vol.56 - お客様:渡部徹さん
【テーマ:東アジアの音楽】
いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。
今回はpwmの名前で選曲家として有名な渡部徹さんをゲストに迎えました。
林; こんばんは。早速ですが、お飲物はどうされますか?
渡部; それでは、赤ワインの軽めのものをお願いします。
林; じゃあ、ブルゴーニュのピノ・ノワールにしますね。ところでお生まれは?
渡部; 1969年に山陰地方・島根県で生まれました。実は林さんと同じ年なんですよね。
林; あ、そうでしたか。小さい頃の音楽環境を教えてもらえますか?
渡部; 両親と姉との4人暮らしで、すごく古くて狭い家に住んでいました。両親はほとんど音楽に興味がなかったと思います。たまにテレビで音楽番組を観るくらい。自宅には小さなレコードプレイヤーがあったのですが、鳥の鳴き声のレコードとか、虫の鳴き声のレコードとか、そんなのばっかり(笑)。でも、両親は子供たちに音楽に親しんでもらいたかったのか、僕が幼稚園の頃にオルガン教室に通わせてくれました。
林; 良いご両親ですね。
渡部; 父親は物静かですが、ある意味職人的な人です。僕の名前は「徹」と書くのですが、「コレと決めたら徹底的に極めろ」という思いを込めて命名したようです。
林; なるほど。
渡部; 小学生の頃は魚釣りと少年野球の毎日でしたね。音楽にはほとんど興味がなかったのですが、たまたま親戚のおばさんとデパートに行ったとき、「好きなシングル一枚買ってあげる」と言われて、悩みに悩んで買ったのが、当時流行っていた沢田研二さんの「勝手にしやがれ」。他に聴くレコードもなかったので、そればかり何百回も聴いていました。
林; やっぱり同世代ですね。僕も帽子、投げましたよ。
渡部; 中学・高校になるとクラスメイトに音楽好きな人がいて、そういう趣味を持つことが何だかかっこよく感じたんですね。僕も少しだけ音楽を聴くようになります。佐野元春さん、RCサクセション、BOOWYとか、日本の音楽を聴くことが多かったですね。高校になると、加えてUK物、アズテック・カメラとかも聴くようになります。当時はレンタルレコード屋で毎週のように何かレンタルしてきて、家でカセットテープにダビングしてました。そして、高校一年の時にお年玉でエレキギターを買って、音楽がいちばんの趣味になりました。
林; なんか僕と全く同じです。自分の話みたいです(笑)。
渡部; 将来は音楽に関係した仕事に就きたいと考えていたんですね。当時(1980年代後期)はデジタルサウンド全盛期。シンセサイザーやデジタルレコーディングのエンジニアに憧れて、大学は電子工学科に入学しました。大学時代は、レンタルCD/ビデオ屋でバイトをしながら、楽器をいろいろ買い込んで、友人と宅録をしたりしてました。当時はトッド・ラングレンが好きでしたね。楽器を何でも弾いて、全部自分でやっちゃう。泣きそうになるくらい美しいメロディの曲なのに、その裏では凄く前衛的なことをしている。そういう徹底した職人気質に惹かれたんだと思います。
林; おおお、宅録職人でしたか。なんかわかるような気がします。
渡部; 僕にとって1990年は特別な年です。フリッパーズ・ギター『Camera Talk』、ピチカート・ファイヴ『月面軟着陸』を聴いたとき、すごく衝撃を受けました。さらにその後に出た橋本徹さんのレコードガイドブック『Suburbia Suite』に出会ったときも、そこで紹介されているレコードを全て集めたいと思いました。話せば長くなるのでこの辺りはざっくり割愛しますが、この時期(20代前半)に好きな音楽の幅が一気に広がりました。
林; 1990年がその2枚だったんですね。サバービアも本当に当時は衝撃的でしたよね。
渡部; あと、映画・文学・デザイン・建築とか、音楽以外にも興味が広がっていきました。この頃に好きだった音楽家は、バート・バカラック、エンニオ・モリコーネ、ミシェル・ルグラン。いまとほとんど変わっていなくて、多分この辺りが自分のルーツなんだと思います。
林; わかります、わかります。今回はずっとうなずいていそうです(笑)。
渡部; 大学を卒業して地元(島根県)に戻りました。このころからpwmという名義で活動を始めて、1995年頃にメーリングリスト「pwm-ml」やウェブサイト「pwmweb」、フリーペーパーやセレクトカセットテープを制作したり、あとクラブイヴェントを開催したりしました。当時のウェブサイトのキャッチコピーが「far from the madding crowd」で、映画タイトルからの引用なのですが、我ながらうまく付けたなぁと思います。
林; そこで地元で活動するのが渡部さんらしいですね。
渡部; 京都でgroovisionsが主催するクラブイヴェントによく遊びにいきました。林さんの著書『バーのマスターはなぜネクタイをしているのか?』のブックデザインをしている宇賀田直人さんにもそこで出会ったと思います。2001年からDJ須永辰緒さんのお誘いで、オルガンバーのウェブサイトで毎月ディスクレビューを書きました。連載は10年以上続きましたが、ここで載せたレコードは、ディスクガイド本『DOUBLE STANDARD』にも掲載されています。
林; この須永さんとのお仕事が渡部さんをすごく有名にしたんですよね。さて、これみんなに聞いているのですが、これからの音楽はどうなると思いますか?
渡部; この質問は悩みますね・・・作り手と売り手に分けて答えてみます。
まず作り手側ですが、これからは良い音楽を作って発表する若者が増えるだろうと楽観しています。例えば、ぼくが凄い時間とお金をかけてやっと聴くことができたコアな音楽が、YouTubeとかで簡単に聴けるようになりましたよね。特に若くて多感な子にはメリットが大きいと思います。それから、音楽を作ったり発表するのハードルが圧倒的に下がったこと。パソコン一台あればそこそこの音楽ができて、SoundCloudやYouTubeでアップできますからね。もう、いまの若い人たちが羨ましいです(笑)。
次に売り手側ですが、いま音楽マーケティングは、大変革の真っ只中だと思っています。1967年のビートルズ『サージェント・ペパーズ』以降、アルバム単位でアートフォームを作り上げるのが至上とする風潮があったじゃないですか。それがiTunesやYouTubeの登場以降、曲単位でのリリースが主体になってきた。つまり今はある意味60年代以前のシングル盤の時代に戻っているというか、一曲でもいい曲ができれば全く無名の音楽家が脚光を浴びるようになったと。音楽ビジネスもCD販売ではない何かに変わっていくのでしょう。想像もできないフォーマットが今後生まれてくると思うと、ちょっとワクワクしますね。
林; 音楽の現状や未来を楽観的に感じているのがすごく渡部さんらしくて良いですね。さて、渡部さんのこれからの活動の予定みたいなのを教えてもらえますか?
渡部; 特にこれといった派手な活動もしていないので、そんなに話すこともないのですが、好きな音楽があって、それを突き詰めて、文章にしたり、選曲したり、DJをしたり・・・これからも音楽に関わっていたいという気持ちがあります。最初にお話した「コレと決めたことを徹底的に極めろ」という親の想いは、少しは実践できているのかもしれません。
オルガンバーWebのレビューでずっと一緒に活動していたデシネの丸山雅生さんとは「今度○○をしたいねえ」と話しているのでご注目ください。あと、地元では細々とクラブイヴェント的なことを企画したり、プエルトムジカ(Puerto de la Musica)というユニットでイヴェント企画やフリーペーパー発行したりしています。この活動はこれからも続けていきたいです。
林; 東京じゃない場所で音楽を愛する人の理想的なスタイルですね。ではみんなが待っている選曲ですが、まずはテーマを決めていただきたいのですが。
渡部; テーマは「東アジアの音楽」です。林さんがかねてよりお話しされている「東アジアの音楽を体系的にまとめて、音楽フェスのようなことをやりたい」というのに共感しています。去年(2015年)は僕も韓国の音楽を中心にアジアの音楽をたくさん聴きましたので、今日はその辺りから僕のオススメをご紹介しますね。
林; おお、渡部さんセレクトの東アジア音楽、期待いたします!
01. Joohye / Biggest Fan
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渡部; 韓国の女性シンガーソングライターJoohyeは、いままでシングルを数枚出している女性歌手です。この曲はYoutubeでしか聴くことができない曲で、CDとしてリリースされていないはず。Big Earth Little Meというグループの曲のカヴァーで、ボサノヴァの爪弾きとネオアコの瑞々しさと湛えた名曲です。あと、Joohyeがかわいいですね(笑)。
林; おおお、ネオアコ直球ですね。Joohye、確かにかわいいです...(笑)
02. 旺福 / 夏夕夏景
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渡部; 台湾の旺福(ワンフー)というバンド。日本盤CDも発売されていて、日本でもそこそこ人気があるようです。この映像は「ワーワーちゃん!大好きだー!」という告白から始まるのですが、フリッパーズ・ギター『海へ行くつもりじゃなかった』みたいなヴィジュアルと甘酸っぱいギターポップ風味。フリッパーズ好きなら反応してしまいます。
林; まさにフリッパーズ・ギターのことがすぐに思い浮かびますね。でもどこか台湾で独特ですね。
03. La Ong Fong / It's all you
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渡部; タイのラ・オン・フォンという男性2人+女性1人の3人組グループ。"タイの渋谷系"と言われてるらしく、過去に日本盤CDも発売されています。これは2011年の曲ですが、爽やかなアコースティック・ソウルで気持ちいいグルーヴ。アコースティックギターのカッティングが気持ちいいです。
林; タイはやっぱりタイ語の言葉の響きがメロディーに影響を与えて独特の雰囲気になりますね。良いですねえ。
04. Tulus / Kisah Sebentar
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渡部; インドネシアの男性シンガーTulusは、いままで2枚アルバムを発表していると思うのですが、これは2011年のデビュー作に収められています。これは曲の展開がすごいです。ボサノヴァ~ジャズ~R&B~と曲調が次々と変化していくという。こういう色んなジャンルを横断する曲はすごく好みですね。
林; 本当だ。すごい展開ですね。日本人にはちょっと思いつかないようなアイディアですね。
05. Joanna Wang / Vincent
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渡部; 台湾の女性歌手ジョアンナ・ワン(王若琳)が20歳のときに制作した2009年のアルバムより。男性シンガーソングライター、ドン・マクリーンの曲のカヴァーです。ノラ・ジョーンズやアン・サリーを連想させるジャジーで優しい音楽です。夏の終わりの切ない雰囲気がして、とても気に入っています。
林; うわあ、すごい本格的な良い声ですね。でも確かにアン・サリーや畠山美由紀のような「どこかアジア」が感じられますね。
06. Operation Bangkok
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渡部; さて、ここで一息入れて、東南アジアの古いエキゾチック・ミュージックです。1967年公開のタイ映画『Operation Bangkok』の劇中シーンなのですが、このヴィブラフォンを中心にしたサウンドは、ジョージ・シアリングのクールジャズや、マーティン・デニー~アーサー・ライマンのエキゾチック・サウンドの影響直下。映像もよい雰囲気です。
林; 渡部さん、ほんと、聴いている音楽の幅が広いのに、どれもがどこか「pwm色」が感じられてすごい稀有な才能ですね。東京でいたらと思うのですが、東京でいないからこういうセンスなのでしょうか。
07: What Women Want / Curious
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渡部; 終盤に向けてメロウ路線で行きます。これは韓国の現代メロウグルーヴ最高の一曲だと思っています。韓国では、キリンジ~冨田ラボやLampとかが人気のようで、この辺りの日本の音楽に影響を受けた音楽もたくさん存在します。このグループはこれだけしかCDリリースしていないようで、今後の活動が待たれる要注目グループです。
林; これすごく良いですね。韓国って男性ヴォーカルの本格具合が「日本にはない感じ」なんですよね。日本ロケっていうのがなんか不思議で嬉しいし。
08: Maliq & D'Essentials / Penasaran
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渡部; インドネシアの7人組バンドの2010年のアルバムより。この曲もメロウグルーヴ的ですね。胸が切なくなるようなメロディと気持ちいいグルーヴ感。例えば、夜の深い時間帯にDJをしているとき、お酒もほど良く入って、「音楽って最高だよね!」と思ってるときには、大抵こういう音楽をかけてます(笑)。
林; インドネシアって「メロウ」ですね。MVがすごくハッピーで羨ましい風景です。
09: Nangman Band / Spring
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渡部; 韓国のナンマン・バンドというユニット。デビュー当時は男女デュオだったのですが、いつの間にか女性が脱退して男性ソロになりました。この曲はその後(2015年春)リリースされたボサノヴァ風の曲。春がやってくるワクワク感と別れの切なさみたいなものが混在していて、とにかく大好きな曲です。
林; 韓国は本当に「切ない」がキーワードですね。必ず「青臭さ」みたいなものを音楽にいれてきますね。
10: Jung Jae Hyung / Pour Les Gens Qui S'Aiment
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渡部; 最後はピアノソロです。韓国の男性SSWチョン・ジェヒョンは才能豊かなアーティストで、ルシッド・フォールとも共演しています。パリで音楽を学んでいて、ピアノの旋律の端々にヨーロッパの香りも漂います。これは非常に美しい曲で、何度聴いても涙が溢れてきます。
林; この人はやっぱり「日本からは出てこないタイプの音楽だなあ」っていつも感じますね。でもやっぱりアジアを少し感じます。
渡部さん、今回はお忙しいところ、どうもありがとうございました。
東アジア音楽フェス、是非、一緒に実現させましょう!
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フォローすると毎日、面白い音楽があなたのTLに流れてきますよ。
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bar bossa information
林 伸次
1969年徳島生まれ。
レコファン(中古レコード店)、バッカーナ&サバス東京(ブラジリアン・レストラン)、
フェアグランド(ショット・バー)を経た後、1997年渋谷にBAR BOSSAをオープンする。
2001年ネット上でBOSSA RECRDSをオープン。
著書に『ボサノヴァ(アノニマスタジオ)』。
選曲CD、CDライナー執筆多数。
連載『カフェ&レストラン(旭屋出版)』。
bar bossa
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