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bar bossa vol.82

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vol.82 - お客様:横山起朗さん

【テーマ:夜に聞きたい5曲】


いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。

今日はピアニストの横山起朗さんをお迎えしました。


林;こんばんは。早速ですがお飲物はどうしましょうか?


横山;何か冷えた白ワインをお願いします。少し暑いのでヴィーニョ・ヴェルデのような軽やかなものだと嬉しいです。


林;横山さん、ワインの趣味がいつも良いんですよね。じゃあヴィーニョ・ヴェルデ開けますね。どうぞ。


横山;いただきます。


林;お生まれは?


横山;1989年8月15日宮崎県宮崎市出生。盆の忙しい時期に生まれてしまいました。僕の祖父はクラシック音楽がとても好きな人で、物心ついた頃には、耳元でバッハやショパンなどが流れていました。祖父のCD棚から好きな曲を見つけては、テープに好き勝手に録音をして、車の中で聴くのが楽しみでした。交響曲などがあれば、作曲家をバラバラにして、第一楽章をベートヴェンの第7番から、第二楽章を、ラフマニノフの第2番から、と構成して聴くのが好きでした。


林;え、すごく面白い聴き方ですね。初めて買ったCDは?


横山;初めて買ったCDはクラシックではなく、宇多田ヒカルの『automatic』でした。


林;なるほど。ピアノはどういうきっかけで?


横山;僕がクラシック音楽を好んで聴いていたこともあって、母がピアノを習うことを提案し、母の友人だった先生にレッスンをしてもらう事になりました。6歳くらいだったと思います。一度レッスンの見学に行ったのですが、レッスンは厳しく、僕と同い年の生徒は泣いていて、レッスン後に生徒に鍵盤を背にして先生が鳴らした音を当てるクイズ(聴音)をしていて、僕にはすごく難しいことをしているように見えたので、なんだがやばいところに来ちゃったな、と思った記憶があります。この頃の僕は音楽家として何かしたいというより、お笑い芸人になって人を笑わす事が出来たら、と思っていました。


林;お笑い芸人... 全然そんなキャラじゃないですよね。その後は?


横山;中学に入ると、僕は友人の影響もあってヒップホップを聴くようになりました。宮崎は今でもヒップホップやレゲエの人気があります。ダンジョンモンスターでラップが注目をまた浴びましたが、 GODOROという人気ラッパーも宮崎出身です。雑誌はいわゆるb-boy系のものを読み、ファッションもサイズ感の大きいものを着るようになりました。


林;正しい若者ですね。その後は?


横山;高校生になると、音楽科のある高校だったのでクラシック音楽を勉強という形で触れていくようになりました。その反発も少しあったのか、もう知ってるからいいや、という生意気さもあって、別の音楽ばかり聴くようになりました。ヒップホップはやはり好きで、ロックも聴くようになったし、エレクトロニカにも興味を持つようになりました。その頃までは僕は学校で演奏することをほとんどしませんでした。ピアノは女の子がするものだと思われているような気がしていたし、単純に恥ずかしかったからです。

普段の自分と、ピアノを弾く自分はちょっと違う人間で、休日と仕事をしている時のような切り替えが自分の中ではありました。しかし、当時はバンドが盛んで、キーボードとして入って欲しいなど、クラシックとは違う形で鍵盤を弾くこともあり、徐々に人前で演奏することに恥ずかしさを感じなくなり、より僕の日常にピアノが入り込んできました。作曲を始めたのはこの頃でした。と言っても、練習の合間に遊びで旋律を作る程度のものです。でも、なんだか新しい喜びを見出し初めていたように思います。高校時代は楽しい記憶ばかりだから。


林;ピアノ男子特有の悩みと喜びですね。その後は?


横山;大学に入るとまず悲しいことがありました。僕にピアノを教えてくれた厳しかったけれど優しかった先生が、亡くなってしまいました。僕はあまり涙を流したりすることが少ないのですが、その時もうまく泣く事が出来ませんでした。実感がなかったからです。しかし、武蔵野音楽大学の入学試験近くになると、先生の体調は芳しくなくなり、ソファーに横になったままレッスンをするようになりました。気丈な女性でしたから、よほどきつかったのだと思います。大学に入ったら、クラシックだけではなくて色々な音楽を聴いて演奏して、楽しくやっていきなさいね、と先生はよく言っていました。クラシック音楽をとても愛した先生だったから、その言葉は意外な気がしたし、だからこそ言ってくれたようにも思います。音楽はここだけじゃないのよ、と。


林;うわ、すごく良い言葉ですね。


横山;クラシック音楽では、まだ師弟関係が強く、僕も先生を失ってから演奏する自分の音楽が正しいかどうか分からなくなってしまいました。正しいかどうかなんて愚問であることは今では分かります。でも、その頃までの僕は真剣に、自分の音楽、について考えた事はなかったのかも知れません。

大学には、僕より優秀な連中もたくさんいて、途方にくれました。音楽が楽しくなくなり、お酒を飲む量が増えていきました。でも、その中で音楽とは違う世界、例えば、小説だったり、映画だったり、と新しい世界を覗いていくことで、クラシック以外の種類の音楽を聴き、また音楽の楽しさを感じていくようになりました。


林;そうでしたか。


横山;ジャズの世界に興味を持つようにもなりました。父が東京に来ていたとき、新宿ピットインのフライヤーをくれて、そこに白髪のかっこいいジャズピアニストが写っていました。南博さんでした。ライブを聴きにいき、クラシックにはないかっこよさを覚え、僕はレッスンを受けるようになりました。体験レッスンの折、先生の口にするタバコの灰が鍵盤に落ちていきました。白鍵と黒鍵の間に落ちていく灰を見て、なんてかっこいいんだ、と痺れました。

先生から教わるジャズのレッスンでは、ジャズだけではなく、男性の色気のようなものを学んだように思います。ダンディズムでありニヒリズムであり、それ故の、反ニヒリズム。僕のピアノに対する姿勢を教えてくれたのは南先生だと思います。


林;南博さんとはそういう出会いだったんですね。ポーランドを選んだのは?


横山;留学先にポーランドを選んだのは、ポーランドの方には失礼ですが、他の音楽家があまり行っていない場所だと思ったからです。多くの音楽を学ぶ人々は、ドイツ、オーストリア、フランス、アメリカを選んでいました。共産圏であったこともあり、他のヨーロッパとは違うものに触れる事が出来る気がしました。

ショパン音楽大学に入学したあと、担当教授のイエジェイ・ロマニウク先生がピアノの奏法に力を入れている人だったので、ピアノの弾き方を意識して勉強しました。端的にいうと、それは音の出し方なのですが、今とポーランドで学んでからは随分と演奏が変わったように、自分では感じています。
大切な友人とも知り合うことが出来ました。Tomasz Betka というピアニストです。彼は作曲家としても作品を残しています。ポーランドでは名前のあるピアニストです。僕にとって初めて作曲をするピアニストとの出会いとなり、彼に影響されたこともあって、作曲活動に力を入れるようになりました。ポーランド国内でも共に様々な街で演奏活動をし、日本でも一度ツアーを僕が組んで、公演を果たしました。


【Tomasz Betka - "The Way He Has To Go Through" Miniatures Piano Solo (Prologue)】



ちょうどその折、ポーランドと日本の国交復興60周年だったので、僕とトマシュは互いに作曲した曲をその式典で演奏させてもらいました。両国の架け橋という意味もあったのだと思います。いずれにせよ、とても光栄でした。


林;良い経験でしたね。帰国後は?


横山;日本に帰国して、僕にとって大きな出会いがありました。それは聖歌隊CANTUSを主宰する太田美帆さんとの出会いです。ワルシャワに住んでいる頃より、僕は太田さんの活動を見ていました。そこで、ある日、今度有名無名を問わずに様々なアーティストと演奏します、という告知が出ていて、これだな、と思いすぐにメールと音源とお送りしました。お返事が返ってきた時は嬉しかったです。それから、ライブに参加させてもらったり、一緒に曲を作ったりするようになりました。中でも『concone』というCDを共作出来た事は嬉しかったです。山梨にある田辺玄さんのスタジオ、camel house に泊まり込みで二日かけて仕上げました。良き思い出です。

帰国してから、東京ではなく故郷の宮崎に住むことにしました。拠点は東京とワルシャワにもあるのですが、宮崎の海のそばで音楽を作りたいと思うようになりました。いつの頃か自然と海に惹かれていくようになりました。特段、夜の静かな海が好きです。海は国境や宗教もなく、どこまでも続いています。そういう世界に僕自身どこか惹かれているのかもしれません。


林;宮崎の海のそばですか。良いですね。今回のアルバムの話をお伺いしてもいいですか?


横山;今回のアルバム『SHE WAS THE SEA』に収録された曲は、最後の一曲をのぞいて、全てポーランドで作曲しました。一曲一曲が間を置いて演奏しているのは、電気を消した夜に手探りでピアノを弾いて作曲する事が多かったからです。アルバムのタイトルになる「she was the sea」は古いピアノを弾いて作曲しました。この曲がポーランドに滞在中最後に作曲した曲となりました。

「umi」という曲はもともと太田美帆さんとのアルバム『concone』に収録されていた「vocalise」という曲に、歌詞を付けたものです。当初、『SHE WAS THE SEA』というこのアルバムはピアノだけで完結する予定でした。しかし、全ての曲が揃った後聞き直すと、声が欲しくなりました。何か良い案はないだろうか、と考えているときに、太田さんに「vocalise」に歌詞を付けたものを、最後に入れたらどうか、と提案してもらい、アルバムの最後に入れる事になりました。最後に鳴り響くエピローグのような優しい余韻を残せることが出来たと思います。

『SHE WAS THE SEA』というアルバムには端的に言って、訴えたいものはありません。伝えないことだってあるか怪しいものです。海を見つめる時に、海のことを真剣に考えている人はきっと少ないはずです。おそらく、過去や未来、会いたい人、悩み事など、それぞれの時間がそこには流れていると思うのです。海はこうしろああしろ、と僕らに直接的に何かを言うわけではありませ。『SHE WAS THE SEA』で流れる時間が、海を見つめるあの時間のように、波の音と共に静かに寄り添う事が出来たら幸いです。

誰もが言いたいことを叫ぶ世の中を黒とするなら、たった一言静かに垂らされた白いインクの側でいたいです。小さい声で喋った方が相手は聞こうとより耳を澄ますように思うのです。

このアルバムはきっと特別真新しいものではないでしょう。サウンドには気を使っていますが、奇を衒うようなところは一切ないアルバムです。しかし、一度の衝撃を与えて聴かれなくなる音楽よりは、今の僕はずっと誰かに聴かれ続ける音楽を好みます。このアルバムもそうなって欲しいです。


林;素晴らしいアルバムですね。僕もすごく大好きです。これからはどうされるご予定ですか?


横山;これからは弦楽器を取り入れてどこまでも静謐で力強い作品を作りたいです。そして、CMや映画の映像関係の作品の作曲に挑戦してみたいです。お仕事で関わることもあって、映像の力の強さと素晴らしさと、同時に怖さも知り、より一層関わりたいと思うようなりました。


林;良いですね。これを読んでいる方、是非!
それではみんなが待っている選曲ですが、テーマは何でしょうか?


横山;「夜に聞きたい5曲」です。


01. Bill Evans / Symbiosis 2nd



横山;夜の散歩の時によく聴いています。Bill Evans の音楽は、日本の音大に通う頃に初めて知りました。こうべを垂らしピアノに向かって弾く姿をみて、最初率直に、どうしてこの人のピアノはこんなに寂しそうなのだろう、と思いました。誤解を恐れずに言えば、人生は音楽に反映されていくことを教えてくれました。


林;おお、ビル・エヴァンスはこれですか。すごいですよね、これ。なるほど、横山さんそういう人なんですね。


02. 坂本龍一 / energy flow



横山;最近、久しぶりに食事を終えた夜にソファーに座って聴きました。恐らく、作曲した曲を弾くピアニストが多かれ少なかれ通るのが坂本さんの音楽だと思います。この曲を初めて聞いたのは、小学生の頃でした。クラシックしか知らなかった僕に、ピアノという楽器の可能性を教えてくれました。


林;うわ、小学生の時にこれでピアノの可能性を知ったんですか。


03. Cantus / Hodie



横山;ポーランドの冬の夜はとても長く、午後3時には日が暮れます。分厚い雲に覆われて太陽の姿も滅多に見れません。その中でこの曲は僕の光になりました。Cantusは、『SHE WAS THE SEA』 の「umi」という曲で歌ってもらっている太田美帆さんが主宰されています。


林;良いですねえ。太田美帆さん、身体からエネルギーがあふれるすごい女性ですよね。


04. トベタ・バジュン fest 大貫妙子 / 静かの海



横山;夜に会いたくなる人よりも、朝に会いたくなる人を信用しなさい。そう言われた時に、この曲を思い出しました。大貫さんの声はもちろんですが、トベタさんのストリングスの使い方が僕は好きです。


林;「夜に会いたくなる人よりも、朝に会いたくなる人を信用しなさい」ってすごく良い言葉ですね。なるほどです。


05. 南博 / B minor walz



横山;理由はない、ただどうしようもなく切ない夜に、何度も聴きました。知的と官能。これほど両者が美しく共存する音楽を僕は知りません。


林;おおお、素晴らしいですね。


横山;今回のアルバム『SHE WAS THE SEA』は自分で言うのも何ですが、けして衝撃的なものはないし、音楽としては真新しい試みがたくさん詰まっている訳ではないです。

でも、きっと長い間聴き続けることの出来る作品になっていると思います。海がずっとそこにあるように、この音楽も聴く人の隣で鳴り続けたら嬉しいです。ありがとうございました。


林;こちらこそどうもありがとうございました。みなさんも是非、聞いてみてください。

bar bossa 林伸次


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林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。

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