムのツアーを韓国でしたようなのですが、その公演に行ってきたbar bossaの常連の加藤さんからライブ会場で売っていたこんなポストカードをいただきました。
ちなみに、そのライブ会場ではこのポストカードとCDしか販売していなかったそうです。「ライブではTシャツを売って稼ぐ」という音楽ビジネス・スタイルとは関係のないところで勝負しているルシッド・フォールらしい話ですね。

ルシッド・フォール ポストカード

では、2曲聴いていただきますね。

ルシッド・フォール/ 陽射しは暖かく

ブラジル音楽のマルシャをルシッドが独自に解釈をしたような楽しい曲ですね。PVも素敵です。


ルシッド・フォール/家族

今のアルゼンチン音楽なんかの流れと同じ方向性の内省的な曲です。今の東アジアでこんな曲を作れるのはルシッド・フォールだけだと思います。


寒い日が続きますね。今年のクリスマスは雪が降るでしょうか。みなさん、素敵なクリスマスをお過ごしください。

では、またこちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林 伸次




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bar bossa vol.26:bar bossa

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vol.26 - お客様:山上周平さん(SPIRAL RECORDS)
「中島ノブユキと伊藤ゴローのアルバムを作る男の選ぶ9曲」



いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

月の後半はお客様をお迎えして「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨で選曲していただいています。
今回のゲストはスパイラル・レコードのディレクター、山上周平さんです。


林(以下H)「いらっしゃいませ。早速ですが、お飲み物はどうしましょうか?」

山上(以下Y)「いつもな感じで、おまかせでグラスの白を。」

H「じゃあ、普通の白ですね(僕と山上さんだけにしかわからないギャグです。すいません・・・)。では小さい頃の音楽体験などを。」

Y「埼玉の、都心まで電車でちょうど一時間くらいのところで生まれたのですが、不思議なことに、家にはまったく音楽がなかったです。それが逆に、音楽に対する憧憬に繋がったのかもしれません。でも母親は、よく美術館に連れていってくれました。美術や文芸に関心があるのは、その体験が影響しているのかなとも思っています。」

H「家には音楽はなかったけど、お母さんはよく美術館に連れて行ってくれたんですか。なるほど。山上さんと言えばサッカーですが。」

Y「小学校低学年では野球をやっていたのですが、まったく肌に合わなかったんですね(笑)。入ったチームの体育会系のノリが。それを母親にいったら『サッカーやれば』って言われて。足が速かっただけの理由で(笑)。それが4年生のころです。市内に県でも有数のクラブ・チームがあって、まったくの未経験だったんですが、テストに受かったんです。体は小さかったんですが、身体能力が高かったんですね。クラブ・チームなので当然、色々なところから、学校で目立っているようなヤツらが集まってくるので、みんなマセてるんです。そこから文化が入ってくる。音楽はこれがいいとか、ファッションはこれがかっこいいとか。情報交換しあうという(笑)。なので、小学生でヒップホップとか聴いていましたね。でも遊んでるばかりじゃなくて(笑)、サッカーに対する意識も高かったんです。そのチームでは関東大会に出場しました。」

H「なるほど。いかにも東京近郊のマセた小学生って感じですね。たった数分の間に『母親』という単語が2回も出てきたのがまた意外です(笑)。」

Y「中学生になっても、同じクラブのジュニア・ユースに進みました。その頃はまだ部活動のサッカーが主流の時代でしたが。やっぱり嫌だったんですね、体育会系のノリが。そのチームではクラブ・チームの全国大会に出場して、高校生に上がるときに、あるJリーグ・チームのユースのセレクションに合格し、入団しました。高校生のころは本当にサッカー漬けでしたが、音楽への興味は尽きなかったので、限られた時間でレコードを買ったりしていましたね。ヒップホップの新譜や、ソウルの中古盤などを。チームの先輩と練習が終わった後に、その当時あった上野のシスコや、練習場からほど近いディスク・ユニオンに、レコードを見にいったりもしました。ちなみにその先輩はのちにプロになり、日本代表になって、2002年のワールドカップに出ました(笑)。自分はというと、トップ・チームには上がれず、それでもサッカー選手になること以外、考えていなかったので、J1やJ2のチームのテストを受けに行きました。いきなり190センチくらいある外人選手のマークにつかないといけないとか(笑)、いま思うと貴重な経験ですね。本当にサッカー選手になることしか考えてなかったので、大学へ行くことは頭になく、アルバイトをしながらテストを受けたりしていました。しかし鳴かず飛ばずで(笑)。そんな中でもレコードは買い続けていましたね。」

H「その後は、ずぶずぶと音楽の世界へ。」

Y「当時は今みたいに、手軽に情報が手に入らなかったですからね。とにかく、暇を見つけてはレコード屋に足を運びました。そのなかでもよく通ったのが、のちにアルバイトさせてもらうことになる〈ソウル・ブラザーズ〉というソウルやジャズ、レアグルーヴやSSWものを扱う中古盤屋です。いまこの界隈では知らない人はいない渋谷のバー、〈ブレン・ブレン・ブレン〉の宿口さんともそこで会いました。豪さんの愛称で知られていますね。そこに出入りしていた人たちは、本当にレコード/音楽狂で、すごい量のレコードを買っていました。あと、みんなジャンルの横断の仕方が凄いんです。ソウルやジャズのレア盤から、ヒップホップやハウスの新譜、当時盛り上がっていたドラムンベースやアブストラクトまで、とにかく節操がなかった(笑)。そういう姿をみて『こういう聴き方もありなんだ』というのを学びました。いまでもその影響は大きいと感じています。ここにはじめてきたのも、豪さんに連れてきてもらってでしたね(笑)。豪さんには、年齢の差関係なく相手してもらえたことに感謝しています。音楽についても色々教わりました。」

H「スパイラルに入るきっかけは何だったんですか?」

Y「サッカーの道を諦めた後、スパイラルの地下のカイにアルバイトで入ったんですね。当時、盛り上がっていたヘッズ系のライブやイベントが多く開催されていたので、ライブハウスだと思って。そうしたら、タイ料理のレストランで(笑)。それでも数年続けてた後、一度スパイラルを辞めたのですが、今度はスパイラル・レコーズに欠員がでて、声を掛けられて。それから数年、バイヤーを担当していたのですが、徐々にCDの売上が下降していって。そんな状況で〈スパイラル・レコーズ〉という名前で、レーベルを設立することを決めました。」

H「なるほど。そういうことだったんですね。中島ノブユキと伊藤ゴローのアルバムを山上さんは制作しているわけですが。」

Y「いまでもそうですが、まずは自分が何が聴きたいか、ということだけを考えています。そしてアーティストと何度も相談してベースとなる部分を決めて詰めていきます。中島さんの《メランコリア》の時には、『それまでのソロ作品のサウンドを踏襲しながらも、より過激なものを』、ゴローさんの《グラスハウス》のときには『ジャズ、ブラジル、クラシックの要素がハイブリットしたギター・インストを』やりませんか?と、はじめにお話した気がします。方向性が決まったら、曲に関してはおまかせしています。このふたりなら、曲に関して余計なことをいう必要はないかなと。アルバム全体のバランスについては、毎度考えをお伝えしていますが。おふたりはもとより、優れたアーティストには共通して、『メディウムとなる』というような思考方法が、本能的に備わっていると考えています。音楽を作ったり演奏するなかで、『自分の内奥から』というのではなく、恣意、あるいは私意から逸れていくことが見える、といいますか。そんなことは、ピアニストの丈青くんとも話したことがあります。」

H「なるほど。すごく面白いですね。では、これからの音楽ソフトはどうなると思いますか?」

Y「これはよく話題になることなんですが、答えがなくてですね・・・(笑)。ただ最近、久しぶりにレコードで音楽を聴こうと思い立って、買いにいったんですね。そうしたら、林さんもよくわかると思うんですけど、家に帰るまでのワクワク感、やっぱりいいなって思ったんですよね(笑)。そういう意味では、CDやレコード、あるいは本なんかをお店で買うというのは、代え難い体験な訳で、可能な限りその面白さを提案していきたいなと。」

H「そうですね。帰りの電車で意味なく開けてみたりしますよね(笑)。」

Y「少し逸れますが、CDを作るにしても、その作業があらたな出会いの場になればいいなとも思っています。たとえば《グラスハウス》では、ジャケットのデザインを詩人・造本家の平出隆さんにお願いしました。いまではおふたりは、《トーン・ポエトリー》という詩の朗読と演奏の試みをはじめられましたが、このようにひとつ作品が、あらたなあらわれへの通路になるようなことが出来たらと。音楽/文芸/美術/ダンスなど、さまざまなかたちの芸術がありますが、きっとその根底に揺籃するものは同じなのではないかと思っているので。そういう意味で、ことなる領域のアーティストたちが交流する機会というのを、CDの制作はもちろんのこと、それ以外でも作っていきたいですね。たとえば、瀧口修造と実験工房の関係、ルネ・シャールとブーレーズの関係、などといった、多種多様なアーティストたちが出会う場といいますか。大分逸れましたね(笑)。」

H「いえいえ。すごく素敵なお話です。それでは曲の方に行きましょうか。テーマは『中島ノブユキと伊藤ゴローのアルバムを作る男の選ぶ9曲』です。」


1.Gavin Bryars - My First Homage

Y「〈LTM〉からのリリース。まるでアンビエントのよう。」
H「え? 一曲目はギャビン・ブライヤーズですか! 周平さん、メールで『踊れるのお願いしますね』って伝えましたよね。では、2曲目は?」


2. Bartók plays Bartók - Ten Easy Piano Pieces - 5th: Evening in Transylvania &10th: Bear Dance

Y「バルトークのなかでも「基礎的実験期」にあたる時期のピアノ小品集から、自演のものを。透明な響きが美しいですね。高橋悠治さんによる『バルトーク:初期ピアノ作品集』も好きです。」
H「バルトーク本人の演奏ってあるんですね。うわー、ちょっと切なくなるような危うい演奏ですね。次は?」


3.Gilbert Johnson & Glenn Gould, Trumpet Sonata (Paul Hindemith)

Y「Gouldの名演のなかでも、特に好きなものです。のびやかで、曇りのない清澄な演奏。」
H「グールドってヒンデミットのこんな曲も演奏してたんですか。知りませんでした。確かに曇りがないですね。」


4.Silvia Perez Cruz «Iglesias»

Y「スペイン・ジャズ界の重鎮、Javier Colinaとの共演で知られるフラメンコ系シンガー、Silvia Perez Cruzの1stソロ・アルバムから。フラメンコ特有の節回しを感じさせつつ、独特の内省を孕んだ世界が美しいです。渡辺亨さんもお気に入りとか。」
H「良いですねえ。周平さん、幅広いんですね。次は?」


5.La Negra "Costurera"

Y「こちらもスペインのフラメンコ系女性シンガー、La Negraの2ndアルバムに収録された曲のライブ・ヴァージン。こちらも鋭敏な感受性で、フラメンコをベースにさまざまなスタイルを取り込んだ美しいサウンドを聴かせてくれます。」
H「面白いですね。あの辺りのイスラムやアフリカの影響も感じられるし。こういうの未チェックでした。勉強になりました。次は?」


6.Hamilton de Holanda Quinteto - Saudade do Rio

Y「Andre Mehmariとの共演や、最近では〈ECM〉からStefano Bollaniとのデュオでアルバムをリリースしたバンドリニスタ、Hamilton de Holandaのクインテットでのアルバム。ユニークな編成ですが、曲の雰囲気とうまくマッチしています。」
H「アミルトン・ジ・オランダ! ブラジルの新しいショーロの中心人物ですね。確かに『え?フュージョン?』みたいな編成が面白いです。次は?」


7.Hamilton de Holanda - Passarim

Y「こちらはHamilton de Holandaの大分前にリリースされていたソロから《Passarim》です。このソロ・アルバムすごく良いのですが、いまはなかなか手に入らないんですよね。」
H「アミルトンってジョビンのこんな難しい曲を演奏してたんですね。うわー、すごい演奏ですね。この辺り、本気で御社からコンピCDでどうですか?」


8.Trio 202-Helicóptero

Y「これは数年前に林さんに教わって知った、僕のなかではボッサ・クラシック(笑)な1曲。Ulisses Rochaのギターが素晴らしい。」
H「僕も中島ノブユキさんに『こういう編成で1枚どうですか?』って言ったら、中島さんに『この人たち簡単そうに演奏してるけど、こういうの難しいんだから』って言われました(笑)。次は?」


9. Goro Ito《POSTLUDIUM》

Y「最後は宣伝ですみません(笑)。12月4日にリリースの伊藤ゴローの新作《POSTLUDIUM》より、先行EPのレコーディング風景を収めた映像です。アルバムには丈青、秋田ゴールドマン、鳥越啓介、千住宗臣といったミュージシャンが参加しています。是非聴いてみてください。」
H「おおおお! ゴローさんの新譜。ちょっとだけですが聞けますね。良いですねえ。」


Goro Ito《POSTLUDIUM》 スペシャルサイト
Postludium_EP

http://goroito-postludium.com




山上周平さん、今回はお忙しいところ、どうもありがとうございました。
伊藤ゴローさんの新譜はもちろん、まだまだこれからも面白そうな企画が待っているようですね。
山上周平さんの動きに大注目ですね。


もうそろそろ12月ですね。今年もホント、あっという間でしたね。
年末、年始はどんなご予定ですか?
友人や恋人とbar bossaでのひと時なんていかがでしょうか?
暖かい空気とともに、お待ちしております。

bar bossa 林 伸次




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bar bossa vol.25:bar bossa

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vol.25 - バニュルス'99 グラン・クリュとsense of quiet presents "THE PIANO ERA" 2013


いらっしゃいませ。

bar bossaへようこそ。

ハロウインの大騒ぎも終わり、すっかり街に冬の気配が訪れ始めましたね。
そんな冬の始まりにあわせて、bar bossaではこんな甘口ワインはいかがでしょうか。

サペラス家が経営するヴィアル・マニュールというドメーヌのつくるバニュルス'99のグラン・クリュです。

バニュルス'99 グラン・クリュ


1950年代に天然甘口ワインは流行したのですが、今ではあまり飲まれなくなり、生産者があまり残っていないのですが、その中でも丁寧なワイン作りをするヴィアル・マニュールです。
このワインは1999年産の中で最上の区画のブドウから作られており、オークの大樽で6年間熟成されています。「バニュルスにチョコレートを合わせる」というのはソムリエ試験にも出てくる定番中の定番のマリアージュです。是非お試し下さい。

さて、音楽の話に移りましょう。
今回はもしかして日本の音楽史上初めてのことかもしれない、「東京から世界に向けて発信するムーブメント」の話です。

音楽に敏感な方は数年ほど前から、東京を中心としたあるムーブメントが始まっているのをご存知かと思います。
bar buenos airesやHMVのQuiet Cornerの動き、Spiral Recordsで録音されている中島ノブユキや伊藤ゴローの音楽、西荻窪のCDショップ「雨と休日」のセレクトする音楽、「山形ブラジル音楽普及協会」の活動、そしてNRTのsense of quietが開催する音楽公演。

そして、まだ誰もこのムーブメントに名前はつけていません。
この「なんとなく共有している空気感」というのが心地よくて、あえて誰もこのムーブメントに名前はつけないのかも知れません。

今まで私たち日本人音楽愛好家は海外で話題のアーティストをただ日本に招待して、それをありがたく聞かせていただくという方法をとってきました。
そして、その海外で流行している音楽をたくさん摂取して、海外の人間に聞かせるということを想定しないで、この島国の中だけで通用する音楽を作って来ました。
そうなんです。かつては「海外で起こっている音楽」と「日本の音楽」はずっと別ものだったのです。

しかし、今、東京で起こっているこのムーブメントは海外のアーティストも日本のアーティストも同じ地平線上で動いています。「海外」と一言で言ってますが、アルゼンチンやブラジルはもちろん、アメリカやヨーロッパの様々な良質な音楽家を東京から発信している、全てが同時進行のムーブメントです。

そして、今年の11月30日と12月1日にそのムーブメントを象徴するようなフェスティバルが開催されます。sense of quiet presents "THE PIANO ERA" 2013です。

フェスティバルの詳しいことは、JJazz.Netのブログで以前にお知らせがありましたので、そちらを参考にしていただくとして、今回は出演者の音を聞いてもらいたいと思います。


矢野顕子

説明不要の方ですね。日本に彼女のフォロワーをたくさん作った偉大な音楽家です。


高木正勝

自ら撮影し加工した映像制作と、ピアノやコンピューターを使った音楽制作は世界から注目されています。


中島ノブユキ

ジェーン・バーキンのワールドツアーの音楽監督、NHK大河ドラマ「八重の桜」を担当。オーケストレーションの魔術師が魅せるソロ・ピアノ。


平井真美子

2012年、新進気鋭のアーティストに贈られる、アメリカのS&R Washington Awardを受賞。映画『白夜行』の劇中音楽を担当。


Andre Mehmari

98年ブラジルで最も有名なMPBコンペティションで優勝。99年自宅のスタジオで、全26の楽器を演奏、多重録音によるソロアルバム『Canto』を制作。


Nora Sarmoria

<アルゼンチン音響派>とカルロス・アギーレなどコンテンポラリー・フォルクローレを繋ぐ、この国が誇るパフォーマーの一人にして、最高にユニークな作曲家。


Nils Frahm

ポスト・クラシカルの期待のピアニスト。2012年リリースのミニ・アルバム『Screws』では左手の親指にボルト4本を埋め込むという大怪我を負ってしまった彼が思い付いた"9本の指による9曲の短い楽曲制作"。


どうですか?
こんなフェスティバルが2013年に東京で行われるという事実が僕は嬉しくて仕方がありません。
bar bossaでもこちらの"THE PIANO ERA" 2013のチケットを販売しております。
21世紀初頭に東京から世界に発信されていた「あのムーブメント」にあなたも出会ってください。


さて、もう12月の話をしているということは、あっという間にクリスマスですね。
今年はどんな予定になりましたか?
楽しいクリスマスが迎えられると良いですね。

それでは、またこちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林 伸次




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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
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bar bossa vol.24:bar bossa

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vol.24 - お客様:筒井奈々さん(DU BOOKS)
「10代の自分に聴かせたい音楽」



いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

月の後半はお客様をお迎えして「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨で選曲していただいてますが、今回も女性で、「私がコンピCDを作るんだったらこうするかな」です。ゲストはディスクユニオンの出版部門「DU BOOKS」の編集者であり、DJとしても活躍中の筒井奈々さんです。


林(以下H)「いらっしゃいませ。お飲み物は?」

筒井(以下T)「モヒートをお願いします。」

H「小さい頃の音楽体験のようなものを教えてください。」

T「祖母が日本民謡の師範で、教室を開いていた影響もあって、3歳から日本民謡を祖母に習い始めました。初舞台も3歳です。なので、物心つく前から歌を歌っていまして、特に好きとか嫌いとか感じる前からやらされていた、といいますか。祖母が亡くなるまで、15年間ほど民謡は続けていました。」

H「え。早速すごい話ですね。おばあちゃんはどんな人だったのでしょうか。」

T「祖母は気難しいところもありましたが、基本的におもしろいこと・みんなで楽しく騒ぐことが好きな豪放磊落な性格で、且つ酒豪でした。お酒の飲み過ぎで肝臓を壊して亡くなった祖母を反面教師にしつつ、よくぞそこまでと、とても尊敬しています。ちなみに、私と祖母は、顔も性格もお酒の飲み方もそっくりで、隔世遺伝と言われています。一家でお酒をたしなむのは、その亡くなった祖母と私のみです。」

H「おばあちゃん、かっこいい・・・」

T「また、祖父は、戦争中、部隊に従軍して兵隊さん達を慰問する楽団に所属していたようで、家には古いサックスがあります。どうもジャズが好きだったようですが、祖父自らその話をしてくれたことはないので、特に無理矢理尋ねたことはありません。父母は特に目立った音楽好きというわけではないので、そこも隔世遺伝なのかもしれません。」

H「筒井さんにとっての生まれて初めてのCD、レコードは?」

T「松田聖子の『ピンクのモーツァルト』と堀ちえみのなにがしかのEPでした。母方の親戚が、高知県でレコード店を営んでいて、高知県を訪れた時にいただいたものだったと思います。」

H「なるほど。」

T「小学校低学年くらいまでは、テレビに登場するアイドル歌手(当時も今も、男性よりも女性のアイドル歌手が大好きです)の名前を片っ端からノートに記録しておいたり、この頃からアーカイヴづくりが好きだったみたいです。小学3~4年生の時にCD付きWラジカセを買ってもらいました。小学校高学年は歌謡曲やJ-POP(の走り)みたいなものを熱心に聴いていました。あとは、おニャン子クラブの次世代アイドル集団・乙女塾が輩出したCOCOというアイドルグループが好きでした。名曲ばかりだったなあと今でもYoutubeでよく振り返ります。」

H「民謡からアイドル・・・そして?」

T「中高一貫の女子校に入学しました。中学入学と同時に、ハードなB'zファンになりました・・・。女子中学生たるもの、やはりアイドルや俳優など、なにかにどっぷりハマりたがるもの・・・。ファンクラブにも入り、闇グッズなども買い集め、完全にB'zクレイジーになっても、男性の目がないのでへっちゃらでした。そして周りの同級生たちも、ほとんど全員が誰かのファンで、そんな盲目状態に陥っていました。そんな中1のある時、民謡をやっているという噂を聞きつけたある同級生に、バンドに勧誘されました。うちの学校は、中高生は一緒に部活を行なうのですが、ロックバンド部だけは(不良とみなされていたのか)、中学3年までは入れなかったのです。そこでこのバンドは、中1~2は独自でバンドを組んで練習を積み、中3で部活に正式加入という方法をとりました。」

H「中1でバンドを始めるんですね。すごい・・・」

T「バンドでは、メンバーの意向で、ビートルズ、ストーンズ、デヴィッド・ボウイ、スージー・クアトロ、ジャニス・ジョプリンのカバーなどばかりやっていて、中1のわりに激シブでした・・・。中3になり、『中1からバンドをやっている!』という鳴り物入りでバンド部に入ったのですが、やはり校内の人気を得るには日本のバンドをカバーせねばならない、と急遽、ユニコーンやJUDY AND MARY、THE YELLOW MOKEY、TOKIOまでもレパートリーに入れました。メンバー5人の趣味が新旧洋邦バラバラで、でもお互いの音楽性を尊重するという、校風がにじみ出た結果かもしれません・・・。」

H「東京の女子校ってそんな感じの子がいるんですね。」

T「私個人としては、中1から中3の途中まで、B'zが好きすぎて、B'zのメンバーが過去に聴いていたアーティスト(主に70~80年代のHR/HM)をも追いかけて聴いていたのですが、バンドのメンバーが、当時流行していたブリットポップのバンド、blurとoasisを貸してくれて、中学3年でブリットポップやオルタナティブ・ロック方面に開眼しました。当時、彼女が手を差し伸べてくれなければ、今でもB'zを狂ったように聴いていたかもしれません。また、彼女の影響で、中学3年から高校卒業までずっと「rockin' on」を読み続けました。今みたいな性格になったのは、当時のrockin' onの影響もあると思います。西原理恵子さんの四コマ漫画には、価値観の形成という意味でとても影響を受けました。」

H「そしてrockin' onですか。あの雑誌は日本中の若者の人生を狂わせてますね。ライヴは行ってましたか?」

T「中学1年の時に、GET A GRIPツアーで来日したエアロスミスのコンサートに行きました。コンサート初体験です。その後はB'zやドリカムといったコンサートに行っていました。高校1年で初めてオールスタンディングのライヴに行きました。FOO FIGHTERSの初来日公演です。その後、大学受験の勉強に専念するまでにたくさんのライヴに行きたくて、ash、ルシャス・ジャクソン、cibo matto、WEEZER、John Spencer Blues Explosion、BOSS HOG、Sugar Ray、・・・と来日するめぼしいバンドにはほぼ、また、当時は日本のハードコアパンクバンドが盛り上がっていたので、Hi-Standard、ヌンチャク、BACK DROP BOMB、Coke Head Hipstars、RUDEBONES、SCAFULL KING、SUPER JUNKY MONKEYなどなど、洋楽邦楽問わず、CDを買ってはライヴに行っていました。その一方で、2ndアルバムから、遅ればせながら小沢健二の文学性にハマり、小沢健二のコンサートにも激しく通っていました。思春期の倦怠感(ただし、恋愛沙汰は皆無)を小沢健二の1stの虚無感とすり替え、浸って聴いていました。」

H「すごい・・・」

T「当時は、学校帰りに、タワーレコードやデパートなどでセーラー服から私服に着替え、ローファーからスニーカーに履き替えて、ライヴハウスに行くのが、本当に楽しかったです!おそらくライヴハウスでは最年少でしたが、お酒やたばこなんかにまったく興味がなく、試したことすらありませんでした。ライヴ帰りにハンバーガーを食べながら、女子校の同級生たちと感想を言いあい、0時頃に家について母に怒られる、その繰り返しでした。健全なものです。校内に一緒にライヴに行ける仲間がたくさんいたのは本当に幸せでした。毎日のようにコンセプト立てたオリジナルカセットテープをつくっては交換し合い、一緒にユニオンやレコファンで中古を探し、タワーで新譜の予約をして特典のポスターやステッカーを自慢し合ったのは、涙が出るくらいいい思い出です。ただし、中高を通じて一般男性としゃべった時間は、父や弟、先生をのぞいたら、6年で2時間以内程度だったと断言できます。我が青春、音楽と友情のみと共に有りです。」

H「あの、僕、ライヴばっかり行ってる娘がいまして、今、ちょっと目頭が熱くなってます。」

T「大学に入学するにあたって、当時は日本のハードコアパンクにはまっていたので、高3で志望校の文化祭に足を運んだ際、『この学校でもこんな音楽をやる人がいるんだ』と思った激しいライヴをしていたサークルの門を叩きました。その文化祭でライヴを観た後、そのメンバーの人たちに『このサークル入りますんで』と宣言しに行って、4月には『入りました~』と部室に飛び込んだら、『文化祭で入部する気満々で話しかけてきたから、受験生じゃなくて付属校あがりの子かと思ったよ』と言われました。」

H「ふーん。東京の音楽好きの女の子ってそんな感じなんですね。勉強になります。」

T「そのサークルは、実は、そのようなハードコアパンクも演奏するし、もっと古いロックも演奏するし、HIPHOPが好きな人もいればFUNKが好きな人もいる、音楽的に寛容なサークルでした。私が聴く音楽の幅も、ここでグッと広がりました。女だらけの女子校生活を経て久々の共学でしたが、選んだサークルに誤りがなかったのか、非常にスムースな人間関係および大学生活を送ることができました。ここで選択ミスを犯していたら、どんなに孤独だったことでしょう!女子アナになるような生徒が沢山いる学校・学部だったので、趣味の合う音楽サークル仲間以外にほとんど友人はいませんでした。このサークルで初めて黒人音楽というものを意識し、さらにはハウスミュージックに出会いました。DJをやっている先輩のプレイを聴きに、初めてYELLOWに行ったのも懐かしい思い出です。その後自分がハウスミュージックのDJを始めることになるとは・・・・・・。ワールドミュージックやジャズのおもしろさも徐々に知り、大学卒業時には現行のロックにほとんど興味が無くなってしまいました。」

H「ええと、わかりにくいと思うので読者の方にお伝えしますと筒井さんは雙葉と慶応に通いました。」

T「大学のサークルの先輩で、54-71というスカム・ジャンクバンドがいて、ある一部の界隈では有名だったのですが、54-71のライヴには4~5年ほど皆勤で、ずっと通っていました。リズムや音の構成は今聴いても痺れます。メロディの美しさなどとの対極にある、構成の美学を感じます。ライヴをやったり、ライヴに行ったり、クラブに行ったり、レコード屋に通ったり、とほんとうに自由に楽しくやっていました。ハードな受験勉強の反動もあってか、ストイックに音楽を求道するのではなくひたすら好きな方へ、楽しい方へ、という感じでふわふわしていただけでした。意識の低いただの音楽好きです。新宿のクラブOTOで友人のDJを聴いた後、早朝に先輩たちの車でお台場までひとっ走り、一限に間に合うよう、港区の校舎まで戻ってもらったり、遊びでクラブイベントをはじめたり、中高時代とは違う音楽の楽しみ方を学んだのもこの頃です。大学卒業後は、青山ファイのディープファンクのイベントの後にMIX、というコースでよく遊んでいました。また、菊地成孔さんにハマッたのもこの頃です。菊地さんのコンサートや大学の講義にもよくもぐりこみに行きました。」

H「筒井さんの音楽体験は東京の音楽文化を考える時の貴重な資料になりそうですね(笑)。音楽の仕事をしようとは思わなかったのでしょうか?」

T「高校時代に音楽に関して多大なる影響を受けた、当時blurやoasisを貸してくれた女子校の同級生は、大学は別でしたが、より自由に活動を続け、着実にその音楽力を蓄積していました。また、私の大学のサークルにも、バンドサークルなのに『リスナー』と称してジャンルを無視して、有名無名問わずフラットに聴ける耳と膨大な知識を持つ先輩がいて、その2人には相変わらず影響を受けまくりました。こんな2人がいるのに、私が音楽を仕事にできるわけがない、と音楽を仕事にすることは早々にあきらめていました。また、本当に好きなものは仕事にしない方がいい、と感じていたのかもしれません。私は、音楽もひとつの『文化』として扱える、文化を担える仕事がしたいと、出版業界に足を踏み入れたのです(ただ、その同級生の女の子とは今ではまさかの同僚です。縁だなあと感じます)。」

H「その後、DJを始めたんですよね?」

T「社会人になっても相変わらずサークル仲間とはつるんでいたので、ごく最近まで一緒にライヴやクラブに出かけていました。最近は、それぞれ仕事や家庭で忙しくなり、頻繁に会いますが、もう音楽という媒介は必要としていません。私自身は、社会人になってアイデンティティーが揺らぎ、自分は音楽が好きなのだ、と改めて感じたこともあって、30歳を過ぎて遅ればせながら、DJ活動に熱心になりました。今まで聴いてきたいろいろなジャンルの音楽をアウトプットできるDJはとても楽しいです。またダンスミュージックのDJとなると、テクニックやグルーヴなどのフィジカルな部分のスキルも必要で、まさに『考えるな、感じろ』です。どうすれば体が動くか、という部分で音楽を聴いたり踊ったりするのは、今まで知識を蓄えたり、その音楽のバックグラウンドを考えたりして、頭でしか音楽を聴いてこなかった身としては新鮮で、魅了されています(もちろん知識がある前提で、それを瞬時に体感的に音で表現できるのが最強のDJだと思います!)。」

H「今後の世界の音楽について思うことなどを。」

T「20代の若い人がYouTubeで気軽に音楽を聴けるようになったのは、うらやましい限りです。でも、YouTubeやネット情報だけだと、50年代から連綿と続く大衆音楽の歴史が断片的にしか切り取られていないので、若い人が系統だてて音楽を聴く手段がなくなっているなあと思います。例えば70年代はロックが全盛で、一方で黒人音楽が開花し、80年代はMTVの影響とニューウェイヴ、90年代にはオルタナロックが流行って・・・みたいな説明の仕方って、今後は共通言語として有効じゃなくなるし、今後の年代はこういう説明は大まかにしかできなくなりますよね。音楽をつくる人は、断片的にでもいいものを嗅ぎ取るセンスがあれば、年代なんて関係なく影響を受けてアウトプットができると思うのですが、ジャーナリズムとして音楽を捉えようとする若い人は、今後、自己学習が大変になるんじゃないかな、と思います。出版人としては、そのアーカイヴを少しでもまとまった書物として残せたら、という気持ちがあります。」

H「筒井さんらしいお言葉です。筒井さんの今後は?」

T「DJ体験がまだまだ新鮮で楽しく感じているのと同様、本づくりが楽しい毎日です。できれば、DJと編集者の活動を両方続けて、どちらにもいい影響を与えていくような関係を築いていきたいです。どちらの活動も、『たくさんの人と会って、初対面でもいろいろな話ができる』という特徴があるのですが、それは私の性格にとても合っているようです。音楽を通じたコミュニケーション力は、大人になっても活かされています。」

H「ありがとうございます。それでは、選曲に行きましょうか。テーマは?」

T「はい。テーマは『10代の自分に聴かせたい音楽』です。≪≫の中は、10代の自分の声です。」

H「≪≫の中は、10代の自分の声・・・ それでは1曲目は?」

山下達郎 / SPARKLE



T「普遍的で良質なポップスの意味や良さは、10代の自分は理解できませんでした。当時は、マイナーなものこそ最高!誰もが知っている音楽なんて死ね!くらい思っていました。そんな私が山下達郎の1曲1曲に鳥肌を立て、コンサートに行くまでになるとは。10代の自分の偏狭な視野を呪います。『LOVE TALKIN'』のeditはDJでよくかけます。≪売れてる音楽聴いてるのってかっこ悪い!≫」

H「筒井さんの音楽体験を教えてもらった後なので、すごく感動的に響きますね。次は?」

NU SHOOZ / I Can't Wait



T「ディスコ音楽が好きでDJでもよくかけるのですが、80年代のダサくていなたくて軽薄な感じとシンセが新鮮で、大大好きです。なんでカウベル叩きながら歌ってるの・・・?なんでライヴなのにフェイドアウトなの・・・?こんな音楽が好きって言ったら10代の私に軽蔑されます。大好きです。好きすぎてレコード2枚持ってます。≪(ダサすぎて呆気にとられて無言)≫」

H「10代の私にというコンセプトがわかってきました(笑)。次は?」

Kate Bush / Running Up That Hill (Ashley Beedle Edit)



T「アラサーでDJを始めた時、すごく影響を受けた現場の先輩がいるのですが、彼らのMIXに入っていて知った曲です。「恋のから騒ぎ」だけじゃないケイト・ブッシュ。アシュリー・ビードルのeditで、完全にダンスミュージックになっています。展開もメロもエモすぎて、かけてて興奮します。好きすぎてレコード2枚持ってます。≪理解できない≫」

H「人との出会いと音楽との出会いが筒井さんを形成しているんですね。素敵な人生ですね。次は?」

ポピーズ / 恋は気分



T「10代の私にバンドでこの曲でもやったら?とアドバイスしたいです。なんかモテそうだし・・・・・・。ベースもドラムもかっこいいし、つい口ずさんでしまう歌謡ロック!昭和49年生まれの名曲!先輩の54-71のメンバーがドラムを叩いていたローリー寺西さんのライヴでカヴァーされていて『何このかっこいい曲!』と衝撃を受け、知りました。≪これならやってもいいかも♪≫」

H「これ、かっこいいですね。歌詞もかっこいいし。10代の筒井さんもこれは好きになりそうですね。次は?」

南部俵積み歌



T「青森県の民謡で、この曲も祖母に習っていました。今でもほとんどの民謡の歌詞を暗記していて唄えます。最近懐かしくてYouTubeで検索しては一緒に唄っています。これは香西かおりさんと長山洋子さんが唄うオーケストラの豪華なバージョンです。藤あや子さんが唄う秋田民謡もすごくイイです。民謡は農民や漁師のブルースなんだなと大人になってから思いました。やっと良さがわかりました。≪民謡のせいでこぶしが効いちゃうのが嫌≫」

H「おばあちゃんに小さい頃こういう音楽を教えてもらってたのは筒井さんにとってすごい強みですね。羨ましいです。次は?」

JONI MICHELLE / BLUE



T「大人になれば、いくつかの失恋も経験しました。10代の私にはちっともその気持ちがわからないでしょうけど。このアルバムがどん底の気持ちを救ってくれました。聴くだけで、『この人、孤独をわかってる』って思いました。≪今一番つらいのは早起き。学校が遠いから毎日6時前に起きてます≫」

H「うわ。僕、そういう女性の言葉に弱いんです。うわ、ちょっとこれ聴けないかも・・・ えと、次は?」

STEVE REICH / MUSIC FOR 18 MUSICIANS



T「生命とは、命とは、私っていったいどこから来たの?・・・と頭のなかが混乱してしまう、こんな音楽をつくり出せることに感動。さらにこの動画で観るライヴ感が最高!生演奏でこのミニマルミュージックを1時間!会場で宇宙に思いをはせながら舟を漕ぎたい。≪眠すぎ。つまんない。zzzzzz≫」

H「ライヒも聴くんですね。確かにそうですね。宇宙に向かって舟を漕ぎ出したくなりますね。次は?」

ALICE COLTRANE / JOURNEY IN SATCHIDANANDA



T「こういったスピリチュアルな音楽は、10代のロック少女には到底聴けるものではありません。即物的な8ビートこそが若い体を動かすのです。しかし、大人になったらこういう精神世界を照らす音楽こそが心が解放されてリラックスを得たり、インスピレーションが働いたりとうんぬんかんぬん・・・≪眠すぎ。超つまんない。zzzzzzZZZZZZ≫」

H「10代の筒井さんの突っ込みが、筒井さん独特の『シャイさの表現』だということが理解でき始めました(笑)。次は?」

THEO PARRISHのDJプレイ



T「10代の自分は自意識が肥大していて、音楽も頭でしか聴けなかったため、音楽を聴いて我を忘れて踊る行為というのが理解できなかったのです。大好きなこのDJのプレイは音はもちろん、プレイ中の動きだけでもテンションが上がります!画質は悪いですが、聴いてる人たちも幸せそうで、素晴らしい動画。≪DJってなにやってるのかわからないし、一心不乱に踊ってる人、気持ち悪いんだけど...≫」

H「あ、お昼で外なんですね。ふむふむ。確かにみんながすごく音楽で幸せそうですね。素敵ですね。さて次は最後の曲ですが。」

luscious jackson / water your garden



T「高校時代に大好きだった(けどちっとも売れなかった)渋グルーヴィなグランドロイヤルレーベルの女性バンドですが、未だに好きです。人前でDJをして、さらに、この曲をいまだプレイしていると当時の自分に教えたら、仰天すると思います。≪30過ぎて、いったい何やってるの!?≫」

H「筒井さんの音楽の趣味のテーマで、『女性性』っていうキーワードがあるんですね。『こういう女性になりたい!』って気持ちなのでしょうか。今回はお忙しいところ、どうもありがとうございました。あれ、もう10曲終わりましたよ。何を鞄から出してるんですか?」

T「あの、私が編集した本を宣伝しても良いですか?」

H「ええと、ここはそういう場所ではないのですが、じゃあ一冊だけですよ。」

T「はい。あの、渋谷のbar bossaの店主、林伸次さんが本を出します。『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか? 僕が渋谷でワインバーを続けられた理由』というタイトルです。林さんがレコード屋の店員だった頃からどんな風にしてバーを始めたのか。どうやって17年続けてきたのか。そんなことが書いてある本です。いつかお店をやりたいなあなんて人にはもちろん、人生これからどうしようなんて行き詰っている人にも読んで欲しいです。」

H「あ、僕の本だったんですね・・・ あの、ありがとうございます。」


バーのマスターはなぜネクタイをしているのか? 僕が渋谷でワインバーを続けられた理由
バーのマスターはなぜネクタイをしているのか? 僕が渋谷でワインバーを続けられた理由

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筒井さん、今回はお忙しいところどうもありがとうございました。これからも良い本と良いDJ、そして音楽のある素敵な人生を楽しんでくださいね。

そろそろ冬が近づいて来ましたね。クリスマスはどうしようかなあ、なんて考え始めている頃ではないでしょうか。

それでは、またこちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林 伸次




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vol.23 - 「Lucid Fall / "Lucid Fall (The Best of)"」


いらっしゃいませ。

bar bossaへようこそ。

以前にご紹介した韓国SSWルシッド・フォールのベスト盤CDが、10月17日にインパートメントから発売されます。
今回もまた、ボサノヴァやジャズに詳しい韓国人ジノンさんをゲストに迎えて、ルシッド・フォールについて教えてもらいます。

林(以下H)「ジノンさん。こんばんは。やっと待望のルシッド・フォールの日本盤CDの発売が決まりましたね。今回も色々と教えてくださいね。」

ジノン(以下J)「こんばんは。こちらこそよろしくお願いします。日本でルシッド・フォールがどう受け入れられるか楽しみですね。」

H「さて、bar bossaでルシッド・フォールをかけていると、『これはフランス語ですか?』とよく質問されます。例えば佐野元春とか桑田佳祐とかは、日本語なんだけど、わざと英語っぽく聞こえるような日本語を歌っています。ルシッド・フォールにそういう意識ってあると思いますか?」

J「そうですか。韓国語がフランス語に聞こえるなんて僕にはすごく新鮮な感じがしますね。うーん、どうしてでしょうか。ルシッド・フォールにそういう意識はないと思いますが、一般的に外国人が感じている韓国語の特色を考えてみると、確かにすこし柔らかいというか丸い感じがしますね。わざとフランス語っぽくといっても韓国人には普通に韓国語に聞こえると思いますし、僕にも韓国語に聞こえます。もしかして『わざとフランス語っぽく』という意識で歌ったら、きっとどこかで違和感が存在するはずだと思いますが、あまり違和感を感じたことはありません。逆にそういう感覚で歌ったら、普通の韓国人の情緒から考えてみると結構嫌がれるかもしれません(笑)。」

H「なるほど(笑)。」

J「ということで、やっぱりルシッド・フォールにそういう意識があったのではなく、曲の雰囲気、彼の声が持っている特徴、まるで静かに詩を吟ずるような歌い方などの影響ではないでしょうか。もう一つ、僕の個人的な意見ですが、彼の曲を聞いていて無意識に感じられるのが、比較的に母音の数が多いように聞こえたり、パッチム*が少ない感じで聞こえたりすることです。なお、パッチムがあったとしても丸い、柔らかい感じに発音される子音が多いように聞こえますね。それがいわゆる彼の詩的感覚の特徴なのかはわからないのですが、僕はそれが一番のポイントなのではないかと思いました。まあ本当に個人的な意見ですが(笑)。」
*パッチム : ハングルの『子音+母音+子音』という構成のなかで最後の音をあらわす子音のこと

H「先日、ドリンジ・オーさんに『ホンデのインディーズ・シーンはルシッド・フォールのフォロワーのアーティストが中心になって活躍している』という話を聞いたのですが、そんな感じはしますか?ホンデのインディーズ・シーンや雰囲気を教えてください。」

J「そうですね。ドリンジ・オーさんのご意見には同感です。うーん、何曲か一緒に聞いてみましょうか。」





J「たとえば、この2曲はある意味、ホンデのインディーズ・シーンの象徴的な曲だと思います。Deli Spiceは1997年のファーストアルバム、Crying Nutは1998年のファーストアルバムです。ちょうど現在のホンデの空気感が形成された時期ですね。モダンロックとかパンクの感覚、それが僕のなかにある90年代後半のホンデ、そしてインディーズ・シーンの印象でした。」

H「日本で韓国のインディーズ・シーンというと、こういうイメージを持っている人も多いですよね。」

J「はい。そしてそんな雰囲気のなか、ルシッド・フォール名義で活動し始める前に彼が活動していた『ミソニ』がこんな音楽を発表しました。1998年のことです。」





J「急にbar buenos airesとかQuiet Cornerの感覚に行ってしまいました(笑)。90年代後半にこのようなモダンフォークの感覚を持って登場したのが、ドリンジ・オーさんがおっしゃてたことに繋がるきっかけだったのではないでしょうか。もちろん、遡ってみると80年代後半から90年代初頭に韓国の良質のポップを発表した『ドンア企画(동아기획)』、『ハナ音楽(하나음악)』という優れたレーベルの影響もかかせない要素だと思いますが、いまのホンデのインディーズ・シーンを考えてみるとドリンジ・オーさんのご意見のとおりだと思います。」

H「なるほどです。」

J「では、次は『才州少年』の2003年のファーストアルバムから『明倫洞』という曲です。因みに、『明倫洞(ミョンリュンドン)』はソウルにある地名です。歩いて仁寺洞(インサドン)とか北村(プックチョン)に行けるくらいの距離のところにあります。」





J「もっといまの感覚に近づきました。この曲に『耳もとにフォールの音楽がぐるぐる回っていたね』という歌詞がありますが、『もしかしてフォールってルシッド・フォールのことじゃないの?!』という噂話をよく聞きました。もちろん、事実関係は詳しくわからないですが(笑)。 この音楽を聞いてルシッド・フォールを連想したということは、それだけ、ルシッド・フォールが影響力を持っていたということではないでしょうか。」

H「ジノンさん、ありがとうございます。では、ルシッド・フォール周辺のミュージシャンについても教えてください。」

J「では、こんど発売される日本盤ベストCDに参加しているアーティストを解説しますね。Trナンバーは今回のCDの曲順にあわせました。曲目もあわせてご覧下さい。」

曲目
1. あなたは静かに (그대는 나즈막히)
2. 寂しいあなた (외로운 당신)
3. Kid
4. 歩いて行こう (걸어가자)
5. Sur Le Quai(Instrumental)
6. レ・ミゼラブル (레미제라블) (Part 1)
7. ラオスから来た手紙 (라오스에서 온 편지)
8. 綱渡り (외줄 타기)
9. 悪戯っぽく、或いは優しく (장난스럽게, 혹은 포근하게)
10. あなたの悲しみが見えるときは (그대 슬픔이 보일 때면)
11. 水になる夢 (물이 되는 꿈)
12. 鳥 (새)
13. 見えますか? (보이나요?)
14. ムンスーの秘密 (문수의 비밀)
15. 心は夕焼けになって (마음은 노을이 되어)


アーティスト解説
유희열 You, Hee-yeol [key] Tr.13
1971年生まれ。1992年に『第4回ユ・ジェハ音楽競演大会』で大賞を受賞。1994年、プロジェクト『TOY』でデビュー。90年代から韓国のSSW系を代表している。FMラジオのDJ、テレビ番組のMCとしても有名だ。特に彼がパーソナリティーだったFMラジオの番組はどれも音楽的に、バラエティ的に話題になり、韓国ではかなりの人気であった。現在、ルシッドフォールを同じくアンテナミュージックに所属。

함춘호 Ham, Chun-ho [g] Tr.11
1961年生まれ。1980年代の叙情的なフォーク音楽の代表する『詩人と村長』にメンバーでデビュー。その卓越なギター実力は韓国ではすごく有名で、現在に至るまでさまざまなセッションに参加している、韓国を代表するギタリスト。

크리스 바가 Chris Varga [d] Tr.11
1968年生まれ。ジャズドラム、ヴィブラフォン奏者。アメリカ、ヨーロッパ、アジア各国での活動を経て、韓国に定着。ジャズを中心にさまざまなセッションに参加している。

전성식 Jeon, Sung-sik [b] Tr. 1, 4, 10, 11, 14
韓国を代表するジャズベーシスト。韓国のジャズマガジンからベストベーシストやベストインストルメンタルに選定されたことがある。セッション参加やUlf Wakeniusとのアルバムを発売するなどの活動をしている。

강민국 Kang, Min-guk [key] Tr. 4
1995年『第7回ユ・ジェハ音楽競演大会』で銀賞を受賞。ルシッドフォールや屋上月光が参加している「あなたを愛しています」を含め、さまざまな映画サントラの音楽監督を担当している。

정수욱 Jung, Soo-wook [g] Tr. 1, 10, 14
1971年生まれ。Berklee College of Music卒業。韓国のポップ、ジャズ系のセッション、アレンジ、ライブ活動を行っている。放送、映画音楽やChick Corea, Gary Burton, Mike Sternのような海外ジャズミュージシャンとのワークショップ、マスタークラス活動も行っている。

김진아 Kim, Jin-a [key] Tr. 10, 14
ジャズ、ポップなど、各界からセッションで活発に活動している4人の女性ポップバンド『DOT』のメンバー。

송영주 Song, Young-ju [pf] Tr. 1
韓国を代表する女性ジャズピアニスト 。Berklee College of Music卒業。NYのBlue Noteや日本でのライブツアーなどの活動や、韓国の代表的なポップミュージシャン(『展覧会』のメンバーだったKim Dong-Ryulなど)のセッション活動を行っている。

이도헌 Lee, Do-heon [d] Tr. 1, 2, 8
韓国のジャズギタリスト『パク・ユヌー』トリオのメンバー 。最近はインガー・マリエの韓国ライブのために来たときに『パク・ユヌー』トリオとともに共演したこともある

전제덕 Jeon, Je-duk [harmonica] Tr. 15
盲目のジャズ・ハーモニカ奏者。高校卒業後、同級生3人と「タスルム」というサムルノリ・チームを結成。89年の「第一回世界サムルノリ大会」では審査委員特別賞を受賞し、93年の「第五回世界サムルノリ大会」では大賞を受賞、チョン・ジェドクはMVPに選ばれる。96年にラジオでトゥーツ・シールマンスのハーモニカに出会い独学でマスター。その後、数多くのセッションに参加し、2004年にファーストアルバムを発表。

박새별 Park, Sae-byul [rhodes, key] Tr. 3, 15
안규환 An, Kyu-hwan [b] Tr. 3, 15
임채광 Im, Chae-kwang [d] Tr. 3, 15
김용린 Kim, Yong-rin [g] Tr. 3, 15

2006年、ルシッドフォールと『歌の灯り』というライブで出会って、知り合うことになったメンバーたち。『Kim, Yong-rin』は韓国のモダンロックバンド『Dear Cloud』のメンバー。『Park, Sae-byul』は現在アンテナミュージック所属。

한진영 Han, Jin-young [b] Tr. 7
박정준 Park, Jung-jun [d] Tr. 7
정순용 Jung, Soon-yong [g] Tr. 7

韓国インディーズが登場しはじめた90年代中盤に結成し、1999年、デビューした韓国インディーズを代表するモダンロックバンド、My Aunt Maryの3人のメンバーたち。『Jung, Soon-yong』はソロ・プロジェクト『Thomas Cook』を、『Han, Jin-young』はパンクロックバンド『Yellow Monsters』の活動をやっている。

박명희 Park, Myung-hee [b] Tr. 12
男女2人組のロックバンド、Mr.Funkyのベーシスト、ボーカル、SSW。Mr.Funkyのアルバム発売の頃、ミソニやルシッドフォールのセッションで活動した。女性ベーシストとしては珍しくライブやレコーディングセッションをすべて完璧に演奏ができるミュージシャンとして認められた。

찰리정 Charlie Jung [g] Tr. 2, 8
韓国のブルース・ギタリスト。アメリカ留学のあと、帰国し、韓国の有名バンドのセッションで活動。2012年、初のソロアルバム『Goodbye McCadden』を発売。

김정범 Kim, Jung-bum (pf,key) Tr. 2, 8
韓国の作編曲家/ピアニスト。バークリー音大、ニューヨーク大学で本格的にジャズを学んだ後にプディトリウムをスタート。確かなアレンジや演奏技術に加え、楽曲に応じてFt.されるヴォーカルもマッチした独自のスタイルで聴かせる、ジャズ、ブラジル音楽、フレンチポップス、映画音楽。クラシックなどのテイストが印象的。

최선배 Choi, Sun-bae (flug) Tr. 2
韓国ジャズの第一世代を代表するトランペット奏者。1960年代初から活動して、スタンダードからフリージャズまで幅広く活動している。


H「韓国には日本に紹介されていない面白いミュージシャンがたくさんいるんですね。」

J「そうですね。これからこのCDをきっかけにお互いの国のミュージシャンが行き来して一緒に演奏できたりすると面白いですよね。」




ジノンさん、今回もお忙しいところ、どうもありがとうございました。
では、最後にルシッド・フォールの可愛い曲を1曲聞いてください。
「ムンスーの秘密」です。





CDにはジノンさんが翻訳した日本語歌詞やルシッド・フォール本人の全曲解説、そしてルシッド・フォールからの日本のリスナーへのメッセージもあります。
みなさん、是非、楽しみにお待ち下さい。

Lucid Fall
"Lucid Fall (The Best of)"

Lucid Fall (The Best of)

商品ページ: http://www.inpartmaint.com/#/post-6951

つい最近まで「猛暑」の話題ばかりだったのに、いつの間にかすっかり秋ですね。この秋に発売される「ルシッド・フォール=輝いた秋」、是非、店頭で手に取ってみてください。

それでは、またこちらのお店でお待ちしております。


bar bossa 林 伸次




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bar bossa information
林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

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●東京都渋谷区宇田川町 41-23 第2大久保ビル1F
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bar bossa vol.22:bar bossa

bar bossa


vol.22 - お客様:武藤サツキさん(スモール・サークル・オブ・フレンズ)
「食欲や元気無いとき聴いたら、この音おかずにご飯三杯いけます(サツキ調べ)」



いらっしゃいませ。bar bossaへようこそ。

月の後半はお客様をお迎えして「俺がコンピCDを作るんだったらこうするね」という趣旨で選曲していただいてますが、今回は初めての女性で、「私がコンピCDを作るんだったらこうするかな」です。
ゲストはなんと、スモール・サークル・オブ・フレンズの武藤サツキさんです!(拍手)


林(以下H)「いらっしゃいませ。早速ですが、お飲み物は?」

サツキ(以下S)「ジンジャーエールをお願いします。」

H「お生まれは佐賀なんですよね。」

S「はいそうです。とても田舎です。今はありますけれど、以前は飛行場が無かったからきっと田舎の概念がついちゃったのでしょうか?もちろん、誇れり佐賀です!」

H「小さい頃のお話を教えてください。」

S「とにかく、父と母に影響されていた子供時代です。父はBarを経営しながらカメラマンをやっていて、お店は機材だらけでした。自宅には、カメラ、映画、音楽、車の雑誌が堆く積まれ、Barにジュークボックスがあったので裸の7インチが大量にあり、それらを毎日聴き、その雑誌を見(内容はちっとも理解していないのですが)、外を走る車の車種を当て、窓の外ばかり見ていました。夜はひとりですから、宵っぱりで深夜の映画ばかり観る。」

H「お父さんがBar経営でカメラマン・・・ なるほどそれはすごい家庭ですね。」

S「父から買ってもらうのは、ギターにアンプ、父の手作りバックロードホーンのスピーカー。人形なんて、ひな人形でさえ三段で終了しましたし、女の子なモノを買ってもらった記憶がちっともありません。」

H「結構自分の趣味を押し付けちゃうお父さんだったんですね。お母さんはどんな方なんでしょうか?」

S「母は藤間流の師匠で、家には着物が沢山あり、お稽古の日は着物を、普段は洋服を着ている母にとても憧れていました。でも、踊りは続かずにピアノを習っていました。お習字や絵など片っ端から一人で行って、『今日からココに行く』と大体事後報告。とんでもないですね、今思うと。ご飯も一人で作り、食べる。サバイバル能力には長けているでしょうね? だからたまの母料理は、どんなものでも最高のごちそうです。鍵っ子で、一人っ子。私の土台はきっとその頃作られたんだと思います。今も全く興味の方向は変わりませんから。」

H「一人でなんでも行動できる子供だったんですね。」

S「でも、今の自分を見ると、どう考えたって父母の二人から出来上がっている事が容易にわかります。それは見事なくらいです。」

H「音楽体験も教えてください。」

S「7インチのアナログは大半がイージーリスニングやjazz。
jazzと言ってもフュージョンやjazzからBossanovaへ移行しつつある時代。
jazzも12インチなんかがあって、昔のCTIシリーズ等がカット盤などであった頃。」

H「サツキさん、もう歌詞になっています! 最初に買ったCDは?」

S「最初に買った音は、CDではなくアナログ盤です。但し、何を買ったかちっとも覚えていません。近くの音楽ショップに毎日試聴に行っていました。相当迷惑だったと思います。子供だから、ヘッドフォンをしているので大きな声で歌っていることさえわからない。でも、そういう事はとても覚えています。」

H「結構、目立ってた女の子ですね。(笑)」

S「そこで知り合ったお姉さんがjazzのバンドをしていてライブというものに初めて行ったのもその時期です。小学生だったと思います。"Take 5"を延々、何十分もやっていたのを覚えています。(もちろん"Take 5"だったという事は後に分かるんですが)けっこう、子供ながらにショッキングでした。
だってあのフレーズが何度も出て来る。
ツチャツチャ、ツーチャーっていうアレ。
別にかっこいい訳でも、選んだ訳でもない音楽体験。
環境も、それは面白い頃でしたね・・・。
(そこまで話すと、コレ明日になってしまいますね)」

H「サツキさん、会話が歌になってしまっています。」

S「今やっている事もそうなんですが、知らない間に傍にあって、そうなってこうなった・・・・・・。早くも、〆っぽい話しですが、未だにそう思います。と林さんにお話ししていて思いますが、けっこうな不良ですね。まだこれ小学校5、6年くらいの話ですから。よく家の親が出してくれてたな? そこらへんは覚えていない? 都合がいいものです。」

H「福岡の話もお願いします。」

S「福岡には、洋服を買いに行っていました。高校生の時代そして、働くようになってからも休日はほぼ熊本と福岡にいた気がします。よく行っていた『Harrys』というインポートショップがレディスのお店を出店する際に、バイヤーとして誘われたのが福岡に行くきっかけです。バイヤーをしていた頃が、文化的にも鍛えられていた時期だったんじゃないでしょうか? 福岡時代は正に子供の頃にためてきたコトを、確かめていたように感じます。今になってそう解釈できるんですが、その頃はもう無茶苦茶です。時間が無い。脳が興奮している様子が、今思い出しても蘇るほどです。たぶんその時代が、音楽も、ファッションも、映画も本も絵や写真も。そして物廻り全て・・・。モノ、コトに一番お金を使っていた時期だと思います。」

H「楽しそうですね。」

S「その頃に、今の相方アズマリキさんにも出会いました。そして、今ココにいる事になるきっかけになった、United Future Organizationにも。アズマさんは面白かったですね。飄々とする様はまわりとは違って見えたし、興味深い人でした。彼と出会った事で、音楽へとさらに加速する事になります。」

H「福岡と東京の違いとかは?」

S「福岡東京は思えば、親戚が東京に数件あってよく行き来していましたし、今では住んでいるので、きっと縁があるんですね。福岡は、東京に対してきっとジェラシーがあると思いますから、独自の文化を育てようという機運がその頃からあったと思います。と言っても文化的な構図から見ると、断然熊本の方が魅力的でした・・・。熊本は『福岡なんて相手にしてません』風情でしたし。思えばその頃の熊本は狂っていましたね。ソレが面白くて仕方が無かった。でも、音楽は福岡の方がよかった。何故かは、今でもよくわからないけどDJをしたり音楽イベントをする上で、居心地が良かった。福岡の人たちは、もちろん都会のプライドもあるのでしょうが、それよりも知らない事への興味の方が上回っていた。何かをする度に、コミュニティが広がる感じでしょうか。その頃の福岡の人力(ヒトリョク)は凄かったと思います。」

H「熊本という存在も大きいんですね。東京進出のきっかけは?」

S「Small Circle of Friendsでデビューしても5年ほどは福岡を拠点に活動していましたが、移籍を機に東京へ来ました。それも、'来なきゃCD出さないよ'な感じだったので。本当に先にお話ししたように、結果として選んでいるんでしょうが、知らぬ間にそうなっちゃった・・・という。(なんだか、だんだん自分のついて反芻作業をしてるみたいな気持ちになってきました。)」

H「そして東京時代・・・」

S「Small Circle of Friendsは、今年で20年。『スモサの20』というタイトルで2013年を過ごしていますが、東京に来て15年になります。いつも自分達の事を『低空飛行で、日々を紡ぐ』みたいな風に表現していますが、正に知らぬ間に20年経っていたという感じでしょうか。アレです。ラッキー。そう、『ついて』いたんだと思います。2012年10月10日に10枚目のアルバムを発売した時は、なんだか面白いなと思いました。毎日をStudio75で過ごし、音や服を作る。『自分達の事は自分達でする』と思いインディを選び、レーベルを作り、さらに前に進む。メジャーだった頃に見えなかった事が沢山見えて見晴らしも良くなった分、動く能力や所謂リテラシーみたいなものが必要になる。インターネットやPCはほぼ触り倒して覚えているので、アレンジ能力はとても乏しいけれど、早くから認知して利用してきました。それは、私達とって大きなメリットだったと思います。と言っても、音楽にしてももちろんファッションにしても、様々なデバイスから発信するコトは重要だけど、バジェットのない私達は、意外に信用していない。そうゆう柔軟な塩梅は、いつの時代も必要だなと常に思っています。そんな事を思いつつの東京15年。」

H「これからの話をお願いします。」

S「その時代、時代に上手く付き合うのではなく、どれだけ俯瞰で見えているか? 手元だけではなくグルリと見渡せる場所に今いるのか? という事はいつも大事に思っています。そういう意味で、世界を見渡せるインターネットに対しては、レコード→ラジオ→テレビ→インターネットと変革して来た時代の真っただ中産業としてではなく、解釈を見誤らないようにしながら、いつも消費者として関わって行きたいとも考えています。」

H「なるほどです。」

S「『音楽を買う』から『音楽を無料』というのは、いかにも今の時代みたいだけれど、すでにラジオが登場した頃にそうだったんじゃないかなとも思います。これから先、もっときっと興味深い事がまだあるんじゃないかと、ある意味、その登場の方が待ちどおしい。」

H「サツキさん自身のこれからは?」

S「小学何年生だったか? 詩を書く授業のとき『歌を歌う人になりたい』と書いた事を覚えています。先生から読まされたので、はっきりと記憶に残っている。『あら?歌ってる』とある日思い出したんですね。それってけっこう吃驚なんですよね。しかも、けっこうな青春時代を送ってさらにその後のお話なんで・・・。人生って面白いとは聞いていたけれど、ホントに面白いなって。だから、夢みたいなコトは無いと言えば無いんです。というか、次は何がくるんだろう?の方が先ですから。何が来ても、何をやっていても不思議じゃない。今歌を生業にして、しかも10年前辞めたはずの洋服にまさか再び関わっている。いつからか、『大体そうなるよね』な予想は当たらないという事をうっすらと思い始めました。それから余計にそう感じるようになりました。と、言っている自分を数年後振り返ると「こんな事言ってるよ」と、笑うんでしょうが。」

H「なんかすごいお話を聞けちゃいましたが、選曲に行きましょうか。まず選曲のテーマは?」

S「はい。『食欲や元気無いとき聴いたら、この音おかずにご飯三杯いけます(サツキ調べ)』です。」

H「(サツキ調べ)にやられました。一曲目は?」

Ramsey Lewis featuring Earth, Wind & Fire - Sun Goddess



S「いつでも何処でもどんな場面でも、聴けばパッと元気。ありそうでなかなか無いそんな音・・・。ギターのカッティングとローズピアノのころころ具合、そしてコーラスであなたもご飯四杯!」

H「もう永遠の名曲ですよね。次は?」

Shuggie Otis - Inspiration Information



S「3月に来日し現役のギターは未だに光り続ける。ギターの素晴らしさも、そして声の持つ柔らかさ、フェティッシュ感満載な優しさも、甘く危険なご飯三杯!タイトルの素晴らしさにさらにおかわり♬」

H「女の子をキュンとさせる声ですよね。次は?」

TERRY CALLIER - ORDINARY JOE



S「ギタリストTerryは、67歳で2012年10月28日に天国へ行きました。正直亡くなった日にあんなに悲しくなるなんて思いもしなかった。もちろん大好きなミュージシャン。でもこんなに密かに心に深く落ちていたとは。聴く度に悲しいけれど、こんな心に落ちる音をもっと作りたいと思うからどんぶり三杯!」

H「東京のBGMと呼んでも良いような曲ですね。次は?」

Todd Rundgren - Hello, It's Me



S「"Dream Goes on Forever"も大好きだけれど、"Hello, It's Me"のソングライティングにはいつ聴いても心が躍る。appleユーザーでCMにも出ていた彼は、早くからネット配信をしている。エキセントリックなムードも実は演出だったとするとすごい!もう音だけじゃなくそんな才能にもごはんおかわり!!」

H「トッド・ラングレンって当時、こんな格好でTV出演してるんですね・・・ 次は?」

Eddie Harris - Space Commercial



S「才能とは、アイデアと閃きをも併せ持つ。焼き餅こんがり3個は焼くこの音。60年代からこんなインスピレーション溢れるセンスは、Varitoneでさらに光を放つ。というか、もともとのjazzマナーが素晴らしいんだから、あ~もうやんなっちゃうので四杯はいけるかも!」

H「『60年代からこんなインスピレーション溢れるセンス』ってホントそうですよね。もう勝手にひとりで進化してしまっています。次は?」

The Peddlers - On a clear day



S「ミュージカル『晴れた日に永遠が見える』の主題歌を、「Peddlersがオリジナルじゃないかしら」と思う程、素晴らしいカバーに。歌詞も音もこの素敵な曲は、Sarah VaughanやOscar Peterson、Barbra Streisandもカバー。晴れた日に聴きながらおにぎり持ってでかけよう。ぜったい気持ちよい日になるよ。」

H「サツキさんが選ぶ曲って全部ある種の不良が持つソフィストケイトされたセンスがありますね。次は?」

The Blackbyrds - Walking in Rhythm



S「選んだ10曲の中で、聴く度にきっと一番元気になる音(私が)。ドナルド・バードの生徒さんが彼のプロデュースで奏でる音は、ドナルド・バードのDNA満載。エレピやフルートの音でさらに『何かが起こっても大丈夫』な気持ちになれるって素晴らしい。最後の最後、フェードアウトする直前のキメにさらにもう一杯!リズムセクションの素晴らしいコト。ウォーキインリーズム♬」

H「今、気がついたのですが、『聴く度に元気になる』ってサツキさんのテーマ、切ないですね。確かに元気になれます(涙)。次は?」

She's Gotta Have It - Nola



S「映画『She's Gotta Have It』のサントラ、Bill Leeの曲。Spike Leeの映画は音像も含めどの映画も大好き。Lee親子、二人のセンスが生んだ素晴らしい曲と映像。コノ映画に出て来るピザで、三杯いけます!三角ピザはいつ観ても美味しそう。」

H「スパイク・リー、僕も好きです。やっぱりサツキさん、『頭が良くてクールな不良感』みたいな空気が好きなんですね。次は?」

Wichita Lineman - Glen Campbell



S「ホントは、Sounds Orchestralをと思ったけどYouTubeで見つからなかったので・・・やっぱりココはGlenさんで。大好きな曲アップ・アップ・アンド・アウェイのジミー・ウェブが作った曲。セルジオメンデスをはじめいろんな人にカバーされてる。カバーでも、三杯はいけます。はい。」

H「こういう希望が見えてくる曲調も好きなんですね。サツキさんの本質的なところがやっと見えて来ました。次は?」

A Charlie Brown Christmas - Christmas Time is Here Song



S「毎年クリスマスの時期になると必ず聴くこの曲。子供の頃からの親友Snoopy。正直コレは映像もセットでご飯三杯。でも映像を観なくてもこのシーンは何度も観たから聴くだけで思い出す。Vince Guaraldi Trioが奏でる音に子供達が歌う声。きっとずっと年を経ても聴き続けるだろうな。泣きながらおかわり!!」

H「うわ。最後これですか。僕もお店で夏でもいつでもかけてます。」


サツキさん、今回はお忙しいところ、どうもありがとうございました。

スモール・サークル・オブ・フレンズのHPはこちらです。
http://www.scof75.com/

スモール・サークル・オブ・フレンズのFaceBookはこちらです。
https://www.facebook.com/scof75

サツキさんのTwitterはこちらです。
https://twitter.com/SCOF75


みなさん、先日の台風は大丈夫でしたか? 最近、日本列島では色んな災害が増えていますね。お気をつけ下さい。
それではまた、こちらのお店でお待ちしております。


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レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
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