
Title : 『The Art of Excellence』
Artist : Tony Bennett
みなさん、こんにちは。ピアニスト/トランペッターの曽根麻央です。今日は私が最も聴き込んだヴォーカル作品の一つを紹介しようと思います。
決して有名曲を集めた作品ではないのですが、どの曲も一流の作詞&作曲家たちが書き残した名作と言える曲ばかりです。そのマイナーさゆえに他のバージョンを知る由もないのですが、もはやベネットの歌唱とオーケストラが一体となっていて、その感情豊かな表現力によって「これがオリジナルではないか」とすら思わされてしまうほど、高い完成度を誇っている作品です。
今日はトニー・ベネットの『The Art of Excellence』を紹介します。
1986年の作品で、ベネットの声がちょうどいい具合に枯れ始めていて、晩年のハスキー・ヴォイスと若い頃の超絶テクニックを併せ持った作品といえます。
トニー・ベネットは改めて私から紹介するまでもないのですが、20世紀の最も偉大なシンガーです。1926年に生まれたベネットは2021年まで90才を超えて活動していましたが、彼のルーツであるイタリアの伝統的な技巧的歌唱、ベルカントを身につけていたこともあり、生涯にわたり声が衰えることを知らないシンガーでもありました。50年代にデビューしてからはヒットソングを多く出しましたが、特筆すべきは62年の「I Left My Heart in San Francisco」です。もちろんメロディー自体も素晴らしい曲ですが、ベネットの歌唱と一体となって20世紀を代表するヒットソングの一つと今でも愛されています。このようにベネットは、名曲をただ名曲として歌うだけでなく、メロディーと歌詞を一度噛み砕き、どこかに自分のストーリーを織り交ぜながら、本当に特別なアートに仕上げてしまう、そんなシンガーではないでしょうか?
参加ミュージシャンの中でも特筆すべきは、1957年からベネットのピアニスト、ミュージック・ディレクターとして多くの作品/コンサートに参加している名手、ラルフ・シャーロンの存在です。シャーロンは1923年にロンドンで生まれたジャズピアニストで、ローズマリー・クルーニーやメル・トーメなど多くの偉大なシンガーのピアニストを務めています。もちろんベネット最大のヒット曲「I Left My Heart in San Francisco」の制作にも深く関わっていて、この曲をベネットに渡したのはシャーロンだと言われています。おそらくこのアルバムでも、クレジットとしては見当たりませんでしたが、基本アレンジやディレクションにはシャーロンが深く関わっているものと思われます。
オーケストラのアレンジと指揮はホルヘ・カランドレッリ。バーブラ・ストライザンドやセリーヌ・ディオン、ヨーヨー・マ等、ジャンルを超えた世界的アーティストのアレンジや指揮をしてきた人物です。
さて、最初にご紹介したように、このアルバムは、全て今では演奏機会の減っている認知度の低めの曲を集めた作品です。しかし、曲自体はアメリカのソングブックの代表曲になりえた素晴らしい楽曲ですので、ぜひゆっくり聴いていただきたいのですが、いくつか必聴トラックをご紹介します。
M1「Why Do People Fall In Love」
(Dennis Lambert, Brian Potter, Bob Merrill, Jule Styne)
4人の作家が関わっている曲ですが、これはデニス・ランバートとブライアン・ポッターの曲に、ジュール・スタインとボブ・メリルの手によるミュージカル曲「People」の一節がアレンジとして組み込まれているためです。ジャズファンならばJule Styneは「I Fall In Love Too Easily」を作曲した人物として知っている方が多い気がします。
楽曲の前半パートは囁くように、語るように、言葉にメロディーを乗っけるようにベネットが表現をつけています。一方でコーラスパートはオペラのような力強い歌唱へとギアを上げ、ベネットの持つ歌唱のテクニック、表現力、味わい深さを全て体験できる名演になっています。
M3「What Are You Afraid Of?」
(Jack Segal, Robert Wells)
「The Christmas Song」をメル・トーメとともに書いたウェルズの曲。「もう少し近くにおいでよ、シナトラでもかけて、何を怯えてるの?」という歌詞で始まりますが、途中コーラスではシナトラの代表曲の「All The Way」が一フレーズだけ引用されているのが非常に憎いアレンジになっています。一曲目とは打って変わって、軽めのスウィングの曲なので、ジャズシンガーとしてのベネットを聴くことができます。
M5「So Many Stars」
(Alan Bergman, Marilyn Bergman, Sérgio Mendes)
セルジオ・メンデス&ブラジル '66でも演奏されている曲なので、知っている方も多いかもしれません。オーケストレーションもストリングスとホーンのバランスが美しく、オリジナルに敬意を払いつつリアレンジした様子がうかがえます。
M6「Everybody Has the Blues」
(James Taylor)
こちらはレイ・チャールズがゲストとして入り、ピアノもシャーロンからチャールズに交代しています。私が聴き込んだCD版と現在配信されているリマスター版では歌のテイクが違ったようで、今回執筆中に配信で聴き驚きました。ピアノソロは一緒だったので、おそらく歌だけ何らかの理由で差し替えたようです。どちらかというと思い入れのあるCD版がオススメですが、こちらも素晴らしく、二人の全く違ったスタイルの名手の意外な掛け合いを楽しむことができます。
M7「How Do You Keep the Music Playing?」
(Alan and Marilyn Bergman, Michel Legrand)
おそらくこのアルバムで取り上げられている最も有名な曲で、なおかつ、このアルバムのメインと言えるトラックです。ベネットのレパートリーとしても晩年のライヴ映像で見たことがありますので、生涯にわたって歌い続けた曲かと思います。
ミシェル・ルグランらしいシネマティックで叙情的なコード進行とメロディーが特徴です。そのメロディーを歌い切った後のベネットによるカデンツァ、そして圧倒的なエンディングが音楽ファン必聴のトラックとなっています。こちらも細かいところが部分部分でボーカルのトラックが差し替わっている気配があります。昔聴いた記憶とタイミングが違ったりするので、何らかの理由でテイクが違うパートがあるようです。
この後も、フレッド・アステアが書いた「City of Angels」や、「Alone Together」の作曲者(アーサー・シュワルツ)による「A Rainy Day」など名曲が続きますが、ぜひ全体を通して聴いていただけると嬉しいです。尺も約40分ととても聴きやすい長さに、今まで知らなかった名曲が詰まった宝箱のような作品になっていると思います。 それではまた次回!
文:曽根麻央 Mao Soné
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![]() 曽根麻央 Mao Soné 曽根麻央は2018年にジャズの二刀流として、 2枚組CD『Infinite Creature』でメジャー・デビュー果たしたトランペッター、ピアニスト、作曲家。 幼少期よりピアノを、8歳でトランペットを始める。9歳で流山市周辺での音楽活動をスタートさせる。18歳で猪俣猛グループに参加し、同年バークリー音楽大学に全額奨学金を授与され渡米。2016年には同大学の修士課程の第1期生として首席(summa cum laude)で卒業。在学中にはタイガー大越、ショーン・ジョーンズ、ハル・クルック等に師事。グラミー賞受賞ピアニスト、ダニーロ・ペレスの設立した教育機関、グローバル・ジャズ・インスティチュートにも在籍し、ダニーロ・ペレス、ジョー・ロバーノ、ジョン・パティトゥッチ、テリ・リン・キャリントン等に師事、また共演。 曽根は国際的に権威ある機関より名誉ある賞を数々受賞している。 |


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