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曽根麻央 Monthly Disc Review2026.2_Andris Mattson : Flugel

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Title : 『Flugel』
Artist : Andris Mattson


みなさんこんにちは、ジャズピアニスト、トランペッターの曽根麻央です。
今日はMoonchildのメンバーの一人であり、非常に優れた音楽的センスの持ち主でもあるAndris Mattsonの新作アルバム『Flugel』を取り上げたいと思います。
このアルバムはフィジカルが2025年12月5日リリース、デジタル配信は2026年リリースという形になっています。


『Flugel』というタイトルの通り、本作はトランペッターにとってサブ楽器として扱われることの多い金管楽器、フリューゲルホルンにスポットライトを当てたアルバムです。しかもフリューゲルホルンのソロアルバム。
ただし、いわゆる従来型のソロ作品とはまったく異なり、これは「次世代の管楽器演奏」と言っていい内容だと思います。
非常に革新的でありながら、同時に洗練されていて、音楽としてきちんとおしゃれで成立している。そのバランス感覚がとても印象的です。
フリューゲルホルンは基本的にはトランペットと同じ奏法で演奏されますが、トランペットよりも深く、カップ容量の大きいマウスピースを使用するため、太く柔らかい音色が特徴です。そのため、メロウなバラードやミディアムテンポのジャズで使われることが多く、クラシックの分野でも長く親しまれてきました。
近年では、セルゲイ・ナカリャコフのようなクラシック・トランペットの名手が、独自に改造した4本バルブのフリューゲルホルンを用い、本来の楽器の音域を超えた協奏曲演奏に挑むなど、この楽器の可能性を大きく拡張しています。
そうした流れの中で、Andris Mattsonはフリューゲルホルンという楽器にとどまらず、次世代の金管楽器の演奏法、作曲法、そして表現そのものを提示してしまった。このアルバムは、そんな印象を強く残します。


本作の大きな特徴は、フリューゲルホルンとエフェクトペダルの使い方です。これまで管楽器奏者がエフェクトを使うケースは数多くありましたが、そのアプローチとは明らかに異なり、非常に衝撃的です。
あまりにも完成度が高いため、多重録音ではないかと思ってしまいますが、本人が公開しているレコーディング中の映像を見る限り、これらの演奏はほぼ一発録りで行われているように見えます。演奏は自宅のリビングのような空間で行われており、フリューゲルホルン、エフェクトペダル、マイクが並べられた、非常にリラックスした雰囲気の中で録音されています。
マイキングについては、フリューゲルホルンの生音をSENNHEISERのMD 441で収録しているのは間違いありません。エフェクトペダルを経由した音については、ピックアップマイクを使用していますが、メーカーは不明です。


エフェクトの中でも特に特徴的なのがハーモナイザーです。ハーモナイザーとは、トランペットやフリューゲルホルンのように単音しか同時に演奏できない楽器に対して、指定した音程をリアルタイムで付加するエフェクトのことです。
従来は演奏前に音程を設定する必要があり、使える和音や響きはある程度限定されていました。オクターブユニゾンなどが代表的な使い方です。しかしAndris Mattsonは、手のひらサイズのMIDIコントローラーをハーモナイザーに接続し、それを楽器本体に取り付けています。
フリューゲルホルンを演奏している左手の指で、演奏と同時に和音設定を操作することができ、その瞬間ごとに音楽が求める音の積み重ね方を選択できる。結果として、単音楽器でありながら、極めて自由度の高いハーモニー表現が可能になっています。
本人のYouTubeには「Flugel + MIDI Accordion buttons」と表記されており、アコーディオンの左手部分とフリューゲルホルンが融合した、というコンセプトで捉えると非常に分かりやすいでしょう。


さらに、Gamechanger AudioのPLUS PEDALも使用されています。これはピアノのサステインペダルのように、鳴らした音を無限に伸ばすことができるエフェクトペダルで、音量感や、ペダルを離した後の音の切れ方なども細かく調整できます。
楽曲ごとに適切な伸び方を選ぶことで、単なる持続音ではなく、音楽の流れの中で自然に呼吸するサウンドとして機能しています。


そのほか、ルーパーの使用も想定されます。
リズミカルな要素については、ループによる反復、あるいはドラムマシン的にバスドラムのような音を一定のパターンで鳴らせる機材を組み合わせている可能性があります。
ここまで来ると多重録音ではダメだったのかと疑問に思う人もいるかもしれませんが、息の揺れ方、ビブラート、ベンディング、音のキレは元の音とピッタリあってるのがエフェクトペダルを使った時の特徴です。そのサウンドが現代的、新しく聞こえるのかと思います。
またエフェクト色の強いアルバムですが、しっかりとピストンの音や息遣いなどの楽器ノイズも聴き取れて、それがAI音楽ではない、人間さを出しています。
フリューゲルホルンというシンプルな単旋律楽器を用いながら、ここまで現代的で、しかもレベルの高い表現に到達している作品は非常に稀です。

『Flugel』は、単なる実験作ではなく、これからの管楽器表現の一つの到達点として記憶されるアルバムになるのではないでしょうか。
ぜひ聴いてみてください。


文:曽根麻央 Mao Soné



Recommend Disc

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Title :『Flugel』
Artist : Andris Mattson
LABEL : Philips
発売年 : 2025年



https://andrismattson.bandcamp.com/album/flugel


【SONG LIST】

1. WING
2. Continuum
3. ALA
4. Still
5. ...Still
6. SPĀRNS
7. aloe



曽根麻央『8つの小品』
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ジャズピアニスト兼作曲家・曽根麻央が贈る最新スタジオアルバム『8つの小品』。第一子誕生という人生最大の節目に生まれたこの作品は、家族の愛、日常の輝き、そして音楽への深い探求が織り込まれた45分間の組曲。緻密なオーケストレーション、ジャズとクラシックの垣根を超えた響き、そして親子の時間から生まれた優しくもダイナミックな旋律。新たな旅立ちの予感と共に、音楽の喜びを届ける一枚。

【Songs】
1. Ⅰ. Overture (feat. Ryo Miyachi, Hironori Suzuki)
2. Ⅱ. The Light You'll See
3. Ⅲ. Maria's Eye
4. Ⅳ. When the Angel Cries (feat. May Inoue, Ryo Miyachi, Hironori Suzuki)
5. Ⅴ. Lullaby
6. Ⅵ. Rumba (feat. Kojiro Tokunaga, Ryo Miyachi, Kan)
7. Ⅶ. Love Letter (feat. Edmar Colón)
8. Ⅷ. Finale Part 1 (feat. Kan)
9. Ⅷ. Finale Part 2 (feat. Ryo Miyachi, Hironori Suzuki)

【CD Bonus Track】
10. Waltz for Debby
11. A Song for Jobim
12. Lullaby (Piano Solo ver.)

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「Monthly Disc Review」アーカイブ曽根麻央
2020.04『Motherland / Danilo Perez』2020.05『Color Of Soil /タイガー大越』2020.06『Passages / Tom Harrell 』2020.07『Inventions And Dimensions / Herbie Hancock』2020.08『Birth Of The Cool / Miles Davis』2020.09『Chet Baker Sings / Chet Baker』2020.10『SFJAZZ Collective2 / SFJAZZ Collective』2020.11『Money Jungle: Provocative In Blue / Terri Lyne Carrington』2020.12『Three Suites / Duke Ellington』2021.01『Into The Blue / Nicholas Payton』2021.02『Ben And "Sweets" / Ben Webster & "Sweets" Edison』2021.03『Relaxin' With The MilesDavis Quintet / The Miles Davis Quintet 』2021.04『Something More / Buster Williams』2021.05『Booker Little / Booker Little』2021.06『Charms Of The Night Sky / Dave Douglas』2021.07『Play The Blues / Ray Bryant Trio』2021.08『The Sidewinder / Lee Morgan』2021.09『Esta Plena / Miguel Zenón』2021.10『Hub-Tones / Freddie Hubbard』2021.11『Concert By The Sea / Erroll Garner』2021.12『D・N・A Live In Tokyo / 日野皓正』2022.1『The Tony Bennett Bill Evans Album / Tony Bennett / Bill Evans』2022.2『Quiet Kenny / Kenny Dorham』2022.3『Take Five / Dave Brubeck』・2022.4『Old And New Dreams / Old And New Dreams』2022.5『Ella Fitzgerald And Louis Armstrong / Ella And Louis』2022.6『Live from Miami / Nu Deco Ensemble & Aaron Parks』2022.7『Oscar Peterson Trio + One / Oscar Peterson Trio Clark Terry』2022.8『Ugetsu/ Art Blakey & The Jazz Messengers』2022.9『Sun Goddess / Ramsey Lewis』2022.10『Emergence / Roy Hargrove Big Band』2022.11『Speak No Evil / Wayne Shorter』2022.12『The Revival / Cory Henry』2023.1『Complete Communion / Don Cherry』2023.2『Your Mother Should Know: Brad Mehldau Plays The Beatles / Brad Mehldau』2023.3『Without a Net / Wayne Shorter』2023.4『LADY IN LOVE / 中本マリ』2023.5『Songs Of New York / Mel Torme』2023.6『Covers / James Blake』2023.7『Siembra / Willie Colón & Rubén Blades』2023.8『Undercover Live at the Village Vanguard / Kurt Rosenwinkel』2023.09『Toshiko Mariano Quartet / Toshiko Mariano Quartet』2023.10『MAINS / J3PO』2023.11『Knower Forever / Knower』2023.12『Ella Wishes You A Swinging Christmas / Ella Fitzgerald』2024.01『Silence / Charlie Haden with Chet Baker, Enrico Pieranunzi, Billy Higgins』2024.02『Rhapsody in Blue Reimagined / Lara Downes』2024.03『Djesse Vol. 4 / Jacob Collier』2024.04『Voyager / Moonchild』2024.05『Evidence with Don Cherry / Steve Lacy』2024.06『Quietude / Eliane Elias』2024.07『Alone Together / Lee Konitz, Brad Mehldau, Charlie Haden』2024.08『The Rough Dancer And The Cyclical Night (Tango Apasionado) / Astor Piazzolla』2024.09『Potro De Rabia Y Miel / Camarón De La Isla』2024.10『Calle 54 / Various』2024.11『Trumpets Of Michel-ange / Ibrahim Maalouf』2024.12『Sings for Only the Lonely / Frank Sinatra』2025.01『Hero Worship / Hal Crook』2025.02『Undercurrent / Kenny Drew』2025.03『Live In Toronto 1952 / Lennie Tristano Quintet』2025.04『Antidote / Chick Corea & The Spanish Heart Band』2025.05『Hot Five & Hot Seven / Louis Armstrong』2025.06『Panamonk / Danilo Pérez』2025.07『Nat King Cole Sings/George Shearing Plays / Nat King Cole、George Shearing』2025.08『Clifford Brown and Max Roach / Clifford Brown and Max Roach』2025.09『Montreux '77 / Ray Bryant』2025.10『Crystal Silence / Gary Burton & Chick Corea』2025.11『North Sea Jazz Legendary Concerts / Wayne Shorter』2025.12『Merry Christmas / Bing Crosby』2026.01『銀界 / 山本邦山』

Reviewer information

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曽根麻央 Mao Soné

曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。

 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。
 これまでにニューポート、モントレー、モントリオール、トロント、ドミニカ等の国際的なジャズ・フェスティバルに出演。
2017年には自己のバンドでニューヨークのブルーノートやワシントンDCのブルース・アレイ等に出演。2018年メジャー・デビュー。2019年には故・児山紀芳の代役でNHK-FM「ジャズ・トゥナイト」の司会を担当。また2020年公開のKevin Hæfelin監督のショート・フィルム「トランペット」の主演・音楽を務めるなど、演奏を超えて様々な活動の場を得ている。

 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。
2014年度フィラデルフィア『国際トランペット協会(ITG)ジャズ・コンペティション』で優勝。
同年『国際セロニアス・モンク・ジャズ・コンペティション』にて13人のファイナリストに世界中の応募者の中から選出。
2015年に地元・流山市より『ふるさとづくり功労賞』受賞。
2016年アムステルダム『"Keep An Eye" 国際ジャズアワード』にて優勝。

曽根麻央Official Site

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